第51話 ヘルヘイム
それからどれだけ、時空の狭間を進んだのかは正直わからん。時間なにそれおいしいの状態なせいで、その辺りの感覚がすげー微妙。代わり映えしないから余計だ。
あ、関係ないけど、ス○ブラは主にイザナミ様のおかげで勝ちました。何あの子、神様のくせに超ゲーマーすぎんだろ……。コントローラー握った瞬間の輝きっぷりたるやもう。
いやそんなことは置いといてだな。
ともあれ、結構な時間が経った後、俺たちを乗せた船は今までとは違った場所に出た。
今まで、周りはただ何もない極彩色の空間が広がっているだけだった(SF映画のワープ中みたいな感じ)んだが、ここに来て突然、小高い丘を見上げるような入り江に辿り着いたのである。
「ふわああ!? な、何事でござるか!?」
そのタイミングで見張りをしていたのは織江ちゃんだ。素が出ていない辺り、まだ余裕があるんだろうが、ともあれ俺たちはその声に釣られて、甲板まで出たわけだ。
「うわあ……なんだか神秘的なところだね」
そんな感想を漏らしたのは真琴。
「ドラ○エ7の水の精霊の入り江っぽい」
空さんはいつも通りの感想を言い、
「上にあるのは岩……か何かでしょうか?」
「岩だな。なんか輪っかになる感じで並んでるっぽい?」
景色よりも先に、何があるのかを気にしたのが織江ちゃんと俺だ。
「ここはヘルヘイム。オーディンが担当している区域における、死者の国さ」
「木の実を食べると化け物になっちゃうのか……」
「エイジが想像してるような森じゃあないから、安心しなよ?」
「うちで、言う……賽の河原……」
「その出入り口だから、オリジンエリアと同義かな」
「とてもそんな風には見えねーな……」
率直な感想をこぼしながら、俺は周りにぐるっと目を向ける。
賽の河原も、確かにトーキョーエリアみたいにきれいな場所はあった。でも、そのオリジンエリアは空は暗いし色もなく、わびしい場所だった。
だけどここは、草もあれば生き物……らしきものもいる。七色に輝くように見える入り江では、水の音だって聞こえる。寒々とした風が吹いてはいるが、どことなくのどかである。
「ところ変われば雰囲気も変わるさ。ボクが受け持ってる死者の国も、どっちかと言えばここに近い雰囲気だよ」
「死神の、感性次第……」
イザナミ様のその説明に、俺たち四人は一斉に彼女を凝視した。
我ら日本の死神様は、他ならない彼女だ。その彼女が死神の感性次第って言うってことは、つまり賽の河原の雰囲気はイザナミ様の感性が反映されてるってことだよな?
つまり、彼女の感性って……。
「あーあーあー、あー、何も、何も聞こえないし何も見えない……っ」
沈黙に耐え切れなくなったのか、イザナミ様は目をぎゅっと閉じて耳をぽふぽふし始めた。つくづく威厳の無い神様だ。
まあ、人の考え方や捉え方は他人がとやかく言うことでもねーやな。船での道中、イザナミ様も彼女なりに昔は苦労したらしいし、その辺りは突っ込まないのが大人ってやつだろう。
うん、俺も死んでから随分成長したね。
「ここからどうなさるのでしょうか? ポータルのようなワープ装置を使う、とかそういう?」
「うん、それでオーディンを追うよ。このヘルヘイムのどこかにいるのは間違いないからね。……と、その前に、ここの死神に挨拶はしといたほうがいいだろうね」
「そっか、よく考えたらここ、人の家みたいなものだもんね」
「土足で上がりこんでいい顔はされないのは、万国共通ってことかなあー?」
神様同士でもそういう挨拶とかあんのか。なんか、人間とあんま変わんねーな。イザナミ様もマーシュも、神様って言うには親しみやすすぎるから余計か。
「それもあるけど、情報収集しないとね」
「なるほど。えーとここの死神様って言うと……」
「ヘル。妾の、友達……」
どこか嬉しそうな感じで、イザナミ様が言う。
神様にも友達とかってあるんだな。彼女の場合、言っちゃなんだが友達が大勢いるようには見えねーから、そのヘルって人は貴重な存在なんだろうな。
……待てよ、友達同士ってことは、優遇してくれるかも?
うん、これはどうしてもあいさつに行ったほうがよさそうだ。
「んじゃ早速、そのヘル様に会いに行こうぜ」
「そうだね。みんな、リンクリングは大丈夫?」
マーシュに聞かれて、俺たちは全員腕に着けた腕輪を掲げた。
これは、船出に当たってイザナミ様からもらったものだ。飾り気はないが、見る角度によって色が変わる不思議な腕輪だ。
もちろん、これがただのアクセサリなわけはない。これは、身に着けている者同士の能力を連結するためのものだ。今の俺たちで言えば、四人全員で能力が共有できるようになっている状態で、今の俺たちは五つの能力を同時に使うことができる。
要するに、簡易型ポータルのようなもの、かな。これがあったからこそ、道中の機雷も比較的楽に対応できたと言っていい。
ちなみに、四人全員がマスラさんを召喚できるのでその点もめっちゃ便利。補助人格ゆえにあんまり機転は利かないようだが、それでも単純に戦力が増えるわけだから十分だろう。彼は分類上はあくまで能力なのか……と最初はめっちゃ驚いた。
「オッケー、それじゃ行こうか。道案内はボクとイザナミ様がするよ」
そう言って、マーシュがひょいっと舳先から飛び降りた。
イザナミ様がそれに続き、……頭から落ちたの慌てて顔を出したら、マーシュにお姫様抱っこで受け止められたところだった。期待を裏切らないな、この人は!
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ヘルヘイムの入り江に入った船を、そしてそこから上陸し始めた六人組を離れたところから見つめている人影が二つあった。
どちらも髪は黒く、肌も浅黒い。背中にはこれまた黒い翼を負い、遠くを見つめる瞳もまた黒い。
年の頃は、大人の背格好になり始めた頃と言ったところか。小さく小首をかしげる様は、まだどことなく残る幼さを強調しているかのよう。
そして何より、二人の顔立ちはうり二つだった。しかも、区別をつける目印が一切ない。これでは、対面した相手は混乱すること必至だ。
「まさかイザナミノミコトが直接来るなんて」
「まさかイザナミノミコトが直接来るなんて」
二人は、同じ言葉を輪唱のように、一句たりともたがわず言い合う。
「これは予想外だ」
「これは予想外だ」
「知らせなきゃ」
「知らせなきゃ」
二人が同時に、翼を広げる。そうしてふわりと空中に浮かび上がった、その時だ。
「はーい、それまでっ」
「そこから先には行かせませんよ」
不意に、後ろから声がかかった。
その声に、二人組が色を変えて振り返る。
「せーっかくイザナミ様がやる気を出してくれたんだから」
「ここで水を差されるわけにはいかないのですよ」
イメとマボロシである。
黒い二人組と同じく、うり二つの顔を持つ双子。だがその姿は、しっかりと異なっている。
「お前らも来たのか。賽の河原はどうした」
「連中、本気なのか。魂ごと消えかねないぞ」
「もちろん、イザナミ様も亮様たちも本気だよ? じゃなかったら、ボクたちは動かないって」
「賽の河原は時間凍結中です。イザナミ様が少し本気を出せばこの程度、わけはありません」
イメとマボロシの言葉に、二人組が衝撃と驚愕でもって口を閉ざした。どうやらイザナミが、本当に活動を開始したらしいということ。それはとてつもない大事なのだった。
神々の業界において、動かざるもの、眠れる獅子とも揶揄される死神が一柱いる。それこそ、イメとマボロシの主であるイザナミだ。
その二つ名の由来は言うまでもないが、それでもあえて実力者らしく呼ばれるのは、彼女が本当のところ、それだけ圧倒的な力を持つ神だからに他ならない。
けれどももちろん、形だけの力に意味はない。だからこそ、二人組の主であるオーディンは、今まで好き勝手にできたのだ。
それが今、イザナミが動いている。それは、二人組のみならず、実はイザナミたちに同行しているマティアスにとっても、意外な事なのだ。
その場にいた上に元人間であるマティアスにとって、少し考えればイザナミが動いた理由はすぐにわかることだったが……遠く離れた世界にいる二人組にわかるはずもない。まして彼らは、神ですらないのだから。
「っていうかさー、君らだってわかってるでしょー?」
「オーディン様はやりすぎたのです、フギン、ムニン」
そんな彼らに、イメとマボロシが一歩前に出る。その顔は、いつもと同じく仕事に臨む日本神らしい薄い表情だ。
しかしそこに宿る光は、使命に燃える炎のそれ。彼らが嬉々として今この場にいることは、明々白々である。彼らにしてみれば、悠久の時を超えて主が気概を取り戻したのだから、それも当然のことだ。
その、どこか凄みをにじませる二人に、黒い二人組――フギンとムニンは合わせて一歩下がった。
「我らが主、地球世界で最も古き神、イザナミ様が動いたからには」
「これ以上の勝手な振る舞いは、断じて見過ごすわけにはいきません」
「ってわけだからー、フギン、ムニン。君らも」
「事が片付くまで、幽閉させていただきます」
そしてそう言うや否や、彼らの身体から緑色の光があふれ、それぞれの武器となる。
イメは右手に直刀を。その美しい刀身は夢幻の七色に輝き、この世に理想を切り開く。天群雲剣。
マボロシは左手に鏡を。その面には微細な凹凸の一つもなく、この世の真実を映し出す。八咫鏡。
そして二人は、朗々と言い放つ。
「我ら、祖神イザナミ様が両腕、夢と幻!」
「主の御名において、その権利を代行します。神妙に縛につきなさい!」
その言葉と同時に、二人は同時に動いた。目の前の双子めがけて、一直線に突き進む。
一方フギンとムギンもまた、同時に動いた。こちらは、一目散に逃げる。
無理もない。いかにイメとマボロシが神の眷属でしかないと言っても、二人は永年に渡って主の仕事をすべて代行してきた。その実力は、本来の職務以上のことを課されてこなかったフギンとムニンの比ではない。
まして三種の神器を持ち出してきた以上、イメとマボロシの力は半端な神くらいならば軽く凌駕するだろう。フギンとムニンが、ぶつかり合って勝てる可能性は万に一つもない。
そこまで見抜くことができたのは、ひとえにフギンとムニンが情報収集を専門としてきたからと言えるだろう。
そしてそうであるから、フギンとムニンは逃げの一手に徹することを即座に決断した。それこそが、彼らにとって唯一「勝利」を得る方法だからだ。
オーディンの元まで逃げ切れば、フギンとムニンの勝ち。半ば遊戯だが、実際死ぬことのない彼らにとって、これはまさにそうした遊戯である。
舞台の裏側で、裏方たちの戦いがひっそりと幕を開けた――。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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相次ぐ新キャラ。こんなに風呂敷広げて、なんとかできると思ってるのかボクは……!
最近つくづく思うんですが、やっぱ書きながら話を考えるのはやめといたほうがいっすね。大まかでも、何かしら基点となる程度のことは決めておくべきですね……。




