第5話 フレアロード
「フレアロードは『炎を操る』能力ですから」
イメちゃんが言う。納得できない。彼女の説明で、初めて納得できない。
「じゃあ、なんで火が出なかったんだよ?」
そう、少しも出なかった。技名を叫ぶも何も起こらないとか、ただの痛い人じゃねーか。いや、生前はそれが普通の世界だったけどさ。
「そりゃあ、『炎を操る』能力であって『炎を出す』能力ではありませんからね」
「……は?」
俺は思わず聞き返していた。なんだそりゃ、どういうことだ?
「言葉の通りです。無から有を創ることができないのは、死後の世界といえど共通のルールです」
「……マジかよ」
「マジです。なので、フレアロードを使うためには火種か何かを持っている必要がありますね」
なんてこった、思わぬ盲点だぜ……!
俺はてっきり、自由に火を出したり消したりできると思っていたんだけど。そうか……あるものを操るだけなのか……。
言われてみれば確かに、燃料がないと車は動かせないわけで。何か原因があって初めて結果が出る。死んでもそれは変わらない、そういうことか……。
「できる世界も、もしかしたらあるかもしれませんけどねー。少なくとも、ボクは知らないですね」
「……そーか」
がっくり。俺はうなだれて、ため息をついた。
ちらりと部屋の真ん中に目を向ける。そこには、相手を見失ったマネキンがぽつねんとたたずんでいた。
「どうすればいいかな……」
しかし、落ち込んでいても仕方ない。単に炎が出せないだけで、操ることはできるはずなんだ。だったら、まずは火を作る手段を考えないとな。
そう考えて、俺は早速メニューから購入画面へ飛ぶ。物事引きずらないのは俺の性分だが、単に今回についてはすぐに解決案が浮かんだからと言える。
俺は、その他の項目にカテゴライズされているカタログを開いてそれを探す。火を起こす道具、それは生前いくつかあったじゃないか。
果たしてそれはあった。
「本当になんでもあるのな」
ずらりと並ぶのは、ずばりライターだ。
こうして見ると色々あるんだな……俺にわかるのは百円ライターとジ○ポーくらいだけど。チャッ○マンもそういえばライターになるんだな。
どれがいいだろう。とりあえず、電熱式とやらは却下だ。火が出ないとか、安全なのはいいけど今大事なのはそういうことじゃない。
安さを狙うなら、百円ライターが妥当だろう。何せ百円だ。百ポイントだ。ただ、当然安い分作りは雑だろう。バトル中に壊れられると困る。補充できないってところもマイナスなんだよな。
逆に見た目で言えば、断然ジッ○ーだ。ただ高いんだよな。一番安いやつでも二千ポイントくらいする。下手なスキル一つ分だ。ちょっと見た目にこだわろうものなら、笑ってしまうくらいあっという間に値が上がる。
「うーん……まあ……ひとまずは実験だし、百円ライターでいいか」
加減を間違えて高いやつ壊すのも嫌だし。
と、言うわけで百円ライターを一つ。まさか死後の世界最初の買い物がライターとはな……。
なんて考えながら購入を済ませると、その瞬間画面からライターがぽんっと飛び出てきた。おいおいおい、ちょっと扱い雑じゃね!?
慌ててキャッチしたが、割れ物とか食べ物もこんな扱いなんだろうか。さすがにそうではないと思いたい。買うかどうかはまた別だが。
「……なあイメちゃん、特殊能力ってバトル以外でも使える?」
「使えますよ。訓練はもちろん、それ以外でも使おうと思えばいつでも使えます」
「じゃあ、今ここで早速やってみてもいいわけだな」
「はい、もちろんです」
頷くイメちゃんを尻目に、俺は百円ライターを目の前に掲げる。そして着火。小さな火が先に灯り、ゆらゆらと揺れている。
よし、準備万端だ。今度こそ行くぜ!
「フレアロード!」
どうだ!
…………。
…………。
…………。
あれ?
「ちょっ……」
泣きそうだ。俺はもう一度、イメちゃんに振り返った。
▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽▲▽
結論から言おう。能力は使えた。普通に使えた。
イメちゃんが言うには、
「名前だけ叫んでも、発動しませんよ。ちゃんとどういう風にしたいのか、結果を考えておかないと」
ということで、詰まるところエンジンをかけずにアクセルを踏んだようなものだったわけだ。そりゃ、何も起きねーわ……。
そんなわけで、次はライターの火を大きくするイメージをしっかり思い浮かべたところ、すごい音を出しながら火柱になってくれました。それにビビッてライターを落としたところまでワンセットな。
しょうがないだろ、目の前で火柱が上がればびっくりするさ。まあそれはいいだろ、それについてはぜひ記憶から削除しておいてくれ。
あ、ちなみに能力名を言う必要はないようだ。どうしたいかをイメージすれば、それで発動するらしい。
でも、技名って叫んでみたいよな? 俺は叫ぶぜ。断固として叫ぶ。
まあそれはさておき、フレアロードなんだがな。
色々試したけど、ぱっと思いついて実際にできたのは、ライターの火を剣の形にして振り回す、ライターの火を遠くに飛ばす、火を壁にして前方に出す、拳に火をまとわせる、この四つだ。
逆に、敵が近づいたら燃え上がる地雷にする、火そのものでモノを破壊する、爆発させる、火を消えないようにする、といったことはできなかった。
剣の形にする場合、ライターからそれを離しても剣の形は維持できた。たぶん、遠くに飛ばす時みたいな制御が働いているんだろう。
壁についてだが、これは正直あまり使えそうにない。できたはいいけど、物は遮断しなかったのだ。ハッタリには使えるかもしれないが、防御という意味では無意味と言っていいだろう。
拳に火をまとわせるのが、一番実用的かな。火そのもので破壊力を出すことができなかった以上、拳なり真剣なりに火をかぶせることが重要になってくるはずだ。実際、火をまとって殴ったら、普段の二倍近いダメージになったしな。これはもっと練習して、威力や精度を上げていく必要があるな。
爆発させる、についてだが、火と爆発はそもそも違う現象らしい。俺はてっきり火のパワーアップ版が爆発だと思ってたんだが……残念ながら、無理だった。火じゃないなら、俺の能力の範囲外ってことだ。
それから火を消えないようにする。これだが、正確に言うとできない、ではなく短時間ならできた。ほんの数秒だが、水の中でも火を燃やすことはできたのだ。ダメかと思ったが、これは訓練したりスキルをレベルアップさせることで時間を延ばせるらしい。絶対に消えない、というのは不可能だが、一定時間内ならそれを再現できる。そういう意味では、できるとも言えるしできないとも言えるのかもしれない。
他にもできることは色々あると思うが、今のところはこの辺りが限界だろう。ひとまずは、制御を中心に練習していくことにする。バトルにも、どうやって組み込んでいくか考える必要があるしな。
あ、そうそう、ライターの消費具合なんだが、これだけいろいろやったらさすがにガス欠になった。フレアロードを使うとその分燃料の消費は増えるってことだろうな。
「これだけ減りが早いとなると、百円ライターより○ッポーのほうがいいかもなあ。あれって確か、補充して使うもんだったはずだし」
と言ってみたものの、補充とかしたことないんだよな。そもそも生前は煙草なんて吸わなかった。そう考えると、百円ライターって気楽だよな。安いし。
うーん……とりあえず、しばらくは百円ライターでやってみるか。
今日のところはこんなところかな。さすがに初日だけあって、収穫ばかりだ。けど、あまり同じことをやり続けても効率が落ちる。しばらく休憩するとしよう。
トレーニングルームを出て、自室に戻る。使い道がない台所を抜け、風呂場の先にいくつも部屋がある。部屋が有り余ってて全部使い切る自信がないが、そこは慣れかもしれない。一番広いやつを使うことにしよう。
途中で風呂場をのぞいてみたが、着替えや洗面具はもちろん、歯ブラシや髭剃りの類まで揃ってた。どこのホテルだ、ここは。
しかしここまでお膳立てされてるなら、風呂には入ってもいいだろう。必要ないとはいっても、そこはやはり生前毎日入っていたんだ。むしろ入るべきだ。
風呂場も、さすがの広さ。ここはシャワーではなく、しっかりお湯を張って湯船につかるとしよう。
「あー、やっぱ風呂はいいね」
湯船につかって、俺はそう口にした。どうも日本人の風呂好きは、死んでも治らないらしい。
イメちゃんも必要ではないと言っていたが、これはダメだ。理屈じゃない。もはや魂が必要だと訴えていると言っていい。風呂を断つという選択肢は、ナシだ!
この日、俺はそう決意するのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
主人公の能力説明回でした。
フレアロードは要するにただのパイロキネシスなんですが、物語でよくある「発火」はできません。
劇中説明にあった通り、あくまで「火を操る」だけなので、既存のものしか操作できないのです。
そしてこれは、この物語のすべての特殊能力が当てはまります。発生させる能力は、この物語にはありません。