第47話 波乱
そしていつものポータルである。
『勝者、明良亮選手ー!! まさかの懐柔! 予想だにしない展開でした!!』
いつもの司会である。
『明良選手は、遂に準決勝へとコマを進めます! 次はどのようなバトルを見せてくれるのか? ますます期待が膨らみますね!』
「調子いいなあ」
司会の言葉に、真琴が苦笑交じりで言った。
『準決勝は、明日の正午、正午スタートとなります! 明良選手は開始三十分以内に、第七ポータルまでお越しください!』
「明日の正午に第七、ね……。それまでまた特訓だな」
「お兄さんって、ずっと特訓してるわけ?」
「いや、そこまでタフじゃねーよ。ポイント振り分けの相談とか、次の対戦の対策会議もするし……もちろん、ただの会話だってする」
「対策会議、かあ……。いいなあ、マスラは助言はしてくれるけど、案をしっかりくれるわけじゃないからなあ」
「あー、補助人格っつーんだから、そこまでは言わないのかもな……」
そうやって真琴と話をしつつ、ポータルを出る。湊さんたちは確か、第十二ポータルだったはずだから、そっちに向かいつつ。
「終わってみて失敗だったなあって思うのは、最初にマスラと別行動したことだなあ。二人で同時に戦ってれば、勝てたかもしれないのに」
「そうだな、そう来られたらさすがにまずかった。一応、湊さんはその場合でもどう対処するかってのは考えてたみたいだけど」
俺の言葉に、真琴がうええ、と変な声を上げた。まあ、言いたいことはわかる。
湊さんがどこまで先を見越して物事を考えているのか、俺ごときではさっぱりだが……それでも、極力あらゆる状況に対処できるように考え込んでいることは間違いない。
それは他のメンバーの数段上を行くレベルであり、ぶっちゃけたところ俺たちの快進撃も、湊さんに支えられているところが大きいのだから。
なんてことを考えていると、突然目の前にメニュー画面が現れた。正確に言うと、メッセージ画面だ。
なんだと思いながらも、中身を確認する。それは、織江ちゃんからだった。
「……なんだって?」
そしてその内容に、俺は思わず悲鳴に近い声を上げた。それにつられて、真琴がひょいと画面を覗き込んでくる。
が、直後彼を「ええ!?」と声を上げる。
そこには、こう記されていた。
『件名:至急!
お館様、湊殿が突然現れた例の大男と共にいずこへともなく去ってしまいました。現在、空殿と二人で追跡しておりますので、マップを頼りに至急の合流を願います!』
「くそ、遂に動き出したってことか!」
「お兄さん、これって例の件だよね? ボクも行くよ!」
「ああ、そうしてくれるか! お前もいてくれるなら、俺も安心だ」
「うん!……マスラ!」
「ここに」
急ぎで言葉を交わす俺たちの背後に、マスラさんが現れた。
「マスラ、このことを運営に直接連絡して。マスラならいけるでしょ?」
「御意、ではただちに」
それだけ手短に交わして、マスラさんの姿が掻き消えた。
なるほど、補助人格は運営から貸し出されているようなものだもんな。とっさの機転としては素晴らしい。
「お兄さん、行こう!」
「あ、おう!」
そして俺たちは、ほぼ同時にマップ画面を開いた。表示範囲をやや広げて、他の仲間を探す。
湊さんのマーカーは、なぜか見つからなかった。だが、一方で織江ちゃんや空さんのマーカーはしっかり見つけることができた。当然だが、動いている。恐らく、この近くに湊さんがいるのだろう。
俺は真琴と頷き合うと、そのマーカーのほうに向かって走り出した。
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移動は、真琴のおかげでスムーズだった。風を起こしてそれに乗り、空を飛んで移動することができるのだ。
彼が言うには、彼の能力は光を操る能力と、空気を操る能力。これを駆使することで、俺とはまた違う方法で空を飛べるのである。
俺の飛行能力こと闘之飛翔は、そもそも俺ではなく湊さんの能力だからな。通常時は使えない。それを考えると、一人で二つの能力を使えるのはさすがにシードの特権ということなんだろう。
ともあれそういうわけで、俺と真琴は無事に織江ちゃんと空さんと合流を果たした。
だが、二人は当然だが空を飛べない。走りで必死に湊さんを追いかけていたが、既にかなりの距離を引き離されていた。何せ湊さんは空が飛べるから、仕方ないと言えば仕方ない。
「リョー君、ごめんけど先に行ってもらったほうがよさそうだよ!」
「我々は、お二人のマーカーを頼りに追いかけます!」
そう言われれば否定もできない。実際、それが一番効率的だからだ。
真琴の能力は、元々は空を飛ぶための能力ではない。制御ができるのは、せいぜい彼本人を含めた二人が限界らしく、俺たちは織江ちゃんたちの言葉に素直に従うことにした。
「わかった、悪いが先に行く。真琴!」
「うん、任せて!」
それだけの短いやり取りを済ませて、俺と真琴は現在、湊さんを追跡中である。
最初の段階でかなり引き離されていたようで、なかなか追いつけないが……どちらも空を飛んでいて、かつ視界を遮るものがないおかげで、なんとか目視で追跡ができる程度には距離を詰めることができている。
その湊さんの隣には、象か何かみたいにでかいサイズの馬がいる。そしてその上には、これまたでかい人の影。十中八九、あの時湊さんと密談していた大男だろう。
一体、湊さんをどうするつもりなんだ? そして、どこに行くつもりなんだ?
既に相当移動していて、街の景色はとっくにスカイツリー周辺のそれではなくなっている。まっすぐ飛んでいるみたいだが、そろそろこの地域の限界範囲を超えてしまう気がするぞ。見た感じ、その限界がどの辺りかというのはわからないけど……。
そう思っていると、湊さんたちが動きを止めたのが見えた。その辺りが限界か?
なんて思った直後。馬に乗った大男が何かした。どういうことをしたかまでは、遠くて見えなかった。それでも、何かしたということはわかった。
その瞬間だ。
空間がぐにゃりとゆがんだ。そしてそのゆがんでいた場所に亀裂が走り、人が通れるくらいの穴ができる。
奇妙な光景だ。何もないはずの場所に穴があるなんていう、特撮だかアニメだかでしかありえそうにないものをこの目で見ることになるとは思わなかった。
「……! 真琴、やばい逃げられる! もっとスピード上げられないか!?」
「ごめんお兄さん、これで限界……!」
風を切る俺たちの先で、湊さんと大男が空間の穴へと入っていく。直前、湊さんがこちらに振り返ったが、それは一瞬だった。
そして、二人の姿が消えると同時にその穴は少しずつ小さくなっていく。
真琴は苦しそうな表情で限界へ挑み続けてくれたが、結局俺たちがたどり着いたころには、穴は消えてしまっていた。
「くそっ」
「……ごめん、ボクがもうちょっと速く動かせたら……」
「いや、真琴は頑張ってくれたよ。俺たちに運がなかっただけだ」
うなだれる真琴を撫でながら、しかし俺は穴があった場所をにらむ。
そこに手を伸ばしてみるが、感じられるのは壁か何かの感触だけだ。どうやら見た目は空そのものだが、地区の範囲がそこまでなのだろう。そこから先には進めないようになっているようだ。
もちろん、それがわかったところでどうにかできるわけでもない。俺は足りない頭をなんとか奮い立たせようと、がしがしと頭をかいた。
「亮様」
そこに、後ろから声がかかった。
真琴と一緒に振り返れば、そこには……えーっと、え?
そこにいたのは、巫女服を身にまとった小さい女の子だった。右側の髪の毛を緑色のリボンで結んでいる。そして目の色も緑色だ。しかし、そんな女の子との面識はぶっちゃけない。
いや、誰? マジで。まったく心当たりないんだけど。
ちらっと横目に真琴の様子をうかがってみたが、どうやら彼も心当たりがないようで、首をかしげている。
「この姿でお会いするのは初めてですから、仕方ないですねー。ほら、ボクです。イメですよ」
沈黙してしまった俺たちに助け船を出すような感じで、女の子は聞き覚えのある声色でそう言って、ほほ笑んだ。
な……。
「なんだって!?」
「ウソぉ!?」
だが、女の子の言葉に俺たちは驚いた。無理もない、だって目の前にいる彼女は、イメちゃんとはまるで似ていないのだから。
そんな俺たちの心境を察してか、イメちゃんは頬をかきながらも説明する。
「これがボクの本当の姿なんです。本体、と言ってもいいですが。ナビゲーターとしてのイメは、その人が理想とする異性の姿を取るようになっていますので……信じられないのも無理はありませんけど」
マジか……。いや、そういやそんなようなことを湊さんが言っていたような……?
って、いや待て、ってことはだ。俺の理想の女の子は、小さめの身体にある程度大きい胸の女の子ってことになるのか。
いや、いくらなんでもそれは……いや、……いいな、それ。
もちろん今目の前にいるイメちゃんも絶世の美少女ではあるが。こんな子に言い寄られたら、もちろんオーケー出すレベルなのは間違いないけど、いつものイメちゃんもやはり捨てがたいと言うか……。
あ、いや、そんなことを言ってる場合じゃなくてだな!?
「色々思うところはあると思いますが、ボクと……いえ、ボクたちに付き合っていただけないでしょうか?」
頭の中の幻影と戦う俺を尻目に、イメちゃんが言う。
「涼様のことで、亮様とお話ししたいことがあります」
続いた言葉に、俺はようやく脳内の幻影を振り払う。イメちゃんと視線を合わせながら、運営側もようやく動き始めたかと心の中でつぶやいた。
一方のイメちゃんは、その緑色の視線を真琴にも注ぐ。
「真琴様も、お時間をいただいてもよろしいでしょうか? もちろん、伊月様や永治様にもご同行願うつもりでいます」
そう言う彼女の表情は、直前までの微笑むような顔ではなかった。もちろん、今まで見てきたような明るいものではない。
きりりと引き締まった顔は真剣そのもので、今の状況が決して楽観視できるものではないと思うには十分なものだった。
一瞬だけ俺と真琴は目を合わせたが、どのみち俺たちは、湊さんが何かしでかすようならそれを阻止しようと事前に話をしていた。
俺たちはすぐにイメちゃんに視線を戻すと、ほぼ同じタイミングで頷くのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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遂に動き出す涼とその協力者。
今回で本選編はおしまいです。次回からトーナメント本選をいったん離れて、賽の河原とあの世、転生の仕組みとそのルールを中心とした新章、涼編を始めます。
今までとは違い明確に涼にスポットを当てていくつもりなので、なんとかメインヒロイン(まさかの47話目のあとがきでの明言)の面目躍如としたい所存……!




