第46話 本選 9
剣がぶつかり合う。その瞬間、光を反射させていくつものしぶきが空を舞った。
能力で形作っている水刃は、やはり能力で形成されている光の剣と切り結ぶと相殺されるようだ。織江ちゃんと戦った時もこんな感じだったな。
もうもうと立ち込める粉じんの中で、一進一退の剣戟が続く。視界は悪いし、時折暴走ロボットによると思われる破壊の音が聞こえてくるしで、正直やりやすいとは言えない。
だが、思考加速のおかげで対処はなんとかできる。状況を理解しているのかいないのかわからないが、今のところレーザーが飛んでくる様子もないので、水のバリアを纏っている分俺のほうが有利か。
真琴の身体が景色に紛れて消える。だが、それは完璧ではない。舞い散るゴミが、その技を阻害しているのだ。
もちろん、ある程度注意しないと見えないレベルではある。だが、今は周りに立ち込める粉じんがある。姿は見えなくても、動けばその分粉じんも動くのだ。それさえつかめれば、どこから攻撃が来るかは比較的簡単に読める。
俺はタイミングをずらしての首への攻撃を、小さくスウェーバックしてかわす。水のバリアギリギリのところでだ。そして、それが終わるや否やのタイミングで反撃に転じる。
大まかな位置しかわからないからアレだが、勇之闘気を合わせれば攻撃力は爆発的に上がる。とりあえず当たればいい!
「うぅ……っ」
俺の大雑把な一閃は、見事真琴の身体をとらえた。姿を現した彼のライフゲージが、遂に半分を大きく割り込んでいる。
剣を構えて、真琴が俺を見る。その目が、揺れているのが見えた。どうやら、からくりにはまだ気づいていないらしい。
やや上目遣いの彼に一瞬心が揺らぎかけたが、ここは心を鬼にせねばなるまい。俺はさらに踏み出して、追撃を始める。
そんな俺に、レーザーが襲い掛かる。後退しながら、真琴がレーザーの乱射で応じてきたのだ。
もちろん、この距離でレーザーを回避するのは不可能。俺はそれを、ほぼすべてをまともに食らうことになった。
しかし、周りに立ち込める粉じんと、身体を覆う水がその威力を削いでいる。この距離では、さすがに威力ゼロにまではならないだろうが……それでも十分だ。
俺はジグザグに動いて、なるたけレーザーの軌道からずれるようにして突き進む。そしていよいよトドメを、と思ったところで突然の突風で派手に吹き飛ばされた。
そういや、もう一つ能力あったっけ……と、身体を起こしながら考える。だが当然、既に真琴の姿は消えていた。
粉じんの動きを目で追う。行先は……上か!
そう思った瞬間、レーザーが雨のように降ってくる。……が、これははっきり言ってただの明かりでしかなかった。
どう追うべきか、少しだけ考える。
このまま飛んで追うのもいいが、なんかそれはやめておいたほうがいいような気がした。上に行けばいくほど、粉じんが薄くなっているように見えるのだ。
わざわざ光の攻撃力が高いところに突撃するよりも、もっと賢い方法があるんじゃないだろうか。
かといって、水を飛ばして攻撃するには相手の位置がわからない。連射するほど周りに水があるわけじゃないんだ、できる限り水はバリアと剣の維持に残しておきたい。無駄な水鉄砲は控えるべきだろう。粉じんのデメリットだな、これは。
となると……となるとだ。いっそ、もう一度姿をくらましたほうがいいか? 急がばなんとやらって言うし。粉じんに紛れて移動して……死角に入れれば万歳か。
よし、そうしよう。
考えたら実行あるのみ。俺は水刃をしまうと、粉じんの中を走り始めた。
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……はずだったんだが。
なんで俺は、ロボットの暴走を鎮圧してるんだろう!?
「うひぃ!」
スレスレのところでビームを避け、俺はその辺に落ちていたのを拝借した……ブラスター? 的な? ものでビームをぶっ放す。粉じんの向こうで、破砕音と爆発音が鳴った。
ふう、と思わず息が出たが、すぐに意識を戻して走る。
俺は今、暴走ロボットたちに囲まれてるっぽい。
ぽい、というのは、倒壊した建物による粉じんがひどく、連中の姿が視認できないからだ。ただ、四方八方からビームが飛んでくるので、囲まれているのは間違いないんだろうなあ、というね。
俺が攻撃を仕掛けなかったことで、考える時間を得た真琴は攻撃不調の原因が粉じんにあると悟ったらしく、猛烈な風を起こし始めたのが事の発端だ。
俺は少しでも真琴の視界から逃げるため、粉じんの中を移動し続けていたのだが……当然、そうなると移動する方向はかなり限られるわけで。いつの間にか、騒動のど真ん中に放り出されていたというわけである。
もしかしたら、そうなるように一部の粉じんだけ残していたのかもしれない。ロボットの攻撃に紛れて、時折衝撃波が降ってくるのを考えると、その可能性は高そうだ。
真琴のやつ、俺がロボットを破壊した音や爆発を目安にしてるんだろうな。いい考えだよ、何せこの粉じんから出るとレーザーで即やらちまうから。俺はここから出られないも同然だ。
「せい!」
そんな粉じんの中から現れたロボットを、すれ違いざまに切り飛ばす。後ろに遠ざかっていく爆発音を聞き流しながら、飛んでくる衝撃波に備え一旦空中に逃げる。
一応。一応だが、俺はこの悪視界の中でもある程度先を見通す術を発見している。使うのは勇之闘気だ。
ハン○ーハン○ーの○ンと同じ使い方ができるオーラロードならではだが、これによってオーラで目を覆うのだ。そうすると……そう、視力のみならず、普通なら見えないものも見えるようになるのだ。いわゆる、ギ○ウである。
もちろん、粉じんの彼方にいる真琴をしっかり捉えられるわけではない。ロボットはともかく、あいつはかなり遠いところにいるからな。
しかし、俺だってただロボットと戯れているだけというわけじゃない。なんとかできないか考えて、これだと思ったことをちゃんとやっているのだ。その上では、真琴の位置は多少わかれば十分なのだ。
我ながら珍しく頭脳プレイをしていると思うが、もうちょっと考えよう、という空さんの言葉があったからこそだ。それに叱咤されるようにして動いていると言ってもいいだろう。
どうにも俺は深い思考が苦手で、そういうことは考えないで生きてきたと言ってもいい。それは死んでからも変わっていなかった。
でも、他人の転生を背負って戦う以上勝たなきゃいけない今、それは許されない。普段から使っていなかった頭が、劇的な成果を上げるはずなんてないが、それでも考えなければいけない立場に俺は今、立っているのだ。
「あらよっと!」
横から飛んできたビームを、水刃で違う方向へ弾き返す。粉じんの彼方に消えたそれは、ビルにぶつかって派手な音を響かせた。
それからビームが飛んできたほうへ走り、ロボットを捕縛。そのまま無造作にそいつを持ち上げると、ビームを弾き飛ばしたほうに向けて投げる!
最後に、飛んで行ったロボットを手持ちのブラスターで撃ちぬけばフィニッシュだ。
ロボットが爆発したほうから、衝撃波独特の音が聞こえてくる。どうやら真琴は、狙い通りに動いてくれたらしい。
……俺の作戦はこうだ。
ある程度ロボットに暴れさせた後、破壊する。真琴はそれを目安に遠くから攻撃してくるので、それでその場所周辺を破壊させる。
これをビルに対してやることで、周辺の破壊を更に進めるという寸法だ。周りの水分はあらかた吸い尽くしているから、ビルが一つ倒れればかなりのほこりが舞い上がる。そこを見計らってより粉じんが出るように俺も動けば、もう一度優位に立てるだろう……とね。
問題は、思ったよりロボットが多いことと、思ったよりビルが頑丈ってことか。おかげで、今の今まで俺はロボット相手に戦う羽目になったわけだ。
しかしどうやら、先ほどの衝撃波でようやくビルが倒壊を始めたらしい。まさに巨大なものが壊れるに相応しい嫌な音が、地鳴りと共に響き渡る。
俺はその音のほうへ飛ぶ。と同時にブラスターを捨て、空いた手で拳を握る。さらにそれを、勇之闘気によるオーラで覆……おうとしてストップ、その分のオーラをさらに目に集中させた。
「げっ!?」
俺の目は、倒壊していくビルの下敷きになりかかっている真琴を見つけたのだ。オーラの出力を上げたことで、その姿がより鮮明となる。
もちろん彼がそのまま黙って下敷きになるはずもなく、その能力で飛んで逃げたわけだが……それは完全ではなかった。
ビルが倒れた時の衝撃と風圧が、かろうじて倒壊から逃れた真琴を容赦なく襲う。体勢も崩れ気味だった彼はそれを防ぎきることができずに吹き飛び、……俺めがけて突っ込んできたのである。
思考を加速させれば、どうするかじっくり考えられるレベルのスピードだ。しかしこの状況で、あれこれと考えるつもりは俺にはなかった。正確には、そんな考えすら浮かばなかったというか。
俺は勇之闘気によるオーラで全身を覆い、さらにそれを前面に多く配した。○ンター○ンターで言うところの、ケ○である。
そうした上で腰を落とし、両手を広げて身構える。前方からの衝撃に備えるために。
そしてそんな俺の元に、真琴が突っ込んできた。その瞬間に、彼の身体を抱きとめて後ろに跳び、衝撃を極力逃す。
誤算は、倒壊の風圧がここに来てもなおかなりの勢いだったことか。跳んだせいで踏ん張りが利かなくなった俺の身体は、真琴もろとも吹き飛んでしまった。
まあ、地面にぶつかる前になんとか闘之飛翔を出せたので、一応それでダメージは受けなかったがね。
「ふぃ、大丈夫か?」
一通り終わったことを確認して、俺は物陰に隠れつつ真琴に問う。そうしてから、自分の身体を水で覆っていたことに気づいたが、既に手遅れなのでそのままにした。
「……お兄さん」
「おう。……いや、わかってる。言わなくてもわかる」
目の前で苦笑する真琴に、俺も苦笑する。そして彼が口を開くのを制して、小さく首を振った。
「また湊さんに怒られちまうなあ……」
また敵を助けてしまった。
いや、だってさあ。勝手に身体が動くんだからしゃーなしだろ? 我ながら学習しないというか、もうどうしようもないというか……。
「わかっててもやっちゃうのがお兄さんだよね……」
「今ならわかる。理科で習った反射ってこういうことだぞ、きっと」
「ちょっと違うんじゃないかなあ……」
「そこは素直に頷いといてくれよなあ」
「わあ、苦しいよお」
「嘘つけこの」
苦笑しっぱなしの真琴にヘッドロックをかける。死んだ俺たちがそれで落ちるはずもないので、当然嘘くさい言葉が返ってくることになる。それに対して、くすぐりを加える俺であった。
……このやり取り、似たようなことをやった気がするな。
「もー、お兄さんってば、そうやってやる気なくさせるのやめてよね」
「そういうつもりでやったわけじゃねーんだがな……」
「そりゃそうだよ、狙ってやってたらお兄さんじゃないよ」
「んなっ、お前そりゃどーいうことだ?」
げんこつで頭をぐりぐりやる俺に対して、真琴がけらけらと笑う。まったく緊張感のないやり取りだ。
「あーあー、なんだかなあ」
「なんだよ?」
「お兄さんが必死な顔して助けてくれるんだもん。戦う気なくなっちゃったよ」
そう言って、真琴はぷうっとほっぺを膨らませた。相変わらず、無自覚に攻めてくるね君は……。
「おいおい」
「だってホントだもん。元々お兄さんにならいいかなって思ってたから、余計なのかなあ」
一言足りてないだけで、意味が膨らむので一言は大事だな。日本語って難しいよな。
いや、察してくれ。俺は今、目の前でゆらゆらと揺れながら流し目をくれている美少年に、道を踏み外しかけたのだ。
そういうつもりはなかったんだが……俺ってもしかして、今まで自覚なかっただけでそっちの趣味があったんだろうか……。
「ねえ、お兄さん?」
「んー?」
努めて何もない風を装いながら、返事する俺。
「お兄さんって、転生にはあまり興味がないんだよね?」
「まあ……うん」
前に比べたら、するのもありかなとは思ってるけど。
「じゃあさ、お兄さんがもし優勝したらさ。転生枠一つ、譲ってくれなあい?」
「……枠のこと知ってるのか」
「うん。優勝したら四つでしょ? 織江さんと空さんはともかく、お兄さんと湊お姉さんは使わないでしょ?」
確かに、仮に優勝したとしたら枠が二つ余ることにはなるな。もし俺が使うつもりになったとしても、湊さんの分が余る計算になる。
「だから、一つ譲ってくれなあい? 譲ってくれたら、ボク降参するから」
「交渉ってことか?」
「うん。……だってさ、お兄さん。この超至近距離でボクの能力二つ使ったら……KOはいかないまでも、ボク有利になるくらいはライフ削れると思うんだよね?」
「ぐ」
こいつめ、まさか最初からこれを狙って……!?
しかも、いつの間にか抱きつきで身体を固定されている。これじゃ逃げようにも逃げられねーじゃん。
かわいい顔してこいつ、とんだ小悪魔ちゃんだな……これがハニートラップって奴か!
「……まあ」
「まあ?」
別にいっか。
「別にいいや」
だって真琴だし。死んでからできた友達だし。
知りもしないやつに横から権利を奪われるわけでもないし、転生枠一つくらい別にいいだろ。
「ホント? あとで嘘って、そんなのなしだからねっ?」
「ったりめーだろ。俺が嘘つくような人間に見えるか?」
「ちーっとも!」
きっぱり言って笑ってくれた真琴に、俺は思わず声を上げて笑ってしまった。
嬉しいやらそうでないやら。もうなんかさっぱりわかんなくなっちまったが、これでよかったんだろうか。まあ、勝ちは勝ちなんだけど。
とりあえず俺たちは、互いのメニューを突き合わせて降参の提示と了承を行った。
それはすぐに受理され、頭上に「YOU WIN」の文字が現れ……そして、俺の視界は白い光に飲み込まれるのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
これにてVS真琴、終了です。今回は戦意をそぐ形での勝利となりました。
ルールとして降参を設けてあるので、こういう勝ち方もありかなと思いまして。
そして浮上する主人公ショタコン疑惑……。




