第41話 次は
俺がはっきりと意識を取り戻したのは、司会による次のバトルの案内がほとんど終わった後だった。
それまでも意識がなかったわけじゃないんだが、なんだか霞がかかったようなというか、うすぼんやりとしたというか……そんな感じで、あまり明確な判断ができる状態ではなかったのだ。
案内については、まあ湊さんたちに聞けばいいだろうから、それはまあいいとしよう。
問題は、俺がそんな風になったことだ。
死んでからというもの、疲労とは無縁だ。睡眠の必要もないし、空腹もない。究極、一日二十四時間、一切休むことなく何かをし続けられるのだ。
だが直前までの俺の状態は、……そう、たとえて言うなら長距離を全力で走り切って、そのまま倒れ込んだときと似たような感覚だった。自分の意識はあっても、身体がついてこない。その意識すら、ときにおぼつかない。そんな感じだったのだ。
なんだったんだろう。どうにもこうにも嫌な予感がするな……。
とりあえずこのことは、三人と合流したらまず最初に相談しよう。何事もなければいいが、何かあったら遅い。それに、何よりこのトーナメントでの勝敗は俺だけの問題ではないのだ。
「よう坊主! いやーやられた、完敗だぜ」
転移装置の上で突っ立ったまま、あれこれ考えていた俺にゲンさんが言う。
振り返ってみれば、俺は肩に手をまわされてぐいっと引っ張られるところだった。
「いや、ギリギリでしたって。最初から最後までマジ勝てる気しなかったっす」
「そう言う割にゃ最後はずいぶん派手にやってくれたなあー?」
「あ、……いやその……あれは、能力の副作用っていうか……」
転移装置から半ば引きずりおろされる形で、ゲンさんに引っ張られる。
まあ、言い方はあれだが彼の顔に曇りはないので、別に恨まれているとかそういうことはなさそうだけど……。
「特殊能力なんつっても、色々あるんだな。やっぱ、おっさんの固まった頭じゃそういうのは無理だったか」
「ゲンさんがあれ以上能力使いこなせたら、誰も勝てねっすよ……」
「はっはっは! そうおだてンな!」
笑いながらばしんと背中を叩かれた。負けたってのに、気のいいおっさんだなこの人は。
「負けは負けだ! 転生とやらにはちいっとばかし興味もあったが、負けたからにゃ仕方ねェ! お前がオレの分まで暴れてくンな!」
「うぇあ、うぃっす!」
「おーっし!」
最後にもう一度派手に背中を叩かれて、俺はようやく解放される。
嫌いじゃないけどな、こういうのも。
「それじゃ、オレは他の奴に謝ってくっか。おい坊主、えーっと……」
「亮っす。明良亮」
「そう、それだ。亮、次も勝てよ!」
ポータルから出て、別れ際に言われた俺は少し面食らった。が、すぐに顔を引き締めると、それに応じる。
「うぃっす! 絶対勝つっすよ!」
そう答えて、背中を向けたゲンさんを見送る。
道着の後ろ姿は、ただ立ち去るのみと言う老兵のそれに見えた。だがそれにもまして、背中で語る男の美学のようなものも感じた。
いぶし銀の剣士。そう呼ぶにふさわしい強敵だった。
もし来世で会うことがあっても、互いに互いはわからないだろうが……それでも、ああいう人とはまたどこかで巡り合いたいもんだな。
……さて、俺もみんなのところに戻るか。相談したいこと、聞きたいこと、色々ある。
「お兄さんっ」
「おおう!?」
俺も身体の向きを変えようとしたその瞬間、後ろから何者かに抱きつかれて思わずビビる。
が、それが誰なのかはすぐにわかったので、あくまで冷静を装いそいつに顔を向けるのだ。
「真琴か。いきなりどうした?」
「えへへ、お兄さんと話がしたくて」
そう言って笑う真琴は、なんだか久々に会うからかやけに輝いて見える。
くそう、素地がいいやつはまぶしい! こいつ、もう数年したら女を泣かせる男になってただろうなあ……。
「えっと、まずは二回戦進出おめでとう!」
「おう、サンキューな」
改めて向かい合いながら、真琴に応じた。
彼の後ろには、マスラさんが控えていたのでそちらにも会釈をしておく。
「かっこよかったよ、お兄さん! 火の剣もすごかったし、水の竜もすごかったし……でも、最後のあれが一番だったよ!」
「お、おう、そうか? いやあ、うん、ありがとう」
どれも俺一人では絶対できない技なので、素直に喜べないところはある。純粋な気持ちで言ってくれた真琴にはすまないが、どうしてもしどろもどろになってしまう俺。
「色んな能力をうまく使ってたし、見た目もばっちりだったし! ボクもああいう風にやってみたいなって思っちゃった」
えへ、と笑う真琴は相変わらず無垢で、どこまでもかわいい。顔を合わせるのが久しぶりだからか、こいつが男だと言うことが頭から抜けてしまったような気すらする。
俺にその気があろうものならどうにかなってしまいそうだが、こいつそういう自覚はあるんだろうか。もちろん、あったとしたらとんでもない大人物だと思うが……。
しかし、こうやって持ち上げられるのはくすぐったい。繰り返すが、俺一人では絶対できないことだからだ。
「いやそう褒めるな、マジで。俺一人の力じゃねーんだからさ」
「そう? でもでも、実際に戦ったのはお兄さんだもん。一番かっこいいのはお兄さんだよ」
ぐう。お前はどこまでいい奴なんだ!
「だーもう、だからそう褒めるなっつってんの!」
「わわっ、お兄さん苦しいよお!」
「ウソつけ、俺ら死んでるっつーの!」
「えへへ、そうでしたー」
ヘッドロックをかけて、しばし真琴と戯れる。そのさまを、マスラさんが穏やかな目で見守っていた。
それからしばらくして、ふと真琴が真面目な顔をした。
「……でもさ、お兄さん?」
「ん? どうした?」
「ボクだって、負けないんだからね」
そう言って真琴は、するりと俺の腕から抜けると正面から向かい合った。
そしてその言葉に、俺も表情を引き締める。こいつが言いたいことが、なんとなくわかったのだ。
「次……ひょっとしてお前か?」
「うん。……初戦がお兄さんなんて、ボクついてないよ」
肩をすくめる真琴に、俺も苦笑を浮かべる。
「でも、ボクだって転生したいもん。だから、全力で相手する。だからお兄さん、手加減なんてしたら許してあげないからね!」
「……そうだな、全力でやるのが礼儀だな」
そうして俺は、握りこぶしを真琴に向ける。
「来いよ、俺たち四人が相手だ」
「うん!」
そう言ってにっと笑う真琴は、まぎれもなく男の顔をしていた。
死んだ歳もその見た目も、まだまだ子供の真琴だけど。それでもそんな幼さの中に、確かな力の光が宿っている。そんな気がした。
「そんじゃ、俺はこれからみんなと打ち合わせだ。また明日、ポータルでな」
「うん、またね!」
それだけ言うと、真琴はマスラさんを伴って、俺とは反対の方向へ駆けていく。
途中振り返りながら手を振ると言う、実にベタな反応をしてくれるのはまたなんとも微笑ましいが。
俺もそれに手を振りかえしつつ、内心でうなる。
次が真琴か。織江ちゃんの時もそうだったが、どうも俺は子供と戦うとなると迷う節がある。
もちろんいざその場になったとき、織江ちゃんとも普通に戦えたので大丈夫だとは思うが……。
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「あんた、本っ当にバカよね」
「えっ、いきなり何!?」
三人と合流してすぐ、湊さんにそう言われてしまった。そんな湊さんの後ろでは、空さんと織江ちゃんが苦笑を浮かべている。
いや、否定できないのはわかっちゃいるけど。いきなりそう言われて気分いいやつはいないと思うなあ!
「いやわかっちゃいたけどね。そういう方向のバカってことくらい。そんなあんたを私がどうこうしようとしたって無理だって、すぐわかるはずなんだけど」
そうしてため息をつきながら、湊さんは続ける。
「……なんでもない。それより……もう無駄だってはっきりしたから、私あんたに強制しないわ」
「は、はあ」
「作戦の提示はするけど、それでどうするかはあんたに任せる。……任せた結果、なんかオーラロードのとんでもない使い方してくれたみたいだけど」
とんでもない使い方、とはもちろんあのスー○ーサ○ヤ人のことだろう。
そうそう、俺もそのことでみんなに聞きたいことがあるんだ。まずそれを話し合おう。というわけで、場所を移す。
会議場は、いつも通り俺の部屋だ。今回は本選での初勝利ということで、空さんが全員にジュースをふるまってくれた。
湊さんはポイントの無駄と言っていたし、俺もできればそこは節約したかったものの、
「心を常に張り詰めてると、いつか折れちゃうよ。人間ってそういうものだから」
と、言われてしまえば、なるほどと思ってしまう。
無理をし続けた結果死んでしまった空さんだからこそ、余計心に響くのかもしれない。
まあそれはそれとしても、久しぶりに飲むゼリー以外の飲み物が死ぬほどうまかったので、それはもう話題には上げない。
「で、オーラロードなんだけどさ」
「あはは、あれ完全に○ーパー○イヤ人だったよね」
インターネットで言うところの、草を生やすという言葉がしっくりくる笑い方で空さんが言う。
まったく反論する余地もない。俺は頷きながら、だけど、と言葉を続けた。
「ライフの減り方がとんでもなかったのは当然としてもさ、なんかちょっとおかしかったんだ」
「おかしかった、と申しますと?」
「うん。元々スー○ーサイ○人って、闘争本能が刺激されて好戦的になったりするんだよ」
「うんうん、そういう設定だったね。実際、それを戦闘中にやって痛い目にあったキャラも多いね。主に某王子とか」
「それを狙ったわけじゃないんだけど、なんていうか、あれやってるとき、めっちゃハイになったんだよ」
俺の言葉に、空さんは漠然とあー、とだけ答え、湊さんは顎に手を当てた。
「言われてみれば確かに、最後の戦い方はお館様らしくありませんでした」
「ネタ元の副作用がそのまま出ちゃった、ってこと?」
「そうなんすよ。とっさに思いついたことなんで、当然とは思うんですけどね……でも、それだけじゃないんすよ」
「とゆーと?」
一旦ジュースでのどを潤す。……もちろんそれは生前の感覚で、実際あるわけではないが、ともあれ。
「終わったあと、しばらく意識がはっきりしなかったんすよ。なくはなかったんすけど。ぼーっとして、身体に力が入らないっつーか……そんな風に」
「……それは妙だね」
空さんが、珍しく(と言ったら失礼か?)真面目な顔で頷く。
「ぼくたちはもう、そういう生きている人間のような感覚は味わえない。味覚はライフの回復に直結してるからかあるけど……でも、せいぜいそれくらいだよね。にもかかわらずそんな効果が出たというのは……うーん……」
「私もそれは初耳だわ。これは調べがいが、……もとい。調べておいたほうがよさそうね」
……言いかかったことについては、聞かなかったことにしよう。
実際、調べてもらいたいことには変わりないんだし。
「でも、調べるって言ったって何か当てでもあるのか?」
合流前、真琴と別れてからイメちゃんに聞いてみたが、彼女もわからないと言っていた。
イメちゃんもすぐに調べておくと言ってくれたが、運営側であり、システムの管理も担っているらしいイメちゃんよりも湊さんが先に解明するというのは、さすがにないように思える。
「知られてるから言うけど、『彼』が結構このトーナメントのシステムに詳しくてね」
「お……おう……」
さらりと言ってくれるが、それってつまりそういうことじゃないか……。
もはや隠すつもりもない湊さんの言葉に、さすがの空さんも顔をしかめている。織江ちゃんは、びっくり顔だ。
「……確かにこれ以上死にたくはないから、調べてもらいたいとは思うけど……」
「割り切れない、って? いいのよ、その時までせいぜい利用してくれて。私はそのつもりだし」
「そうじゃなくて! そういうことじゃなくて……人を利用するとかされるとか、そういうのが嫌だっつうんだよ」
「何を言ってるの? 所詮人間なんて、すべて利用するものでしかないわ。その上で、より利用する側に回ることが多いかどうかでしかない。
究極、親子関係や友人関係だってそう。あんただって、親や友達を利用してた。今だってそうだわ。仲間と呼ぶ私たちを、あんたは利用している。優勝という、目的のためにね」
「……!」
俺が、……みんなを利用している?
「スズちゃん、それ以上はやめなよ」
何も言えなくなった俺に対して、口を挟んだのはいつも通り空さんだ。
「ぼくから言いたいこともあるけど……でも、今そういう議論が必要なときじゃないだろー?」
「そうね」
空さんに言われて、湊さんは肩をすくめる。だがその様子に、悪びれた感じは一切なかった。
「リョー君、きみが感じたっていう違和感はぼくも調べてみるよ。頼るあてはないけど、まあできる限りのことはしてみる」
「……ありがとう、ございます」
「いーってばさ。……それじゃ、本題だよ。次の対戦相手について!」
そして、話題がすぱっと切り替えられる。
だが、俺は湊さんの指摘について頭の片隅で考え続けていた。ざわざわとした、今まで体験したことのない違和感と共に。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
少し怪しくなってきた空気の中、真琴がボクにとって清涼剤のような気がしてなりません(
次回、か……その次辺りから、遂にVS真琴が始まります。




