第4話 小手調べ
さてトレーニングルームなわけだが、まずは身体を動かしてみよう。スキルで得た格闘術のレベル3とやらがどれほどのものか見てみたい。
「ってわけなんだけど、サンドバッグ的なの出せない?」
「もちろん出せますよ。制御盤をご覧ください」
あるんだな。さすが、死後の世界は期待を裏切らないな。
イメちゃんに促されて制御盤を見る。なるほど、トレーニングエネミーなんてボタンがあるな。
「これを押せばいいんだな?」
「はい。耐久力の設定や、どの程度攻撃を仕掛けてくるかなども設定できますので、自分にあった設定を作ってみてください」
至れり尽くせりだな。そこまでするかって感じだが、それは今さらか。
えーと……数値がどうってのがよくわからないから、とりあえず俺のステータスをそのまま使ってみるか。メニュー片手に数値を制御盤に入力する。
挙動はどうしようか。最初だし何もしないのもありか?……いや、自分の実力を調べる目的だから、攻撃も防御もしてもらったほうがいいかな。
強さの度合い……これもスキルと同じ十段階か。んー……最初だし、これは素直に1でいいか。
「これでいいか?」
「はい、完了ですね。ではこちらの、『練習開始』を」
「ん。……おお」
言われるままにすると、部屋の真ん中あたりにそれが出現した。
人間の形はしているが、目とか口はない。単純に人間の形をしているだけだ。色は真っ白で、服とかは何もない。なんていうか、こう、すごくマネキンだな。背丈は俺と同じくらい。たぶんだが、体重も同じくらいなんじゃないかな。
そのマネキンの頭上には、緑色のゲージが浮かんでいる。あれがライフポイントの表示か。思いっきり格ゲーのバイタルゲージだな、どこまでゲームっぽくする気だ。トーナメントのほうもこんな風になるのか?
そう思って頭上を見てみると、俺にも輪っかの代わりにゲージが表示されていた。なるほど、バトルに入るとこうなるんだな。
「亮様、あそこをご覧ください。赤いラインが引かれていますよね?」
「ん。ああ、確かにあるな」
今俺たちがいるところと、出現したマネキン(こう呼ぶことにした)のちょうど間くらいのところにそれはあった。さっきまではなかったけど、たぶんマネキンと一緒に出たんだろう。
いかにも危険と言いたげな赤いラインだが、つまりあれを越えるとスタートってところかな。
「はい、そうです。トレーニング時間はトーナメントのバトルと同じ九十分が最大です。先にゲージを削り切ったほうが勝ち。よろしいですね?」
「オーケーばっちりだ。まずは小手調べだな」
イメちゃんに頷きながら、俺は前に出た。そのまま歩いて、赤いラインを越える。
と、その瞬間だ。今までただ立ち尽くすだけだったマネキンが、ファイティングポーズを取った。その道の達人のような、隙のない構えではない。そうだな、ちょっとケンカ慣れした一般人がやる構えって感じかな。
まあそう言う俺も、その程度の構えしか取れないんだけどさ。スキルが着いたと言っても、元々は一般人なんだし。一応、多少ケンカはできたと思ってはいるけど、所詮その程度だ。
さて。何はともあれ実戦だ。待っているのは性に合わないし、自分の動きを確認したかったので、俺は早速距離を詰める。
その段階で、既に自分の身体の変化に気がついた。スキル獲得前に、この部屋の大きさを知りたくて走った時とは全然違う速度が出た。俺の五十メートル走のベストタイムは八秒ジャストなんだが、これたぶん七秒は固いぞ。風を切るっていうのはこういう感じなんだろうか。
内心驚いているうちに、あっという間にマネキンの目の前までたどり着いた。相手は、俺の動きを警戒したのか防御態勢に入っている。だがそれは、ファイティングポーズとさして変わらない、上半身だけの守りだ。
俺は、それとは逆に隙だらけの下半身目がけて足払いをかけた。下のことなんて気にしていなかったのか、さしたる抵抗もなくマネキンはあっさりと転倒する。
「っしゃあ!」
もちろん、これを逃すはずがない。俺はそのままマウントを取ると、マネキンの顔をぶん殴る。
……殴った感触がなんか変だ。殴っているということは伝わってくるんだが、マネキンを殴った感じじゃない。人間を殴った時ともまた違う。
俺の足りない頭では表現する言葉が見つからないが、なんていうか、柔らかいゲル状のものを殴った感じだろうか。
不思議な感覚だが、とりあえず殴りすぎて手がやられる心配はなさそうだ。俺はそのまま、遠慮なくマネキンを殴り続ける。
マネキンからの抵抗はほとんどない。たまに身体を動かすが、まるで抵抗になってない。力は結構かかるんだが、やり方が悪いんだろうな。
そしてそんなマネキンのバイタルゲージは、ガンガン減っている。素手だからか一発一発の減りはさほど多くはないが、ちりも積もればって言うしな。
ゲージが四分の一くらいまで減ったところで、俺はマネキンを解放した。そのまま、後ろを振り返らずに制御盤まで一直線で戻る。
「いかがなさいましたか?」
そんな俺が不思議だったのか、イメちゃんが首を傾げる。
「弱すぎて実験にならねー」
ぼやくように、俺は答えた。それから制御盤に向かい、設定の中の強さを5まで引き上げる。
さすがに1は低すぎた。十段階の真ん中は俺よりも強いかもしれないが、どうせこれは訓練だ。負けても影響はない。むしろ、そこから学ぶことのほうが多いだろう。
強さの再設定を終えて、俺はマネキンに向き直る。そこで構えていたのは、明らかに先ほどまでとは違った。
今度の構えは、ほとんど隙がなかった。攻撃を受けても防御、もしくは受け流せるように腰は落として重心を安定させている。と同時に、いつでも攻撃に移れるよう握り拳が身体の影で構えている。ちなみに、再設定したからゲージも回復している。
それを見て、俺は思わず笑った。そうだよ、こうでないとな。さっきは一方的過ぎて、マネキン相手とはいえあんまり気分は良くなれなかったんだ。
俺は床を蹴って、一気にラインを越えてマネキンへと肉薄する。だが、それを見るや否やマネキンは小さいバックステップで俺から距離を取った。
それは俺の攻撃を回避すると同時に、自分の攻撃範囲は維持する最低限の後退。動きに無駄はなく、俺はそのままカウンターで飛んできたげんこつを慌てて左腕で受けた。
……殴られた感覚も、生きていた頃とは違うな。殴られたという感覚はあるし、吹き飛ばされる衝撃はあるんだけど、痛みは一切ない。もちろん、しびれとかそういうのもゼロだ。
なるほど、どれだけダメージを受けても身体に影響はないってことか。ゲージがゼロになる瞬間まで、百パーセントで行動できるんだろうな。……完全にゲームだ、これ。
「ぶっへ!?」
なんて考えてたら、するりと俺の懐に潜り込んでいたマネキンから思いっきりアッパーカットを食らった。あごに直撃。当然俺の身体は浮き隙だらけになり、そしてそのまま腹に蹴りを食らって吹き飛んだ。
床を情けなく転がる俺。しかし、痛みはやっぱりない。生前だったら、最初のアッパーカットで既に戦意喪失するレベルだったと思うが、そんなダメージはないのだ。
動ける。俺はそう確信して、身体を起こした。
「……っておい!」
そこに、容赦なくローキックが飛んできた。さすが強さ5、無駄な動きはしないか。
なんとかかろうじてそれを避けた俺は、反撃に出る。まだ引っ込んでいない足をつかむと、そのままマネキンの動きを封じた。片足を取られてバランスを崩したマネキンだったが、先ほどとは違い簡単には倒れない。器用にバランスを取りつつ、俺の拘束を解こうと無駄は多いがパンチを繰り出してくる。
生前だったらそれを食らっていただろうが、そこは動体視力アップのパッシブスキルのおかげだろう。そのパンチの動きがしっかりと認識できる。俺はそれらをかいくぐりながら、さらにマネキンの足を引っ張って相手を引き寄せエルボーを顔面に叩きこむ!
と同時に足を離して、エルボーの衝撃のままマネキンが吹き飛ぶのを見送る。
うーん、すごい飛び方だ。生前の比じゃない。パッシブスキルも十段階あったが、レベル2でこれだけ強化されているとなると、マックスまで上げたらどうなるんだ?
感触を確かめながら構えなおした俺の前では、既にマネキンが体勢を整えて構えていた。身体へのダメージがないと、自分だけじゃなくて相手も楽なんだろうな。これはバトルの時は気をつけたほうがよさそうだ。ゲージを減らしたからって、油断はできない。
マネキンが正面から突っ込んできた。俺はそれを迎え撃つ。
それからしばらく、俺たちは乱打の応酬を繰り返した。俺も慣れてきて、最初のように不意打ちを食らうことはほとんどない。ただ、やはり技術の差はあるようで、俺が一発攻撃を入れる間に、相手から二、三発の攻撃を食らってしまう。
これが、強さ5の敵ってことか。不意打ちを食らったり一方的にやられるほどじゃないものの、着実に攻撃を食らうくらいには差があるんだろう。このマネキンの程度で言うなら、俺の強さは4ってところかな。生きてた頃は2くらい、かな? スキルのありがたみがよくわかるぜ。
そうして五分ほど戦って、相手のゲージをもう一度四分の一まで減らしたところで、俺のゲージがゼロになった。
その瞬間、突然身体が動かなくなって俺は床に倒れた。全身に力を入れても、どれだけ念じても一切身体は答えてくれない。これがライフポイントゼロの状態か……、って、いちいち空中に「YOU LOSE」なんて出さなくていいよ! マジで格ゲーかっつーの!
そう考えていると、目の前のマネキンが消えた。と同時に、身体の自由が戻ってくる。勝敗がはっきりしたら、すぐに動けるようになるってことか。
頭上を見てみれば、さっきまであったゲージは元通り輪っかになっていた。なるほど、と思いながら俺はゆっくりと立ち上がって身体の調子を確かめる。
問題はなさそうだ。身体が動かなかったのは一瞬で、それも悪影響が残るわけではないらしい。動けないのはライフがゼロになった瞬間だけで、それ以外は常に好調みたいだ。
「いかがでしたか?」
そうしている俺に、イメちゃんが問いかけてきた。
「ああ、生きてた頃との違いは大体わかったよ」
「それは良かったです」
俺の返事に、彼女はにこりと笑った。うーん、かわいい。アイドルかこの子は。
「殴られてもダメージがなかったけど、あれって剣とか銃で攻撃食らっても同じか?」
「はい、痛覚等は遮断してありますので、いかなる攻撃手段を用いてもダメージはありません。魂への損傷もないので、相手の方もガンガン攻めてくると思いますよ」
「斬られたり撃たれたりして無傷って想像つかねーな……」
「試してみますか? トレーニングエネミーは武器も持たせられますよ」
「お、マジで? よし、後でやってみる」
つくづく何でもアリだな、ここ。
まあいい。できるならやってみるのが一番だ。でも、その前にどうしてもやってみたいことがある。
というわけで、俺はもう一度制御盤を操作する。今度の相手は、ステータス自体は同じにするが、挙動を「何もしない」に設定する。
そう、今度は試すのだ。俺の特殊能力を!
「これでよし、と」
操作完了、マネキンが現れる。ラインを越えて近づくが、今度は何もしかけてこないし、守りに徹する気配もない。
何もしない。まさに、格ゲーなんかでよくあるプラクティスモードそのものだ。
これなら、邪魔されることなく技の研究や練習ができる。
「よし……」
ある程度の距離に立って、俺は気合を入れる。
「行くぜ! フレアロード!」
そして、能力名を叫ぶ。さあ、出てこい炎!
…………。
…………。
…………。
……あれ?
「ちょっ……」
俺に言えたのは、それだけだった。それから、説明を求めてイメちゃんに振り返る。
きっと、その顔はめちゃくちゃ情けなかったに違いない。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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軽い戦闘回でした。とは言っても訓練なので、会話などの駆け引きはありませんでしたが。
スキルですが、レベル1が教えを受け始めた初心者、レベル4が中級者、レベル7で免許皆伝、レベル10で一騎当千です。
そして生前の状況に合わせて、これらのスキルをある程度習得した状態の参加者もいます。多くの場合参加者は寿命を残して死んだ若い人間なので、滅多にないですが。
さて、次回は主人公・亮の特殊能力「フレアロード」の説明回になります!