第39話 本選 4
光が晴れるとそこは、モンスターの巣だった。
…………。
「うわあああーっ!?」
事実の確認に意識がついてこれず、俺の悲鳴は二拍ほど遅れて出た。
それとほぼ同時に、離れたところからゲンさんの似たような声。っておいおい、同じ部屋にいるのか。
と……っ、とりあえず、思考加速だ!
時間が一気に緩やかになる。まず、視界に入るモンスターはというと……。
さっきの迷路で遭遇した、狼っぽいやつ。が……、……うん、十三。
それから、スライムとしか言いようのない軟体なやつ。が……えっと……八。
あと、明らかに人すら食えそうなサイズのアリが。……あーっと、二十?
相変わらず明るくないので、すぐにわかる敵ってなるとこれくらいか。ただ、俺が認識できる範囲の外にも相当数のモンスターがいるのはもう間違いないと思っていいだろう。具体的には後ろとか。
さて、数を把握したところでどうするか……。
既に俺めがけて攻撃しようとしてるやつが大半で、うち四分の一くらいが実際に戦いを避けられないだろう距離にいる。となると、カギを握るのはやっぱりグロウロードか……。
でも、あまり複数に使える技じゃないんだよな。こんなにたくさんの相手を一度にするのは、さすがの「栄光の王」でもちょっとな。
まあ待て、考えろ。落ち着いて考えるんだ。時間はたっぷりある。ないけどある。
まず攻撃手段だ。今俺の両手には、さっきの迷路から引き続き持っているライターがある。最低限、攻撃はできるわけだ。何はともあれ破焔拳。これだ。
で……次はどいつを狙うか。これは一番俺に接近しているやつでいいだろう。問題はその後だ。次に来るやつは、体勢とかの問題で反撃できない可能性が高いのだ。
周りをまとめて一気に攻撃したいところだが、そのためには油などの道具が必要になる。というわけで、各個撃破していくしかなくて……。
ええいダメだ、答えなんて出ない! 元々こういう風に考えるのは苦手なんだ、攻撃されたらその時はその時だ!
「せいっ!」
俺に一番近いところにいた狼の横顔に、破焔拳の右ストレートをぶちかます。と同時に前へ出ていき、その後ろに迫っていたもう一匹のあごに左アッパー。
炎上する二匹を尻目にさらに前へ走り、そこに待ち構えていたスライム二匹……は、動きがのろかったのでスルーして、先にその隣にいたアリの身体をぶん殴る。
だが、アリはそれでもなお俺に向かって足を振り上げてきた。頑丈なやつめ! パンチじゃだめか!
仕方ないので、ここで絶対王権を発動。ピタリと止まったアリの上に飛び乗り、そこからぱっと見で一番モンスターが少ない場所目がけてジャンプ!
むう、しかしどうしようか。殴るのがアリに効果が薄いとなると、やはり武器が必要になる。しかしこのモンスターだらけの状態で、ボックスを開く余裕はさすがにない。うーん……!
そう思って立ち上がる俺の頭に、湊さんの声が響いてきた。
『落ち着いて。まずはボックスを開くのよ。そのためにダメージの一発二発は覚悟して!』
「わ、わかった!」
彼女が言うからには、それほど重要なものがあるということだろう。俺は意を決して、ボックスを開いた。
もちろん、意識がそちらに向くので警戒は疎かになる。だが、かといって攻撃を食らいたいとは思わないので、極力攻撃されないように逃げながらだ。
『迷路で拾った、透明薬があったでしょう? あれを使って!』
「お、おお! そんなのもあったな!」
湊さんに頷きながら、俺はボックスからその透明薬を取り出す。と同時に、前方から迫る狼の大口!
道具を使おうとしていたので、今は火を出していない。しかし、この薬を落とすわけにもいかない! 俺はとっさに思考を伸ばし、その中からスライディングで下へ逃げる道を選ぶ。
狼はそれでなんとかやりすごし、体勢を立て直……そうとするところに、迫りくるスライム! まるで津波のように俺に覆いかぶさってくる姿は、国民的ゲームの同名キャラとはまったく似ていない。怖い!
これはもうどうしようもない。絶対王権だ!
ピタリと止まるスライム。俺はその横をすり抜けて、なんとか体勢を立て直すことに成功する。
……うん、自分の身一つで攻撃する相手に絶対王権は相性抜群だな。俺も体験してるからよくわかる。
さて、ようやく一息ついた(とはいっても数秒程度だけど)ので、急いで透明薬を飲む。……見た目と味のことは何も言うまい。だがその効果はてきめんだった。
薬を飲み干すや否や、俺の身体はあっという間に見えなくなったのだ。自分にすら自分の手の場所がわからないので、ちょっと行き過ぎの気もするが……考えてみれば透明人間ってそういうことだよな。
『いい? 今から中央集権を展開して行動よ。一切音を出さずにその場を離れるの。
もちろん、道中倒せそうだと思ったやつは倒してもいいけど……できればモンスターはゲンさんに倒してもらうのが理想』
「……あんまそれ、やりたくねーな。やりたくねーけど……」
早速、中央集権を発動させながら俺は言う。もちろん、それによって俺の発言も音波ごと止まるので、ここからしばらく、俺の台詞はモノローグだ。
『やらないと、俺がやられちまうか』
『そういうことよ。……あ、ちなみにそっちの声が聞こえなくなるんじゃないかって心配してるみたいだけど、無用だからね。
あんたが話すつもりの言葉は、全部チャット形式でこっちに出てるから』
『マジかよ! 死んでから俺ら心読まれすぎだろ!』
『その辺りの容赦はしない連中だからね。そんなことより、ゲンさんを探すのよ。一応、倒すべき相手だから』
『お、おう、わかった』
マップを出して、ゲンさんの位置を確認。そしてすぐに、そちらに向かって俺は動き出した。
今透明になっているからか、モンスターが俺に襲い掛かってくる気配はない。
……いや、狼はさすがに鼻が利くのか結構な割合で場所がばれるんだが……それ以外のやつは完全にスルーだ。気を付けるのは狼くらい、気楽なもんだ。
と思っていると、前方から派手な音が聞こえてきた。いろんなタイプの轟音が混ざり合っていて、とてつもない不協和音になっている。
考えるまでもなく、ゲンさんだろう。……あ、アリたちが空に吹っ飛んで行った。
すげーな、あの人。いくら刀があるからといっても、これだけの数のモンスターを同時に相手にするとか。
……しかも空飛びながらか。なるほど、そりゃ有利だろう。そういえば、空を飛ぶ能力を持っている仲間がいるんだったか。あの人が飛びながら戦うとか、戦闘機みたいなもんだろ、マジで。
おっと、アイテム発見。なんだこれ、……覚醒薬?
なんか、犯罪の臭いがぷんぷんする名前だな。劇薬じゃねーだろうな……。
と思ったら、なんと一時的に特殊能力の全スキルレベルを上げるアイテムらしい。なるほど、覚醒か……。ドーピングアイテムには違いないけど、これはこれで便利そうだ。もらっておこう。
で、えーっとだ。
『俺、どうすればいいと思う?』
『私の意見としては、気づかれないうちに狙撃』
『相変わらず容赦ねーな……』
『でもどうせ、あんたはそんなこと絶対にしないでしょ。だから代案を出すわ』
最初、ゲンさんを助けた時のことを言っているんだろう。うん、しないね。するつもり、ない。
というわけで、代案を聞くことにする。
『まず言っておくけど、この代案はまだ試したことのないことが成功することを前提にしているわ。うまくいかなくても当然、くらいの心構えでいて』
『了解。何かやってみたいんだな?』
『ええ。モンスターから、アクアロードで水分を奪って、水を確保する。それで攻勢に出るのよ』
『モンスターから……?』
『私たちは魂よ。だから、この身体から水分を奪うことはできない。でも、バトルエリアからは水分を抽出することはできる。
なら、バトルエリアのフィールド効果の一部であるモンスターはどうなのか? 気になるところよね』
いや……正直、死んでから何度目だってくらいの「その発想はなかった」なんだけど。
よくもまあそんなにいろんなことが思いつくな。そんなこと、まったく考えもしなかったぞ。
『もしモンスターから水分を奪えるなら、これだけのモンスターがいる今、ドラム缶一本程度捨てられるくらいの水分が集められるわ。
海嘯を撃てるくらい集まるかは疑問だけど……やってみて損はないと思わない?』
『それは……確かにそうだな』
俺は立ち止まり、周りでうごめくモンスターたちを見やる。ゲンさんのいるところまで、距離としては数百メートルってところだろうが……そこに至るまで、一体どれだけのモンスターがいるのやら。
これを一掃できるなら、やっておいて損はない。と思う。今後のためにもなるかもしれない。
『じゃあ、アクアロード全開で行ってみるか。今織江ちゃんは……?』
『スタンバってるわ。場所代わるから、私はしばらく黙るわね』
『わかった』
それを最後に、湊さんとの通信が途切れる。……そろそろいいかな。
アクアロードが使えるようになるまでの、少しの間を置いて俺は両手を空に掲げた。
……おっと? なんか身体が少しずつ見えてきてるような。そろそろ効果が切れるのか。これは急いだほうがよさそうだ。
イメージするのは、周りから水をかき集める光景。空中や地面だけでなく、この場所に存在するすべてのものから水をかき集めて、巨大な水の塊を作る……よし!
「奉納!」
その宣言と同時に起こった現象は、引き起こした俺も目を疑うほどのものだった。
まず、空気中から水が抽出されて俺の頭上に集まっていく。だが、空気に含まれている水はそこまで多くない。それでも水を十分取り出しているのは、ひとえにアクアロードの力があってこそだ。そして、奉納は通常、これで終わる技である。
だが、今回はそれで終わりではない。
周囲に居並ぶモンスターの身体から、次々に水が抽出され始めたのだ。目で見てわかるくらい猛烈なスピードで、モンスターたちが枯れていく。
植物でもないのに枯れる、という表現はなんだか違うような気もするが……見た目がどんどんミイラみたいになっていくんだから、これが一番しっくりくる。
特に劇的だったのは、スライム。身体の大部分が水分なのか、それが取り出された瞬間から一気に小さくなっていき、最後は消滅したのかというくらい、わずかにしか身体が残らなかったのである。
そして、最終的に俺の頭上に集まった水は、確かにドラム缶一つ分程度の水なんてどうでもよくなるくらいの量だった。
ところどころ、血と思われる赤が混じっているので見た目はあまりよくないが……それでも液体は液体だ。これらはすべて、アクアロードという王の名のもとに集められた兵隊と言っていいだろう。
これだけあるのなら――!
「――海嘯!!」
そうして現れた、巨大な水の竜。それは大きく口を開いて叫び声をあげると、部屋の中にある俺以外のすべてを飲み込むべく飛び出した。
滝を思わせる轟音が響き渡り、部屋全体が震える。そして、すべてが洗い流されていく――。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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モンスターハウスだ! ってやつですね。
うーん、状況が変わるタイプのバトルエリアは難しいですね、我ながら。
フジヤマエリアは運が良かっただけのようです。
一応、次で決着の予定です!




