第36話 本選 1
光が収まって、最初に目に飛び込んできたのは薄暗い部屋だった。
直前までめっちゃまぶしかっただけに、目がついてこない。死んでるはずなのに、こういうところは妙にリアリティたっぷりだよなあ。
いやそれは置いといて。
周りを見渡してみる。どうやらここは、ちょっとした広さの部屋のようだ。学校の教室四つ分くらいの大きさかな。
だが、そんな広さなのにここにいるのは俺だけのようだ。しーんと静まり返っていて、不気味。
そんな中、突然頭の中に声が響いてきたからさあ大変。
『聞こえる?』
「うおあっ!?」
俺は飛び上がってしこたま驚き、もう一度周りを見渡して誰もいないことを確認。その上で、聞き覚えのある声だったと思い直して、心当たりを口にする。
「み、湊さんか?」
『ええ。どうやら繋がっているようね。状況はどう?』
「お、おう……そうだな、見た感じ何もない、ちょっと広い部屋って感じだな。ダンジョンっちゃダンジョンっぽいが、あんまりそんな感じはしないな……」
会話をしてみればなんということはない。要するに、例のサポート機能で俺に語りかけているのだろう。双方向でやり取りができるとは思ってなかったけど……。
『とりあえず、マップを開いて。この状況でいきなり襲われたらたまらないわ』
確かに!
俺は言われるままにマップを開き、それから首をかしげた。
「……あれ? マップが表示されないぞ」
そこには、いつも見慣れたマップの表示はなかった。俺と、それからゲンさんを示す赤いマーカーはあるが、それだけだ。今表示されているのは、俺がいるこの部屋の部分だけなのである。
「湊さん、どういうことだ?」
『司会がいろいろ説明していたわ。かいつまんで説明するから、いつでも逃げられるように準備しながら聞いて』
「お、おっけー」
見えない場所にいる湊さんに頷く。なるほど、司会の声はポータルにいるメンバーには聞こえているのか。それをそのまま説明してもらえるのはありがたいな。
で、湊さんの説明によると、このエリアではマップ表示の機能が制限されるらしい。
自分が実際に歩いた部分しか表示されないようになる、ということだ。こちらのほうがある意味で現実的ではあるが、今までこれに頼っていたので、結構困る。
さらに言えばこのエリアは、いくつかの部屋とそれを結ぶ細い通路から構成されているとのこと。マーカーを頼りに直進しても、相手のところまではいけないわけだ。
この他、エリアのフィールド効果として、モンスターが出るらしい。
……繰り返そう、モンスターが出るらしい。
最低でも、何らかの戦闘技術がレベル3は必要になる程度の強さのやつが、いろいろ出るのだとか。
運が悪いと、一人ではどうあがいても勝てない、ゲームでいうところの魔王とかそういう強さのやつも出てくるとか。
当然、モンスターにライフをゼロにされても負けは負け。勘弁してほしい話である。
そんなモンスターだが、倒すとポイントが手に入るらしい。倒すモンスターの強さに応じて、もらえるポイントも変わるとか。
次に進む自信があるのなら、モンスターを数匹狩るのもありかもしれない、ということだが……ぶっちゃけ、モンスターとゲンさんを相手にする気力はない。
あと、部屋にはたまにアイテムが落ちているという。
これらのアイテムは好きなように使って構わないし、アイテムボックスに入れておけば、バトル後にもそれを持ちこして使うことができるのだとか。
なるほど、ダンジョンである。まごうことなきダンジョンだ。それも、日本人が聞いてこれ、と思い浮かべるタイプの。
なんていうか……うん、ゲームだこれ。
『そういうわけだから、ゲンさん以外にも気を付けるべき相手はいる。くれぐれも注意して』
「了解」
『それから、このエリアは時間経過で構成が変わるわ。フジヤマエリアと似たようなものね』
「うげっ、マジで!?」
『安心して、噴火とかそんなことはないから。ただ、マップの状態が変わるだけ。……まあ、それがどういう風に変わるかはランダムらしいけどね。』
このエリアの変化は、三十分ごとらしい。どう変わるのかは司会も言わなかったらしいのでわからないが、くれぐれもフジヤマエリアみたいな変わり方だけはやめてもらいたい。
『最後に作戦だけど……こういうバトルエリアになっちゃった以上、狙撃は無理でしょうね。長い直線の通路でもあれば望みはあるかもしれないけど……期待はしないほうがいいでしょう』
「だろうな……。となると、行き当たりばったりになんとかやっていくしかない、ってことだよなー」
せっかく準備したのに……。
……まあ、仕方ない。バトルエリアはランダムなんだから、こういうこともあるさ。
『ゲンさん以外にも襲ってくる相手がいることを考えると、空さんはコンスタントに能力を担当してもらったほうがいいと思う。あとは、能力で私か伊月ちゃんを選ぶか、相談相手で私か伊月ちゃんを選ぶかってところかな』
「うーん……湊さんの能力があればいざってときは助かるんだけど、ライフ使うからな。序盤でいきなりライフ使いたくないから、しばらくはライターで行くよ。もう一個の枠は……湊さん、サポート頼めるか?」
『わかったわ。それじゃ、ずっとそこにいても仕方ないわ。まずは動きましょう』
「あいよーっと」
返事方々、俺はボックスからライターを二本取出し両手に持つ。そうして、いつでも使える状態にしてからその場を離れた。
今回も、マップは出しっぱなしだ。ゲンさんの動きは気にしておきたいからな。
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「お! ついにアイテム見っけ!」
それは、最初から数えて二つ目の部屋のことだ。
薄暗いだけで何もなかった今までの部屋だが、今回はアイテムが転がっていたのだ。
……誰もいない、こんなところにアイテムがポロッと落ちてるというのには正直違和感しかないが、まあ、そういうものだと割り切るしかない。
ともあれ、アイテムだ。それはちょうど三百五十の缶くらいの大きさの、ガラスの容器だった。中には、緑色のいかにも身体に悪そうな液が入っている。
俺はそれを拾い上げて、
「どれどれ……って、なんだこれ。なんか文字が浮かんだ」
ブツを手に取った瞬間、そのすぐ真上に「毒薬」と表示されたので面喰ってしまった。
シンプルかつストレートな二文字に、思わずそれを落としそうになる。
『手に取ったら、それがどんなものか大まかに表示されるみたいね。空さんが言うには、こういうタイプのゲームでは未鑑定のものが出てくるやつもあるらしいから、親切と見るべきかしら』
「……だからって毒薬ってな。っつーか、どうしようこれ」
『見たところ、液体よね? アクアロードで剣なり弾丸なりにして敵にぶつければいいんじゃない。体内に直に入る分、効きもよさそうよ』
「お……おう、そう、するわ……」
いつも通りの調子で、湊さんは恐ろしいことをさらっと言ってくれるな。いや、確かに俺たちもう死んでるけどさ……。
ま、まあうん……武器にするには十分だろうから、とりあえずボックスに放り込んでおこう。
さて、次はどう動くか。この部屋、通路が二つあるんだよな。右に行くか左に行くか……。
マップを見る限り、ゲンさんがいる方向なのは右。まあ、こっちに行ってみるか。
しかしこのエリア、かなり広い。部屋の一つ一つもそれなりの大きさだが、通路もそれなりの長さを持っている。今のところ、フジヤマエリア以上に広いエリアはないと勝手に思ってるが、ここもなかなかだよな……。
と思いながら通路を歩いていると、前方のほうから明らかに人間のものではない声が聞こえてきた。いや、鳴き声か。
文字にすると、ギャアアとかグオオオとか、そんな感じの音だ。
まさかモンスターか!? 俺は身構え、いつでも対応ができるように注意しながら進む。
しばらくそれで進むと、やがて鳴き声に混じって金属がぶつかるような音が混じっているのに気付いた。
これって、もしかして……ゲンさんがモンスターと戦ってる?
そう思うと、俺はそれまでの警戒をどこかにぶん投げて走り出した。
ほどなくして到着した部屋。そこに足を踏み入れてすぐに、俺は目を疑い、同時に足を止めた。
そこには、ドラゴンがいた。
いや、嘘でもなんでもない。緑色の鱗で覆われた身体、頑丈な四本の脚、その先から伸びる鋭利な爪、それに加えてやはり鋭い牙、そしてやや長めの尻尾。
どこからどう見てもドラゴンだ。大きさはそこまででもないが、それでも人間に比べればかなり大きい。全体で、おおよそ三倍近くってところか。
そして、そんなドラゴンに真正面から立ち向かっている人影が一つ。道着に身を包み、抜身の刀を振るうそれは、考えるまでもない。ゲンさんだ。
『チャンスね。この距離なら気づかれないわ。狙撃銃を』
「お、おう、そうだな!」
湊さんの言う通りだ。まだ向こうはこちらに気づいていないようだし、これを逃したら不意を打つのは難しいだろう。
俺はボックスから狙撃銃を取り出すと、弾丸を装てんして構える。……練習で数回触った程度なのに、まったくためらいもなくスムーズに扱えてる自分には違和感しかないな。スキルの恩恵なのはわかっちゃいるが。
まあいい、それよりも今はドラゴンだ。そう、ドラゴン。
俺は狙撃銃を構え、狙いをつけて……引き金を引いた!
瞬間、銃声が部屋一杯に鳴り響く。そして暗い空気を切り裂いて、弾丸は見事ドラゴンの片目を直撃した!
「よしっ、命中!」
俺は思わずガッツポーズを取る。
だが、その瞬間怒声が頭の中に響き渡った。
『あんたバカじゃないの!? なんでそっち狙ったのよ!?』
「はあっ!? そっちってどういうことだよ!?」
『ああもう、本当あんたバカだわ! せっかく対戦相手がドラゴンなんていう強そうなモンスターに襲われて、それにかかりっきりだったのよ!? どう考えても撃つ相手を間違えてるわよ!』
「な、……つ、つまり湊さんはゲンさんを撃てって言うのか!? できるかそんなもん!」
『相手は剣の達人なのよ!? 少しでも勝敗を有利に進めるために、できるだけ相手のライフは削っておくのが……って、ちょっと!? 聞いてるの!?』
まだ頭の中では湊さんの怒声が続いていたが、もう俺は聞いちゃいなかった。全力で、ドラゴンに向かって走り出していたのだ。
そして、目を潰されたドラゴンが、こちらも怒りの叫びをあげながら標的を俺に変える。
もちろん、それを見逃すゲンさんではない。刀が閃き、ドラゴンの肉体に次々に切り傷が生まれていく。が、ドラゴンがそれを気にするそぶりはなかった。
ドラゴンが、激しく動きながら俺に向かってくる。一見すると、駄々っ子が暴れながら歩いているような雰囲気だが、何せ相手はドラゴンだ。ちょっとかすった程度でも、それがでかいダメージになるのは間違いない。
ゲンさんも、これはまずいとばかりに距離を取った。
「おりゃああぁぁっ!」
そして俺は、ゲンさんを入れ替わる形でドラゴンと対峙した。そのまま走る勢いを殺すことなく、直前にゲンさんがつけた刀傷を全力で蹴りつける。
それはさすがに効いたのか、ドラゴンは悲鳴のような声を上げる。そしてその痛みをごまかすかのように、その強靭な腕を俺めがけて振り下ろした。
だが、反射神経や動体視力、素早さに至るまで底上げしている俺には、そこまで強烈な攻撃ではなかった。問題なく、回避できる。
そのまま両手のライターを着火、火を生み出すと同時に両の拳をそれで覆う。ドラゴンに火が効くとは思えないが、それでも素手で殴るよりは……!
「破焔拳っ!」
隙間を縫うようにして殴りぬけたその瞬間、ものすごい衝撃を感じて俺は顔をしかめた。
これはあれだ。めっちゃ硬い奴を殴った感じの衝撃だ!
そう思ってドラゴンの顔を見てみると……うん、効いてる様子一切なし! やばい、今度はちょっとかわすの難しいぞ!
「伏せろ!」
「うおうっ!?」
後ろから飛んできた声に、身体が思わず反応した。とっさにしゃがんだ俺の頭上を、ものすごい速度で何かが通り過ぎていく。
何か、ってのはアレな言い方だったな。別に見なくてもそれがなんだったかは分かった。
刀だ。ゲンさんが刀を振るったのだ。そしてそれは、攻撃後のスキをついていたドラゴンの、攻撃の瞬間に生じるわずかなスキをついて、見事に腕を切断した!
「どわっ、っと!?」
上から降ってくる腕をすんでのところでかわし、俺は地面を蹴って身体をひねりながら立ち上がる。
片腕を失ったドラゴンは、ゲンさんからの猛攻を受けていた。俺と入れ替わりで攻めに入ったようだ。
後ろから眺めていると、ゲンさんの動きがスキルで獲得できる三つの剣術のどれとも違うものであることに気がつく。
基本的に構えはなく、ドラゴンの動きを迎え撃つように立ち回っていて、防御と攻撃が一体化したような動きだ。すげえ、あれが達人の動きってやつか。
……だが、どれだけ素晴らしい動きをしていても相手は人間ではない。確かにダメージは入っているんだろうが、それでも致命傷になっていないことは間違いない。
「湊さん、織江ちゃんと代わってくれ、アクアロードで行く!」
返事はなかったが、彼女のことだ。その辺りは抜かりないだろう。
俺は返事を待つこともなくアイテムボックスから硝酸の瓶を取り出して開封し、脳裏に剣のイメージを浮かべる。
「……水刃!」
その瞬間、硝酸が一気に剣の形を取った。柄は、そのまま瓶が相当する。
よし、これならダメージも与えられるはず!
俺は硫酸の剣を振るって、ドラゴンへ突っ込む。そして、ドラゴンの片手と戦っていたゲンさんの横を通り過ぎ、ドラゴンの片足をすれ違いざま横なぎに切りつける!
……よし、手ごたえあり!
ドラゴンの横後ろに回り込んで向き直れば、その切り口が見えた。肉がのぞくそれは、ぶすぶすと煙が上がっている。
我ながら残酷な攻撃にも思えたが、モンスター相手にそう考えるのも筋違いなような気もする。悪いモンスターじゃないよとか言われればまた話は別だが、ドラゴンにそういった知性は今のところ見えないし。
ふと、ドラゴンの正面で戦うゲンさんと目があった。
すると彼は、目配せしながらくいっとあごをしゃくった。その意味するところを察して、俺も頷く。
そして、詰めの戦いは始まった。
正面からはゲンさんが切りつけ、確実にダメージを与える。一方俺は、背後や横から攻撃し、斬撃と同時に酸による持続的なダメージを与える。
もちろん、バラバラに攻撃はしない。どちらかが攻撃するときは退いて様子を見、どちらかが退くときに攻める。打ち合わせはなかったが、相手の呼吸を乱すことを互いに主眼に置いて立ち回り、ドラゴンに反撃を許さなかった。
そうして数分、遂にドラゴンが力尽きた。固めに片腕、片足を失い、もはや立っていることはかなわない。その全身には無数の切り傷と、やけどに似た傷が残っている。
動きを止めたドラゴンに、俺たちは互いに渾身の一撃を放つ。それが決まった瞬間、ドラゴンの身体は光の粒子となって消滅した。
「っしゃあ!」
そして、俺とゲンさんは同時にガッツポーズを取ったのだった。
俺たちは顔を合わせ、笑う。妙な達成感と連帯感が、生まれていた。
だがその余韻に浸る間もなく、頭の中に怒声が響き渡る。
『この大バカ!』
もちろん、湊さんだ。
しょうがないだろ、とつぶやきで応じた俺だったが、それに対する返事はなかった。
……なんで?
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
ようやくバトル開始と思いきや、突然の共闘回でした。本格的な対峙は次回から。
まあ、亮は早速涼との方向性の違いが明らかになっているわけですが。




