第31話 不穏な影
ひと騒動あったが、ともあれポイント振り分けに関する方向性は一応まとまった。
空さんには、腕力や脚力といった身体能力そのものに関するパッシブスキルを伸ばしてもらいながら、適宜特殊能力のほうにもポイントを割いてもらう。
織江ちゃんには、剣術を伸ばしていってもらい、余ったポイントは俺たちがまた一つも獲得していない耐性系統のパッシブスキルを取ってもらう。
湊さんには、特殊能力にポイントを使ってもらい、オーラロードの練習をメインに動いてもらう。
そして俺は、攻撃力アップや防御力アップといったステータスに関するパッシブスキルと、格闘術をメインにしてポイントを振っていく。
あとは、各自それぞれの能力を伸ばすために練習をする。本選開始まで八日あるので、四日後に一度集まって状況を確認する。こういうことで落ち着いた。
ちなみに、メッセージ機能を使えば参加者同士でもやり取りできるらしいので、何かあればそれで連絡をするということである。
このメッセージ機能、マップで名前が表示されるようになっている相手なら誰とでもやり取りできるという仕組みになっているようで、メルアドがどうのとかいう手間はなかった。
……うん、もちろんその辺の情報は湊さんが教えてくれたものだ。
「それじゃ、一旦解散だねー」
「うぃーっす」
「では四日後、またお会いいたしましょう」
こうして俺たちは、ひとまずそれぞれの部屋へと戻っていった。
俺も自分の部屋に戻り、これからのことを考える。
まずはやっぱ練習かな。……と思ったが、
「……待てよ、そういや湊さんからあの時の答え教えてもらってねーな」
空さんに勝ったら教える、そういう約束だったはずだ。
湊さんはこのまま単独行動をしたいだろうが、俺としては気になっていたことだ。ここは悪いけど、もうちょっとだけ付き合ってもらうとしよう。
「まだ遠くには行ってないだろうし、直接聞くか」
そうと決まれば、善は急げだ。
俺は部屋を飛び出ると、湊さんを追って駆けだした。
……まあ、彼女はすぐ近くにいたのでほとんど走ることもなく見つかった。ただし、彼女は一人ではなかった。もう一人、大柄な人影を伴って歩いていた。
その人影は、人というにはデカすぎた。二メートルを軽く超えるだろうその身体の大半を黒いローブで包んでおり、頭にはつばの広い帽子が乗っている。顔はほとんどうかがい知ることはできないが、わずかに覗く肌は浅黒く、一つしかない眼光は、俺が今まで見たことのある誰よりも鋭い輝きを宿していた。
姿かたちはともかく、それが人間でないことはほぼ間違いないだろう。っていうか、いっそ悪魔って言われても疑わない。
どうしたものかと思いながら、俺は声をかけるのを躊躇したまましばらく二人の様子を遠巻きに見守っていた。そこに、小さく声をかけられる。
「お、お館様っ」
「うおっ、……あ、織江ちゃんか。どうした?」
「いえその、湊殿にお聞きしたいことがありまして後を追っていたのですが……」
「おう……俺と同じだな」
物陰に隠れていた織江ちゃんと頷き合って、俺たちは改めて湊さんのほうへと顔を向ける。
二人は、どんどん人気のないほうへと歩いていく。……いや、この死後の世界に人気もクソもないんだが、生前であっても人がほとんどいないようなほうへ、って意味でな?
時折何やら会話を交わしているようだが、何を言っているのかははっきりとはわからない。こりゃあ、聴力アップのパッシブも取っておいたほうがいいだろうか。
「……織江ちゃん、どう思う?」
「決して善良な手合いには見えませぬ……」
「だよなあ……」
つまりは密会、ってことだろう。
これがどこぞのおっさんとかが相手なら、また違った(それもゲスな)発想をしたんだろうけど……悪魔(仮)だからなあ。
俺に思いつくことは、たった一つしかない。そして、どうもそれが正しいような気がしてならない。
「湊殿は一体何を考えておられるのか……」
織江ちゃんがひとりごちる。
……これはどうやら、今ここで言っておいたほうがいいかもしれない。
「たぶん、たぶんだけどな」
まずそう前置いて。
「打ち合わせとか、情報交換とか、だろうな」
「……? 一体何の?」
「……このリバーストーナメントをぶっ潰すためのだ」
「ッ!?」
絶対びっくりするだろうことはいくらなんでも予測できたので、織江ちゃんがこちらに振り向くと同時に、俺は彼女の口をふさぐ。
そうして、小声で釘を刺す。
「……静かにな?」
織江ちゃんが頷くのを確認して、手を離す。
質問は、すぐに飛んできた。
「なにゆえ、湊殿はそのような」
「転生したくない、らしい。あと、見世物にされるのも嫌だっつってたかな」
「なんと……!? で、ではなにゆえトーナメントに参加を……」
「そこがわかんねーんだよな……おっと?」
前方を行く二人が、足を止めた。それに合わせて、俺たちも止まる。
……うーん、やっぱり何を話してるのかわかんねーな。
何も得られないまましばらく時間が経ち……やがて悪魔は、どこからともなくやってきた馬にまたがり、空に向かって駆け上がり見えなくなった。
「……なんだったんだ、あれ」
「見当もつきませんな……」
首をひねる俺たち。だが、湊さんがこちらに向かってくることに気づいて、物陰に身を隠す。
「そんなところで何してるの?」
即見つかりましたー。
「……あーいや、その、ハハハハ……」
とりあえず、織江ちゃん共々笑ってごまかそうとする。
が、
「いいのよ、無理しなくて。あんたたちが尾けてきてたことは気づいてるから」
見透かされているようにそう言われてしまったので、もはや隠し立てしても無駄だろう。
「……気づいた上で続けたのかよ」
「タイミングってものがあってね」
「あいつは何者だ?」
「言えるわけないでしょ、バカじゃない?」
「……ごもっともで」
もちろん、それで納得できるわけねーんだけどな。
俺たちは、湊さんと正面から向かい合う。今ここで何かやらかすつもりはないが、それでも向こうの出方次第ではこちらもそれなりの対応をしないとな……。
「……湊殿」
次に口を開いたのは、織江ちゃんだった。
「お館様よりお聞きしました。トーナメントをつぶすのだとか? それはまことでござるか」
「ええ」
湊さんの答えは、すぐに返ってきた。
その即答ぶりに、織江ちゃんがぐ、と息をのむ。が、すぐに持ち直すと、さらに問うた。
「で、ではなにゆえトーナメントに参加を。転生を望まぬとお聞きしましたが、そうであるならなにゆえ参加したのですっ?」
「拒否権があるなら、最初から断ってるわよ」
返答に、俺も織江ちゃんも耳を疑った。それから少しだけ、沈黙する。
「……それはどういう意味でござるか? 拒否権ならちゃんと」
「いいえ、拒否権なんてないわ」
「……しかし」
「ないわ」
食い下がる織江ちゃんに、湊さんが断言する。それは、有無を言わさない強い調子だった。
俺は織江ちゃんとバトンタッチして、改めて聞くことにする。
「どういうことだ? 俺は最初、イメちゃんから参加するかどうかと聞かれたぞ。湊さんは違ったって言うのか?」
「あの問いに、意味なんてないのよ」
……なんだって?
「……?」
「トーナメントに参加するか? 私もそう聞かれたわよ。そして当然、拒否したわ。でも、その拒否を拒否された。人数が足らないから出ろ、そういう話でね」
「な……!? ど、どういうことだ!?」
「どうも何も、そういうことよ。このゲームに、最初から拒否権なんてない。寿命を残して死んだ段階で、トーナメントへの参加は確定なの」
……ウソだろ。
「本当よ。なんなら、イメに聞いてみるといいわ。性悪なこのシステムの、一部分にね」
驚愕する俺たちを尻目に、湊さんはそう言って髪をかきあげた。
彼女の美しい黒髪が、ふわりと何もない空中で舞う。だがそれに反して、彼女の瞳は冷ややかだった。
「……やるのか」
「ええ。……安心してよ、今すぐにはやらないわ。それまでは手を貸すから」
くすりと笑う湊さんのその顔は、その目的に反して月のように柔らかく優しかった。
しかしそれも一瞬。すぐにいつもの薄い表情に戻ると、彼女は小さく首を傾げて言った。
「それで? 私に何の用?」
「え?」
「最初から尾行する気なんてなかったんでしょ? 彼と合流するまでは少し間があったしね」
あの悪魔、男なのか。
……いや、そうじゃなくてな。
「ああ、まあ……えーっと、……織江ちゃん、先いいぞ」
「え、いえしかしお館様より先には……」
「そ、そうか? えーと、じゃあ……その、空さんと戦う前に言ってた話、教えてくれるか?」
「……そうね、約束していたわね。わかったわ」
ああ、と言った感じで手を叩いて、湊さんが頷く。
……忘れてた? 違うよね、振りだよな?
「何を試していたのか、ね。いくつかあるけど、一番はこの賽の河原における法則ね。バトル中じゃないと実験できないことがあったから」
「法則?」
「主にシステムの仕様に関することよ。さっき私があんたたちに教えたことの多くは、バトル中に実験して調べたことだからね」
「……なるほど」
相変わらず知識欲の塊らしい。いや、情報狂とでも言うべきか。
「あとは、この世界に対してどういうアプローチができるのか、かしらね……」
「アプローチ……?」
「そう、アプローチ。……これ以上は言えない」
「……あまり質問に答えてもらった感じしねーんだけど」
「全部教えるなんて一言も言ってないからね」
それはそうだろうけどよ……。
「あともう一つね。どうして勝ったほうに教えるのか。これは単純よ。勝ったほうが本選に出るから」
「お、おう……?」
「本選に出る人間が、予選敗退者を束ねることになるわ。言うなれば、私たちはその出場者の部下になる。その人間には、ある程度私がどうしようとしているのかを知っておいてもらいたかったのよ」
「利用するために、か?」
「…………。あんたにしては、いい答えね。その通りよ」
……なんだ、今の間?
少し言うのを躊躇した、のか?
「もう一人いるのは予定ではないけど……それでも想定の範囲内。計画に支障は無いわ」
「……俺がそれを止めるってのも、想定内なのか?」
「ええ、もちろん。というより、あんたは絶対、止めに来るだろうなって踏んでるわ。……いいやつだから」
「……は?」
いいやつ? なんのつもりだ、それは?
「知ってる? このトーナメントの参加者にはプライバシーもないのよ。
生前どういう風に暮らしていたか、死後周りにどういう影響があったか。そういうことも、ポイントを支払いさえすれば誰でも閲覧できるようになってるの」
「な……ッ!?」
「そ、そんな!?」
俺だけじゃなく、織江ちゃんも顔色を変えて声を上げた。
湊さんの暴露は、あまりにも衝撃的だったのだ。それまでのやり取りがかすむほどに。
「あんたは、困ってる人を見たらそれを放っておけないお人よし。
ある時は徘徊していた認知症の老人を、日が暮れるまで付き添って施設に戻して。
ある時は街中でコンタクトを落とした人に付き合って、期末テストを放り投げて。
ある時は嘘だとわかっていたのにクラスメイトの頼みに応えて、そいつの掃除当番をすべて肩代わりして。
その十八年の生涯で、自分より他人を優先した回数は他の参加者の比じゃないわ。それは死んでからも変わってない」
そうでしょ? と問う湊さんの視線は、俺ではなく織江ちゃんに向いていた。
そして織江ちゃんは、思わずそうだと言わんばかりに頷く。
「でも、ただのお人よしでもない。通すべき筋はいつも通した。
いじめを見れば即座に止めに入り、それで足らないと見れば教育委員会にまで押しかけて。
強盗の場に居合わせれば自分を顧みず突っ込んで、何針も縫うけがをしながら取り押さえて。
警察が取り合わなかったストーカーの被害者に最後まで付き合って、ストーカーを逮捕までこぎつけたり。
そういう世の中の道理に合わないことは、見過ごせない熱血漢でもある」
湊さんの視線が、俺に移る。違うとは言わせないと、そう言っているような色をしていた。
「きっとあんたは、火事に巻き込まれなくっても寿命前に死んでるわよ。……そんなあんただから、きっとあたしを止めに来る。
あたしがしていることは、あたしの勝手なわがままでもあるから。転生を本気で望んでいる大多数の意思を、完全に無視したものだから」
「……わかってんなら、どうして」
「そこから先は理屈じゃない。ただの感情論よ。羽音がウザいから蚊を殺す。見た目がキモいからゲジゲジを殺す。それと大した差はないわ。私はね……」
そこで、湊さんは一度言葉を切る。
それから、鋭い光を瞳に宿して、次を口にした。
「魂が消滅するほど、周りから勝手な扱いや見方をされるのが嫌いなの。それをやってくる、根っからのバカもね」
それは、迫力の一言だった。それと同時に、ものすごい意志を感じる。少なくとも今、これを崩すことは俺にはできそうにない。
そのあまりの様子に、俺は思わず黙り込んでしまった。
しかしそれに対して、臆することなく口を開いた人が一人。
「さ、されど、……そうであるなら、なにゆえあなたはアイドルをしていたのですかっ?」
織江ちゃんだ。
その言葉に、俺は直前までとはまったく別の理由で言葉を失った。俺にできたのは、間抜けな顔をして湊さんと織江ちゃんを交互に見つめるくらいだ。
「……私を知ってたのね」
「……ファン、でした」
「そう。……ありがとう。じゃあ答えてあげる。アイドルをしていたから、そういう風潮や連中が嫌いになったのよ」
湊さんの告白に、織江ちゃんが何かを悟ったような顔をする。
「幻滅した?」
「いえ……なんとなく、わかりました……」
「ありがとう」
「……あの、水奈月涼さん」
「何?」
「……サイン。いただけないでしょうか?」
織江ちゃんの申し出に、湊さんは意外そうに目を丸くした。少し珍しい、湊さんのびっくり顔だ。
だがすぐにそれを笑顔に変えると、懐からペンを取り出してこちらへ歩み寄る。
その仕草は洗練されていて、なるほどアイドルという言葉に相応の説得力を感じる。
「いいわよ。何に書けばいい?」
「えっと……、あ、どうしよ、全然考えてなかったっ。えーっと……」
サインをもらうものを持ち合わせていないことに、織江ちゃんは言われてから気づいたようだ。
そしてテンパるの早いよ、素に戻ってんぞ。
ここでよければって何か手持ちのものを渡せればいいんだろうけど、あいにく俺が持ってるのって百円ライターだけなんだよな……。
「じゃあ、こうしようか」
だが、笑顔でいても湊さんは湊さんだった。
そう言いながら、メニューを開いていくつか操作をする。すると、彼女の目の前に見覚えのある剣が現れた。
即座にそれをつかんだ湊さんは、その握りの部分にさらさらとサインする。そしてそれが終わると、今度は包帯のような布を取り出した。
「使い古しで悪いけど。布は、サインを保護するかしないかをあなたに委ねるという意味で、セットにしとくわ」
「はわわわ……! あ、ああ、ありがとうございます!!」
「どういたしまして」
アイドルからの配慮プラス笑顔のコンボを決められた織江ちゃんが、泣きそうな顔で頭を下げた。腰は九十度という究極のお辞儀の型を取り、またその速度は極めて速かった。
っていうか、毎度腰の低い織江ちゃんだが相当だな、今回。よっぽどファンだったんだろうか。
……そして湊さんもその豹変っぷりはあんまりだろう。さっきまで、目が血走ってんじゃねーかってくらいの迫力見せてたのに、その見事なスマイルはなんだ。それがアイドルの技ってやつか。
「それじゃ、私はそろそろ行くわ。まだやらないといけないこともあるし、ね……」
……もう一度言おう。湊さん、その豹変っぷりはあんまりだろう。
傍目から見てた俺には、ものすごく滑らかな動きで笑顔から無表情になったのがはっきりとわかった。感情すら操るっていうのか、君は。
「は、はい、あの、お気をつけて!」
「……とりあえず、またな」
温度差のすごい二人に少し引きながら、俺は手を振る。
……女って、怖い。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
皆さんお忘れかもしれませんが、涼の目的は勝つことではありません。
……と、いうわけで遂に黒幕? らしき何者かが出現。今回だけの描写で正体がわかった人ははっきり言って化け物だと思います(ぁ
そして、ようやく主人公と涼の生前の話を少しだけ明かすことができました。
この調子で、他のメンバーも掘り下げていきたいですね!




