第22話 予選 11
「あ、はい、そうです」
とりあえずそう答えて、小さく頭を下げる俺。
そんな俺を見て空さんは、
「ドーモ、アキラ・リョウ=サン。ソラ・エイジです」
そう言いながら顔の前で両手を合わせお辞儀してきた。
……えーっと。どっかの流派の作法かなんかだろうか?
よくわかんねーけど、あいさつされたわけだし返事はしないとな……。
「ども、明良亮す。よろしく」
そう答えて、もう一度頭を下げた。今度は、さっきより深めに。
「……違ったかー」
顔を上げれば、そこには苦笑しきりの空さんがいた。
……えっと。あの、マジで何がどうなのかわかんねーんだけど?
「ああいや、気にしないで。もしかしたら通じ合うもののあるのかな、って思ったら確かめてみたくなっただけだから……」
顔にセリフが出ていたのか、空さんは俺に首を振った。
何なんだこの人は。織江ちゃんも大概だったが、この人も相当おかしな人だな。
はっ、いや、待てよ。もしかしてこれは俺に対するけん制か? なるほどな……既に戦いは始まっているということか。まったく油断ならない人だな!
だがその手にはくわねーぜ!
「ぼくは中に入るけど、君はどうする?」
「え? あ、うん、今入ろうと思ってたトコっすよ」
「じゃあ、入ろうか」
言いながら、空さんはポータルの扉を開けて中に入る。そしてそのまま、扉を開けた状態で俺を待つ。
礼儀正しいんだか悪いんだか。
俺は注意深く空さんを観察しながら中に入った。
しかし……ポータルの中は、どこも同じ造りだなあ。何かバリエーション持たせればいいのに。
『おっと、両選手同時に入場です! 最低限の時間は経過していますので、早速バトルとまいりましょう!』
壁に掛けられたディスプレイから、あの司会の声が響く。
「今度のエリアはどうなるかなー」
隣から、空さんの独り言が聞こえてきた。
俺も同じことを考えていたところだ。できれば、フジヤマエリアは二度とやりたくないが……決定は運だからな。
『赤コーナー! 明良亮選手!』
大歓声。
おお、マジで。俺にも遂に固定ファンがつきましたか!
『青コーナー! 空永治選手!』
大ブーイング。
……相変わらずの不人気だな。このトーナメントの観客的に、降参しかけて不意討ちというのは最上級の違反行為だったりするんだろうか。
あ……空さんすげえ顔で肩すくめてる。さすがに自分がしでかしたことが何を引き起こしたか、しっかり把握してるんだな。ここまでなるとは思わなかっただろうけど。
『さあぁァァ両者とも! 転移装置に上がってください!』
司会の言葉を受けて、俺たちは装置の上にあがる。さて……ルーレットは、っと。
『ルーレット開始ィ!』
そして司会が手を掲げながら宣言、エリア選定のルーレットが動き出す。
待つこと数秒、結果はすぐに画面に表示された。
『フォレストエリア! でェェェーッす!!』
それは、いろんな植物で彩られた森だった。なるほど、フォレスト。
ん? いや、ちょっと待ってくれ。俺は思わず空さんに顔を向けた。
彼は、迷彩服に身を包んでいる。あれを着ているだけで、このエリアじゃ有利になるんじゃねーか?
いや、場所はマップでわかるけど、細かいところまではわからないし。フェイスペイントなんてされたら、まず目じゃ見つけられないんじゃ……。
「お手柔らかに頼むよ」
俺の視線に気がついたのか、空さんがうっすらと笑いながら俺に顔を向ける。
その笑みはあれか、余裕の笑みってやつかっ?
くうう、だがそんなことをしてられるのも今のうちだぜ!
「そっちこそ、正々堂々頼むぜ」
俺の言葉に、空さんが少し表情を硬くした。
ふふ、俺はあんたの所業を全部見てるんだ。持っている情報では、圧倒的に俺のほうが有利! なはず!
『さあ、転移が始まるぞ! 両者、準備はいいかあー!?』
俺たちの会話を遮る形で、司会がハイテンションで呼びかけてきた。
もちろん、準備は万端だぜ。さあ、転移だ!
そして俺の視界が、白い光で満たされていく――。
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光が収まって目を開ければ、そこはどこからどう見ても森だった。
街路樹とは違って、居並ぶ木々に法則性はまったくない。間隔も種類も、全然違うものばかりだ。その周りには、そんな木たちに寄り添うようにしていろんな植物が生い茂っている。豊かな森なんだろうなあ。
そんな場所の一か所、少しだけ開けた場所に俺はいる。
どうも不自然すぎるレベルで何もないので、転移先としてこういう風になっているのかもしれないな。
「さて……どうしたもんかな」
一通り周りを見渡す。うーん、植物ばっかりだ。先が見通せない。
とりあえず、こういう時はマップだな。
「えーっと……あっちか」
マップが示す空さんの方向に顔を向け、俺は一人頷く。
問題は、そっちに進んでちゃんとまっすぐ歩けるかだな。俺、自分のことは方向音痴ではないと思っているけど、こんなところ歩いたことないからなあ。
一応太陽は見えるんだけど、この死後の世界で太陽が南を通って移動するのかは疑問だ。当てにはしないほうがいいような気さえする。
「マップを開いたままで進むか。これなら確認しながら進めるはず」
やったことはないけど、なんかできる気がした。
そして予想通り、それは可能だった。うん、これは便利。こういうマップの時は、このスタイルで行こう。
「うべっ!」
と、思った矢先、俺は地面から露出していた木の根っこにつまずいて転んだ。
……なるほど、こいつは盲点だ。
立ち上がりながら、うーんとうなる。うなったところでどうにかなるもんでもないんだが。
そうだよなあ、マップ見ながら歩いてたら、足元がおろそかになるに決まってる。こんなところだし、余計だ。
とりあえずマップは消さないけど、少し歩いて確認して、かな……。
おっと……空さんが動いてるな。俺との距離はほとんど保ったままということは、何か考えがあるんだろう。警戒は怠らず、彼に向けて直進と行こう。
だが、すぐにそれを実行することはできなかった。
「ぐ……っ!?」
右肩に突然衝撃を受け、俺の身体は後ろに弾かれて倒れた。
「なんだっ!?」
直後にその場を転がって移動しつつ、物陰になりそうな大きい木を背にして座り込む。と同時に、その木に何かがぶつかる衝撃と音が響く。
攻撃を受けた! そう考えて間違いない!
けど、離れたところからどうやって攻撃を?
考えながら衝撃を受けた右肩の辺りに目をやれば、そこには傷一つない。何もされていないようにしか見えないが、それは絶対にありえない。
この身体は相変わらずだな。
次に頭上を見る。そこには、バトル中のみ表示されるライフゲージ。ゲージは、少し減っている。そう、ダメージを受けたのだ。
スキルでだいぶ底上げされているから、目で見た程度が具体的にどれくらいのダメージになっているのかはちょっとわからないが、ダメージはダメージだ。
かなり距離があるはずだが、それでもこの距離を無視して攻撃しうる手段を、空さんが持っていることは間違いない。
そこでさっきの疑問に戻る。どうやって攻撃を?
俺は、攻撃されることを覚悟で背にした木に振り返る。そろりと顔を出して、さっきの衝撃と音の原因を探す。
果たしてそれは、そこに突き刺さっていた。
「これは……」
引っこ抜いて手のひらに転がす。
それは、銃弾だった。だが、ただの銃弾じゃない。
細長い。俺が知っている、いわゆる拳銃のものではないことは明らかだ。銃火器には詳しくないが、こんな形の銃弾が飛んでくる攻撃はなんとなく察しがつくぞ。
「狙撃か!」
言いながら、俺は無意識のうちに銃弾が飛んできたほうへ顔を向けた。
あいにく映画とかで狙撃しているシーンしか知らないので、どれくらい距離を取って攻撃ができるかはわからない。だが、これでマップ上で空さんが俺から距離を保ったまま移動し始めた理由はよくわかったぞ。
つまり、この距離が狙撃できる距離なんだろう。このギリギリのところを保ったまま、近づいてくる俺を一方的に攻撃する。そういう魂胆だな?
こっちから遠距離攻撃をしかけたとしても、空さんの能力は守りに対してはめちゃくちゃ優秀だ。よほどのことがない限り防いでしまうだろう。
これ以上は考えるまでもない。このフォレストエリアというバトルエリアは、空さんにとってめちゃくちゃ戦いやすいシチュエーションなのだ。
「……どうする」
考えても答えが出るような頭をしていないことはわかっているが、それでも考える。
考えながらマップを横目で確認すれば、空さんの位置が変わっている。……攻撃できる位置に移動しているのか。ってことは、このままここにいるわけにはいかない。
俺は立ち上がり、できるだけ姿勢を低くしてジグザクに動きながら空さんのほうへと走り出した。低姿勢とジグザグ走行は、こうすれば少しは当たらないだろうっていう考えだが、どこまでうまくいくかは謎だ。
そして少し進んだところで、前方で何かが光った。
その瞬間、疑問に思う間もなく俺の目がこちらに向かって飛んでくる小さい物体を認識する。
間違いない、銃弾だ!
「ぐおおう!?」
俺はそれを、かろうじてのところで上半身をねじって回避した!
だがその代償は大きく、身体のバランスを崩してしまう。とくれば、足場の悪い森だ。俺はそのまま足と足が絡まった人みたいにごろんごろんとその場で転んだ。
なんとか体勢を整えようと身をよじり、少しでも遮蔽物になりそうなものが多い方向へ転がっていく。
その途中で一発の銃弾が襲ってきたが、これが当たらなかったのは純粋にラッキーだ。
「くーっ、きっついなあ! あれをかいくぐって接近なんてできるかあ!?」
体勢を整え、それから毒づく。
もちろん、できるか? ではなくやる、なんだけど。
ただ、さっきの攻防で少しわかったこともある。
たぶん。たぶんだが、身構えている状態で真正面から狙撃された場合、今の強化された俺の身体能力ならかろうじて回避できる。
反射速度や動体視力の強化が、間違いなく効果を発揮しているのだ。狙撃なんて想定していなかったから、我ながら嬉しい誤算である。まあ、二発目は完全に運だったわけだが。
……繰り返すが、たぶんだ。本当にそうなのかはわからない。ただ、銃の攻撃は仕組みで行われるもの。人間が直接やっている攻撃じゃないから、速度や威力の手加減はできないはずなんだ。あの速度より速くなることはない……はず。
そう考えれば、決して勝機がないというわけではないと思うわけだ。
「……行くしかない!」
このままじゃまた距離を取られる。そうはさせるか!
俺の乏しい知識の中では、狙撃はピタリと静止した状態でするもので、動きながらできるものではない、というイメージだ。
こっちが動けば、少なくとも狙撃ポイントはある程度変えてくる必要が出てくるし、そうなれば簡単に狙撃はできないはず。
俺がつけ入ることができるのは、たぶんそこくらいしかないだろう。
俺はちらりとマップを見て、互いの距離を確認した上で小走りにそこを離れた。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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VS永治、スタートです。
出だしでわかるかと思いますが、永治はそっちの道の人です。




