第21話 振り分けタイム 2
湊さんは、ポータルが並ぶ廊下に一人たたずんでいた。そして彼女は、俺を見るなりうっすらと笑い、歩み寄ってくる。
先に口を開いたのは、彼女のほうだった。
「久しぶりね」
「……ってほど時間は経ってねーけど、確かにすげー久しぶりな気がするな」
彼女の言葉に肩をすくめながら、俺は彼女の前に立つ。
「まあそれよか、聞きたいことがあってな」
「わかってる。だろうと思って待ってたわ。さっきのバトルについてでしょ?」
「……よくわかるな」
「そういう負け方だったもの、予想するまでもないでしょ。それに、私の真意を知ってる人は多くないし。
……本当のところはどうなのか、そう聞きたいんでしょ?」
俺は頷く。まったく、本当によく頭の働く人だな。
「あれ、誤爆じゃなくて自爆だろ?」
「もちろん」
「……やっぱりか」
しかももちろんと来たか。
しかし、まだ気になることがある。
「もう一つ聞きたいんだが、いいか?」
「どうぞ」
「なんで途中まで真面目に戦ったんだ?」
促されるままに、俺は問う。
対して、返事は少しだけ間をおいて返ってきた。
「うーん……理由はいろいろあるけど、一番はそうだな……やっぱり、試したいことがいくつかあったから、かな?」
「試したいこと?」
何を試すんだ?
「それはまだ言えない」
今度の返事はすぐだった。
それに対して、俺は眉をひそめて応じる。
「たぶん、あんたにはそのうち言うことになるから待ってなさいな」
「本当かよ……?」
「ええ。でも、そうね……さっきの質問の答えを知りたいなら、次のバトル勝つことね」
「……なんでそうなるんだ?」
バトルには……というか、トーナメント自体には興味がないはずだが……。
そう考える俺に、彼女はくすりと笑う。顔に出ていたかな。
「次のバトル、勝ったほうに教えるつもりでいるからよ」
「余計わかんねーんだけど?」
「その理由は、勝っても負けてもわかるから安心していいわよ」
「何に安心するんだろうな……」
聞きたいことにはまともな答えが得られず、俺の疑問は深まるばかりだ。あれこれと察する頭脳が俺にあればいいんだろうが、あいにくとこの手のことが苦手すぎてどうしようもない。本当に、彼女は一体何を考えているんだろう。
考えてもしゃーなしだとはわかっちゃいるが、気にはなるからままならない。とにかく、空さんとのバトルで負けるわけにはいかない理由が一つ増えたわけだな。
うーん……もし転生できるなら、もうちょっと頭の出来はいいものにしてもらったほうがよさそうだ。
「それじゃ、私行くから。ポイント、ちゃんと分けときなさいよ」
「お、おう……」
そういえばまだ振り分けてなかったな。見透かされてるのか、これ。
どうしたものかと考え始めた俺の隣を、湊さんが通り過ぎていく。そのまま離れていくかと思っていたが……。
「最後に一つだけ」
「んん?」
不意に足を止めて、湊さんはちらりと横目で俺を見た。
「あの空という人の能力は、恐らく『動きを止める』能力よ」
「……え?」
なんだって?
「攻撃を防いでいるのは、あくまでその攻撃の動きを止めているだけ。攻撃に攻撃力は残る。だから流れ弾に威力が残っていた。最初の一撃以外私が直接介在しなかった墓石を止めていたから、対象は攻撃にとどまらないはず。
攻撃には直接使えないけど、防御に回った時の性能は一級品。それが彼の動きをじかに見て、感じた私の率直な感想よ」
「お……おう……」
その流れるような説明に、俺はそれだけしか言えなかった。あの決して長くはないバトルの中で、そこまで相手の能力を見極めたってのか!?
観客席から見ていたとはいえ、俺には完全に攻撃を防ぐ能力にしか思えなかったんだけど……湊さんって天才なんじゃないだろうな……。
「あんたみたいに直線的な動きするやつは、きっとろくに攻撃を当てられないわ。せいぜい考えることね」
「……俺がそれ苦手って、とっくにわかってるくせに」
「もちろん」
笑いながら、湊さんが答えた。
……ここでもちろんって来なくてもいいだろーっ?
「一応、弱点らしきものもありそうだけどね。
時間も距離も結構あったのに、隠しておいた手りゅう弾の爆発をほとんど防げていなかったからたぶん、本人が認識できている動きにしか効果がないと思うわ。
勝負するなら奇襲か、大規模な攻撃で圧殺するのがセオリーじゃないかしら」
「…………」
もはや、俺は返事をすることすらできなかった。
どうしてそこまで俺に教えるのかという疑問もあるにはあるが、それより彼女がどこまで物事を見ているのか、そのスケールの大きさに圧倒されてしまったのだ。
うん……これ間違いないわ。このリーグで一番強いのは湊さんだ。俺とか、完全におこぼれに預かっただけだ。
能力を使わないで空さんをあれだけ圧倒して、おまけに能力まで見破って。どんだけだよ、マジで。
「それじゃあね。健闘を祈るわ」
そう言って俺に背を向けた湊さんは、今度こそ足を止めずに去っていく。
俺にできたのは、そんな彼女にぎこちなく手を振ることだけだった。
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俺が正気に戻ったのは、イメちゃんが声をかけてくれてからだ。
いやー、我ながら情けないとは思うが、察してくれよ。無言……ではなかったけど、こう、オーラみたいなものを感じたって言うかさ。ああいうのを気圧されたって言うのか?
一番気になっていた質問に対する答えがもらえなかったのは癪だが、勝ったら教えるという言質は取ったので、織江ちゃんのためにも空さんを倒すことに専念しよう。
というわけで俺は今、指定されたポータルの前の廊下に座り込んで、ポイントの割り振りを考えている。
中だと、うっかり空さんが時間内に来ただけでバトル始まっちゃうからな。
「パッシブにスキル振ったほうがいいってことはなんとなくだが見えたから、そっちを重点的にやるかなー」
武器を考えてもいいけど、やっぱり武器を手放しちまった時のリスクがあるからなあ。
織江ちゃんの聖水剣みたく、フレアロードで火の剣を作るのもありだとは思ったが、水と違って質量がない火じゃモノを使った攻撃を防げる気がしないので、やめることにした。剣のスキルをそこに振るのも無駄な気がしたし。
あ、そうそう。前回織江ちゃんとのバトルでもらったポイントは、なんと約四万だった。前回と比べると二倍とまではいかないが、それに近い数だ。
どうしてこんなに違いが出たのか不思議だったが……。
「同じ『勝ち』でも、その内容によって獲得できるポイントには差が出ます。
先に相手にダメージを与えてつく初手ボーナスや、連続してダメージを与えてつくコンボボーナスなどがありますからね。
結果よりも、いかに優位に戦っていたかでポイントが入るようになっているんですよ。それは、負けた場合も同じです」
イメちゃんがいうには、そういうことらしい。
コンボボーナスだの、ファーストアタックボーナスだのって、間違いなく格ゲーだ。本当に細かいところまでゲームだなあ……。
しかし、前回と違ってスキルを振る時に使うポイント数が増えている項目は多いからな。使えるポイントが多いことは、素直に喜んでおくべきなんだろうな。
「えーと、まず道具をそろえよう」
というわけで、使い切った分のライターを調達。
それから、ライフ回復用に○ィダーイン○リー。今回はリンゴ味にしてみた。回復量に違いが出るのかわからないけど、もしあるなら一番効果のあるやつを探しておきたいところだ。
それらの買ったものをアイテムボックスに放り込みながら、ふと気づく。
「……そういや、前回買った油、全然使わなかったな」
ぶち当たったフジヤマエリアが、そもそも油を出したり仕舞ったりして戦うには不向きだったってこともあるんだろうが。
今回については、その、あれだ。
うん、完全に忘れてたよね。
「一応、今回も残しておくか。何かに使えるかもしれないし」
こうして、アイテムボックスの中身は前回と同じ陣容で固まった。
うん、我ながら考えが浅い。自分が考え付けるマックスがここだと考えると、悲しくなってくるが……アイテム以外のところでそれはカバーだ。
スキル。うん、スキルをどう振るか。
まず、俺が最初に目を付けたのはもちろんパッシブスキル。今回はその中でも、追加パッシブ系だ。
「銃撃ダメージ軽減。これはぜってーいる!」
何せ空さんのメインは銃だ。湊さんのロケットランチャーや、織江ちゃんのタンクローリーの例もあるから、なんなら戦車とか出てきても俺はもう驚かないが。
ともあれやはり相手はマシンガンと、それから恐らくだが拳銃を使ってくるだろう。これに対するダメージを軽減するのは、必須と言える。何せ俺は俺は武器を持たないからな。
あとは、爆発ダメージ軽減。これもほしい。
空さんが手りゅう弾を使うであろうことは確認済みだし、一発の威力の高さから、今後こういうので攻撃してくる相手が出てくる可能性もある。
世の中には「当たらなければどうということはない!」という名言があるそうだ。戦争で活躍した偉人の発言だったと思うが、ぶっちゃけ今の状態で当たらず敵に接近する手段は思いつかない。
っつーか、そもそも能力的にそんなこと不可能なので、ここは耐えながら突入スタイルを貫く方向だ。
銃撃と爆発ダメージ軽減は、最低でもレベル2まではほしいな。とりあえず、九千はこれで確定かな。
次は……そうだな、ステータス底上げしとくか。
今レベル2まで取ってる攻撃力アップ、防御力アップ、素早さアップ、動体視力アップ、筋力アップ、体力アップ、ライフアップ、反射速度アップの八つをレベル3まで上げよう。
それぞれ必要なのは三千だから、さんぱにじゅうしで二万四千ポイント。さっきの九千と合わせても、まだ五千以上あるわけか。
まだ取ってないステータス系のスキルってあったかな……。
……思考速度アップか。うーん、どういう効果なんだろうな、これ? 思考アップなら単純に頭がよくなるのかと思うんだけど、速度……?
まあいいや、これは置いとこう。
となると……待てよ、たまには防具のほうも気にしてみるか?
今のところ、織江ちゃん以外に防具にポイントを使ってる参加者は見てないけど……。いや待て、もしかして、行動に支障が出ないような、アクセサリの類をこっそり身に着けてる可能性はあるんじゃないか?
たとえば、指輪とか腕輪なんかはバトルの支障にはさほどならないはず。ゲームで言えば、なんたらの腕輪とかそういうタイプのやつ。
よし、まだ時間はあるしちょっとこっちも見てみるか。
「……ん?」
そう思ってカタログを開いたところで、俺は手を止めた。
そこには、「ただいま防具セール中」という、最初……というかライターとかを買った時には見た時にはなかったはずの文字があったのだ。
セールという言葉の意味は今更考えるまでもない。安売りってことだろう。
実際、並んでいる商品の値段が少しだけ安くなっている。一万ポイントの鎧が、八千ポイントに書き換えられているのを見ると二割引きか。
「……え、これ全部? もしかして、防具全部?」
ざっと画面をスクロールしてみたが、どうやら防具全部らしい。マジかよ。
防具に対してこれがあるってことは、武器や他の道具に対しても割引されることがあるとみていいだろう。どのタイミングでされるかはわからないが、それでもこのタイミングに当たることができたらかなりラッキーだ。
そしてそこまで考えたところで、俺の脳裏で一つの考えが閃いた。
「……湊さんがやたら大量の武器を持ってたのはそういうことか!?」
特に、空さんとやりあったさっきのバトルでは、かなりの量の銃火器を使っていた。きっと、セールのタイミングに買い込んだんだろう。抜け目のない彼女のことだ、時限のイベントということをさっと見抜いたのかもしれない。
そうか……こういうやり方もあるのか。一つ賢くなった……これからは、メニュー開いてからまずはセールがあるかないか確認しよう。
さて、落ち着いたところで改めてカタログを。
鎧、兜といったいかにもなところはスルーして、それから服とか衣装の部分も無視。んで、アクセサリだが……。
「……おっと、アクセサリは防具扱いじゃないのか」
値段が据え置きだ。
うーん、仕方ないか。ここは勉強料と思ってガマンだ。
「で? えーっと、何か俺に合いそうなやつないかな」
そうつぶやきながら画面をめくれば、あるわあるわ。最初にもっと確認しておけばよかったと後悔するレベルの量のアクセサリが盛りだくさんだ。
ありすぎて全部見るのはできそうになかったので、とりあえずソートを値段の安い順にして見ていく。
……うーん。
結果から言うと、やはりアクセサリにはスキルが着いてたりするやつがいくつもあった。ただ、値段が安いやつには着いてないのが多いし、着いていてもあまり効果が高くないやつがほとんどだ。
まあ、当然と言えば当然だ。詐欺でもない限り、値段が高いほうが物はいいに決まってる。そして、死んでまで詐欺にはあいたくない。
うーん……どうすっかな。残り五千程度で手に入るいいものって……。
「……おっ?」
と思っていると、一つの品が目に入ってきた。何か惹かれるものがあって、思わず手を止める。
それは、タカの意匠が施された指輪だ。ところどころに赤い模様が走っている以外に目立ったデザインはなく、シンプルだけどかっこいい。そんな感じの逸品だ。
「レッドホーク……ジャンプ力、およびは式剣術スキルをレベル1分上昇か」
ってことは……えーっと、レベルが2だった場合、レベル3分のパワーを発揮できるってことかな。
……いいんじゃない?
剣を使う予定はないけど、むしろこれでフレアロードを剣っぽく使う都合はついたようなもんだし。
ジャンプ力も、ないよりはあったほうがいいだろう。何気にこのステータスはスキル振ってないし。
っつーか、何よりデザインが気に入りましたわ。
値段も五千と、ぎりぎりだが何とか買えるし……うん、ここは買っちゃおう!
「購入!……おー、出た出た」
出てきた指輪を手のひらに乗せて、改めてその姿を確認する。
廊下の明かりを受けて光を反射する、銀色のリングは渋い。赤い模様はいいアクセントになっていて、俺の能力フレアロードの火を思わせる。そして、刻み込まれたタカのデザインが何よりもかっこいい。
早速それを利き手の右中指にはめてみる。サイズを気にしてなかったから入るかどうかちょっと不安だったが、勝手に俺の手のサイズになってくれたのにはちょっと驚いた。
さすが、何でもアリだね死後の世界。
さてそれから、指輪をはめた右手を明りにかざしてみる。逆光になるが、影を帯びたこのタカの表情がまた何とも言えない。
うん。
いいんじゃないでしょうか!
ふふふ、なんか思わず笑いが……。
「あ、ひょっとして……君が次の対戦相手?」
なんて思っていると、そう声をかけられた。
慌てて居住まいを正してそちらに身体を向ければ――そこにはあの、やせぎすな身体を迷彩服に包んだ空さんが立っていた。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
前半は涼がまた意味深なことを言い残し、後半はポイントの振り分けでした。
涼が言うことはある程度今後のことを織り交ぜています。彼女の性格もそうですが、彼女に関することはその場の勢いが他より低め。
細かい展開何も考えてないのは一緒ですけどね。




