第16話 予選 7
少し時間が経ったが、どうも水が襲ってくる気配はない。無事にこの局面を乗り切れたのだろうか。
しかしなんか足元ががっちりつかまれてる感じがあるな……。
……いやこれ、もしかして埋まってる?
「なにぃ!?」
目を開けた俺は、思わず叫んだ。なぜなら俺の目の前には、一面の雪景色が広がったいたのだから。
何を言っているのかわからねーと思うが、マジなんだからしゃーなしだろ? いや、本当に周り全部雪になってるんだって! 天気はいいんだけどな!
死んでるからかな、特に寒いとは感じないのは喜んでいいんだか悪いんだか。死んでるってことに救われまくりだな、毎度ながら。
「うわーっ、何これどうなってるのー!?」
ちょっと先では、素に戻った織江ちゃんが混乱していた。
ああ……あの水の蛇が凍りかかってる。軽くメートル越えしてるあれが凍りかかるとか、気温何度だよおい。そりゃパニクるのも当然だ。
どうやら、急激な温度変化に助けられたらしい。これもまた、喜んでいいんだか悪いんだか、って感じだな……。
一方俺のフレアロードはというと、ガス欠で消滅している。最大火力で壁作ったからな……無理もない。もっと俺のレベルが高ければもう少し維持できたかもしれないが、今は数秒が限界ってところか。
とりあえず今のうちに新しいライターを出しておこう。残り五本……まだまだ余裕はあるな。
「あっ」
その声に顔を上げると、あの水の蛇が完全に凍り付いてしまっていた。単純に気温がとんでもなく低いのか、それとも能力の持続時間が切れたのかはわからんが……。
ともあれ、今はチャンスだ。
なんだおい、今日の俺はやけに冷静だな。いいことだ。よし、一気にカタをつけ、
「うべっ!?」
……ようとして、雪に足を取られて俺は前に倒れた。
いつの間に……いつの間に膝まで雪が積もったんだ、おい。どうなってるんだこれは? 異常気象なんてレベルじゃねーぞ!
……はっ、もしかしてこれがフジヤマエリアのフィールド効果か? だとしたら、めちゃくちゃ凶悪じゃねーか!
そう毒づきながらも俺は立ち上がる。しかしまあなんだ……こんな大量の雪なんて、死ぬまで見たことはなかったし、体験したこともない。ウィンタースポーツだってやったことないんだぞ、俺。どうすればいいんだ!
とりあえず……溶かすか? 足場を確保するためにも。このままじゃまったく動けない。
「……よし」
フレアロードを両手で展開。それから規模を広げて温度を上げ、時間が続く限り消えないよう維持する。
……おお、溶ける溶ける。新雪だからか、あっという間だな。やってみるもんだ。
「これでとりあえず、周りはなんとかなったか」
自分の周辺数十センチ程度の部分だけ、地肌が見えるくらいまでに溶かすことができた。これで地に足をつけて立っていられる。
代償としてガスが残り半分以下にまで激減したが、これは必要経費として割り切ろう。
「うきゃっ!」
声に顔を上げれば、向こうで織江ちゃんも転倒していた。彼女は背が低い分、俺より雪には手間取るだろうな。で、実際ああだと。
彼女も雪には縁がなかったのだろうか。いや、仮にあったとしても、準備なしでは無理かな……。
なんて考えていると、顔を上げた織江ちゃんと目が合った。それから彼女は、焦るような表情で必死でもがき俺から距離を取ろうとする。
うん、バトル中だったな。向こうは満足に動けない、俺は動ける。これはつまり、あれか。遠慮するなってことか。
うーん……あんまり身動きの取れない相手を叩きのめすってのはしたくないけど、さっき判定勝ちはちょっと、なんて考えてたら危うく逆転を許しそうになったことだし、ここは心を鬼にして……。
「モードバレット!」
俺は、火の弾を織江ちゃんに向けて投げた。都度ライターを着火する必要があるから、速射性はあまりない。それでも、相手がろくに動けないならそこは気にしなくていいだろう。
「わーっ! わーっ!」
一方、すっかりパニックな織江ちゃんは、その場に伏せて雪の中に潜り込んだ。たぶん狙ってやったわけではないんだろうけど、元々小さい彼女の身体は、そうすることで俺の視界外に入ってしまった。
参ったな、あれじゃ当てられないぞ。
となると……あとは上に撃って、落ちる火が当たることを祈るしかないか。
「これも、追いつめた小動物虐めてるみたいで気分よくはねーなあ……」
少しだけ動きを止めた俺は、ぼそりとつぶやいた。しかし、攻撃をやめるつもりはない。
上に飛ばした炎が描く軌道を予測しながら、モードバレットを撃つ。いくつもの火が、雪に隠れた織江ちゃんを襲っていく。
悲鳴は聞こえるけど……手ごたえがないから本当に当たっているかはわかんねーがな。
「おっと、またガス欠か」
この調子で攻撃続行だ、と思っていたところでまたしてもライターがガス欠を迎えた。それまで使っていた二本を捨て、改めてメニューからライター二本を取り出す。残りは三本、行ける行ける。
なんて思っていると、突然前方から薄い刃物のようなものが飛んできて俺の身体をかすめて行った。
「……っ!?」
なんだ? 攻撃、だよな?
なんて考えている間にも、それは次々に襲い掛かってくる。攻撃なのは間違いない。いつの間にか、悲鳴も止んでいる。
俺はなるべく当たらないよう身をかがめ、それがなんなのかを探る。このままでは流れ弾に当たってダメージを受けるかもしれないので、モードバレットでけん制しながらだ。しばらく、静かな応酬が続く。
「……水のカッターか!」
しばらくして、俺はその正体に行き当たった。
最初の水鉄砲による攻撃よりも、もっと少ない水で造られたであろうそれは、かなり小さい。その分威力はないだろうが、ダメージになることは間違いないだろう。
しっかし、あの状況から撃ってくるか……。また何か道具を出したか?……おっと。
小さく横に跳んで顔面への被弾を避けた俺は、得物を見失って地面に落ちた水のカッターを見てふと答えが思い浮かんだような気がした。
水を吸い、色を変えたむき出しの地面。さっきまでここには雪があったが、今はない。なぜかというと……。
「……まさかあの水、俺の攻撃で溶けた雪を使ってるのか」
そう思ったら、そうとしか思えなかった。
俺のフレアロードは、あくまで火を操るだけで火そのものを作り出すことはできない。そしてこの性質は、恐らく織江ちゃんの能力にも当てはまる。
水鉄砲や水筒、あるいはタンクローリーといった、水を保管できるものを道具として持っているのは、それが理由なんじゃないかと思う。俺で言う、ライターと同じように。
もちろん、何か新しい道具を取り出してそれを使っている可能性もある。ただ、もし何らかの道具を使っているなら、こんなちまちました攻撃ではなく、もっと効率的なやり方ができるはずだ。
……ということは、だ。このまま闇雲にモードバレットを続けても、あまり意味はないんじゃかろうか。織江ちゃんに当たればいいが、そもそも確率は高くない。外したとなれば、彼女に武器を与えることになる。
しかし他に手段はなく……。むうう、どうすればいいんだ。この状況じゃ、せっかく買った油も生かせないし。いっそ火炎放射器でも買っておけばよかったか。
打開策も見つからないまま、しばらく火と水の応酬が続く。
「……ん?」
終わらない攻防にいい加減我慢ができなくなり、突撃しようかと思って腰を浮かせた時だ。俺は、上のほうで白い煙のようなものが上がっているのを見て首を傾げた。
煙なんて、こんなところで上がるはずがないんだが。
そう思っていると、今度は奇妙な音が聞こえてきた。文字にすると、ゴゴゴとかドドドって感じの音だ。それが上のほうから聞こえてくる。
目を凝らし、そちらを観察する。相変わらず水のカッターが飛んでくるが、それよりこの音が嫌な予感を感じさせて、反撃する気は失せていた。
そして、俺は見てしまう。
「……げッ!?」
俺めがけてまっすぐ突っ込んでくる、雪崩を。
「ウソだろおい!?」
慌てて立ち上がるが、もう遅い!
自然の猛威は一切の行動を許すことなく、あっという間もなく俺の身体は白い塊に飲み込まれた。悲鳴すら上げる暇なかったぜ――!
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「ぶっはあ!」
大量の水の中から浮かび上がって、俺は大きく一息ついた。と同時に、地面に吸い込まれてなくなっていく水に従って雪の上に乗る。
「……マジ死ぬかと思った……」
死んでるんだけどね、俺ら。
とはいえ、雪崩に巻き込まれたんだからその辺りの心情はお察しだ。目の前に迫る雪の塊は、恐怖するには十分すぎた。
ちらっと頭上を見る。ライフゲージは、半分くらいまで減っている。直前までさほどではなかったことを考えると、やはり雪崩の威力は相当なものなんだろう。
トラックに轢かれた時より見た目の上ではダメージがないが、あの時に比べてライフアップをレベル2まで得ているので、今回のほうが大ダメージと見ていいと思う。
「あの中でライターを落とさなかった自分を褒めてやりてーな」
雪の上によじ登りながら、その手に握っているライターをちらりと見て俺は苦笑する。
雪崩に巻き込まれ、雪の下に埋もれた俺がこうやって出てこられたのは、間違いなくこれのおかげだ。
完全に埋まっていたので、メニューを開いたり道具を取り出す余裕すらなかっただろう。そんな中で活躍してくれたのが、このライターである。
ライターさえあれば、フレアロードを使える。炎を起こして周りの雪を溶かし、無事にここまで出てこられたというわけだ。
「さて……」
雪の上に来て、それから周りを見渡して、俺はうなる。
「どこだここ」
景色に見覚えがない。まあ雪崩に巻き込まれたわけだから、さっきまでいた場所ではないと思うが……。
四方八方が雪しかない。具体的な場所を確認しようにも、目印もクソもあったもんじゃねー。
まあいい、そこはそれほど問題じゃない。
「……織江ちゃんはどこだ?」
対戦相手がいない。彼女の服装は白くなかったから、こんな雪景色の中にいたら目立つと思うんだが……。
考えてもしゃーなしだな。とりあえずマップを開いてみるか。
……うん、どうやらだいぶ下まで流されたみたいだ。具体的にどれくらい、ってなるとわかんねーけど。
「……あれ? 結構近くにいることになってんな」
マップの上では、俺からさほど離れていない位置に赤い点と織江ちゃんの名前がある。数十メートル程度か?
でも、目で見る範囲に彼女の姿はない。
……おいおいおい、待てよ。それってつまり、
「完全に埋まってるってことか!?」
俺はマップをそのままに、織江ちゃんがいるであろう方向へ走る。雪に足を取られて動きづらい。走るっていうか、歩くよりもかなり遅い。
疲れはないし、寒さもないが精神的にしんどいのは間違いない。それでも、とにかく前に進む。
「この辺りか……おーい、織江ちゃん!? 聞こえるか、織江ちゃん!」
マップが示す位置になんとかたどり着いた俺は、下に向かって大声を上げた。
……まあ、返事なんてあるわけねーか。
でも、この下にいることは間違いないはず。だったら、やることは一つだ!
「フレアロード!」
俺は叫び、ライターから大きな火を創り出す。そしてその火を下に集中、雪を一気に解かす!
織江ちゃんの能力は水を操るものだから、最悪大量の水に巻き込まれても問題ないはず。前回、空さんとのバトルでも水をものともしていなかったわけだしな。
……っと、ガス欠か。そういや、自分が雪から出るのにかなり使ったからな。
アイテムボックスを開いて、ライターを二本取り出す。あと一本……いや、大丈夫だ。いけるいける!
「フレアロード!」
改めて、雪を解かす! 待ってろ織江ちゃん、今助けるからな!
もくもくと雪を溶かす作業をしばらく続ける。続けながら、ふと湊さんの言葉が脳裏をよぎった。
『あんたバカじゃないの?』
まだ生きてるつもりでいるならそれこそバカだ、とも言ってたっけな。
バトルのことを、転生のことを考えるなら、俺はこのまま雪の上でぼーっとしてればいいんだから。そうすりゃ、自動的に俺の判定勝ちは決まるだろう。
んなことはわかってんだよ。湊さんじゃねーが、それこそ俺らはもう死んでるんだから。これ以上死にはしないんだから。
でも違う。そうじゃねー、そうじゃねーんだよ。
俺はただ、このリバーストーナメントっていうバトルゲームを、勝ち抜きたいだけなんだ。どんな手を使ってでも転生したいなんて、これっぽっちも思っていないんだ。
正々堂々と相手と戦って、勝つか負けるかしたい。それだけだ。
だから俺は、バカでいい。元々この頭は、大した代物でもなんでもないんだ。こうしたい、って思ったことをやる以外のことは、からっきしなんだよ。
「……見えた! 織江ちゃん、大丈夫か!?」
雪を溶かし続けて数分、ついに雪の下から織江ちゃんの身体が現れた。
利き手からライターを放し、彼女の身体を引っ張る。パッシブスキルで強化された俺の身体は、もろくなった雪の中からいともたやすく彼女を引きずり出すことに成功した。
現れた織江ちゃんは、全身ずぶ濡れだ。俺も似たようなもんだが、野郎の濡れ姿なんてどうでもいいだろう。
「大丈夫か?」
彼女のライフゲージが相当少なくなっていることに内心首をかしげながら、俺は尋ねる。
織江ちゃんは、そんな俺にものすごい勢いで飛びついてきた。
「うわああぁあーっ、怖かった、怖かったよおお!!」
「うわ、ちょっ……、ま、まあそりゃそうだわな」
驚きはしたが、無理もない。なんたって雪崩だ。前世ではこれで何人の人が死んでいることか。
織江ちゃんは、完全に素の状態で泣いている。これを無理に抑えるのはやめといたほうがいいんだろうな。
俺はそう考えて、しばらく彼女のしたいようにさせることにした。
……が、しかし。そうしているだけの暇など、俺たちには与えられなかった。
突然、地面が激しく揺れ始めたのだ。軽く震度5くらいは行ってそうな、なかなかに激しい揺れ。明らかに、尋常ではない。
そしてそれは、俺が知っている地震よりもはるかに長い時間続く。一向に収まる気配がないどころか、どうも徐々に大きくなっているような気がする。
なんなんだよこのフジヤマエリアってのは! 次から次へと、あれこれ起こりすぎだろ!
たぶんフィールド効果の一部なんだろうけど、雪に地震なんて、九十分の間に連続して起こるようなもんじゃないだろ! もうちょっと落ち着いてバトルしたいわ!
もちろん、心の中で毒づいたところで状況は変わらない。続く地震で、山のあちこちで小規模な雪崩が起き始めていて、どうすればいいのか考えつきもしない。これでどうしろっていうんだ!
年下の手前、なんとか見栄を張ってビビってないように見せていた俺だが、さすがにここまで来ると取り繕う余裕もない。今の俺にできることって言えば、織江ちゃんがこれ以上パニクらないよう抱きしめるくらいか。自分に言い聞かせる意味合いもかなり強いけどな。
そして、俺たちの不安がピークに達した頃だ。
文字にすれば爆発と同じだが、爆発なんて目じゃないほどのすさまじい音。そんな、生まれて死ぬまで一度も聞いたことのない轟音と、地面が砕けるんじゃないかってくらいの激しい揺れを伴って、遂にそれが起きたのだ。
俺たちがこれっぽっちも考えていなかったその現象とは、
「……きゃあああああーっ!?」
「んなバカなーっ!!」
――噴火だ!
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
VS伊月は今回の雪崩で終わらせるつもりだったんですけどね……。
書いてて「あれ、そういや富士山って火山じゃね?」って気づいてしまったので、せっかくなので噴火させることにしました。
まあこの後の展開全然浮かんでないんですけどね!
でも、次でVS伊月は終わる予定です! たぶん!




