第12話 予選 4
フィールドの光が晴れると、そこはまったく違う景色が広がっていた。
直前まで何もなかったスタジアムのフィールド。そこは、天高く姫路城が中央にそびえたつ、巨大な城塞と化していたのである。
「うおおおすげー!?」
ワープもなかなか驚いたが、これもまた随分なことで。大きさ自体は見上げるほどじゃないから、何分の一かの縮尺がここに出現したんだろう。
一方、客席に据えられた巨大ディスプレイは、このエリアのどこかにいるであろう二人の参加者を映し出している。
「すげーなこれ! こりゃ観客も熱狂するよ!」
「あ、お兄さん観に来るの初めて?」
「ああ、湊さんに教えられるまで気づかなかった! 真琴はやっぱマスラさんから?」
「うん。練習ばっかりってつまんないし、一人でずっといるより見てたほうが楽しいもん」
そうだよなあ、やっぱりずっと一人ってのは結構きついよな。俺は修行と風呂でごまかしてたが、我ながらよくそれだけの生活を何日も続けられたもんだと思う。イメちゃんとの会話は楽しくお話、ってものじゃなかったし。もちろんいてくれただけでもだいぶ違うんだけどさ。
真琴の場合マスラさんがいるから、話をするには困らないだろう。あまり会話はしてないけど、マスラさんは紳士っぽかったし、きっと会話もうまくリードしてくれるんじゃないかな。それでも観戦に来てるということは、俺の予想が違うのかそれとも別の理由があるのか……その辺りはあまり踏み込まないほうがいいんだろうな。
『両者が位置につきました! それではー……バトルスタートォ!!』
そして司会の宣言と共にゴングが鳴り、バトルが始まった。
両者が位置に着いたとは言ったが、その位置取りは対照的だ。
迷彩服の空さんは城門(なぜか開いている)の前、改造制服の織江さんは城の最上階だ。空さんが城を攻めているような感じになっている。
実際、城門の上からはエリアのフィールド効果と思われる武装した人たちが弓矢を空さんに向けて放っている。たった一人で城攻めって、いくらなんでもあんまりだろう。
『さて、キャッスルエリアジャパンスタイルは今大会初の登場となりますので、恒例のエリア紹介と参ります!』
恒例っておいおい、そんなことしてたのかよ。それを知ってたらもっと早くから観戦しに来たのに……。エリアの持つフィールド効果がどんなものか知ってるだけでも、かなりバトルも楽になるはずだよな……。
今までいくつのエリアが紹介されたんだろうか。できれば内容が想像つかない宇宙エリア辺りは知っておきたいんだけど……。
『当エリアのモデルはご存じ、日本が誇る世界遺産姫路城! その江戸時代当時の姿を再現しております!』
どうやってんだよ……。
『江戸時代準拠ということで、このエリアは他とは異なる部分が結構あります! まず一つ、エリア全体の大きさが他のエリアと比べて狭い! その範囲は内曲輪のみとなっており、数値の上では全エリア中最少であります!
しかしコピーとはいえそこは天下の名城! 複雑に入り組んだ曲輪の中を、現れる足軽たちを倒しながらまっすぐ進むことは不可能と言えるでしょう!』
「足軽なんだ、あの人たち……」
司会の言葉に、真琴がぼそりとつぶやく。
足軽ってなんだっけ。兵隊ってことでいいのか? いいよな? だって、空さん相手にいろんな人が攻撃してるし。
『そしてこのエリアのフィールド効果ですが、みなさんお察しの通り現れる足軽たちがそれに当たります!
ただし、シティエリアの通行人とは決定的に異なる点が一つ! それはずばり、参加者に足軽の指揮権が与えられていることです!』
な、なんだってー!?
『参加者は、ランダムに攻城側と防衛側に振り分けられます! 今回は空選手が攻城側、織江選手が防衛側となっています!
防衛側になった織江選手には、足軽たちを自らの将兵として指揮する権利が与えられているのです!』
マジかよ!?……いやホント、マジで!?
通行人は完全に見えたやつを攻撃するって感じだったのに、こっちは命令できるのか! そりゃ、攻める側にとっちゃ滅茶苦茶不利な話じゃんよ!
このトーナメントのバトルって全部シングルスなのに、まさかここでまとまった部隊に攻撃されるなんて思ってもみないだろう。このエリアで攻城側に回った人って、相当運がないよな……。
実際、空さんはマシンガンを手に逃げ回っている。織江さんがいる城の最上階まで行くのって相当難しいんじゃないの、これ。
『ちなみに、足軽の最大人数は千人です! それ以上にはなりませんが、攻城側の攻撃で数が減った場合、一定時間経過で順次補充されていきます!』
不利ってレベルじゃない!!
「すごいなあ……戦国時代の合戦が体験できるんだね……」
真琴……お前、この状況を見てそう言えるのはむしろ尊敬するぜ……。よっぽど戦国時代が好きなんだな……。
『ただし防衛側はその反面、城から出ることができません! 城そのものが破壊された場合、運命を共にしなければならないのです!
……おっと? 解説している間に、織江選手状況を理解したようです! 足軽千人のうち、四分の三を空選手へ差し向ける模様!』
城が出られない程度のペナルティ、この際あってもなくてもさほど違いはないんじゃないかな。
ちなみに俺なら……まあ能力が能力だから、とりあえず城に放火する。相手が城から出られないってんなら、フレアロードはむしろ相性抜群だろう。
しかしそれ以前に七百五十バーサス一だからな……空さんの特殊能力がよっぽどチートじゃない限り勝てないんじゃね?
さて、どう動く……?
『おーっと空選手! 狭間から放たれた銃撃を膝に被弾! 火縄銃とはいえライフの減りはなかなかだ!』
昔の銃とはいえ、銃には代わりはないしな。当たれば相当なもんだろう。
もちろん、俺たちにとってダメージとはあくまでバトル上のものであって、それで動けなくなったりすることはない。空さんもそれには気にせず強行突破をかけている。逃げていても埒があかないと見たか。
まあ、火縄銃に比べれば彼のマシンガンは何世紀も先の武器だし、これくらいはできるだろう。まだ全部の足軽が彼の前にいるわけでもないし。
『さあ空選手、文明の利器を使って大手門の守りを突破! いよいよ本格的な攻城戦に突入! そして城目指して走る!
……おや? 空選手足を止めて……こ、これは……石垣に上り始めたー!』
うん? どういうことだ?
確かに空さんは、門をくぐって少ししたところで石垣に上っている。彼の外見から言って、とてもそんなことができるようには見えないわけだが、そこはスキルの力だろう。
石垣を登り切った空さんは、その上を伝ってさらに城壁の上へ移動、城そのものへ向かう。
あーなるほど、敵と正面からやりあうのを避けたのか。まるで忍者みたいだ。もう一度言うけどとてもそうは見えない体つきしてるんだが、身軽だなあ。きっとその辺りのステータスににポイントを振っているんだろう。
湊さんもそうだったが、やっぱりみんなある程度パッシブスキルにもポイントを振っている。装備だけではどうしようもないというのは、どうやら間違いない。
『城壁を走る空選手! 足軽たちの多くは手も足も出ない! 弓兵と鉄砲隊がかろうじて攻撃を行うが、届かない!』
そもそも弓と鉄砲持っている人が多くないもんな。結構な速度で走る空さんをうまく狙い撃つには、それなりの技術が必要だと思う。
そういえば足軽の人たちって、シティエリアの通行人みたいに地獄に落ちた人たちなんだろうか。そうだとしたら俺と同じ時代の人だろうし、弓とか火縄銃を扱える人なんてほとんどいないはずだよな。彼らにもスキルがあったりするんだろうか。
『目立ったダメージなく城の目前に迫った空選手! しかしどこから侵入する気だ? 天下の白鷺城の入口はそこじゃないぞ! お?
お……おお、こ、これは! 手りゅう弾だあー!』
あんたも手持ちアイテム半端ないな!
さすがに手りゅう弾となると、インパクトでは湊さんのロケットランチャにかなり負けるがそれでもその威力は相当なものだということは俺でもわかる。しかもそんな手りゅう弾を同時に三つって……。
……ん? 三つのアイテムをどうやって同時にボックスから出したんだろう。同時に複数のものを取り出すってできなかったと思うんだけど……。
うーん、これも湊さんがやってたことと同じ感じの裏ワザってことだろうか。俺が知らないシステムの穴は、まだまだありそうだ。
とか思っていると、空さんは三つの手りゅう弾を同時に投げて城の壁を破壊した。壁そのものに投げるんじゃなくって、うまい具合に窓になっているところを狙ってだ。
確かに、手りゅう弾で壁が壊れるかとなると絶対とは言えないだろう。その点、窓になっているところならより確実ってことだろうな。空さん、よく考えてるわ。俺、それ思いつかなかったよ。
『空選手、見事壁を破壊して中へ侵入成功! 一方これに驚いたのは織江選手! 予想外の展開といった感じだー!』
まあ無理もない。あれだけの人数を差し向けたのに、かなりスピーディに城まで到達されたわけだからな。
空さんが侵入した地点にいた足軽たちが、「出会え出会え」とか言ってる。時代劇みたいだ。
集まってくる足軽だが、屋内で槍とか銃とかを使うわけにもいかないからか全員武器は刀だ。時代劇だな。
『空選手、順調に迫りくる足軽を倒す! マシンガンでの討ち入りを止められるものは皆無だー! 次々とやられた足軽たちが地獄へ送還されていきます!』
あ、やっぱり地獄に落ちた人なのか。彼らも大変だな。そういう仕事なんだろうか、これ。
しかし空さん、完全に無双状態だな。織江ちゃんのほうはどう動くのかな?
『な……何ィィーー!? 織江選手、アイテムボックスからタンクローリーだああァァー!!』
「何イィィィーーッ!?」
「えぇーーっ!?」
なんだそれ! 意外ってレベルじゃねーぞ!
俺と真琴は、思わず声を上げて立ち上がる! 周りの観客も似たような反応だ!
『でかい! これはでかいです! 天守閣からはみ出しそうだ! しかも床が悲鳴を上げているぞー!? 一体何を考えているんだ織江選手ー!!』
タンクローリーなんてアイテムボックスに入るのかよ!? いや、確かに重さも大きさも制限ないとは聞いてるけど、これだけのものが入るなんて思ってなかったよ!
っていうか、司会の言う通りだ。こんなもん出して一体何を考えてるんだ!?
……あっ!
『あーっ!! タンクローリーの重量に耐えきれず、天守閣の床が抜けてしまったーっ!!
守るべき城を自ら破壊! 本当に何考えてるんだこの少女はァーッ!!』
現場にいたらものすごい音が出てるんだろうな……世界遺産の城になんてことしてるんだよ……。
……あ、ほら。真琴の顔がすごく険しい。こいつ怒ってるぞ、絶対怒ってる!
城にはマニアがいるんだから、あんまりそういうことするのはどうかと思うよ、うん。
いや、俺もやるなら燃やそうと思ってたけどさ。
『織江選手、タンクローリーと共に階下へ落下! 空選手、間一髪のところで落ちてきたタンクローリーを回避ー!……な、お、こ、これは!?』
めっちゃびっくりしまくってる空さんをしり目に、落下して大破したタンクローリーから大量の水があふれ出した。たぶん水……だと思う。
あのタンクローリーにどれだけ入るかわからんが、出る水の量や勢いを見る限り、満タンに入ってたんじゃないだろうか。
あ、あーあー、足軽の人たちが流されてるぞ。味方じゃないのか、その人たち。
『大量の水が場内にいるすべての人間を襲っています! だが! しかし!? 空選手、織江選手共に無事! 水にやられていません!』
なんだってー!?……本当だ!
どういうことだ? あんな勢いの水をまともに食らったら、普通は抵抗できずに流されるに決まってる。にもかかわらず二人ともそうなってないってことは……そこに、二人の特殊能力が隠されてるってことか。
『空選手、正面から襲う水を直前で止めています! これには織江選手もびっくり! 一方の織江選手は、水に飲み込まれているのに無事!
どういうことだァーこれはー!?』
同じ「無事」でも、二人は状況が違う。これはきっと、二人の能力の違いがそのまま出ているんだろう。
この状態から真っ先に推測できるのは、それぞれ攻撃を防ぐ能力と水を無効化する能力ってところだろうが……実際のところどうなのかは答えを教えてもらわないとわからんなあ。
『おおッ!? 織江選手が動いた! 周りの水が槍の形をとって、四方八方から一気に空選手を襲う!
あーっ! 空選手、これは防ぎきれずいくつかの直撃を許してしまーう! ライフゲージがガンガン減っているー!』
あー、なんとなくわかった。
織江ちゃんの能力は、たぶん「水を操る」能力だ。じゃないとあの攻撃は説明できない。
水を操る……俺のフレアロードとは正反対だな。彼女と戦う時は、俺も何か相応の道具を持ち込んだほうがよさそうだ。ガソリンとか、水じゃ簡単に消されないようなやつを。
『空選手、マシンガンを連射する! しかしこの銃弾は、織江選手が創り出した水の壁に阻まれて届かない! そしてその壁、次の瞬間矢になったー!!
これまた一斉に空選手めがけて殺到します!!』
うわあ、攻防一体ってまさにこのことだろ。空さんの攻撃は届かないのに、敵の攻撃は……あ、全部止めた!?
『空選手、今度の攻撃はすべて防ぎ切った! この隙を逃さず前に飛び出し、アイテムボックスから……おおー!
その前に床から這いあがってきた水が、彼の足首をがっちりつかんで動きを止めてしまった! ピンチ! 空選手ピンチです!』
動きまで封じられて、空さんはもうなすすべがないと言っていいだろう。特殊能力が俺の予想通りじゃないなら、まだ何かできるかもしれないが。
反対に織江ちゃんの能力は使い勝手がよさそうだから、同じ状況になっても何かできることはあるかもしれない。色んなことに使えるっていうのは、戦う時の選択肢も多いってことだからな。攻撃にも防御に使える能力となると、タイマンではかなり戦いやすいだろうなあ。
『おっと! 空選手、もうどうしようもないと諦めたか! 自身の敗北を認め武器を捨てました! 織江選手に語りかける!』
あー。
まあ……そうだよなあ。あの状況からなんとか勝ちに持ち込むのは、現実的にほぼ不可能だろう。負けを認めるのは悔しいだろうが、一方的にやられるよりは潔く、ってところか。
『織江選手、得意満面です! 現世で言うところのドヤ顔ってやつでしょうか! ルールにのっとり、空選手のメニューを確認しに行きます!』
……うん? なんで相手のメニューを見る必要があるんだ? これが降参するための条件なんだろうか?
よくわからん……この辺りもあとでイメちゃんに聞いてみるか。
『さあ、空選手のメニューを織江選手が確認! 降参を受理しまし、……なあ!?』
「うあっ!?」
「ああ!? 卑怯だよっ!」
卑怯。まさに真琴の言う通りだ。
空さんはメニューを確認していた織江ちゃんの一瞬の隙を突いて、どこからか取り出した拳銃で彼女の頭を撃ち抜いたのだ!
『不意打ち! 空選手不意打ちです! 二連発のヘッドショットが見事に決まり、織江選手のライフが一気にゼロ寸前まで減ってしまった!
おーっと!? 空選手そのまま振り返ることなく、城から飛び出したーっ!! 逃げた! 逃げました空選手!!』
ひでー! いくらなんでもひどすぎね!?
観客席からもブーイングの大合唱だ!……まあ、それは当人たちには届いてないだろうが。
『ブーイングが観客席からも巻き起こっております! しかし彼の行為はルール上問題ありません! 違反行為はありません!』
ないのかよ! 本当に何でもアリだな、このトーナメント!
『さあ空選手逃げる、逃げ続ける! 織江選手追いかけたいところだが、防衛側の制限によって城から出られない!
少しずつ復活しつつある足軽たちを差し向けることしかできない!』
ああ……一気に形勢逆転だ。
織江ちゃん本人が追いかけられない以上、頼れるのはもう足軽たちだけ。けど、その足軽たちは既に残り少ない。司会の言う通り少しずつ復活しているようだが、千人まで回復するのはいつになることやら。
空さんのほうは、このまま逃げ続けられればタイムアップで勝利決定だ。なるべく足軽たちを避けながら、ある程度集まってきたところで一網打尽にすればいい。織江ちゃんが受けている、防衛側の制限のことまですべて計算に入れての行動だとしたら、なんて悪魔的な計画だろう。
うーん、汚い。大人は汚い!
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
日付変わるまでに更新できませんでした……。
休日は普段できないことをやろうとする分、執筆の時間がどうしても減ってしまいますね。
明日(ていうか今日?)は、また夜日付変わる前に更新したいところです……!




