第11話 観戦しよう
「うおお……」
観客席に足を踏み入れた俺は、思わず息をのんで立ち止まった。
視界に収まりきらない、ものすごく広いスタジアム。周りを囲う観客席の数はそれに相応しく、万単位の人が入れることは間違いないだろう。
そんな広い観客席が、座席の大半が埋め尽くされ、見渡す限り人、人、ひ……あ、いや、人じゃないのもいるけど。とにかく、ものすごい人の数だ。サッカーで言うワールドカップレベル、それも満員御礼って感じだ。
まだバトルまで時間があるからか熱狂的な雰囲気は落ち着いてはいるけど、周りにはいつでもヒートできそうな調子で語り合う人たちだらけだ。
「なあイメちゃん、これ座席ってどうなってんだ?」
「基本、早いもの勝ちですね。一部例外もありますが、それは残念ながら亮様には該当しません」
「そーか……ってことは、空いてるところを探すしかないんだな」
この人ごみの中から空いてる場所を探すのか……かなりしんどいな。立ち見ができりゃいいが……そんな雰囲気はなさそうだ。
仕方ない。何はともあれ探そう。
周りを観察しながら、空席を探す。観客席、というかこのスタジアム全体の雰囲気はもうそっくりそのまま東京ドームだ。もちろん、ディスプレイも掲げられている。ただし、東京ドームより広い気がする。
俺としては、バトルをやっているからかコロッセオのイメージがあったんだが、全然違う。めっちゃ日本だ。
そういえばここ、トーキョーエリアだったな。スカイツリーの中にこんなスタジアムがあるっていうのもおかしな話だが、そこはもう今さらだ。
そんなスタジアムの観客席だが、改めて見るとやっぱり人間じゃない人が結構混ざってる。見間違いじゃない、明らかに人の形してない人がいる!
「な、なあイメちゃん? どう見ても人間じゃない人もいるっぽいんだけど、どういうこと……?」
「現世にもいろいろある、と以前申したでしょう? その言葉通りですよ」
「えーと……つまり、死後の世界は地球以外からも繋がってる……?」
ぱっと浮かんだことをそのまま口にする。
イメちゃんは答えず、微笑むだけだ。正解のような気もするし、違うような気もするが……とりあえず、自分で考えた案をそのまま採用することにしよう。
開会式を見る限り、参加者は全員人間だった。それが確認できてる以上、真実がどうであれ俺には関係のないことだろうからな。
もちろん、異世界と地球が死後の世界で繋がってる、そう思ったほうがロマンあるし楽しいから、っていうのもあるけど。
明らかに脚が逆関節な人と、明らかに手が羽になっている人の前を横切りながら、引き続き空席を探す。やっぱり空いてるところはないなあ……。
うーむ、とうなりながら歩く。途中で、よりフィールドに近い場所にも移って探してみたが、やはり空席はない。……これは詰んだんじゃないだろうか。
なんて考えていると、人ごみの中に見覚えのある輪っかが浮いているのが見えた。あれをつけているのは参加者だけのはず……死んだ者同士のよしみで、ちょっと心当たりがないか尋ねてみよう。
「すいませ、……うおっ!?」
「は、はいっ?」
俺が驚いたのは、そこにいたのがどう見ても小学生の男の子だったからではない。彼の隣に、日本史の教科書で見た記憶のある雷神みたいな鬼が座っていたからだ。しかもそれは、男の子の身体から浮かび上がっている。
なんだこいつ!? とんでもない迫力してんだけど!?
い、いや、落ち着け俺。小学生を前にしてビビってるなんて、情けないったらありゃしない。平常心、平常心だ……!
「あ、あー……と、初めまして」
まずはあいさつ。基本中の基本だな、うん。
「は、はじめまして……」
どこか怯えた感じで、男の子があいさつを返してくる。うん。礼儀正しい子じゃないか。
なんて思っていると、
「初めまして、補助人格のマスラと申します」
雷神様がずい、と前に出てきてご丁寧にも頭を下げてきたので、色んな意味でもう一度ビビった俺である。
「あ、ど、どうもよろしくお願いしゃーす!?」
なんて頭を下げ返しつつ。
えーと、補助人格? って、確かシードの赤ん坊様が持ってる阿修羅みたいなアレのことだよな? 見た目が全然違うけど、色んなのがいるってことなんだろうか。
人と会うたびに疑問が増えていくな……。
「主に代わり要件を伺います」
「あ、はい」
見た目とは裏腹に、紳士な対応のマスラさんに言われて俺は返事する。
この人も丁寧な人だな。たぶん見た目で損するタイプの人だ。おかげでちょっと落ち着けたので、本題を切り出すことにするか。
「えーとすね、俺もバトルを見ようと思って来たんすけど、どうも空いてる席がないっぽくて。どこか相手そうなところとか、教えてくれないかなーと思って」
「なるほどわかりました」
俺の言葉に頷いて、マスラさんが男の子に向き直った。
それからしばらく、二人はメニューを開いて話し合う。何をしているんだろう……相談なら口ですればいいのに、わざわざメッセージ? 人に聞かれちゃまずい会話でもしているんだろーか。
疑問は尽きないが、それをここで言うのは失礼ってもんだろう。イメちゃんに聞くにしても、先に尋ねたのは俺だし。待つとするか。
「あ、あの」
待つこと数分、男の子が声をかけてきた。
「うん?」
「他に空いてるところがあるかどうかはその、わかんないんだけど」
先ほどまでのおどおどした雰囲気を感じさせることなく、男の子は言う。時折俺の様子をうかがうように視線をちらっと向けてくる辺り、まだ少し俺を警戒してるかな?
「ボクの隣でよければ、使っていいよ」
「え、マジで? いいの?」
と思ったら子供らしからぬ気遣い! めっちゃいい子だこの子!
「マスラは出し入れ自由だから」
補助人格もそんなことできるのか……イメちゃんと似たような感じなんだろうか?
いやしかし、しかしだよ。この席は、この子が使っていた席だ。いくら厚意とはいえ、俺が割り込んだことには代わりない。本当に甘えてしまっていいものかどうか。
「主は構わないと言っています」
まるで俺の考えを見透かしたかのように、いいタイミングでマスラさんが言葉を挟む。ああ、覚えのある間だな。この人も心が読めるのかもしれない。
「……本当にいいのか?」
「うん、いいよ。だってお兄さん、さっき戦ってた人でしょ? 観てたよ」
「うあ。あ、あー、それはそうだが、観られてたか……情けねートコ見せちまったな」
主に出だしのトラックとかな。アレについては、何を差し置いても過去の俺に助言しておきたいレベルの失態だ。
気恥ずかしさにがしがしと頭をかく俺に、男の子は小さく笑う。
「あれはしょうがないよ」
……気遣いが逆に痛い。
このままだと俺のメンタルがマッハでやられそうなので、話を戻すことにしよう。
「えーと、なんだ。ここ、本当にいいんだよな?」
「うん、いいよ。一緒に観ようよ」
「……ん、わかった。じゃあ、甘えさせてもらうよ」
男の子に頷いた、その瞬間にマスラさんが消えた。イメちゃんとはちょっと違って、男の子の身体の中にすうっと吸い込まれていく感じで。
彼から浮かび上がる形だったから、一心同体に近いのかもな。どこぞのカードゲームの主人公とその相棒を思い起こさせるな。
まあ何はともあれ、空いた席に俺は腰を下ろす。
「ボク、龍治真琴だよ。よろしくね、お兄さん」
そこに、男の子――龍治君からにっこりと笑顔を向けられた。俺は彼に微笑み返すと、
「明良亮だ。よろしくな!」
そう言ってぐっと親指を立てたのだった。
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「そうか、龍治君はシードなのか」
「うん、だから予選期間中はあんまりやることがなくって。……あ、別に苗字じゃなくっていいよ。真琴でいいよ、お兄さん」
「そうか? 遠慮しねーぞ?」
「しなくっていいよ」
「わかったよ、真琴」
バトルが始まるまでの間を埋めるため、俺たちはお互いのことを話し合っていた。もちろん互いの能力とかは秘密だが、意外と彼は人懐こい性格で、短い時間だが結構打ち解けることができた。
なんとまあ、真琴はたった二人しかいないシードの一人だった。片方が生まれてすぐ亡くなった赤ん坊なのに対し、彼は十一歳とのこと。赤ん坊様を除けば、今大会最年少らしい。なるほどシードになるわけだ。
十一歳か……俺はその頃何してたっけな? あまり覚えてねーけど、少なくとも彼みたいに行儀よくはなかったなあ。
毎日遊ぶのに忙しくて、宿題はサボり放題、先生や親に怒られてばっかりだったような気がする。うん、手のかかるガキだった。
すまんな父さん母さん、何もできず先に死んじまったよ。いやま、俺が死んだは父さんのせいでもあるから、謝るのは母さんだけでいいか。
そういえば、ここで二人は見てないな。二人ともまだ死ぬような年齢じゃなかったから、俺と同じく火事で死んでたらここにいるだろう。いないってことは、二人は無事なんだろうな。俺の分も生きてくれ。
「はい、お兄さん」
柄にもないことを考えていると、真琴が何か差し出してきた。
「ん?……お、おいこれ」
「ポップコーンは嫌い?」
「いや、そういうわけじゃねーが……」
それはポップコーンだった。たぶんキャラメル味。めっちゃ多い。アメリカじゃあるまいし、なんだその量。
「いいのか? 真琴が買ったもんだろ?」
「いいんだ。つい買っちゃったけど、正直飽きちゃってさ。お腹はいっぱいになんないけど、もうあんましいいやって」
そう言って、てへへと笑う真琴。
なるほどな、気持ちはわかる。ポップコーンって基本、多いよな!
そういうことなら、もらっちまうか。死んでから初めての食べ物だ。
「んじゃ、遠慮なくもらうとすっかな」
そう答えて、俺は無造作にポップコーンを数個つかんで口に放り込む。
その瞬間、キャラメルの味とポップコーン独特のサクサクした食感が口の中に広がった。おお、食べる感じは生前と変わらないんだな。なんか嬉しい。
そして数日ぶりの食事は、自分で思っていた以上に感動的だった。なんだろう、食うってこんな素晴らしいことだったんだな!
「……うまいっ!」
叫ばずにはいられなかった!
「そ、そんなに?」
「ああうまい、めっちゃうまい」
手が止まらない。俺のじゃないんだが、こううまいとなると自制が利かないわ。すまん真琴、あとで埋め合わせするからな。
しかしこうなってくると、飲み物もほしいな……。ああ、一度は抑えたコーラの欲求が……!
「く、俺は飲まないって決めたんだ!」
「大丈夫?」
「ああ、大丈夫だ……俺の精神は鋼だからな! 飲み食いで貴重なポイントを使うわけにゃいかねーんだよ……!」
「貴重って……百とか二百だよ?」
「ちりも積もればチョモランマだ!」
「……言いたいことはわかるけど」
真琴は苦笑して、一つだけポップコーンを口に運んだ。
「じゃあお兄さんは、食べ物まで節約してスキルにポイント振ってるの?」
「ああ、そうだ。死んでから何も食べてなかった!」
「努力するトコ違うんじゃないかなあ……」
「だって使わなくていいところってそれくらいしかねーじゃん!?」
「えー、だってバトル中のライフ回復してくれるじゃん。食べ物すっごく大事だよ? ボクは絶対あったほうがいいと思うけどなあ」
「大事なのはわかるが……、え?」
待てよ、今、とんでもないことを聞いた気がするんだが?
「ちょま、真琴、今なんつった?」
「え? 絶対あったほうがいいって……」
「いや違う、その前」
「食べ物は大事……」
「もっと前、前!」
「バトル中ライフ回復……」
「それだ!!」
聞き間違いじゃなかった!
俺は思わず身を乗り出した真琴の細い肩をがしっとつかむ。突然のことに、彼はびくっと身体を固くした。
「マジか!? 食べ物でライフ回復するのか!?」
「ほ、ホントだよ。マスラが言ってたし、ボクもトレーニングルームでやってみたもん」
「マジかあああ!!」
なんてこった! そんな裏ワザがあったなんて!
「……もしかしてお兄さん、知らなかった?」
「知らなかった!」
ライフ回復用のアイテムがなかったのはそういうことか……。そうだよな、こんだけ日本のゲームシステムをコピってるのに、回復アイテムがまったくないってのはよく考えればおかしな話だ。ゲームによっては食べ物でライフが回復するやつだってあるんだし。
うおお、とうめき声が喉をついて出てくる。それを知ってたら俺だってコーラの一つや二つ!
じゃなくて! さっきのバトルももう少しマシに戦えたはず!
なんてこっただよまったく!
「……真琴はマスラさんに教えてもらったのか?」
「うん、トーナメントのことは大体。それが補助人格の役目なんだって。
でも、さっきお姉さんがやってたアイテムの取り出し方はマスラも知らないって言ってた」
お姉さん……ああ、湊さんか。
マスラさんが知らないってことは、やっぱりあれは裏ワザなんだろう。今度会ったら教えてもらいたいところだ。
しかし補助人格。イメちゃんとは違って、参加者を実際にサポートする人たちなんだろうな。イメちゃんは、特定の個人に優位に働くようなことは極力言わないようにしてるところがあるけど……。
うーん、でもルールとして食べ物で回復ってのは普通のものだろうし、俺が聞いてれば教えてくれたかもしれない。俺、つくづくバカだな。少しは疑問に思えよ……。
『皆さんっ! おまーたせーいたしましたー! これより、第十二リーグ予選第二試合をはじめまーす!』
俺がちょっと凹んでいると、あの司会の声がスタジアム全体に響き渡り、周囲から歓声が沸き上がった。
「あ、お兄さん始まるよ!」
声をかき消されないように精一杯声を張る真琴に、肩をぺしぺしと叩かれて俺は顔を上げた。
いつの間にかフィールドには、二つの人影があった。ただし、足元に影がないのでそれが本物ではないんだろうなあとはなんとなくわかる。ポータルに入るとここに立体映像として映される仕組みなのかな。
立っているのは迷彩服を身にまとった男性。しかし、屈強な戦闘員という雰囲気はない。頬はこけているし、身体つきはガリッガリ。どう見ても普段から運動してませんザ・もやしって感じだ。スキルのない生前の俺でも、パンチ一発でKOできそう。見た感じ、三十オーバーは間違いないだろう。
もう片方は、なんちゃって和服(平安時代的なあの辺?)を着た女の子。和服とブレザーを足して二で割った改造制服、と言えば一番それらしい説明かなあ。にしちゃあれ、力入りすぎだろ。っていうか、あれで動き回れるんだろうか。ちなみに、湊さんよりだいぶ幼く見える。中学生くらいかな?
『赤コーナー! 空永治選手!』
歓声が上がる。
『青コーナー! 織江伊月選手!』
もっと歓声。
くっ、やはり男より女のほうが人の目を引き付けるのか!?
『さあぁァァ両者とも! 転移装置に上がってください!』
司会の言葉を受けて、二人が装置の上に上がる。
『ルーレット開始ィ!』
と同時に、司会が手を掲げながら宣言。ここまでは俺が体験したのとまったく同じ。
しかしその後のルーレットは違った。フィールド上に、さまざまな形のエリアの立体映像が浮かび上がり、中央の二人を囲んでぐるぐると回転し始めたのだ。設置されている巨大ディスプレイでは、ポータルのそれと同じように写真が連続して切り替わる形になってはいるが。
立体映像で表示されると、すぐ切り替わる写真ではわからなかったものがなんとなく見えてちょっと楽しい。中には、俺が戦ったシティエリアの姿も見えた。
『さあー、今回のバトルエリアは……!?』
写真、そして立体映像が動く速度がだんだん遅くなっていく。
そして……。
『キャッスルエリアッ! ジャパアアアンスタイル! だあぁぁーっ!!』
画面に、見覚えのある白い城が映し出された。フィールドでは、選ばれたらしい城の映像だけが残って存在感を放っている。
キャッスルエリアジャパンスタイル……とってもわかりやすいネーミングだ。ジャパンスタイルってことは、ヨーロッパスタイルとかチャイナスタイルもあるんだろうか。ヨーロッパスタイルは気になるな。今度ここで見ることがあったら探してみよう。
「あ、姫路城だ!」
隣で真琴が嬉しそうに声を上げた。
姫路城。えーと……なんだっけ、聞き覚えあるな。えっと……いや待て、見くびるな。名前くらい俺だって知ってるぞ。知ってるんだ。知ってるんだってば……。
「きれいだよね、姫路城! お兄さんは行ったことある?」
「い、いや、テレビでしか見たことねーな」
ごめんなさいわかりませんでした。
しかし子供の手前、まさかなんだっけとは言えず適当に話を合わせる俺である。後でイメちゃんに聞いてみよう……困った時はイメちゃんだ。
「ボクも行ったことないんだ。一回行っときたかったなあ……」
「……真琴は城が好きなのか?」
「んー、ていうより、ボク歴史が好きなんだ」
「へえ、歴史」
俺も好きだぞ。壊滅的な学力の中で唯一暗記という最終兵器が効く科目だから、という意味で。
「うん、特に戦国時代!」
俺も好きだぞ。知らない漢字だらけの日本史の中で比較的単純な単語が多いから、という意味で。
「生まれ変わるなら、色んな歴史が教えてもらえるところがいいって思ってるんだ」
真琴は無邪気に笑う。夢があってとてもいいと思います。まぶしい。
きっと生前も、こんな感じで家族や友達と話をしていたんだろう。俺よかよっぽど頭もよさそうなのに、こんな歳で死んでしまうなんてもったいない話だ。ぜひその目標を達成してもらいたくなる。
まあ勝ちは譲れないけどな?
『さあ、転移が始まるぞ! 両者、準備はいいかあー!?』
司会が叫ぶ。いよいよ始まるな。
俺と真琴は座りなおしながらも、身体を乗り出してバトルの開始を待つ。
『それでは、転移装置稼働!』
そうしてフィールドが白い光に包まれ、景色が変わっていく――。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
感想、誤字脱字報告、意見など、何でも大歓迎です!
一挙に四人の新キャラが登場です。
真琴(と一緒のマスラも)はシードなので、しばらくバトルには上がってこないですが。
※明日はリアル事情により、恐らく更新できないと思います。ご了承ください。




