第10話 彼女の目指すもの
『これはまさかの幕引きだぁー! 湊選手、自らライフを削って明良選手に勝ちを献上! このバトル、明良選手の勝利です!!』
例の壁にかかったディスプレイから、司会のそんな声が聞こえてきて俺は目を開けた。間違いないと断言する材料がないけど、たぶん第九ポータルだろう。
俺はワープ装置の上に立っていた。
隣に思わず顔を向ければ、そこには湊さんが何事もなかったみたいに平然とたたずんでいる。その目は、どうでもよさそうにディスプレイを見つめていた。
『さて、明良選手が白星スタートを切ったところで第十二リーグ、続くバトルの連絡をさせていただきます!』
湊さんに声をかけたかったが、司会がそんなことを言い始めたのでぐっとこらえて画面に目を向ける。次の連絡なんて言われたら、さすがに聞き逃すわけにはいかない。俺だって、そこまでバカじゃないんだ。
『次のバトルは、今から一時間半後を予定しています! しかし、もちろん次の参加者二人が早めに会場入りした場合、それより早く開始となることもありますのでご注意を!』
もちろん、ってなんだそれ。俺知らないぞ。そんなルールがあったのか。観る側のルールか……。
『繰り上げ開始の場合、最短で今から一時間後とします! それ以前の開始はありませんので、ご観覧の皆さまにおかれましては、一時間を目安に行動していただければと思います!
それでは皆さま、早ければ一時間後にまたお会いしましょう!』
司会のその言葉で、ディスプレイはホワイトアウトして沈黙した。正確には、観客の声は聞こえてくるけどそれだけだ。
終わったか……ようやく湊さんに、と思ったら今度は白一色のディスプレイにテロップが。
『お二人の次なる日程は、メッセージに送信いたしましたゆえ確認の程お頼み申しまする』
テロップ、最初もそうだったけどなんで古めかしいの? もしかしてこれにも人格があるとか?
……いや、まあいいや。今はそれどころじゃなくて。
「湊さ……って、いない!?」
行動早っ! 何もそんなすぐに動かなくたってよくねーか!?
と、とにかく後を追おう。まだ遠くには行ってないはず!
慌ててポータルから出れば果たして、湊さんはまだ廊下を歩いているところだった。
「待ってくれよ!」
その後ろ姿に声をかけて、俺は彼女に追いつく。
「……何?」
振り返った湊さんの顔は、少しめんどくさそうだった。……最初見た時は楚々とした美人、なんて思ったものだが、意外と表情は豊かなのかもしれない。
……いや、今はそんなことよりだな。
「なんで自分から負けたんだよ?」
これが聞きたくてしょうがなかったんだ。
さっきのバトルは、はっきり言って俺が負けていたと言っていい。ライフの残量も、戦い方の内容も、明らかに俺が押されていた。いくら戦う手段が残っていないからって、諦めるほどの状況ではなかったはず。最悪逃げるという方法だってあったはずだ。
なのに、自分から飛び降りてわざと負ける。それは理解に苦しむ行動だったし、何より俺の気分的に、まったく納得できない。
「言ったじゃない、もう手段がなかったって」
「やり方はいくらでもあったじゃねーか。それに、剣は残ってただろ?」
「剣にはスキルを振ってないわ。あれは不意打ちだったから当てられただけよ」
「……いやでも、何かあっただろ。湊さんは俺よりぜってー頭もいいはずだし」
俺の問いに、湊さんは「あーもう」とだけ言って深いため息をついた。その顔は、さっきよりもはっきり、「めんどくせえ」と言っているようだ。
そして彼女は露骨に舌打ちして、少し怒ったような口調で言い放つ。
「私はそもそも、このトーナメントで勝ち上がるつもりなんてないのよ」
「……な、えっ?」
その答えは、俺にとってまったく予想していないものだった。
「こんな茶番に付き合うつもりなんて、これっぽっちもないの。死んだら死んだ、それで終わりでよかったのに。
わけのわからない試合なんてさせられて、挙句の果てに見世物よ? やってらんないわよ」
「…………」
「あんただって開会式見て幻滅したような顔してたじゃない。さっきは実況で面白おかしく言われて。それでなんとも思わないわけ?
私は嫌よ。死んでまで勝手にあることないこと言われるなんて、絶対嫌!」
湊さんが語気を強めて断言する。冷静な人ってイメージだったが、本当はすごく熱い人なのかもしれない。
「だから私は戦わない。客席の連中が何だか知らないけど、そんなに連中が望んでる見世物がダメになっちゃえばいいのよ。こんなふざけた大会なんて、台無しにしてやるわ」
そう締めくくって、彼女は満足そうに笑った。
なんてこった。彼女はこのリバーストーナメントそのものをぶっ壊そうとしてるのか! それは……それって認められるのか!?
気持ちはわからなくはないけど、転生したいって本気で思ってる人はたくさんいるはずだし、彼女一人の感情でどうにかしていい問題じゃないと思うんだが……。
う、うーん、ダメだ。彼女が正しいのかどうか、俺には判断できねー。正しいとも思うが、間違ってる気もする。こういう時は自分の頭の質の悪さが恨めしい。
「……言いたいことは、なんとなくわかった、けどさ」
とりあえず黙ったままいるわけにもいかないと思って、そう返す。
えーと、なんて続けよう。えーと……。
「戦わない、ってわりには、その。手がなくなるまでは結構マジで俺と戦ってたと思うけどな?」
よし、これだ。とっさに考えた割にはナイスな質問じゃね?
「あんたもそのうちわかるわよ」
返事は、冷めた表情と共に返ってきた。
「このリバーストーナメントってシステムが、いかに面倒な仕組みをしてるかがね」
そうして湊さんは、ふん、と鼻で笑って一歩下がる。
そんなに嫌なのか、人からあれこれ言われるのが。俺にしてみれば、他人からの評価なんてそれ以上でもなんでもないと思うんだけどな……。
「よくわかんねーんだけど」
「あんたはいいわね、バカで。深く考えなくて済むのは気楽だわ」
「否定はしねーが、そう何度もバカ言われるのも結構しんどいんだぞ?」
「……悪かったわよ」
おっと。その返しはまたしても予想してなかったぞ。てっきり畳み掛けられると思ったんだが。
随分としおらしい返事だったので、どう返せばいいのかわからず黙ってしまう。そのまましばらく俺たちは黙り込んでいたが、
「あー、その。お詫びじゃないけどさ。一つ教えてあげるわ」
「教える?」
咳払いしながら、湊さんがちらりと目を向けてきた。
「あんたさ、私たち参加者が他の人のバトルを観戦できるのどうせ知らないでしょ」
「……考えたこともなかったぜ」
「だと思ったわよ……。初めてここに来た時、客席のこと教えられたでしょ?」
「ああー……そういえばあったような……」
控室と客席の入り口があるって、言われてたっけか?
「客席に行けばバトルを見れるわ。席は早い者勝ちだけどね。次のバトル、私たち以外の二人が戦うやつだから、あんたがもし勝ち進みたいなら研究のために見ておくといいんじゃない?」
「お、おお……それは見ておいたほうがよさそうだな」
「ちなみに補足。私たちのバトル、参加者で見に来てたのは十三人。あんたの能力が『火を操る』ってことを知ってるのは、現状私を含めた十四人だけよ。そしてその中に、第十二リーグの残る二人はいない。安心しなさい」
……戦わないって言うわりには、情報収集しっかりしてんなあ。本当に戦う気がないんだろうか。さっき言った、リバーストーナメントの面倒な仕組みとやらが関係してるのか?
それも気になるが、それ以外にも気になることはある。
「なんでそんなことまでわかるんだ?」
「……仕方ないわね、ご祝儀代わりにもう一つ教えといてあげる」
え、あ、どうも。
「マップに表示される参加者の位置表示は、一度特定範囲内まで近づいた相手なら名前が表示されるわ」
「マジで!?」
言われてびっくり、俺は思わずメニューを出してマップを確認する。
なるほど、確かに今俺の目の前にいることになっている赤いマーカーには、湊さんのフルネームが表示されていた。さっきはなかったのに……。
「……マジだ」
「名前さえわかれば、それがどこのリーグの人かは対戦表見ればわかるでしょ」
「なるほどなあ……」
まあ俺、その対戦表は自分のリーグ以外見てねーから誰が誰かサッパリだけどな。これを言ったらまたバカって言われそうだから胸の内にしまっておこう。
しかし湊さん、半端なく頭いいな。頭いいだけじゃなくって、いろんなことを調べることも得意なんだろう。
俺が気にしなさすぎってのもあるかもしれないが、それでも俺がどれだけがんばってもここまで情報をつかむことはできない気がする。どうやったらここまでわかるんだ?
「それじゃ、私そろそろ行くわ」
「え? あ、お、おう。色々サンキューな」
「どういたしまして。それじゃあ、……」
一旦向きを変えて言いかけた湊さんだったが、途中で言葉を切ってもう一度俺へと向き直った。
「……えーと。一応、だからね」
「は?」
「その。さっきは助けてくれて、……ありがとね」
そしてそう言うと、さっと後ろを向いて足早に立ち去っていく。
さっきは……? えーっと……。
「……ああ、もしかしてバトルの最後に引っ張り上げたあれか?」
俺が湊さんの言葉の意味に気がついた頃、既に彼女の姿は視界から消えていた。
「もう、随分言ってくれましたね」
そして不意に、後ろからイメちゃんが現れる。その感じはどことなく困った感じであり、また登場のタイミングは湊さんがいなくなるのを待っていたようだ。
「気持ちはわからなくもねーけど、湊さんのアレはやりすぎだよなあ」
「同感です。ボクはトーナメント側の存在なので、面と向かって否定されるのが少しカチンと来たというのもあるんですが……」
むう、と頬を膨らませるイメちゃんは相変わらずかわいい。とはいえ、その口調には怒りが少し見える。さすがにあれだけ言われたら、彼女でも来るものがあるらしい。
「このリバーストーナメントは、確かにエンターテイメントです。それは否定しませんしできません。
ですがそれは、決してパンと見世物を望んだかつてのローマと同じものではありませんし、意味のないものでもないのです」
「……なくなったら困る人だっているだろ?」
「もちろんです。最初にも申し上げましたが、全ての人を転生させることはできないのです。
かといって、寿命前に亡くなった方を機械的に輪廻の輪に戻すのも、当事者の方々にとってはそれで終わらせてほしくないはずなのです」
「湊さんだって、転生したくてトーナメント参加を選んだはずなのになあ」
俺はしたかったわけではないが……それでも選ぶ権利はあったわけだし。他の参加者だってそうだったはずだ。
参加しておいてその方法が嫌、っていうのはどうかと思うがなあ……。
「……まあ、あまりここでどうこう言ってもしゃーなしだな。もし湊さんが本気でこのトーナメントを妨害するなら、なんとか止めてやればいいんだし」
「そうですね。ボクからも運営側に注意を促しておきます」
「そんじゃま、せっかくだし次のバトルを見学してみるか。どんな人がいるのか見ておくに越したことはないだろうしな」
「はい、参りましょう」
そして俺は、イメちゃんを伴って観客席へと移動するのだった。
当作品を読んでいただきありがとうございます。
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涼はトーナメントの妨害を目論んでいたんだよ!
な、なんだってー!?
作者も初耳です(ぁ