霊能白拍子管弦舞 其の弐『供養少女人形』
滅多に仕事を依頼されない京都在住の霊能者 管弦舞。雅な成りの、この霊能者の元へ、青ざめた年配婦人が訪ねて来た。『あの…管弦舞様のお宅は、こちらでしょうか…』
…師走の冷たい風が吹き荒れている。場所は京都の西の区。ここは、竹林が多い。竹林街道を左に逸れた暗い竹林の坂道を登っていくと、どことなく陰気な住宅街になっている。この暗い坂道を真っ直ぐ歩くと、管弦舞の家である。正確には、古く薄汚い借家だが。家の中で、ホームセンターのクリスマスセール特集号を見ていた舞は、はーっと溜め息をついた。『嗚呼、やっぱりクリスマスは何かと物入りぢゃなぁ。欲しい物がいーっぱいあるンぢゃ。この紫のベロアのコートも可愛いし、この紫のキャップもお揃いで良いのぅ…。あ、この口紅!私の欲しかったパールブロンズ!』管弦舞は、白拍子の格好をした霊能者である。髪は黒く長いストレート。一見では、かなり古典的な美人(?)なのだ。しかし、好む物は、やはり今時ギャルの嗜好品だった。『うーん…この白いラビットファーの、ストールも捨てがたいのう…』はぁーーと長い溜め息をついた。そんな時、ふいに少し開けておいた障子の窓から、野良猫の金太郎が入って来た。《…姫。そんな、〔ぐうたら〕をしていては、なかなか金が貯まらず、この借家を出られませんぞ…》猫が人語を喋るのでは無い。舞には、霊力が有り、生物の意思が読みとれるのである。『うぅむ…。そうじゃ!しっかりせねば…。来年こそ、この古めかしい借家を出て、キレーッな夜景の拝める、物集女町の広ーいマンションに引っ越したい』金太郎は不安そうに聞いた。《わ…我が輩は、あまり遠い所には、ついて行くのは嫌ですぞ。我が輩にも、この辺で慣れた友が沢山・居るのですからニャ…》舞は、ふふ…と苦笑いをした。そこへ。――ドンドン!玄関の戸を誰かが叩いている。舞は、少し警戒しながら、開けようとすると、向こうから戸をガラリと開けて来た。『…こんにちは。こちらは、霊能者の管弦 舞様のお宅だと伺いまして…。是非とも、相談に乗って頂きたくて。あのぅ…舞様でしょうか』そう言い、玄関に入って来たのは、中高年…五十半ば位の婦人だった。目の回りに、青暗いくまを作り、頬が痩せこけている。暗く、見るからに陰気な婦人だった。『は…はぁ…。ドウゾ、中へ…』婦人の、あまりに重苦しい風情に舞は、少々気後れをしたが、室内に迎え入れてやった。熱い緑茶を出して、正面に縮み込む様に正座をして座る年配婦人の顔を、舞は遠慮がちに見た。すると『……随分、お若いですね』重苦しく黙っていた年配婦人が、不意に言った。このテの世代の中高年の婦人は、舞にとっては、非常に苦手な苦肉の種であった。『お若いですね』の言葉の真意は不明だが、言葉の裏を考えると、職業が霊能者である為(こんな若い娘に相談をして大丈夫なのか?インチキではないか?)との不信感を投げかけられている様に取れる。だが、舞は、敢えて平常心を保つ様に『えぇ…。年齢だけは。』と苦笑いで応えた。そして『私は霊能者と言う看板を掛けて、目立とうと宣伝商売をしている者では有りません。ただ、私には、そう言う者が見える為、私の話を何処かで聞いた人が、こちらに普通ではない何かに苦しめられていると言う相談をしに来られますよ。』疑惑の目を向ける年配婦人に、舞は、ありのままを言った。年配婦人が言った。『そうですか…。除霊などして頂くのに料金…どの位ほど』舞は遮った。『謝礼金は、悩まれている原因を完全に解決出来た時に、頂いています。金額も決めては居ませんし。相談者の身になって一緒に考える事にしているので』舞が、そう言うと、年配婦人は微かに安堵の表情を見せた。『そうですか…。実は、霊能者の所へ相談に伺うのも今回が初めてで。不安でしたもので…。実は、管弦さんに視て頂きたいのは、これです。』年配婦人は、持っていた紙袋に入れていた高さ30センチ、直径5、6センチ位の箱を取り出した。箱を、青ざめた年配婦人が震えながら開けた。箱に入って居たのは、美しい赤い豪華な打掛を着た、垂れ髪の日本人形だった。が、片手が無い。舞は、突き刺す目つきをした日本人形の顔を凝視した。途端に髪を、引っ張られる様な寒気を感じた。『……』年配婦人は『人形は、私の年老いた母親が、高2になる私の娘に、誕生日にプレゼントとして人形店で買ったんですよ。最初、ガラスケースに入って、丁寧な商品でしたもので、全員、気が付かなかったんです。片手が取れていると言う事に…』年配婦人が、ボソボソと陰気に俯いて、目だけで舞を見ながら、言った。舞は、『…ふぅぅん…確かに、気持ち悪い人形ですね…。髪を引っ張られる様な寒気がしますもの』と言うと婦人が、糸が切れた様にうわぁっと泣き出した。『こ…この人形が来てから娘が毎晩、寝てたら髪を引っ張られて、布団から引きずり出されると言って、夜眠れないって部屋に閉じこもって、学校にも行かないし、食事も取らなくなって、私…どうすれば…』舞は、驚いたが、気を取り直して、年配婦人に『あの、お母さん、落ち着いて下さい。しっかりして下さいよ!泣けば、人形が面白がりますよ!だから、泣かない!気持ちを大きく持たないと!』舞が叱りつける様に、取り乱す婦人に言う。鼻をすすりながら、婦人が何とか落ち着いた。『娘も、人形のセイで夜、眠れなくなったから人形は要らないと言って、私に預けました。 私は除霊とか供養等、お願い出来る霊能者を探していたら、管弦さんの噂を町内でお聞きしまして。』舞は『…う~ん…。事情は判りました…。やれる事は、やってみようと思います…』年配婦人が『どうか、どうか宜しくお願いします!』と数回、頭を下げて懇願した。舞が年配婦人に、住所と氏名、連絡先を聞いて、婦人は帰って行った。…さて。何から始めたものか。猫の金太郎は、《…うぅむ…。この人形には…》と人形を凝視し、低く唸っている。舞は『…人形は窓口 みたいなものじゃ。表情が変わるからのう。何かが入ったら、ようわかるわ。』舞もまた、人形を通り越して別の者を見ている。金太郎は《…哀れな気も、しないではないがニャ…》舞は、『霊には、可哀想と思うよりは、どうしたいのかを聞く必要がある。ただ、素人が、霊にそれを聞くのは、危ないがのう』猫は《姫…。で、どうするんじゃ…》舞は考え込んだ。と言うのは、人形自身が彼女を信用しない気がしていたのだ。『う~ん…。…食事にする。』猫は、ポカンと口を開けて、呆けた顔をした。《は?》『今日は、もう、夕食にする。それから禊ぎ(風呂)をして、休む事にするわ。』舞は、面倒臭くなったのか、霊とのコンタクトは、翌日にしようと考えた。舞は人形に念じた。『そなたの話は、明日伺う事とさせて頂きます。』と念じた。――ところが深夜の事。舞は、読んでいた本を閉じて、布団に入り、目をつむった。どの位時間が過ぎたのだろうか。急に、全身が痺れる、例の感覚があった。(あっ金縛り!)舞が、うろたえていると、突然、髪の毛がゾワッと何者かに掴まれ、引っ張られた。(きゃあぁっ)舞は、滅多に感じない恐怖感に駆られて、瞬間はっとした。(依頼者の娘さんは髪の毛を毎晩引っ張られたと言っていたっけ…)舞は、えぇーい、何クソ、と渾身の力で足をバタつかせ、やっと金縛りが解けて起き上がった。振り向くと、床の間に飾って置いた人形は何喰わぬ顔で 佇んでいた。舞は、お香を炊き、青く光る水晶を持ちながら、人形の前に座った。『…お互いに手荒な真似は、やめましょうよ。貴女も、乱暴されるのは、嫌でしょうし。妾も、乱暴されるのはイヤじゃ。』優しく微笑みながら、言った。『話は、明日にしようと思っていたけど。貴女は嫌みたいね。今、聞いて欲しいと言うのなら、聞いてあげるわよ。貴女は、どうしたいの?』しばらく待ってみたが反応が無い。『…遠慮しなくていいのよ。だって、妾に何かして欲しいのでしょう?と言うても。妾も人間。出来る事は限られているけど。』舞は、言葉を続けた。―――すると。人形に重なって、幼い女の子が、《えーん えーん》と泣いているのが現れた。『さぁ、泣くのはやめて。泣いたら、ウサギさんみたいに目が真っ赤になるのよ。泣いてたら、話が通じないんだからね』舞は子供に言った。《…ここ…何処?気がつけば、私、お人形になってたのよ。お店に売られて、おばあさんに買われて、知らないお姉ちゃんの部屋に飾られてたの。お姉さんに気づいて欲しくて話しかけたけど。そのお姉さん起きてくれないんだもの。頭に来てお姉ちゃんの髪の毛引っ張って。懲らしめたら、お姉ちゃん怖がって。で、今度は、オバサンにオバチャンのお家に連れて来られて。》舞は、少しカチンと来た。『あ…あのね…妾はオバチャンじゃないのよ。お・ね・い・さん!で、人形になる前は貴女、何していたの?』《…わかんない。もう覚えてないよ》幼女の霊は、すとんと座った。(覚えておらんのか…)舞は青水晶の数珠の大玉部分を覗いて念じた。すると、ボンヤリ映像が移し出された。映像は、女の子と、その母親らしき女性である。『英乃ちゃん。貴女に、クリスマスプレゼントよ。』女性は、ケースに入っていた日本人形を女の子に手渡した。喜んでいた女の子は不機嫌になり『エノは、こんな人形要らないよ。もっとオシャレで可愛いドレス着たリカちゃん人形が欲しいって言ってたじゃない!こんな地味な人形、ミサちゃんに笑われるよ』拗ねた女の子は家を出て行ってしまった。『エノちゃん!』母親が女の子を呼び止めると、家の前を歩いてた女の子は、運悪く、スピードを出して走行して来た乗用車に跳ねられた。直ぐに救急車で搬送されたが、出血がひどく、そのまま亡くなってしまった。映像を見終えた白拍子の管弦舞は、女の子に、『貴女、ママの所へ帰りたいんでしょう』と聞いた。《…うん!ママの所帰りたい!オバチャン…じゃなかった。お姉さん…ママの所連れてってくれるの?》舞は、優しく微笑み、言った。『うん。帰ろう。で、英乃ちゃんは、神様に一回会いに行かないといけないよ。』英乃ちゃんは不思議そうな顔した。《神様になんて…どうやって会えるの?》舞は『まぁ、焦らなくていいよ。先ずはママの所帰らないと。』 舞は、英乃ちゃんの家を探す事を約束した。―さて。翌日。舞は依頼者の夫人に電話をかけて、人形を買った骨董品店を聞いた。教えられた骨董品店は、四条商店街にあった。舞は、依頼者の名前(野村)と名乗り、人形を売りに来た人物について聞いた。骨董屋店主は、用件を言わないと教えられないと言う。舞は『実はうちで、小さいお嬢様を預かっていまして。お嬢さんをお家に帰してあげたいんですけど、小さいし住所を知らなくて。それでお尋ねしたんです。』店主は、舞を珍し気に見つめると、『…あぁそうですか。ええと…確かメモに、売りに来ると電話が来た時に聞いといた住所があるハズですわ』店主がメモを探して、あったあったと舞に見せた。『買い取り予約・前田泰子 京都市西京極…』舞は、人形を持って、西京極に向かい、問題の住所へ向かった。――午後5時。バスが込んでいた事もあって、いささか疲れたが、やっと住所の家にたどり着いた。英乃ちゃんの声が聞こえた。《お姉さん、ありがとう。ここよ、ここ。私の家》と喜んでいる。舞は少し深呼吸してから呼び鈴を押した。『はい…』出て来た、英乃ちゃんの母親らしき女性は、舞の姿に驚き、凝視している。舞は、市女傘・金烏帽子を脱ぎ、深々とお辞儀をした。 『急に訪問してすみません。初めまして。洛西在住の、管弦 舞と申す者ですが。実は、貴女様が売られた、このお人形を骨董品店で買い物をされたお客様から、私の所に相談が有りまして。お嬢様がお家に帰りたいと泣いておられると。』女性ははっと人形を見た。『そ…その人形…。あ…貴女は、何者…?』『私は管弦 舞と申します。占い師と言うか、そう言う仕事をしている者です。』母親の表情は警戒を強めた様だった。『結局、何を仰りたいの?』舞は、自分が人形を買った当事者では無く、第三者である故、うまく本題に入れない。困っていると『胡散臭い人ね。うちは確かに娘を亡くしていますよ。貴女は、占い師だか何だかと言って、 人からお金を騙し取ろうとしてるんじゃないの?』舞は『お、お金なんか要りません!揺すりでも、脅迫でも何でも有りません!ただ、このお人形、事故で亡くなったお宅のお嬢様が、お家に帰りたいと。お母さんの所に帰りたいと。だからお人形を、ここへ連れて帰ってあげたいと、本日、伺ったんです。』《ママ…ママ?怒らないで。私がお姉さんに頼んでお家に連れて帰って来て貰ったの》幼い英乃の気持ちが強かったのか、その声が母親に聞こえたらしい。『…英乃?本当に英乃なの?』舞は、数珠の大玉に念じた。《この大玉をお母さんに見せるから、ここに入りなさい。》英乃は大玉にすっと入ると、数珠が光出した。『あっ!眩しい!』母親が目を伏せると、《お母さん、よく見て。エノはここだよ》と英乃は言った。舞は数珠を、母親に手渡した。『?』母親が光る大玉部分を見ると娘の顔が映っていた。《お母さん、クリスマスプレゼントのお人形、気に入らないって言ってごめんなさい。英乃、我が儘だった。神様にきっと怒られて、こうなったんだね》母親は、涙をポロポロとこぼし始めた。『英乃……』泣き崩れる母親に英乃は言った。《私、神様にも会って来て、謝って来る。もうこんな悲しい思いをしたくないもん。》『英乃……』《英乃、良い子供になる。良い子になるから、良い子になったらママ、また英乃を生んでくれる?》母親は、声を枯らしながら『必ず、生むわ。英乃がママの所に帰って来てくれるのなら…』舞は、般若心経を唱えた。すると数珠が淡い桃色に輝き、精霊が現れた。《我ハ…天界の使者。お嬢様を…神様の元へオ連レ致シマス》天使の様な精霊に抱かれ、英乃は言った。《きっと。約束してね。ママ…》『神様…どうか英乃ちゃんを導き、英乃ちゃんを再び、ママの子供としての人生を差し上げてあげて下さい。』舞は必死に祈った。…さて。後日。依頼者である婦人から、『これはほんのお礼です』と金額を受け取った舞。中には、約・十五万程が入っていた。『これ以上の金額は、ちょっと難しくて…申し訳有りません。』舞は、苦笑いをした。まぁ、半分は慈善職業であるのだ。舞の感覚では、それは人助けと言うよりは、霊助けの感覚の方が強い。冬晴れの昼下がり、舞は障子の窓を開けた。ひんやりと風が冷たいが、日差しが暖かい。舞は、はぁーっと息を吐くと、白い雲の様に浮かんで消えた。舞は、空を見つめながら、感じていた。英乃ちゃんのお母さんは、来年の今頃には、また新しい命を授かる様な気がする。そして、その新しい命は英乃ちゃんの生まれ変わりの様な気がする。霊感の有る舞の先読みは、必ず的中するのである。不意に、猫の金太郎が部屋に入って来た。《姫、寒い。中に入れて下されにゃ…》猫を部屋に迎え入れてやると、舞は、もう一度、冬晴れの澄み切った青空を眺めた。そして『おぉ…寒い!』と我に返り、窓を閉めた。 〈霊能白拍子管弦舞 其の二( 供養少女人形) 完〉