第9話 模範の自己申告
自分がどう見られているかを、
私は、ほぼ正確に把握している。
それは推測ではなく、
観測の結果だった。
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先生たちの言葉。
掲示板の空気。
表に出ない評価。
どれも、
特別な感情を伴っていない。
淡々と、
「扱いやすい生徒」
「判断が安定している」
そういう位置づけ。
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悪くない。
むしろ、
理想に近い。
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朝、学校に着くと、
クラスの空気は静かだった。
騒がしいわけでも、
張りつめているわけでもない。
問題が起きていない状態。
それが、
一番評価される。
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私は、
その中央にいる。
目立たない。
遅れない。
引っかからない。
「模範生」
誰かが、
そう呼んだのを聞いた。
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否定はしなかった。
肯定もしなかった。
ただ、
修正しなかった。
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模範生、という言葉は、
性格の説明ではない。
役割だ。
制度が、
安心して配置できる場所。
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昼休み、
掲示板を覗く。
《最近、先生たちが
落ち着いてる気がする》
《問題児が減った?》
誰かが、
冗談めかして書いている。
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それを見て、
私は考えた。
問題児が減ったのか。
それとも、
問題が問題にならなくなったのか。
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後者だろう。
判断保留。
未確定。
それらが、
即時の摩擦を防いでいる。
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放課後、
担任に呼ばれる。
面談、というほど
大げさではない。
机を挟んで、
数分。
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「君は、自分を
どう評価してる?」
突然、
そう聞かれた。
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少しだけ、
間が空く。
質問が、
制度側のものではない。
個人への問いだった。
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「……大きな問題は、
起こしていないと思います」
無難な答え。
でも、
それでは足りない気がした。
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「役割としては、
模範生寄りです」
自分で言うのは、
少し奇妙だった。
けれど、
事実でもある。
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担任は、
うなずいた。
「そうだね」
「自覚があるのは、いいことだ」
いいこと。
評価は、
確定した。
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「無理はしてない?」
その一言だけ、
制度から外れていた。
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私は、
正直に考える。
無理。
という言葉の定義を。
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何かを我慢しているか。
何かを抑え込んでいるか。
答えは、
すぐには出ない。
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「無理、というほどでは
ないです」
結局、
そう答えた。
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それは、
嘘ではなかった。
ただ、
省略だった。
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帰宅後、
ノートを開く。
今日の記録。
赤はない。
青も少ない。
未確定が、数件。
整っている。
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私は、
安心する。
この状態なら、
何も起きない。
起きないことが、
最善だ。
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ふと、
空白だった頃のノートを
思い出す。
理由もなく、
何も書かれていない欄。
あれは、
不安定だった。
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今は違う。
未確定には、
名前がある。
処理の順番がある。
扱い方が、
共有されている。
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私は、
それを守っている。
守っている、
という感覚が、
いつの間にか
自然になっていた。
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模範生であることは、
命令ではない。
選択だ。
少なくとも、
私はそう理解している。
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だからこそ、
外れない。
外れないことを、
自分で選んでいる。
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布団に入る前、
少しだけ考える。
もし、
模範でなくなったら。
もし、
判断を即断したら。
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想像は、
途中で止まる。
そこまで考える必要は、
今はない。
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私は、
模範生だ。
自己申告済み。
周囲確認済み。
制度的にも、
個人的にも、
齟齬はない。
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それで十分だと、
思っている。
少なくとも、
今は。




