表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/18

第8話 検知項目


 変化は、通知ではなく、確認から始まった。


 担任が、ノートを見る時間が少し長くなった。

 それだけだ。


 ページをめくる速度が、

 以前よりも遅い。


 数値を追う目から、

 配置を見る目に変わっている。



 「……ここ」


 そう言って、

 指先が止まる。


 色の付いていない欄。


 空白。


 「これは?」


 問いは、穏やかだった。

 責める調子でも、

 疑う声色でもない。


 単なる確認。

 そういう体裁だった。



 私は、

 一瞬だけ考えた。


 どう説明するか。

 どこまで言うか。


 「判断保留です」


 出てきたのは、

 簡潔な答えだった。


 嘘ではない。

 でも、十分でもない。



 担任は、

 少し考える。


 「件数は少ないね」

 「でも、増えてる」


 増えている、という言い方は、

 評価に近かった。


 減っているか、

 増えているか。


 制度は、

 まずそこを見る。



 「悪いことじゃないよ」


 すぐに、そう付け加えられる。


 「むしろ、慎重でいいと思う」

 「ただ……」


 ただ、

 という言葉の後には、

 必ず何かが続く。


 「全体を見るときに、

 少しだけ見えづらい」



 見えづらい。


 問題がある、とは言われなかった。

 間違っている、とも言われていない。


 ただ、

 見えづらい。


 それは、

 制度にとって、

 十分な理由になる。



 「色を付けない理由を、

 一言だけメモしておくのはどうかな」


 提案、という形だった。


 義務ではない。

 命令でもない。


 「判断基準が共有できるから」


 共有。

 その言葉で、

 話は終わった。



 私は、うなずいた。


 断る理由は、

 やはり見つからなかった。



 その日の帰り道、

 頭の中で整理を始める。


 色を付けない理由。

 一言のメモ。


 難しくはない。

 むしろ、楽だ。


 理由があれば、

 空白ではなくなる。



 家でノートを開く。


 空白の欄の横に、

 小さく書き足す。


 「判断材料不足」

 「当事者間未整理」

 「継続観察」


 どれも、

 間違ってはいない。


 言葉にすると、

 安心する。



 翌日、

 学年主任が声をかけてきた。


 「新しい項目、いいね」


 項目。

 そう呼ばれた。


 「分類としては、

 “未確定”かな」


 未確定。


 空白ではない。

 でも、確定でもない。


 中間。



 「今後は、

 この枠も集計に入れようか」


 集計。


 その瞬間、

 私の中で何かが定まった。


 空白は、

 もう空白ではいられない。



 未確定は、

 数字になる。


 数えられる。

 比較される。


 傾向として、

 評価される。



 掲示板を開くと、

 新しい書き込みがあった。


 《最近、あのクラス、

 静かすぎない?》


 すぐ下に、

 返信が付いている。


 《問題がないなら、

 それでよくない?》


 そのやり取りを見て、

 画面を閉じた。


 外側からは、

 何も変わっていない。



 職員室では、

 新しい表が回っていた。


 項目が一つ、

 増えている。


 「未確定案件数」


 私のノートの書式が、

 そのまま反映されていた。



 誰も、

 私を責めていない。


 誰も、

 問題視していない。


 むしろ、

 評価は上がっている。


 「気づける人」

 「丁寧な人」



 それでも、

 ノートを見る手が、

 少し重くなった。


 空白は、

 もう隠れられない。


 未確定は、

 処理を待つ状態だ。



 夜、ノートを閉じる。


 今日も、

 赤はない。


 青と黄と、

 そして未確定。


 すべて、

 把握可能な状態だ。


 制度的には、

 理想的だった。



 私は、

 空白を失った。


 代わりに、

 新しい枠を得た。


 それが、

 進歩なのかどうかは、

 まだ分からない。


 ただ一つ分かるのは、


 見えないままでは、

 いられなくなった

 ということだけだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ