第3話 最適化の提案
それは、呼び出しというほど大げさなものじゃなかった。
放課後、担任に声をかけられただけだ。
「少し、時間ある?」
断る理由はなかった。
いつも通り、うなずく。
職員室の奥ではなく、
廊下に近い席に案内された。
他の先生たちの声が、ほどよく混じる場所。
「最近の様子なんだけど」
前置きは短かった。
「全体的に、落ち着いてる」
「報告も減ったし、助かってる」
私は黙って聞いた。
訂正するところはない。
「そこでなんだけど――」
一拍置いて、
担任は続けた。
「今みたいに、非公式でやるのもいいんだけど」
「簡単な形で、記録だけ残せないかな」
記録、という言葉で、
少しだけ姿勢を正した。
「内容じゃなくていい」
「件数とか、傾向とか」
「匿名で、簡単なメモ程度」
負担にならないように、
という言い方だった。
「無理なら、今まで通りでいいから」
そう付け加えられたけど、
それは選択肢というより、
形式上の一文に聞こえた。
私は少し考えてから、
「分かりました」と答えた。
⸻
その日から、
ノートの使い方が変わった。
誰と誰。
どんな種類。
解消、保留、未処理。
言葉は使わない。
感情も書かない。
チェックを付けるだけ。
最初は違和感があった。
でも、慣れるのは早かった。
整理する前に、
整理の枠があると、
迷わなくて済む。
迷わない、というのは、
楽だ。
⸻
数日後、
学年主任が声をかけてきた。
「最近、数字が安定してるね」
数字、と言われて、
一瞬だけ反応が遅れた。
私が付けているチェックが、
もう数字になっている。
「このままいけば、
年度末の資料にも使える」
使える、という言葉は、
評価よりも強かった。
私は、うなずいた。
否定する理由は、
やっぱり見つからなかった。
⸻
掲示板を見る頻度は減った。
評価は、もう十分に出揃っている。
助かる。
気持ち悪い。
でも、必要。
それ以上、増えない。
増えない、ということは、
定着したということだ。
⸻
家でノートを開く。
チェックが並んでいる。
今日は、三件。
すべて処理済み。
数字としては、
悪くない。
でも、
どれも思い出せない。
誰の声だったか。
どんな表情だったか。
思い出そうとして、
やめた。
記録には、必要ない。
私はノートを閉じた。
編集は、
もう作業になっている。
うまく回っている。
問題は起きていない。
だから、この違和感も、
最適化の過程として
処理されるのだと思った。




