第2話 模範生の仕事
役割が決まってから、生活は特に変わらなかった。
時間割も、座席も、帰り道も同じだ。
変わったのは、声をかけられる順番だけだった。
朝、教室に入ると、何人かが一瞬こちらを見る。
目が合うと、すぐ逸らされることもあるし、そのまま近づいてくることもある。
「ちょっといい?」
そう言われる回数が増えた。
内容はだいたい似ている。
誰かに言われた一言。
グループ分けのときの違和感。
謝るほどじゃないけど、引っかかっていること。
私は話を聞く。
途中で遮らず、順番を入れ替えず、最後まで。
それから、必要な部分だけを抜き出す。
感情が強すぎるところは、少し薄める。
主語が重なっているところは、まとめる。
そうすると、大抵の話は短くなる。
「つまり、こういうことだと思う」
そう言って返すと、相手は少し考えてからうなずく。
完全に納得していなくても、続きは言わない。
それで終わりになる。
問題が解決した、というより、
問題として残らなかった、という感じだ。
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先生たちは、何も言わない。
気づいていないわけじゃないと思う。
でも、教室は静かだし、呼び出しも減った。
わざわざ止める理由がない。
ある日、職員室の前を通ったとき、
中から自分の名前が聞こえた。
「……助かってるよね」
「本人も嫌がってないみたいだし」
そこで足を止めるのは、違う気がして、
そのまま通り過ぎた。
嫌がっていない、という評価は正しい。
少なくとも、否定できない。
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掲示板のことは、誰にも言っていない。
たぶん、知っている人は他にもいる。
でも、話題にはならなかった。
評価は、共有されるけど、
話題には向かない。
肯定も否定も、どちらも扱いづらいからだ。
昼休み、机でパンを食べながら、
クラスの様子を眺める。
小さな衝突は、起きかけては消える。
誰かが一言飲み込む。
誰かが笑って流す。
その流れが、自然になってきている。
私は、それを見ているだけだ。
介入しなくても、回る場面が増えた。
少しだけ、楽になった気がした。
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放課後、以前相談に来た生徒に呼び止められた。
「この前の、ありがとう」
短い言葉だった。
深く意味を取る必要はない。
「助かった」
そう言われて、私はうなずいた。
それ以上、何も返さなかった。
感謝に対して、
どう応答すればいいのか、
よく分からない。
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家に帰ると、制服のまま椅子に座る。
すぐに着替える気にならない。
今日あったことを思い返す。
大きな出来事はない。
整えた話。
整えなかった沈黙。
どちらも問題にはならなかった。
それが、少しだけ気になった。
ノートを開く。
書くことを探す。
でも、どこから書けばいいのか分からない。
今日は、うまくいった一日だ。
少なくとも、そう評価される。
なのに、
どこにも残していない感じがする。
私はペンを置いた。
無理に書く必要はない。
そういう判断も、悪くないはずだ。
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翌日も、同じような一日が来る。
相談は続く。
トラブルは表に出ない。
私は、編集を続ける。
それが正しいかどうか、
考える時間は、今はない。
考えなくても回る仕組みが、
もう出来てしまっている。
それに気づいたとき、
少しだけ、胸の奥が静かになった。
安心なのか、
諦めなのかは、分からない。
ただ、
模範的であることが、
仕事になっている。
それだけは、はっきりしていた。
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