後日談 保存されなかった注釈
ここまで読んでいただき、ありがとうございました。
この物語は、
何かを解決するために書かれたものではありません。
問題提起をしたいわけでも、
答えを示したいわけでもありません。
主人公は最後まで、
何かを強く主張することも、
大きく逸脱することもありませんでした。
それでも、
確かに途中から
「何かを処理しない選択」を
覚えていきます。
それが良かったのか、
間違っていたのかは、
作中では判断していません。
制度の外に出たあと、
彼がどうなるのかも、
詳しくは書いていません。
ただ、
空白を持ったまま
先に進んだ、
それだけです。
もしこの物語を読んで、
「特に何も起きなかった」と感じたなら、
その感覚自体が、
この作品にとっての続きです。
この先で、
誰かが空白を処理するかもしれないし、
しないまま持ち続けるかもしれない。
どちらも、
まだ決まっていません。
それでいい、
というところで、
一度ここで手を離します。
卒業後、
学校のログは整理された。
保存期限を過ぎたデータは圧縮され、
参照頻度の低い項目は削除対象になる。
私の名前も、
その一覧に含まれていた。
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成績は平均より少し上。
問題行動なし。
指導履歴、短。
要約すると、
特記事項なし。
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それは、
悪い評価じゃない。
制度的には、
最適解に近い。
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引っ越しの前日、
机の引き出しから
一枚の紙が出てきた。
切り取った、
あの空白。
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書き込みはない。
色もついていない。
ただ、
折り目だけが残っている。
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私は、
それを捨てなかった。
でも、
ファイルにも入れなかった。
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本の間に挟むでもなく、
箱にしまうでもなく。
財布の奥に、
滑り込ませた。
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使う予定はない。
見返す理由もない。
それでも、
持っていく。
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大学では、
誰も私を知らない。
期待も、
役割もない。
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最初のグループワークで、
意見を求められた。
少しだけ、
間が空いた。
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以前なら、
その間を埋めていた。
今日は、
埋めなかった。
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「まだ考えてます」
それだけ言って、
黙る。
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誰も、
困らなかった。
誰も、
評価しなかった。
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沈黙は、
問題にならない。
ここでは。
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帰り道、
財布の中で
紙が少し動いた気がした。
気のせいかもしれない。
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確認はしない。
それは、
処理じゃない。
ただの、
保持だ。
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模範は、
もう必要ない。
編集も、
義務じゃない。
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空白は、
残っている。
使われないまま。
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それでいいと、
初めて思えた。




