最終話 模範の外側
終了は、
宣言されなかった。
制度は、
終わりを告げない。
ただ、
前提を更新する。
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朝の画面に、
警告は出ていなかった。
赤もない。
黄もない。
灰色の点も、
増えていない。
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数値は安定している。
統計的には、
理想的だ。
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それでも、
私は分かっていた。
もう、
同じ状態には
戻れない。
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面談以降、
相談の数が
減った。
急激ではない。
露骨でもない。
ただ、
自然に。
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声をかけられなくなった、
というより。
思い出されなくなった
感覚に近い。
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掲示板を見ても、
名前は出てこない。
かつては、
暗黙の基準点だった。
困ったら、
あそこに行けばいい。
そう言われていた。
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今は、
別の名前が挙がる。
あるいは、
誰も挙げない。
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制度的には、
正しい推移だ。
負荷の分散。
役割の再配置。
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私は、
それを妨げていない。
訂正もしない。
引き留めもしない。
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ただ、
自分から前に出ることも
やめた。
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授業中、
先生に当てられる回数が
減った。
態度が悪いわけじゃない。
成績が落ちたわけでもない。
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「安定している生徒」は、
確認の対象にならない。
それだけだ。
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私は、
透明になっていく。
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それは、
不快ではなかった。
むしろ、
楽だった。
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判断を求められない。
模範を期待されない。
空白を、
誰かに見られない。
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ノートの空白は、
五つになっていた。
色をつけないまま、
ページが進む。
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不思議なことに、
溢れる気配はない。
圧も、
焦りもない。
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空白は、
溜まっているのに。
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放課後、
あの小会議室の前を通った。
ガラス越しに、
別の生徒が座っているのが見える。
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職員は、
同じような表情で
話を聞いている。
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私は、
足を止めなかった。
声も、
かけなかった。
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あれは、
もう自分の役割じゃない。
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家に帰り、
ノートを開く。
空白のページを、
一枚だけ切り取った。
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破るのではなく、
切り離す。
その違いが、
大事だった。
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切り取った紙を、
机の引き出しに入れる。
処理もしない。
分類もしない。
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保留のまま、
保存する。
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ノートには、
もう空白はない。
すべて、
色が付いている。
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それでも、
私は知っている。
処理されていないものが、
確かに存在することを。
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翌日、
評価ログに
一文だけ追加されていた。
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《役割適合度:安定》
《他者依存率:低下》
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模範、
という言葉は
もう使われていない。
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それが、
終了の合図だった。
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私は、
誰にも相談されない。
誰も、
私を問題にしない。
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制度の中で、
完全に適合している。
それ以上でも、
それ以下でもない。
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帰り道、
夕方の光は
昨日よりも弱かった。
でも、
目を細めるほどではない。
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模範生は、
終わった。
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代わりに残ったのは、
編集できる自分だ。
誰のためでもなく、
制度のためでもなく。
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処理しないものを、
処理しないまま
持ち続ける。
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それが、
今の私の
選択だった。




