第16話 検知される空白
制度は、
沈黙を放置しない。
それは、
秩序の前提だからだ。
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最初に変わったのは、
画面だった。
相談ログの一覧に、
見慣れないマークが
一つだけ付いている。
赤でもない。
黄でもない。
警告色ですらない。
ただ、
薄い灰色の点。
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カーソルを合わせると、
補足が表示された。
《未処理項目の滞留を検知》
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文言は淡々としている。
非難も、
指示もない。
それが逆に、
不気味だった。
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滞留。
制度は、
空白を「無」とは扱わない。
処理待ちの状態。
一時的な保留。
時間が経てば、
必ず解消される前提。
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私は、
解消していない。
意図的に。
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灰色の点は、
例の一文に対応していた。
自分が何を考えているのか、
分からなくなった。
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制度は、
それを異常とは言わない。
でも、
見逃しもしない。
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午前中の授業は、
内容が頭に入らなかった。
ノートは取っている。
板書も写している。
模範的な動作。
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なのに、
内側が追いついていない。
思考が、
一拍遅れている。
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これは、
疲労ではない。
迷いとも違う。
処理系が、
一部だけ詰まっている感覚。
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昼休み、
相談に来た生徒がいた。
いつもなら、
自然に対応できる。
相手の言葉を聞き、
必要な距離を保ち、
結論を急がない。
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今日は、
その距離感が
分からなかった。
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話を聞きながら、
頭のどこかで
灰色の点が浮かぶ。
「ここも、
空白になるかもしれない」
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その予測が、
集中を削ぐ。
相手の言葉が、
少しだけ遅れて届く。
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「……あの、
聞いてますか?」
そう言われて、
初めて気づく。
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私は頷き、
謝り、
無難な言葉を返す。
表面上は、
問題ない。
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でも、
自分の中で
一線を越えた感覚があった。
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放課後、
再び画面を開く。
灰色の点が、
二つに増えている。
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さっきの相談だ。
処理はした。
分類もした。
それでも、
制度は滞留と判断した。
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理由は、
分かっている。
私が、
「納得」していない。
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制度は、
人の納得までは
数値化しない。
でも、
行動の揺らぎは拾う。
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対応時間。
選択語彙。
判断までの間。
すべてが、
平均から
わずかに外れている。
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模範生としては、
誤差の範囲。
でも、
積み重なれば
パターンになる。
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通知が届いた。
《簡易面談の提案》
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提案、
という形式が
制度の優しさだ。
拒否はできる。
延期もできる。
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私は、
承諾を押した。
逃げる理由が、
もうなかった。
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面談は、
翌日だった。
場所は、
見慣れた小会議室。
ガラス張りで、
中がよく見える。
密室ではない。
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担当は、
初めて見る職員だった。
年齢も、
経歴も分からない。
それ自体が、
制度的だ。
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「最近、
ログに少し特徴が出てきてね」
柔らかい口調。
責める気配はない。
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私は、
黙って頷く。
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「空白が、
増えている」
その一言で、
胸が詰まった。
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職員は、
淡々と続ける。
「悪いことじゃない。
ただ、
このままだと
負荷が偏る」
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負荷。
感情ではなく、
処理の話。
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「必要なら、
調整用のサポートを
入れることもできる」
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それは、
救済措置だ。
制度的には。
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でも、
私には別の意味に聞こえた。
編集を、
外注する。
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「……自分で
対処します」
そう答えた瞬間、
自分でも驚いた。
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拒否ではない。
反抗でもない。
ただ、
譲れなかった。
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職員は、
一瞬だけ
私を見つめた。
評価する目でも、
疑う目でもない。
観測者の目。
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「分かった。
じゃあ、
しばらく様子を見よう」
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面談は、
それで終わった。
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帰り道、
夕方の光が
やけに眩しい。
世界が、
少しだけ
現実味を取り戻している。
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制度に検知された。
それは、
失敗ではない。
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でも、
完全な模範生でいる
猶予が
終わりつつある。
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ノートを開く。
空白は、
そのままだ。
色は、
まだつけない。
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これは、
抵抗ではない。
選択だ。
自分で、
編集し直すための。




