表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
14/18

第15話 編集不能領域


 異変は、

 警告としては現れなかった。


 数値の乱れでも、

 注意喚起の文言でもない。


 ただ、

 引っかかりとして残った。



 いつものように、

 昼休みの相談記録を整理していた。


 内容は軽い。

 友人関係。

 進路の不安。

 家庭の愚痴。


 赤にするほどではない。

 黄にするには薄い。


 空白に回す。


 その判断が、

 途中で止まった。



 止まった理由は、

 明確ではない。


 文章のどこかに、

 判断不能な余白があった。


 でも、

 それは感情ではない。


 もっと、

 構造的なもの。



 書かれていたのは、

 ただの一文だった。


 「自分が何を考えているのか、

 分からなくなった」



 よくある言い回しだ。


 今までも、

 何度も見てきた。


 だから本来なら、

 迷わず空白に回せる。


 ――関与不要。

 ――処理コスト高。


 それで終わるはずだった。



 でも、

 指が動かなかった。



 理由を探す。


 文章が短すぎる?

 背景が不明?

 具体性がない?


 どれも、

 今さらだ。



 それでも、

 この一文だけが、

 ノートの上で浮いている。


 色が、

 決まらない。



 編集不能。


 その言葉が、

 頭をよぎる。



 今までの自己編集は、

 すべて「選別」だった。


 扱うか、

 扱わないか。


 踏み込むか、

 距離を取るか。


 どちらかを選べば、

 必ず整理できた。



 でもこれは違う。


 選択肢が、

 成立しない。



 扱えば、

 自分の基準が崩れる。


 無視すれば、

 何かを捨てることになる。


 その「何か」が、

 言語化できない。



 私はノートを閉じた。


 閉じる、

 という行為自体が、

 判断の先送りだと分かっていながら。



 午後の授業。


 板書を写しながら、

 さっきの一文が

 頭から離れない。


 自分が何を考えているのか、

 分からなくなった。



 それは、

 相談者の言葉だった。


 でも、

 どこかで重なっている。



 私は、

 何を考えている?


 今、

 何を優先している?


 自己編集は、

 本当に自分の選択だったか。



 思考が、

 内側に向き始める。


 これは危険だ。


 内省は、

 処理コストが高い。


 しかも、

 結論が出ない。



 自己編集プロトコルに従えば、

 即座に破棄すべき思考だ。


 だから、

 止めようとする。


 でも、

 止まらない。



 放課後、

 職員室の前を通る。


 誰かが名前を呼ぶ。


 振り返ると、

 担当の教員だった。



 「最近、

 相談対応のログが減ってるね」


 声は穏やかだ。


 責める調子ではない。



 私は、

 即座に答えを用意する。


 「大きな案件がなくて」


 それは、

 事実でもある。


 そして、

 編集済みの返答だ。



 教員は頷き、

 それ以上は聞かない。


 制度は、

 私を信頼している。



 その信頼が、

 今は重い。



 家に帰り、

 ノートを開く。


 例の一文は、

 まだ空白のままだ。



 ここに色をつければ、

 楽になる。


 どの色でもいい。


 間違っていても、

 制度は許容する。



 でも、

 私が許容できない。



 これは、

 処理の問題じゃない。


 分類の問題でもない。


 自分が、

 どこまで削ってきたか

 という問題だ。



 編集不能領域。


 それは、

 制度の外にあるものではない。


 私の中に、

 まだ残っている

 未編集の部分。



 残っている、

 という事実が、

 怖い。


 同時に、

 どこか安堵もある。



 完全に編集済みではない。


 まだ、

 余白がある。



 ノートを閉じる。


 今日は、

 結論を出さない。


 それ自体が、

 プロトコル違反だと

 分かっていながら。



 自己編集は、

 万能ではない。


 その事実だけが、

 静かに残った。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ