第14話 自己編集プロトコル
最初に変えたのは、行動じゃなかった。
考え方でもない。
基準だった。
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以前の私は、
何かを判断するとき、必ず外を見ていた。
制度はどう扱うか。
記録として残すべきか。
評価にどう反映されるか。
その視点を経由してからでないと、
自分の行動を決められなかった。
でも今は違う。
判断の順番が、逆になっている。
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最初に浮かぶのは、
「これは、面倒かどうか」。
助けたいか、正しいか、ではない。
必要か、でもない。
処理コストが高いかどうか。
それだけ。
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その基準に気づいたとき、
少しだけ、ぞっとした。
でも、
修正しようとは思わなかった。
代わりに、
調整した。
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ノートの使い方を変えた。
赤・黄・青・空白、
その分類自体は残す。
ただし、
書き込む前に、
一つ工程を挟む。
――これは、
私が関与する必要がある事象か。
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その問いに、
即答できないものは、
基本的に空白に回す。
判断を遅らせるのではない。
判断しないと決める。
その違いは、
自分にしか分からない。
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こうして、
私は自分の中に
非公式なルールを作り始めた。
制度には提出しない。
誰にも共有しない。
でも、
確実に行動を制限するルール。
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自己編集。
その言葉が、
頭の中に浮かぶ。
誰かに施された編集ではない。
命令でも、強制でもない。
自分で、自分を整える作業。
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不思議なことに、
それは苦痛ではなかった。
むしろ、
安心感があった。
迷う時間が減る。
悩む工程が省略される。
何より、
期待されなくなる。
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期待は、
処理コストが高い。
応えなければならない。
裏切ってはいけない。
だから、
期待が発生しそうな場面を、
事前に削る。
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会話は短く。
反応は穏やかに。
深入りはしない。
それだけで、
周囲は自然と距離を取る。
衝突も、拒絶もない。
ただ、
薄くなる。
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制度は、
その変化を高く評価した。
「安定している」
「ムラがない」
「再現性が高い」
どれも、
褒め言葉だ。
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私は頷きながら、
心の中で思う。
――それは、
削った結果だ。
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削ったのは、
感情だけじゃない。
判断の余白。
迷いの時間。
引き返す可能性。
それらを一つずつ切り落とし、
最短距離だけを残す。
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夜、
ノートを見返す。
赤は、ほとんどない。
黄も、減った。
空白が、
一番多い。
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以前なら、
不安になっていたと思う。
未処理が溜まっている。
見逃しているかもしれない。
でも今は、
違う。
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空白は、
成功した自己編集の痕跡だ。
扱わなかった証拠。
関与しなかった記録。
それを、
私は肯定している。
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ふと、
思考がよぎる。
もし、
誰かが明確に壊れていたら。
制度が対応しきれない
個別の痛みを抱えていたら。
私は、
それでも空白にするだろうか。
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考えない。
その問いは、
処理コストが高すぎる。
だから、
自己編集プロトコルに従い、
破棄する。
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気づけば、
私は制度よりも先に、
自分を制度化していた。
命令される前に、
期待される前に。
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それは、
反抗ではない。
逃避でもない。
最適化だ。
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今日も、
注意はない。
修正もない。
私は模範生として、
より完成に近づいている。
削りながら。
失いながら。
自分の手で。




