第12話 好ましい集中
変化は、
静かに起きた。
誰かが何かを言った、
という形ではない。
ただ、
配置が変わった。
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席替えで、
私の周囲は
落ち着いた生徒ばかりになった。
偶然ではない。
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委員会の仕事が、
増えた。
断れない量ではない。
むしろ、
負担は軽い。
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ただ、
「調整役」が
増えただけだ。
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担任との面談で、
言われた。
「最近、
クラスが安定してる」
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主語は、
クラスだ。
私ではない。
けれど、
視線は
こちらに向いている。
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「君が中心にいると、
空気が荒れない」
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それは、
褒め言葉だ。
制度的には。
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私は、
曖昧に笑った。
否定はしない。
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相談件数は、
数字として
把握されていた。
名前は出ない。
でも、
傾向として
共有される。
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「特定の生徒に、
相談が集中している」
「内容は、
比較的深刻」
「トラブル化していない」
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最後の一文が、
評価を決める。
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トラブル化していない。
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つまり、
問題は解決されていなくても、
表面化していない。
それでいい。
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私は、
“処理装置”として
優秀だった。
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昼休み、
廊下で声をかけられる。
「あとで、少し」
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その言い方をする生徒は、
もう決まっている。
軽い相談は、
最初から来ない。
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屋上の階段。
人目の少ない場所。
話の内容は、
前回よりも重い。
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私は、
途中で一度だけ言った。
「それは、
一人で抱える話じゃない」
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相手は、
それでも続けた。
助言を求めているわけじゃない。
置き場所を
探しているだけだ。
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私は、
その置き場所として
選ばれている。
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戻る途中、
スマートフォンを見る。
掲示板に、
新しい書き込み。
《あそこに行けば、
ちゃんと止めてくれる》
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止める。
解決する、ではない。
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感情が溢れる前に、
せき止める。
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それは、
制度が最も好む挙動だ。
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職員会議の後、
担任が言った。
「お前の存在、
ありがたいって話が出てた」
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ありがたい。
便利、と
言い換えてもいい。
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「無理はするな」
また、
同じ言葉。
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私は、
頷いた。
何度も。
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家でノートを開く。
色分けのルールが、
少し変わっていた。
意識していないのに。
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赤は、
他人の感情には
使わなくなっている。
黄は、
曖昧なまま増える。
青は、
制度的に安全なものだけ。
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空白は、
減っていない。
ただ、
見えにくくなった。
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相談内容を
思い返す。
どれも、
解決していない。
でも、
悪化もしていない。
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その状態が、
続いている。
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私は、
この役割に
慣れ始めている。
慣れは、
危険だ。
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感覚が鈍る。
境界が、
溶ける。
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それでも、
制度は
評価を上げる。
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通知表の所見欄。
「周囲への配慮があり、
精神的な安定をもたらしている」
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安定。
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私は、
その言葉を
じっと見た。
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安定とは、
動かないことだ。
流れないこと。
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けれど、
中に溜まるものは、
評価されない。
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ノートを閉じる。
今日は、
三件の相談を受けた。
どれも、
静かに終わった。
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問題は、
起きていない。
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そう記録される。
それが、
制度の結論だ。
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私は、
その結論の中で
正しく配置されている。
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正しすぎるほどに。




