第六章:真相
この物語は、日常の裏に潜む「異能」と、運命に翻弄される人々の物語です。
限られた時間の中で、彼らは未来を変えられるのか——。
「は? 天選の地が、もうすぐ滅びるって?」
瞬は首を傾げ、不思議そうに言った。
「天川さん、本当にそれが事実だと証明できるものはありますか?」
真白は冷静な声で、わずかな不信をにじませた目を向ける。
「真白、お前は能力者だろう……なら『これ』には見覚えがあるはずだ。」
透真はそう言って、ゆっくりと青と白のストライプのシャツを脱ぎ始めた。
襟元を開いた瞬間、胸いっぱいに走る無数の傷痕が目に飛び込んでくる。
まるで刃物で何度も斬り裂かれ、肉の奥深くまで刻み込まれたようだった。
そして中央には、漆黒の大きな文字——『限』が焼き印のように刻まれている。
「その傷……やばすぎない……?」
陽菜は思わず息をのんだ。
その瞬間、空気が凍りつく。
誰も、すぐには何も聞けなかった。
やがて慧司が耐えきれず口を開く。
「あの『限』って……どういう意味?」
透真は深く息を吸い、何かの記憶を押さえ込むように、ゆっくりと語り始めた。
真白はその文字を見つめ、数秒沈黙する。
そして視線を落とし、黙って左袖をまくり、右手を肩に置いた。
その瞬間、真白の腕全体から白い光が溢れ出す。
煙のように、少しずつ消えていく。
四人は黙ってその光を見つめていた。
誰も声を出せない。空気までもが固まったようだった。
最後の光が消えたとき——
真白の腕には刻印のような深い傷が浮かび上がり、肩には同じ黒い文字——『限』が現れていた。
「え——」
透真以外の全員が同時に驚き、椅子から飛び上がりそうになる。
「やっぱりあったか……。隠すのも大変だったろ。」
透真は小さくため息をつき、優しく頷いた。
真白はすぐには答えず、ただ静かに頷く。
視線は落ち着き、鋭さも薄れていた。
「ちょ、ちょっと待ってよ。ちゃんと説明してよ、何が起きてるの?」
陽菜は目を見開き、二人を交互に見る。
真白と透真は視線を合わせるが、結局どちらも黙り込んだ。
沈黙。
時計の針の音だけが響く。
慧司と瞬が同時に陽菜を見る。
「な、なんで!? みんなも知りたいでしょ!? そんな目で見ないでよ!」
「……じゃあ、俺が説明しよう。」
透真が仕方なさそうに手を挙げた。
「この『限』はな……一部の能力者が生まれた時から刻まれている印だ。呪いみたいなものだよ。力が強くなりすぎないように制限するための。」
「じゃ、じゃあその傷って……ルール違反のせい?」慧司は小声で聞く。
「そうだ。俺の制限は『予言を伝える時、嘘をつけない』。破れば罰を受ける。だから皆、隠してる。能力者にとっては恥だからな。」
瞬はようやく理解した。
真白は能力でそれを隠していたのだ。
「……じゃあ真白、お前の制限は?」
「……俺は……『コピーできる物は十個まで』だ。」
真白は光で傷を元に戻し、袖を下ろす。
「さて、本題に戻ろう。この予言を詳しく説明してくれ。」
透真は頷く。
「夢の中で、俺は自分の家の屋根の上に浮かんでいた。空は薄暗く、街はいつも通りの喧騒に包まれていた」
「それで?」瞬がつい催促する。
「そのとき、北東の空に突然、強烈な光が走った。稲妻みたいに眩しくて……次の瞬間——天選之地がその光に丸ごと包まれた」
透真は言葉を切り、声を低くした。
「光が消えた後には……街は巨大なクレーターに変わっていた。そして、目が覚める直前、脳裏に一つだけ、時間が浮かんだ」
「六月二十八日、夜十時ちょうど。」
「あと三十日しかない!」瞬はすぐスマホを見る。
「対策は?」真白。
透真は静かに言う。
「今のところ——お前たちだ。」
「え? 私たち?」
陽菜は自分を指差す。
「どういうこと?」
「予言を広めて、変えられる人間を探した。そして見つかった。」
視線は瞬と真白へ。
「お前たちだ。」
「待って……じゃあ、俺たちとは関係ないってこと?」
陽菜は慧司の肩に手を回し、やや焦った口調で言った。
「まったく無関係とは言えない。」透真は静かに答える。
「この予言を聞いた時点で、お前たちはもう巻き込まれている。運命ってやつはな……『知られた瞬間』から動き出すんだ。」
「対策が俺たちだとしても……何か手がかりはあるんだろ? 誰が原因とか、なぜ起きるとか、場所とか。」
真白は目を閉じ、指で眉間を押さえながら、困ったように言う。
「正直に言うと……ない。」
透真は首を横に振った。その声には諦めがにじんでいる。
「だからこそ、俺はお前たち全員の力が必要なんだ。」
「えー? だったら全国に放送しちゃえばいいんじゃない? みんなで対策したほうが早くない?」
瞬は手を挙げ、不思議そうに尋ねた。
「予言は大声で広めるべきじゃない。あれはウイルスみたいなものだ。拡散すればするほど、運命は暴走する——しかもたいてい最悪の方向にな。もし最悪の結果になれば……地球そのものが滅ぶかもしれない。」
「じゃあ……三十日以内に原因と場所を突き止めて、そのほぼ覆せない予言を止める……ってことですよね?」
慧司はスマホを取り出し、メモを取り始めた。
「簡単に言えば、そういうことだ……」
真白は心の中で任務の難易度を計算し、口元がわずかに下がる。
——しばらく平穏な日はなさそうだ。
「さて、俺が話すべきことは全部話した。何か質問はあるか?」
透真はそう言い、ゆっくりとシャツのボタンを留め直した。
皆が考え込んでいる中、真白の左手が淡く光る。
次の瞬間、文字だらけの報告書の束が手の中に現れ、彼は素早くページをめくり始めた。
途中で手がぴたりと止まり、眉がわずかに寄る。
「真白? どうした?」
「実は……今日の活動を上に報告した時、『天川透真』に関する資料を渡されました。会ったらいくつか質問しろと。」
真白は冷静な口調のまま、ポケットから青いペンを取り出す。
「……どんな質問だ?」
「天川さん。あなたはここ数年、『未来盲区』によって異能管制局に多くの功績を残してきました。ですが——この一年以上、予言の報告が一切ない。なぜですか?」
その言葉を聞いた瞬間、透真はゆっくりとうつむいた。
目は暗く沈み、右手が左手を強く握りしめる。
場の空気が凍りつく。
まるで何か禁忌に触れたかのように、重苦しい沈黙が落ちた。
「……天川さん、大丈夫ですか?」
真白は水の入ったペットボトルをコピーして差し出す。
「水、飲みますか?」
しかし透真は慌てて首を振った。
「……大丈夫だ。」
下唇を噛み、かすれるような声で言う。
「ただ……これは一番思い出したくない過去なんだ。話すなら……俺の人生を変えた、あいつの話から始めなきゃならない。」
——二十四年前。七月三日、夜十時十分。
天選の地。とある廃ビルの中庭入口前。
二十数名の特勤部隊が、ヘルメットと黒い防弾装備に身を包み、銃を構えてしゃがみ込み、違法武器商への突入を待っていた。
「B-Sync、聞こえるか? こちらは準備完了だ。そっちはどうだ?」
一人の隊長が声を潜め、無線に向かって話す。
「きゃあ——」
無線の向こうから女性の声が響く。
「そっち何があった!?」隊長は慌てて無線に顔を近づけた。
「あー! やばい、夜食作るの忘れてた! 任務終わったら絶対お腹すく!」
「B-Sync、今は冗談言ってる場合じゃない! こっちは命がかかってるんだぞ!」
隊長は怒鳴りそうになる。
——相手が天選の地ナンバーワンのハッカーじゃなきゃ、誰が組みたがるか。
「はいはい、落ち着いて。援軍連絡も逃走車両の回線も、全部跡形もなく切っておいたから。」
「……はぁ、助かった。」
隊長は鼻をつまみ、深くため息をつく。
「預言者、そっちのビジョンは?」
「敵は二人、西側の路地から車に乗って逃走する——そう見えた。」
透真の声が無線から流れる。
「……つまり、B-Sync。まだ穴があるってことだな。」
「どういう意味よ!? 初仕事でいきなり疑うわけ!?」
「未来が見えてる俺が疑うのは当然だろ!」
隊長は慌てて割って入る。
「二人とも落ち着け! 言い争うな!」
長官が言い終えても、二人の口論は一向に止む気配がなかった。
長官は胸の奥がずしりと重くなる。
部隊を率いるだけでも大変なのに、子供のような喧嘩の仲裁までしなければならない。
作戦開始まで、残り三分。
無線機を下ろし、半ば諦めかけたその時――ふと一つの案が頭に浮かんだ。
「お前たち、これ以上騒ぐなら上に報告して降格させるぞ!」
怒鳴るように言い放った瞬間、二人は同時に黙り込んだ。
(よし、これで――)
そう思った次の瞬間。
「はぁ!? 私がビビるとでも? ハッカー部門じゃ私はトップよ! どこの組織だって欲しがるんだから!」
「能力者の階級がどれだけ低くても、お前らよりは上だ! どこまで下げられるかやってみろ!」
長官は一瞬固まった。
背筋に冷たいものが走る。
――そうだ。
この二人は、ただの兵士じゃない。
その事実を思い出した瞬間、心の中に冷たい風が吹き抜け、視線が止まった。
「なんとか言えよ!」
二人が同時に無線へ怒鳴る。
「す、すみません……! お願いです、B-Syncさん、もう一度確認を! 予言家さんももう一度視てください! 今回だけ、本当に頼みます!」
「それでいいのよ! 予言家、結果で勝負しましょ。どっちが正しいか!」
「望むところだ!」
最後に数発言い合った後、二人は同時に通信を切った。
その瞬間。
長官は深く息を吐いた。
ようやく騒音から解放されたように、耳元が静かになる。
心の中で感情を整え、現状を受け入れようとする。
想定とは多少違う流れになったが、結果さえ近ければ問題ない――
そう自分に言い聞かせた。
その時だった。
一人の兵士が身を低くし、足音を殺して近づいてくる。
「報告します! 上級より指示、残り一分! 行動準備!」
敬礼しながら、小声で伝える。
「よし!」
長官は即座に無線を開いた。
「全隊員へ。カウントダウン一分。作戦開始準備!」
言い終えると腕時計を見る。
時がゆっくりと流れる。
聞こえるのは、風の音と、自分の鼓動だけ。
三――
二――
一――
「作戦開始!」
号令と同時に三部隊が庭の三方向から包囲。
狙撃手は近くの廃ビル二階、割れた窓から静かに照準を合わせる。
長官は外から閃光弾を投げ込んだ。
炸裂。
同時に突入班が洪水のように流れ込む。
警備は即座に制圧。
銃声が響くが、数分もかからず建物内は完全制圧。
違法武器が床に散乱していた。
「……簡単すぎないか? 誰も逃げていない……? まさか予言が外れたのか……」
長官はゆっくりと歩み寄る。
そこにはスーツ姿、目を血走らせて怒鳴り続けるハゲ頭の中年男。
「俺のバックが誰か分かってんのか!? 今すぐ解放すれば命だけは助けてやる!」
「はいはい、そのセリフは聞き飽きた」
長官は入口で待機していた二人に指示する。
「そこの二人! さっさと車に押し込め!」
「了解!」
二人が駆け寄る。
男を起こそうとした――その瞬間。
ドサッ。
右側で誰かが倒れる音。
反射的に振り向く。
そこに立っていたのは――
全身を青白い電流に包まれた男。
足元には倒れた兵士。
(能力者……!)
気づいた瞬間、長官は即座に拳銃を抜き、胸を狙って発砲。
しかし。
弾丸は見えない壁に弾かれ、地面へ落ちた。
「犯人を連れて撤退しろ!」
勝てないと瞬時に判断し、冷静な声で命令を飛ばす。
能力者は無表情のまましゃがみ込み、地面に触れた。
次の瞬間――
バチィッ!!
電流が爆発的に広がる。
数百メートル圏内が青白い光に包まれ、電球が一斉に破裂。
室内は闇に沈む。
長官も兵士も犯人も、全員が感電して倒れた。
(仲間じゃないのか……!? 無差別攻撃だと……?)
能力者は膝に手をつき立ち上がり、小さく舌打ちする。
「なんで俺がこんな面倒な仕事……体力の無駄だ」
気絶した男を蹴りつけ、指を向ける。
再び電流が絡みつき、男の体を引きずる。
「……博士に能力をもらった以上、逆らえねぇしな……」
西側出口へ歩き出す。
「はぁ……こいつだけ連れてけばいいんだろ……めんどくせぇ……」
出口から車へ放り込み、自分も運転席へ。
しかし――
エンジンがかからない。
舌打ちして車を降りる。
地面に倒れたままの長官は、それを見て確信する。
(回線遮断は成功してる……だが予言では“車で逃走する”はず……)
能力者は車の周囲を回り、最後にボンネットに手を当てた。
長官の頭の中が混乱で埋まる。
無数の可能性が駆け巡った。
「まさか……まさか——」
長官がその可能性に気づいた瞬間だった。
轟音。
巨大な雷が一直線にエンジンフードへ落ちる。
夜の静寂を引き裂き、世界が真っ白に染まる。
一瞬だけ――夜が昼へと反転した。
同時に。
止まっていた車のエンジンが唸りを上げ、再び始動した。
電撃能力者は何事もなかったかのように車へ戻り、運転席に乗り込む。
そしてそのまま、闇の彼方へ走り去っていった。
——翌日。
天選之地の病院。
明るい照明と、ほのかに花の香りが漂う病室から、騒がしい声が響いていた。
『ええっ!? 結果が引き分け!?』
無線の向こうから、B-Syncの驚いた声が飛ぶ。
『いやいや、おかしいだろ! 君の見間違いじゃないのか?』
透真の声にも疑いが混じる。
「俺だって納得いかないさ……だが、ああいう結果になったのは……能力者の乱入があったからだろうな」
長官はベッドに横になったまま、片手にトースト、もう片手に無線機を持って答えた。
『能力者? 事前調査は完璧だったはずだろ?』
「それが分からないんだ……さっき能力者データベースも確認したが、名前も能力も一致する奴がいない……」
そう言ったきり、会話が止まる。
まるで全員が、それぞれ別のことを考え込んでいるかのようだった。
やがて。
『まあいいや! とにかく透真、次は絶対勝負つけるからね!』
『望むところだ、B-Sync。怖くなって逃げるなよ』
二人は同時に通信を切った。
病室には、負傷した長官だけが取り残される。
「……俺を心配する奴はいないのかよ……」
なぜか無性に心が傷つき、長官は一人きりでトーストをかじった。
——その時は、誰も想像していなかった。
互いに張り合っていた予言家とハッカーが、三年後。
快晴の遊園地で再会することになるなんて。
任務の話をするのだろうと誰もが思っていた。
だが。
透真は彼女の前で、突然片膝をつき。
指輪を取り出し――
ハッカー、結城 遙にプロポーズしたのだ。
「……あれが、俺と妻の最初の出会いだった」
「彼女の声を覚えてる。
あの声を聞くたびに、自然と笑ってしまうようになったんだ」
「わぁー……なんか、すごく仲良しだったんだね」
陽菜は歯を少し見せながら、にっこりと笑った。
「……ああ。でもな……」
透真は静かに目を伏せる。
「あの幸せが……たった一つの“予言”に、奪われるなんて……思いもしなかった」
——つづく。
読んでくださり、ありがとうございました。
運命に抗う彼らの物語はまだ続きます。
また次回、お会いしましょう。




