第三章:予言の出現
これから始まる物語では、普段の何気ない日常に潜む“異能”や、ちょっと変わった出会いを描いていきます。
肩の力を抜いて、ゆっくりと世界を楽しんでくださいね。
真白がそのメッセージを目にした瞬間、部屋の空気が一変した。
一気に重く張りつめ、窓の外では、なぜか風まで強まっていく。
まるで――その内容がただ事ではないと告げているかのように。
「……爆発?」
真白は布団を強く抱きしめ、眉をひそめながら、思い詰めた表情で顎に手を当てた。
「どういうことだよ、真白!」
瞬はバスタオル一枚を肩に掛け、全身びしょ濡れのまま、スマホから水を滴らせながら浴室を飛び出してきた。
顔にははっきりと焦りの色が浮かんでいる。
「二分で洗って! 急いで!」
真白は振り返り、切迫した声で瞬に怒鳴った。
「はい! 長官!」
瞬は軍隊さながらに直立して敬礼し、次の瞬間には再び浴室へと駆け戻る。
――“戦闘シャワー”モードの開始だ。
……真白がここまで切羽詰まるのは、いつ以来だろう。
二年前? 三年前?
瞬はシャワーヘッドを掴みながら、勢いよく頭を振った。
――いや、今はそんなことを考えてる場合じゃない。
真白は壁に掛けられた赤い時計を見上げた。
――九時七分。
「……あと八分。」
間に合う。
心の中で、もう一度そう繰り返す。
――必ず、間に合う。
葉山崇という名前が、前触れもなく脳裏に浮かんだ。
――《黎明計画》研究センターの研究員。
――侵入者が出た。
――そして今夜、必ずまた来る。
「……本当なの? それとも――これが、彼からのメッセージ……?」
秒針の音を聞きながら、時間が一秒ずつ失われていくのを、真白ははっきりと感じていた。
頭を抱えると、さらに疑問が次々と湧き上がってくる。
「違う……そもそも、どうして私たちに送ってきたの?
止めろって、こと……?」
「準備できた! 行くのか――うわああっ!」
浴室から飛び出してきた瞬は、床に落ちていた氷の欠片を踏み、痛みに声を上げてその場で跳ねた。
真白はそれを無視し、そっと目を閉じる。
思考は嵐の中に巻き込まれたように、止まることなく渦巻いていた。
行かなければ、何が起きる?
行けば、何かを変えられる?
もし、それが本当だったら……私は、どう向き合えばいい?
真白は目を開き、再び時計を見つめた。
「九時九分……残り六分。」
――もう間に合わない。
いや、まだ終わっていない。
……以前、同じような状況に遭遇したとき。
私は、どうやって切り抜けた?
真白は深く息を吸い、いつもの冷静な表情を取り戻すと、ベッドから立ち上がり、素早く瞬の前へと歩み寄った。そして、軽く肩に手を置く。
「行く? それとも行かない?」
瞬はベッドの上から、鋼珠の入ったプラスチックケースを手に取り、一握り分をポケットへ押し込んだ。
「複製――」
真白の左手が光を放ち、眩い閃光の後、もう一人の『真白』が二人の前に現れた。
「君は、彼と行って。」
真白が自分の複製体を指さし、落ち着いた口調で言う。
複製体の真白は、瞬に向かって軽く手を振った。
「またそっち!? 俺は本物の君と行きたいんだけど!」
その言葉を聞いた複製体真白は、目に見えて元気を失い、肩を落として俯いてしまう。
「早く謝って! 時間がないの、選んでる場合じゃない!」
「ご、ごめん!」
瞬は慌てて腰を折って謝ると、すぐに複製体真白の手をぎゅっと握り、大きな声で言った。
「よろしくお願いします!」
複製体真白は照れくさそうに頭を掻きながら、嬉しそうに笑った。
「私は警察と協会に連絡する!
あなたは早く行って! もう一分ちょっとしかない!」
真白は複製体の手を瞬に託し、電話をかけ始める。
「了解!」
瞬が複製体真白の手を強く握り、転移しようとしたその瞬間――
真白が彼の手を引き止め、柔らかな声で言った。
「危険だと思ったら……必ず、すぐに逃げて。」
瞬は目を見開き、信じられないものを見るような表情を浮かべた。
――真白が、こんなことを言うなんて。
胸の奥に、言葉にできない感情が一気に込み上げる。
瞬は強く、何度も頷いた。
次の瞬間、彼の姿は空気の中へと溶けるように消え、
そこには、かすかな気流の揺らぎだけが残された。
午前九時十五分、黎明計画研究センターC棟三階。
その場所は、なぜか異様に薄暗く、窓から差し込む月光だけが、かすかに廊下の輪郭を浮かび上がらせていた。冷気が肺の奥まで染み渡り、全身に鳥肌が立つ。
「え? ここ、どこだ……?」
瞬がそう呟くと、その声は空虚の中で反響した。
――ドン。
突然、金属が壁に軽くぶつかる鈍い音が響く。
複製体の真白は即座に瞬の口元に手を当てる。顔は見えなくとも、警戒していることはひしひしと伝わってきた。
金属の衝撃音は瞬に向かって迫り、反響が次第に大きくなる。
――シュッ。
複製体の真白が瞬の肩を強く押し下げる。瞬は反射的に身をかがめ、頭の髪をかすめるほどの正体不明の物体が飛び去った。
――危なかった。
瞬の胸が激しく跳ねる。
複製体の真白は掌から淡い光を放ち、素早く手電筒を複製する。その光が闇を切り裂くと、
二人は初めて自分たちの置かれた状況を目にした。
壁や床には無数のひび割れや凹凸があり、角には乾いた血の跡がこびりついている。空気には言葉にできない圧迫感が漂い、まるでここ自体が戦場のようだった。
「さて、今回はどのネズミが迷い込んだのかな――」
紫色の髪をした少女が、目を細め唇を舐めながら、血に汚れたナース服を身にまとい、手に投げた硬貨を自在に操りつつ、闇の中から優雅に現れた。
「えっ、変ね……レンジじゃない。しかも新顔……さて、どうしようかしら?」
少女は首をかしげ、食指を唇に当てて迷うように微笑み、頭を左右に軽く揺らした。
「次、どうする?」瞬の言葉が途切れるより早く、複製体の真白の手に光が宿り、銃が複製される。瞳には躊躇の影もなく、冷徹な殺意を宿したまま敵を狙い、引き金に指をかける――その瞬間。
異様な速さで、何かが襲いかかってきた。
真白の胸が衝撃に揺れ、咄嗟に手で押さえる。掌には光の粒子が散る。
全身の力が抜け、膝をつく中でも、真白はなお敵を見据え、かすかに口角を上げ微笑む。最後の力を振り絞って手電筒を瞬に渡すと、身体は光となり、霧散した。
――複製体、消滅。
「真白――ッ!」
瞬の叫びが廊下に響き渡る。硬貨は少女の手のひらに戻っていた。
――死なせてしまった。俺の声のせいで、隙を作ったせいで。
瞬の思考は真っ白になり、胸は潰されるように重く、呼吸も乱れ、視界はぼやけていった。
最後まで笑っていた。
消えゆく間際まで、自分のことを思っていた。
もし……あれが本物の真白だったら?
まだ……生き延びられただろうか?
瞬は手電筒を落とし、息を荒げながら、指先を震わせた。
「……あいつの能力は何だ?」
怒りが徐々に湧き上がり、瞬は拳に鋼球を握りしめ、ゆっくり立ち上がる。
「せっかく一人殺しちゃったんだし……次はお前の番だ!」
紫髪の少女は狂気じみた笑顔を浮かべ、舞うような足取りで三枚の硬貨を投げつける。
瞬は考える暇もなく、鋼球五つを空中に放つ。
「交換!」
鋼球の間を閃光のように移動し、硬貨三枚を同時に交わす。
そのうち一つの鋼球が少女の足元に転がる。
――今だ!
「交換ッ!」
瞬は拳を握りしめ、渾身の力でその頬に打ち込む。骨の震動が手首に伝わり、少女は数歩後退。狂おしいほどの笑みは凍りついた。
唇に血を滲ませ、眼光はまだ狂気を帯びたまま瞬を見つめる。
「おかしい……能力者じゃない、面白いッ!」
少女の声が低く響き、指先で瞬を指しながら狂喜する。
「殺す――」
刹那、手電筒が爆裂。飛び散る硬貨が肩や足をかすめ、瞬の呼吸が乱れる。
――手電筒が爆発していなければ、即死だった。
瞬は足元を確かめ、鋼球を握り直す。頭に浮かぶのは、真白の言葉――
――感情に流されるな。
「……その通りだ。」
瞬は息を整え、怒りを握りしめる。
「次はお前の番だ――死ね!」
紫髪の少女が再び硬貨を投げる寸前――瞬は鋼球を空中に放り、瞬間的に交換、宿舎へ戻った。
宿舎に戻ると、真白は低く頭を垂れ、両手を握りしめ、ベッドの端に沈んだまま座っていた。その表情は重く、緊張感が漂っていた。
瞬は気まずそうに笑い、無意識に後頭部をかいた。
「ただいま……」
小さな声で呟く。だが心の中では、真白の気持ちをどうするべきかを考えていた。
――まずい、怒るだろうか? 勝てなかったせいで、複製体を死なせてしまった……。
瞬は一度外に出て、気持ちを落ち着けてから向き合おうと決めた。
慎重にドアの前まで歩き、ノブを回そうとした瞬。
「患者はどこへ行くんだ?」
真白が重い足取りで立ち上がり、瞬に近づいてきた。
瞬は動けず、振り返ることもできず、鼓動が速まる。
真白の足音が止まると、瞬は息を整え、叱責を受け入れる覚悟をした――その瞬間、肩に数滴の水が落ちてきた。
思わず振り返ると、真白が小さなガラス瓶を手にして立っていた。
眉をひそめてはいるが、何も言わず、怒らず、瞬はほっとして顔を向けた。
「……これは?」
「肩を触ってみろ。」
「肩……ああ……」
瞬は以前の傷を触りながら言葉を続けたが、途中で驚きの表情になる。痛みは消え、傷跡もきれいに治っていた。
「これは以前、治癒能力者の技術を応用して開発された製品だ。お前にも一瓶渡されているはずだが……どうしてこんな傷が?」
真白は淡黄色の液体が入った小瓶を手に取り、説明する。
「え、渡されてたの?」
「ま、いい……怒る気もない。次に失くしたら自分で買え。」
そう言うと、真白は瓶を瞬の粗い手の中に押し込み、瞬は素直に受け取り、ポケットにしまった。
その瞬間、真白がじっと瞬を見つめていることに気づき、体が小さく震える。
「長官……他に何か?」
「聞くまでもないだろ! 分析するんだ!」
「え……分析なんて苦手です。明日でもいいですか? 今日はもう疲れました……眠いです。」
瞬は大きなあくびをして目をこすり、壁の時計をチラリと見た。
「……まあ、疲れているときに議論するのは無理だな。」
「よし、じゃあおやすみ!」
瞬は一瞬で笑顔になり、軽やかにベッドに飛び乗り、魚のように布団に潜り込む。
真白はその背中を見つめ、心の中でため息をついた。
――こいつ、全然疲れてるように見えないな……ま、今日は放っておこう。
「ちょっと、寝る前に二つ聞きたいことがある。まず一つ、歯は磨いたか?」
瞬は反応せず、毛虫のようにベッドから降りる。
真白は無力感と少しの呆れを感じつつも、ため息をつく。
「よし……じゃあ二つ目、最後に爆発事故はあったか?」
真白の視線は鋭く、先ほどとは全く違う口調だった。
瞬はだらりと立ち、頭をかきながら眉をひそめる。記憶の混乱の中で答えを探す。
浮かぶのは暗い廊下、差し込む月光、狂気の女――そして、自分の行動で死んでしまった「真白」の姿。
「なかったよ、爆発は。でも……能力者はいた。」
瞬は拳を握りしめ、不安を抱えつつも軽く微笑み、あくびをひとつ。
真白は顎に手を当て、眉をさらに寄せる。
――爆発がなかったなら、あの予言は本当なのか? しかも、なぜ能力者が現れた……?
「わかった……じゃあ歯磨きして、俺は先に寝る。」
そう言って真白はベッドに向かい、平静な表情で向き直った。
翌朝、午前八時、異能管制局141号。
明るく照らされた室内には、ほのかなコーヒーの香りが漂い、窓から差し込む光に時折クラクションの音も混ざる。
「こんな早く出てきたのか……はあ、まだ眠いなぁ。」
瞬は休憩エリアのソファに無為に横たわる。
「八時だぞ、寝ぼけるな!」
真白はパソコンの前でキーボードを叩き続け、画面から目を離さない。
「昨日処理しきれなかった案件もあるし、今日誰か来るんだ。」
「そんな早くに?」
「もうすぐだろう……」
真白はパソコンの時刻を確認しながら答える。
――ピンポン――
「言うとおりに来たぞ、扉開けろ。」
「はいはい――」
瞬は目をこすり、猫のように伸びをして、のろのろとドアに向かう。
開けると、銀色の丸い頭部に赤いボタン、単眼が赤く光る警備用ロボットが車輪を転がして入ってきた。
「目的地到着、異能管制局141号。」
瞬は一歩後退する。すると、聞き慣れた声が耳に届いた。
「やっほー! こんにちは!」
陽菜が緑のリュックを背負い、元気いっぱいにドア横から飛び込んでくる。
「さすが天選之地、迷子になったらこうして来ればいいんだね。」
慧司は手に地図を持ち、目を見開きながらその後ろに続く。
「君たちか……まさか我々がミスして捕まると思ったか。」
「ようこそ。まず休憩エリアに座ってて。瞬、案内頼む。」
真白は右手を上げ軽く挨拶し、再びキーボードに集中する。
「わかった。」
瞬は返事をして、警備ロボットの頭部のボタンを押し、ロボットは「任務完了」と言い残して出て行った。
「ソファに座ってて、俺はドアを閉める。」
陽菜と慧司が座ると、瞬も床に腰を下ろす。
「わー、このソファ懐かしいなぁ。全然変わってない。」
陽菜はリュックを下ろし、手でソファを撫でる。
「そうだね! 前回来たのは……九か十年前かな!」
瞬は床に手をつき、頭を仰げば思い出す。
「俺は初めてだけど。」
慧司は少し嫉妬混じりに言うが、目は地図から離れない。
「ようやく一区切りついたな。」
真白は目の下を押さえながら瞬の隣に座り、あぐらをかいた。
「朝から忙しそうだね、何してたの?」
「起動するとメールが山ほど来てて、全部予言に関する問い合わせだ。」
真白は眉をひそめ、後頭部をかいた。
慧司はふとページをめくる手を止め、眉を寄せる。
「ああ、だからさっきメッセージ返してたんだね。」
陽菜はリュックから鉄の箱に入った卵焼きを二つ取り出し、二人の前にそっと置いた。
「さあ――熱々の朝食登場!」
木の箸も添えられ、瞬は目を輝かせ、宝物を見るように箱を開け、箸でがっつく。
「作ってくれてありがとう!」
真白は頷いて礼をし、ゆっくりと蓋を開ける。蒸気が一気に立ち上り、ハムの香りが瞬く間に異能管制局に広がった。その香りに誘われ、真白も思わず箸を手に取り、食べ始める。
「いや、そんなことないよ――で……予言の内容って普段はどんな感じなの?」
陽菜は二人が食べている様子を見て、満足そうに笑いながら尋ねた。
「内容はたいてい『○○ビルが火事になる』『誰かが車に轢かれる』……要するに、全部あまりいいことじゃないな。」
真白は言いながら手の箸と茶碗を置き、重々しくため息をつく。
「はぁ……さっき唯一の予言能力者の個人情報を見てたんだ。で、住んでるところを調べたら空き家だった。今のところ、彼がどこにいるかも全く分からないし、呼ぶための証拠もない……」
慧司は慎重に手の書物を閉じ、一瞬沈黙したあと、ゆっくりと口を開いた。
「それなら……俺、わかるかも。」
「え!」
三人は同時に信じられない声を上げた。
つづく……
今回の章では、キャラクターたちの日常や、ちょっとした緊張を描きました。
次の章では、一体どんな不思議で危険な出来事が待っているのか……楽しみにしていてください!




