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第二章:依頼

何気ない朝から始まる一日。

けれど、その裏では確実に歯車が動き始めていた。

「いいよ!何かあったら、俺たち二人に任せて!」


瞬が真白の肩に腕を回すが、真白は無言でそれを押しのけた。


「わ……私は《黎明計画研究センター》の研究員で……葉山・崇と申します」


葉山は少し慌てた様子で鞄から研究員証を取り出し、真白と瞬が確認したのを見ると、すぐにそれをしまった。


「最近、施設に泥棒が侵入しまして……幸い、当直の研究員が偶然発見したため、被害は一部の資料のみで、大きな損失はありませんでした」


葉山は無意識に鼻に手を当てながら話を続ける。


「ですが……ある物が現場に残されていまして……それが理由で、今夜も必ず再び現れると判断しました。具体的な内容については……申し訳ありませんが、お話しできません」


その言葉には、はっきりとした焦りが滲んでおり、真白は直感的に「何かを隠している」と感じ取った。


「ただの泥棒なら、能力者じゃなくて警察に頼むべきじゃないですか?」


真白は鋭い視線で、葉山の目を真っ直ぐに見据えた。


「それが……その泥棒は、能力者の可能性が高いのです」


葉山は額の汗を拭い、必死に緊張を抑えようとしていた。


「逃走時、何も持たずに窓に手を触れた瞬間、ガラスが発火して爆ぜました。後で調べたところ、施錠されていたドアノブにも焼け焦げた痕が残っていて……」


「……少なくとも、S3以上だな」


瞬は顎に手を当て、眉をひそめる。


破壊力だけでなく、瞬間的に出力を制御している。火属性能力者としては、かなり厄介な部類だ。


「それなら、異能管制局に連絡して、能力者を派遣してもらうべきじゃないですか?」


瞬が真白の肩に軽くぶつかり、じっと睨むのをやめるよう合図する。


真白は小さく息を吐き、まばたき一つで表情を元に戻した。


「……それが、人手不足で対応できないそうでして」


葉山は視線を逸らし、不安そうに答えた。


「……そうですか」


真白は腕を組み、目を閉じて短く考え込む。


それを見た葉山は、期待に満ちた目で真白を見つめた。


「少し、瞬と相談します」


真白が出口を指さすと、瞬は頷き、真白の手を取る。


次の瞬間、二人の姿は消え、銀色に光る小さな鋼珠だけが宙を舞い――


「チン」と音を立てて地面に落ちた。


「……どこか変だと思わないか?」


転移後、真白は振り返り、冷静ながらも疑念を含んだ声で尋ねる。


「話し方がやけに途切れ途切れだった。それに……泥棒の能力が火系だって点も気になる」


瞬は俯き、先ほどの会話を思い返す。


「それが、何かおかしいか?」


真白は眉を寄せる。


「俺の記憶が正しければ、国内で登録されてる能力者は六百人以上。その中でS3以上、かつ火属性ってなると、数十人しかいない」


瞬は頭を掻き、さらに続けた。


「葉山の話みたいなことができるのは……三人だけだ。


一人は新生児、もう一人は六十代、最後は八十代。どう考えても泥棒は無理だろ」


真白は思わず言葉を失った。


自分ですら把握しきれていない情報を、瞬はここまで正確に覚えている。


「……確かに不自然だ。だが、それ以上に明らかな点がある」


真白の声が低くなる。


「――能力者の人手不足、だ」


「どういうことだ?」


瞬は首を傾げる。


「本当に人手が足りないなら……俺たちが、こんな場所で遊んでるはずがない」


「……それ、確かに!」


瞬は目を見開き、手を叩いた。


「じゃあ……助けない方がいいのか?」


「少なくとも、誠実に話さない相手を信用する理由はない」


真白は冷ややかに言い放つ。


「帰ろう」


真白が手を差し出す。


瞬は一瞬ためらったが、やがてその手を握った。


再び鋼珠が光り、二人は葉山の前に戻る。


突然の転移に、葉山は思わず一歩後ずさった。


「申し訳ありません。スケジュールを確認したところ、今夜は別の依頼が入っていまして……」


真白が九十度に頭を下げると、瞬が呆然と立っていたため、その背中を押して一緒に頭を下げさせた。


「いえいえ、お話を聞いていただけただけで十分です。これは……」


葉山は紙袋に包まれたソーセージを二本取り出し、二人に差し出した。


「ささやかですが、お礼です。よければ受け取ってください」


そう言って、娘の手を取り、優しく声をかける。


「ほら、二人のお兄さんに挨拶しよう」


「お兄ちゃん、ばいばーい!」


少女は小さな手を振った。


「また会えるといいですね!」


葉山は笑顔で手を振る。


だがその笑顔は、最初に見た時と同じだった。


真白の胸に、言葉にできない違和感が残る。


……何かが、おかしい。


瞬もまた、親子の背中を見送りながら思う。


このまま放っておいて、本当に大丈夫なのか。


その時、陽菜が二人を見つけ、笑顔で駆け寄ってきた。


「何してるの!解決したんでしょ?まだ乗ってないアトラクションいっぱいあるよ!」


「姉さん、乱暴すぎ!」


慧司は止めに入りつつ、二人の様子を見て何かを察した。


一方その頃――


ジェットコースター近くのビル屋上で、全身を黒布に包んだ影が双眼鏡を下ろす。


「……ちっ、運のいい博士だ。次に会うまで、生きてろよ」


「付与――」


呟いた直後、その影は無人の路地を見下ろし、五階建ての屋上から躊躇なく飛び降りた。


羽のように軽く、遊園地の喧騒に溶け込む。


その後、四人は昼食を取り、バンパーカー、コーヒーカップ、観覧車、海賊船と遊び尽くし、閉園間際まで過ごした。


夜の遊園地。


人影はまばらになり、喧騒は静寂へと変わる。


「久しぶりに遊んだな……」


瞬は壁にもたれ、あくびをしながら目を閉じた。


「毎日遊んでるようなもんだろ。寝るな、帰るぞ」


真白は瞬を引き起こす。


瞬はふらふらと立ち直り、半分眠ったまま微笑んだ。


「二人とも、相変わらず仲がいいね」


陽菜は微笑み、どこか安心したような口調で言った。


「二人はどうやって帰るんだ?」


真白はそう言いながら、ふらふら揺れる瞬の肩を押さえ、落ち着かせる。


「……もう終電もバスもないから、歩いて帰る」


慧司はスマホでバスの時刻表を確認しながら答えた。


「そっか。じゃあ、気をつけてね。私たちは先に帰るよ。これ以上ここにいたら、こいつ、絶対その辺で寝るから」


 「うん、またね!」


陽菜はそう言って手を振り、慧司もそれに続いて軽く手を上げた。


真白は静かに手を振り返し、瞬は力の抜けた様子で二、三度手を振る。


次の瞬間、二人の姿は小さな鋼珠へと変わり、陽介と慧司の目の前から消え去った。


慧司はその場に落ちていた鋼珠を拾い上げ、陽菜を振り返る。


「……ねえ、姉さん。さっきから気になってたんだけど、これって何に使うの?」


「それ? 瞬の“座標”だよ。まあ、瞬に使う分には……たぶん怒らないんじゃない?」


陽菜は、頭の中でOKサインを出して笑う瞬の姿を思い浮かべた。


慧司は鋼珠を手のひらで転がしながら、首を傾げる。


「……それで、まだ他にも聞きたいことがあるんだけど」


「じゃあ、歩きながら話そっか」


陽菜はそう言って歩き出し、慧司もすぐ後を追った。


「瞬の能力って、この鋼珠がないと交換できないの?」


慧司は鋼珠を目の前に近づけ、あらゆる角度から観察する。


「それは半分正解」


陽菜は答えた。


「瞬の能力は『座標交換』。瞬にとっては、場所も物も全部“座標”なんだ。でも、直接交換するとすぐ疲れちゃう。だから――」


 

陽菜は慧司の手の中にある鋼珠を指さした。


「……この鋼珠?」


「うん。でも、あなたが見ても、ただの鋼珠にしか見えないでしょ?」


「……瞬が触ったから?」


慧司はすぐに答えた。


「さすが私の弟。頭いいね」


陽菜は慧司の背中を軽く二度叩いた。


「正解。瞬が触れたものは“座標”になる。触れていない座標との違いは――」


陽菜は壁にもたれ、あくびをしながら半目になる。


「……疲れる?」


「ビンゴ!」


陽菜はもう一度慧司の背中を叩き、慧司は無表情で彼女を見た。


「触れていない座標は、使うとすごく疲れる。だから緊急時以外は使わない。で、次の問題。なんで鋼珠を使うと思う?」


陽菜は財布から十円玉を取り出し、慧司に視線を送る。


「……答える気ない」


慧司は呆れた声で言った。


「つれないなぁ」


陽菜は十円玉をしまい、慧司の足を軽く蹴る。


「理由は、軽い・持ち運びやすい・複製しやすい、だよ」


そう言って、鋼珠を慧司から受け取る。


「複製って……真白の能力?」


慧司は手渡しながら尋ねた。


「まあね。正式名称は『完全拷貝』。触れたものを、機能まで完全にコピーできる能力」


陽菜は鋼珠を軽く放り投げながら続ける。


「ついでに言うと、瞬の能力は『座標交換』ね」


「……便利すぎない?」


慧司は、もし自分がその能力を持っていたら、と想像していた。


食べ物も文房具も買う必要のない生活――夢のような日々。


「制限は……」


陽菜は鋼珠を止め、顎に手を当てて考え込む。


「……たしか、あったはず。でも忘れた」


「それでも十分すごいよ……」


慧司は、どこか憧れるような表情を浮かべた。


「じゃあ、今度は私の質問ね」


陽菜は慧司の前に回り、優しく微笑んだ。


「能力者に対する見方、変わった?」


慧司は足を止め、今日一日の出来事を思い返す。


最初の偏見、そして救われた場面。


顔を赤らめ、少し照れくさそうに答えた。


「……うん」


そう言って慧司は歩き出し、陽菜の横を通り過ぎる。


「成長したね」


陽介は小さくそう呟き、後を追った。


しばらく歩いた後、慧司が先に玄関の扉を開く。


二人は疲れた体を引きずるようにして家に入り、充実した一日を終えた。


――夜の学生寮。


暖色の照明が部屋を照らし、清潔な香りが漂っている。


温かく、穏やかな空気――だが、その一室では。


「風呂も入らずにベッドに寝転ぶな!」


真白は、汗臭いままベッドに倒れ込む瞬を引きずり下ろした。


「……ちょっと寝るだけ……」


そう言った瞬は、床に倒れたまま眠り込む。


真白の額に青筋が浮かぶ。


舌打ちすると同時に、氷がぎっしり詰まったバケツを複製し、迷いなく瞬にぶちまけた。


瞬は跳ね起き、即座に能力を使って立ち上がる。


「ちょっと容赦なさすぎだろ!? 異世界に飛ばされたらどうすんだよ!」


濡れた体を抱え、震えながら叫ぶ。


「大丈夫でしょ? まだ二杯目残ってるし」


真白は不敵に笑い、もう一つバケツを複製する。


「分かった! 入る、入るから!」


瞬は震えながら着替えを抱え、


「寒い……寒い……」


と呟きつつ、浴室へ駆け込んだ。


鍵がかかるのを確認し、真白はバケツを消去する。


濡れた床を見て溜息をつき、モップを複製して手早く片付けた後――


ベッドに飛び込み、布団を抱きしめる。


「……天日干しの布団、最高……」


幸せそうに布団に頬ずりする真白。


その光景を、バスタオル一枚で浴室から出てきた瞬が目撃してしまう。


瞬は慌てて後ずさり、床で滑りかけながらも音を立てずに扉を閉め、鍵をかける。


「……見られたら、確実に殺される」


かつて似た光景を見てしまった記憶が蘇る。


あの時は、複製された武器の数々に追い回された――


……能力がなかったら、と思う間もなく。


額を伝う冷や汗を拭った、その時。


真白と瞬のスマホが、同時に鳴った。


「……嫌なタイミング」


真白は布団を抱えたまま画面を見る。


そこに表示された文字に、表情が一変した。

――


「21時15分、黎明計画研究センターC棟3階にて爆発事故発生」


――つづく。





今回は、物語が大きく動き出す直前の章でした。


まだ答えは出ていません。

けれど、確実に「頼まれてしまった」――

それだけは、もう戻れない事実です。

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