第一章:邂逅
こんにちは、伏川赫です。 今回の章では、登場キャラクターたちが遊園地で過ごす様子を描きました。 読んでくださる皆さんも、彼らと一緒にこの世界の楽しさを感じていただければ嬉しいです。
天選の地――
そよ風がやさしく吹き抜け、太陽の温もりが地面を包み込んでいた。
近くでは数軒の屋台が大きな声で客を呼び込み、公園の中では子どもたちがキャッチボールに興じている。
笑い声と足音が重なり合い、まるで楽しげな旋律のように響く――すべてが、いつも通りの平穏な一日だった。
「わっ、投げすぎた!」
茶髪の少年が声を上げる。
「僕、拾ってくる。」
眼鏡をかけた少年は深く考えることもなく、そのまま道路へと駆け出した。
――次の瞬間。
甲高いブレーキ音が、悲鳴のように空を切り裂いた。
足から力が抜け、眼鏡の少年はその場に膝をつく。
遠くで鳴り響くクラクションが耳を刺し、心臓の鼓動が一気に早まる。
見開いた視界いっぱいに、まるで巨獣のような車のフロントが迫っていた。
「……終わった……!」
震える両手。真っ白になる思考。
彼は反射的に目を閉じ、迫り来る運命を受け入れようとした。
――しかし。
すべてを諦めかけたその瞬間、
赤髪の少年が鋭く目を細め、掌を彼の背中へと当てた。
「――交換!」
次に目を開けた時、眼鏡の少年は先ほどまでいた公園の中に立っていた。
車に轢かれるはずだった場所には、代わりに一つの石が転がっている。
「な……何が……? ぼく、轢かれるはずじゃ……」
未だ震える自分の手を見つめながら、少年は呆然と呟く。
その時、先ほどの声が再び響いた。
「俺がいる限り――誰一人、怪我なんてさせない!」
まるで漫画から飛び出してきたような熱血少年。
少し乱れた淡い赤髪は光を受けて橙金色に輝き、
燃え上がる宝石のような瞳は、熱く、そして揺るぎない意志を宿していた。
背は高くない。だが、誰よりも堂々と立っている。
彼がそこにいるだけで、誰も倒れない――そんな確信を抱かせる存在だった。
「また無茶したな! せめて動く前に一言くらい言えよ!」
息を切らしながら、もう一人の少年が駆け寄ってくる。
整えられた黒い短髪、青みがかった瞳には理知と責任感が宿っていた。
年齢以上に落ち着いた雰囲気を纏う、長身の少年だ。
「ごめんごめん、緊急事態だったしさ。」
「……今回は大目に見る。」
黒髪の少年はしゃがみ込み、先ほどとは打って変わって、驚くほど優しい声で言った。
「大丈夫? どこか怪我してない?」
「だ、大丈夫です……」
急な態度の変化に、眼鏡の少年は戸惑いながら答える。
「それならよかった。次からは道路に出る前、ちゃんと車を見ようね。」
「……はい。」
黒髪の少年は立ち上がり、ふと思い出したように袖をまくって腕時計を見る。
「やばっ、約束の時間だ。瞬、早く『交換』して。」
「そこ、印付けてないから近くまでだぞ。手、貸して。」
二人が手を掴んだ瞬間――
まるで最初から存在しなかったかのように、その姿は消え去った。
代わりに、銀色の小さな鋼珠が地面に転がる。
「能力者……?」
眼鏡の少年はその場に座り込み、呆然と先ほどまでの光景を見つめていた。
数分後――遊園地の入口。
陽光の下、人々が行き交い、遠くではジェットコースターの轟音と歓声が響く。
巨大な観覧車が空にそびえ立ち、遊園地全体に賑わいを添えていた。
「能力者ってさ……なんか、偉そうな感じがするんだよな。」
腕を組み、黒髪の少年――天城慧司が呟く。
その声には、衝動ではない、長年積もった疎外感が滲んでいた。
「その話は、本人たちと会ってからにしよ。」
金髪の少女――日向陽菜は目を細め、軽く笑いながら周囲を警戒する。
高く結ったポニーテールが揺れ、獲物を待つ狩人のような鋭い視線が光った。
――その時。
チリン、と自転車のベルが鳴る。
「近くって言ったのに遠すぎだろ!」
「仕方ないだろ、あんまり来ない場所なんだし!」
「寝坊しなきゃ遅刻しなかったのに!」
「誰が朝食選びに三十分もかけたんだよ!」
聞き覚えのある声に、陽菜が顔を上げる。
「おーい! こっち!」
全力で自転車を漕ぎながら、二人が駆けてくる。
「陽菜! 久しぶり!」
「前見ろ――!」
瞬が慌ててブレーキをかけ、タイヤが嫌な音を立てる。
「うわ、危なっ……転生するかと思った。」
汗を拭いながら、瞬は苦笑した。
「相変わらずだね。」
「遅れてごめん。」
真白はゆっくりとペダルを漕ぐのを止め、足をついた。いつものことといった様子でを浮かべた。
「大丈夫だよ、私たちも今来たところだし。」
「まさか本当に引っ越してくるとは思わなかった。」
真白は汗だくになりながら、水を一口、二口飲んだ。
「ねえねえ! あの人が、君が言ってた弟?」
瞬は陽菜の後ろに立つ人物へ視線を向けた。
「そう。紹介するね。私の弟、天城・慧司だよ。」
陽菜は慧司の手を引いて前に出した。
「は、はじめまして……慧司と呼んでください。」
慧司はぎこちなく笑い、少し硬い口調のまま、友好的に手を差し出した。
「よろしく! 俺は相澤・瞬! 瞬って呼んでくれ! よろしくな!」
瞬は勢いよく慧司の手を握り、上下に激しく振った。
「私は御影・真白。真白でいいわ……それと瞬、これ以上振ったら、もう奢らないからね。」
その一言を聞いた瞬は、すぐに手を放し、背筋を伸ばして動かなくなった。
「……だ、大丈夫です。」
慧司は苦笑しながら自分の手をさすった。
――真白が止めてくれなかったら、本当に手が折れるかと思った。
陽菜は遊園地の入口を指さし、目を輝かせて言った。
「もう時間もないし、早く中に入ろう!」
双月遊園地の中は人で溢れ、食べ物の香りが風に乗って漂ってくる。
外から見ていたのとはまったく違う光景で、賑やかで楽しげな雰囲気に包まれていた。
「うわ、あれ超楽しそう! 早く乗ろうよ!」
陽菜は遠くのジェットコースターを指差し、他の人を置いて走り出した。
それを聞いた瞬間、慧司の表情が強張る。
両手がわずかに震え、あの無重力のめまいが脳裏をよぎった。
「……追いかけよう。じゃないと見失うよ――慧司、地面に何かある?」
真白は、慧司が頭を掻きながら地面を見つめているのに気づいた。
その問いかけに、慧司は一瞬固まり、無理に笑って真白を見た。
「いえ、何でもないです。早く行きましょう。」
慧司はすぐに走り出した。
――何考えてたんだ。第一印象は大事なのに。ジェットコースターが怖いなんてバレて、乗らないなんて言えるわけないだろ。
瞬と真白は黙って顔を見合わせ、逃げるように走るその背中を見つめた。
二人の心に、同時に同じ考えが浮かぶ。
――あいつ、絶対ジェットコースター苦手だ。
その頃、ジェットコースターの最後尾――
「そんなに楽しそうだったなんて。てっきりジェットコースター怖いのかと思ってたよ!」
息を切らし、汗だくで駆けつけた慧司に、陽菜が声をかけた。
「姉ちゃん、助けて……! 失礼にならずに、しかも乗らなくて済む方法ない?」
「は?」
慧司が先ほどの考えを説明すると――
「はは、大丈夫だって! お姉ちゃんがいるんだから、誰も無理強いなんてしないよ。それに、あの二人もそんな人じゃない。」
「でも……」
まだ迷っている慧司を見て、陽菜は言った。
「じゃあさ、私が『朝ごはんに当たってお腹を下した』って言ってあげる。先に乗ってもらえばいいでしょ? 失礼にもならないし、時間も無駄にしない。どう?」
「……うん、それいいかも。あ、やばっ、来た! じゃあ先にトイレ行くね。終わったら連絡する!」
そう言い残して、慧司は慌ててその場を離れた。
少しして、瞬と真白も到着した。
「慧司はどこ行ったの?」
真白は彼が走っていった方向を見る。
「朝ごはんに当たったみたいで、お腹痛いから先にトイレ行くって。先に乗ってていいってさ。」
陽菜は内心、ほっと息をついた。
――疑われてないみたい。
「なるほど。さっき私たち、ジェットコースター怖くて他行ったのかと思ってたよ。」
瞬がそう言うと、
「知ってたの!?」
陽菜は目を見開いて叫んだ。
「え?」
瞬と真白は同時に目を丸くし、困惑した表情を浮かべた。
慧司の考えを聞いた後――
「そんなこと思わないよ!」
「うん、全然気にしない! 今すぐ呼びに行こう!」
瞬がトイレへ向かおうとしたその時、陽菜が右手を掴んだ。
「どうしたの?」
「その……本人は、あまり知られたくないみたいだから。気づいてないふり、してあげて。」
そう言って手を離し、ジェットコースターを指差す。
「ほら、もうすぐ順番だし。乗り終わってから呼びに行こう?」
「……わかった。」
その時、真白は係員が手招きしているのに気づき、瞬の肩を叩いた。
「呼ばれてる、早く行こう。」
同じ頃、トイレの個室で便座に座る慧司は、退屈そうに足を揺らしていた。
「暇だな……スマホでも見るか。」
SNSを眺めていると、突然、見知らぬアカウントからメッセージが届いた。
「5月28日、11時06分。ジェットコースターのレールが爆発事故を起こす。」
慧司は眉をひそめ、荒唐無稽だと思いながらも返信した。
「知らない人の言葉を、どうやって信じろっていうんだ。」
すると、すぐに返事が来た。
「君は今、トイレにいる。理由は、ジェットコースターが怖いから。」
「どうしてそれを知ってる!?」
そのメッセージを送った直後、相手からの返事は途絶えた。
「この秘密を知ってる人なんて、そう多くない……それも、赤の他人が……信じるべきか……」
慧司はスマホの時間を確認する。
「11時02分!? もうすぐじゃないか!」
胸が大きく跳ねた。
もしこの予言が本当なら、姉ちゃんたちは危険だ。
――でも、自分に止められるのか?
目を閉じて、もう一度考えた後――
「やるしかない……! 最悪、笑われるだけだ!」
慧司は目を見開き、強い決意を宿して立ち上がった。
勢いよくトイレを飛び出した瞬間、ちょうど用を足していた通行人を驚かせてしまった。
人混みをかき分け、ジェットコースターの待機列へ走る。
――まずい、あと2分しかない。
騒がしい人波の中、必死に彼らの姿を探す。
「いない……いない……まさか、もう乗った!?」
嫌な予感がして、発車直前のコースターへ視線を向ける。
――いた。乗ってる!
ダメだ。絶対に発車させちゃいけない!
「乗らないで――!!」
慧司は手を振り上げ、全力で叫んだ。
だが、その声は人々の喧騒にかき消されてしまった。
「だったら、係員に知らせよう。そうすれば、きっと何とかなる!」
慧司はそう言って一歩踏み出そうとした――が、その瞬間、足を止めた。
「……いや、これだけの証拠じゃ、誰も信じてくれない。むしろ、無駄に混乱を招くだけだ。」
慧司は眉をひそめ、無意識に腕時計へと視線を落とす――
「十一時〇五分。」
時間は一秒、また一秒と確実に流れていく。
空気は重く、息が詰まりそうだった。
周囲の笑い声が、まるで自分を嘲笑っているかのように耳に刺さる。
自分とは何の関係もないはずなのに、こう囁いているようだった。
――ほら、やっぱり。君には何もできない。
慧司は俯き、両手を強く握りしめる。
静かに祈り始め、目を固く閉じた。
呼吸は次第に荒くなり、落ちる汗の音が、秒針のように刻まれていく。
――時間がない
ダメだ……俺一人じゃ、足りない。
手が抑えきれず震え始め、恐怖がじわじわと胸に浮かび上がる。
もし本当に……これが本当だったら……
俺は、どうすればいいんだ……?
お願いだ……これは、嘘であってくれ……!
三、二、一――
分針が「六」を指した、その瞬間――
轟音が空気を引き裂いた。
激しい爆発とともに火花が走り、ジェットコースターのレールが崩れ、折れ、落下していく。
周囲の音は一瞬で変わった。
さっきまでの笑い声は消え去り、無数の悲鳴が響き渡る。
楽しさと安らぎに満ちていた空気は、一秒で恐怖と絶望へと転落した。
――そんな……嘘だろ……
ジェットコースターに乗っていた乗客たちは、完全な混乱に陥った。
その時――
瞬の目つきが一気に鋭くなる。
彼は即座にポケットへ手を差し込み、銀色の鋼球を握りしめた。
「――交換!」
鋼球を地面へと転送し、次の瞬間、自身は空中へと瞬間移動。
落下する車両へと飛び込み、次々と乗客に触れていく。
一人、また一人――
触れた瞬間、乗客は鋼球と入れ替わり、安全な地面へ。
一回、二回、三回――
稲妻のように駆け巡り、一切の迷いもなく、
全員を救い終えたのを確認してから、最後に自分自身も地面へと戻った。
地上で、瞬は崩れ落ちるジェットコースターを見上げ、大きく息を吐いた。
「……よし。全員、助かった。」
一方、真白は地面に戻された直後、手のひらに淡い光が集まるのを感じる。
次の瞬間――
「――複製。」
真白の手には、数本のミネラルウォーターと、パンが現れた。
彼女は足早に、救出され動揺している人々のもとへ向かう。
「どうぞ、落ち着いて。」
真白は父娘の前にしゃがみ込み、手にした物を差し出した。
能力者の存在に気づいた周囲の人々は、ざわめき始める。
「……あれって、能力者じゃないか?」
「なんで、こんな普通の遊び場に……?」
真白はそれを気にも留めず、静かに息を吐き、
一人一人に物資を配りながら、穏やかな声と態度で不安を和らげていく。
その頃、ドラム缶のような消火ドロイドが十数台、警告音を鳴らしながら四方から集まり、消火活動を開始した。
一方で、陽菜は慧司に何度も電話をかけていたが、繋がらない。
不安になって周囲を見回すと、祈るように俯いている慧司の姿を見つけた。
それを見た陽菜は、いたずらっぽい笑みを浮かべ、そっと近づく。
慧司の耳元で、弱々しく、陰鬱な声を出した。
「慧司……私、先に行ってるね……。ちゃんと……生きるんだよ……」
「……こんなに悲しくて、幻聴まで聞こえるなんて……
俺、まだ……一緒に暮らしたかったのに……」
慧司の目に涙が滲み、声も震え始める。
「……本気にしないでよ。」
陽菜は堪えきれず吹き出し、勢いよく背中を叩いた。
「生きてるってば!」
その声に、慧司は涙を拭い、振り返る。
目を大きく見開き、自分の頬をつねって現実か確かめる。
「……姉ちゃん……生きてる?
ジェットコースター……落ちたよな?」
慧司の視線は、崩れ落ちたレールと陽菜の間を何度も行き来する。
「ほら、あっち見て。私だけじゃないよ。」
陽菜は指を差した。
そこには、水を飲みながら座り込む瞬と、物資を配る真白の姿があった。
「……そんな……どうやって……?」
陽菜はにっと笑う。
「前に言ったでしょ――あの二人、能力者なんだから。」
「……能力者……」
慧司の心の中で、何かが音を立てて開いた。
「ぼーっとしてないで、行こ!」
陽菜は慧司の背中を押し、瞬と真白のもとへ向かわせた。
「よー!慧司、やっと……ト、トイレ――」
瞬が言いかけたところで、真白が肩を叩く。
「……お腹、大丈夫?」
その背後で、陽菜は満足そうに親指を立てる。
慧司も小さく笑い、同じように返した。
「二人こそ、大丈夫なの? あんな大事故……」
「平気平気。ちょっと疲れただけ。」
瞬は何事もなかったかのようにパンをかじる。
「前に比べたら、今回は全然たいしたことないわ。」
真白は扇子を複製し、暑さをしのぐように仰ぐ。
慧司はその光景を見て、小声で陽菜に尋ねた。
「……二人、今まで何を経験してきたの?」
「さあね。私の知らないところで、いつも誰かを助けてるんだよ。
子どもの頃なんて、傷だらけで帰ってきたこともあったし。」
慧司は黙って俯く。
瞬の腕に残る小さな傷を見て、
初めて「能力」の裏にある重さを理解した気がした。
その時、助けられた乗客たちが次々と礼を言いに来た。
瞬と真白は、皆に笑顔で応じ、気遣いの言葉を返す。
そこには、能力者特有の傲慢さなど微塵もなかった。
その瞬間、慧司はようやく悟った。
自分がどれほど幼く、思い上がっていたのか。
そして初めて、心の奥で芽生える感情――
――自分も、ああなりたい。
俺……何を考えてたんだ。
いつか……俺にも、できるのだろうか。
しばらくして、四十代ほどの男性が、五歳くらいの女の子の手を引いてやって来た。
まだ怯えた表情を浮かべながらも、声には深い感謝が込められている。
「本当に……本当に、ありがとうございました。
あなたたちがいなければ、私たち父娘は……」
言葉に詰まり、目元を拭ってから続ける。
「ほら、ちゃんとお礼を言いなさい。」
「……ありがとう。」
女の子は小さく頷いた。
「いえいえ。無事で何よりです。」
瞬はそう言って頷く。
「そうです。何かあれば、また声をかけてください。」
真白も微笑んだ。
すると男性は、どこか不思議な笑みを浮かべて言った。
「では……今回の件とは関係ないお願いを、一つしてもいいでしょうか?」
その笑顔に、真白の胸に、言葉にできない違和感が走った。
――つづく。
読んでいただき、ありがとうございます!
今話はたくさんのキャラクターが登場しましたね。
「このキャラ、面白いな」と少しでも気に入ってもらえたら、私にとってこれほど嬉しいことはありません。
さて、次の章では一体どんな展開が待っているのか……。
引き続き、のんびりとお付き合いいただければ幸いです!




