作戦と手
俺はこの部隊に誰も知り合いがいない。
団子鼻ジジイは味方に分類したけど、彼と同じ小隊になっても生存確率は上がらなさそう。
五人一組が基本なので、誰と組むべきか。悩んでいたら、幹部らしき偉そうな騎士に、似たような年齢の奴らと組まされた。
衛生兵だと指示されたけど、金が欲しいから嫌だとゴネたい。頼んでも「命令に従え」と殴られて終わりだから仕方なく唇を結ぶ。
最初の戦場で学んだけど、衛生兵は安全の代わりに給金が安いし報償金もほとんど出ない。
小隊を順番に呼ぶ、それまで待機と命令された。
待機時間に、俺たちはそれぞれ自己紹介をすることに。
戦地で出来た友はみんな死んでいった。こいつらも死ぬんだろうと感傷に浸る。
年老いた祖父の代わりに志願した。愛国者の弟がいると家族想いの姉にいい縁談がくるから。
自分とは別世界の話なようで、そうでもない。サシャは俺の妹分だから、俺も「家族のために」と言う彼らの仲間だ。
誰も死なずに家族のところへ帰れたらいいのに。
俺たちはあまり話さないうちに、幹部に呼ばれた。
フィラントたちのいる場所は、俺たち雑兵と同じ、何も設営されていない吹きっ晒しだった。
団子鼻ジジイの話し振りではフィラントは武勲をあげているはずの騎士なのに、野営テントがないのはなぜなのか。
参謀だと告げたダルトンという壮年が、この部隊の役割を説明してくれた。
予定時刻が来たら、俺たちの部隊はゲルダの丘に突撃する。ただそれだけ。
「は? すぐ死ぬだろそれ」と口にしそうになって慌てて唇に力を入れる。そんなことを言ったら殴られるだけで損だ。
丘の周りに広がる平野——今いるこちら側は、俺たちアルタイル軍が陣取っている。
そこから敵側、それも見張りや防御の要になっている砦に向かって突撃なんて自殺行為だ。
ダルトンが淡々と説明を続ける。
まもなく、平野に広がっている部隊たちが火や煙を使い、「アルタイルはより大軍になったようだ」と敵の警戒させ、注目させる。
そんな中、俺たちの部隊が先陣だと主張するように砦に突っ込む。
敵は俺たちに気を取られている間に、他の急襲部隊がゲルダの丘近くまで密かに向かい、林に火を放つ。
そして、俺たちの突撃場所とは異なるところから、本当の急襲部隊が砦を襲う。
この説明で俺は理解した。
——この部隊は、軍のゲルダの丘奪還作戦において捨て駒だ。
小隊仲間の一人は無言で泣き出し、他の奴らも死んだような目をしている。
絶望心に追い打ちをかけるように、ダルトンが静かに告げた。
「つまり、俺たちは作戦のために全滅しろという役目を負わされた」
死にたくない。すきっ歯が正しかった。悔しさで指先が震える。
「任務は遂行するが死ぬのは御免だ。よって、俺たちの部隊は生き残るために二手に分かれる」
フィラントが口を開いた。不思議なことに、動悸が減って、心が落ち着いていく。
「第一部隊は俺が率いて、上の命令通り敵の注目を集める。その間に第二部隊は別の作戦を実行する」
フィラントは地図のうち、砦の一部を木の棒で示した。こんな複雑で詳細な地図を見るのは初めてだ。
「第二部隊はこうやって進んで、ここに放火する。あと少ししたら風の向きが逆になり、煙が第一部隊の突撃場所へ流れて味方になる」
なぜ風の向きが変わることが分かるのか聞きたい。
「ザッと見た感じ、君たちは小さいから闇夜に紛れやすい。世話人と護衛をつけるから放火役を任せる」
丁寧に「君たち」なんて呼ばれたから、思わず「俺たちですか?」と尋ねていた。質問しただけで殴られることがあるのに失敗した。
フィラントは俺の第一印象——信頼を裏切らず、静かに首を縦に振った。
「そうだ。後ろに下がれば広い平野で狩りの的になる。崖にへばりつくように逃げて、俺たちの後ろに合流しろ」
誰も俺を殴らないようなので、聞きたいことを聞いてみることにした。
「衛生兵って言われたけど違うんですか? なんで風の方向が変わるって分かるんですか?」
「時間がないから作戦を聞け」
フィラントの睨みの鋭さに股間が縮こまった。俺はそこそこ怖いもの知らずなのに。
第一部隊は煙を盾にしつつ、一番造りが甘いところをこじ開ける。
ゲルダの丘に築き上げられた砦は、国が創られてすぐに築かれた歴史深いもの。
敵に奪われた時に弱点になる部分や、簡単には見つけられない隠し通路などがあるそうだ。
「俺は主のために、絶対に死ぬわけにはいかない。だからこの情報だけは上に報告せず、この部隊が生き残るために利用することにした」
俺たちは幸運かもしれない。
死神騎士様は軍上層部の命令を受け入れながらも、俺たち部下が生存する可能性を上げようとしてくれている。
「君たちも俺たちと同じく捨て駒だ。生き残りたければ他の部隊に情報を横流しするな。突撃する場所を変えられて全滅する」
フィラントの声は穏やかなのに腹の底にまで響くように力強い。
質問しても怒られないようなので、つい、「フィラント様の主は誰なんですか?」と問いかけていた。
「ユース王子だ。砦の情報も彼が探し出してくれた」
ユース王子といえば、第三王子のこと。
女にモテまくりで女と遊びまくっている美形王子——別名バカ王子だったような。
眼前にいるフィラントの主と言われても繋がらない。
「俺のおかげで生き延びたら殿下に忠誠を誓え。裏切ったら冥府から蘇ってでも首を刎ねる」
敵が『死神』と呼ぶだけあって、フィラントの睨みはちびりそうな程恐ろしい。
これまでの上官とは明らかに違う、死線を乗り越えてきた『本物』の目をしている。
「第二部隊も別のところから砦に突撃するが、君たちは俺たちの後ろに来い」
林に火を放った第二の一部隊は、第一部隊を囮にして別の弱点箇所を突く。
そこは本命の場所ではないので、それなりに戦ったら、敵に追われて逃げたフリをして他の部隊に合流する。
「あそこは叩き甲斐のある場所のようだという土産を持っていけば、敵前逃亡とはならない。俺たちに増援を連れて来てもらう」
俺たちが所属するのは第二の二部隊で、フィラントたちに合流する。
第二の一部隊は川を越えるし、他の部隊になるべく早く情報を提供するために騎乗兵だけにするから。
フィラントたち第一部隊は、どんな手を使ってでも砦の奥深くに侵入して砦の大将の首を取る。
増援が来ることを期待したら死ぬから、自分たちだけでやるという覚悟を持って挑む。
派手に暴れれば敵はこちらに注目するので、本来の任務——囮役としての役割を果たせる。
ただ、囮として死ぬ気はないので、死に物狂いで砦奪還の立役者を目指す。
「それしか俺たちの部隊が生き残る道はない。君たちはどう見てもお荷物だ。俺たちの後ろで衛生兵のフリをしてどうにか生き延びろ」
俺は今、初めて上官に「生きろ」と命令された。目頭が熱くなって涙が滲む。
隣でフランツが「生きていいんですね」と呟いて泣き出した。
「最初に全員に言った通り、最後の最後まで生きようとしろ。乱戦で指示できなくなるから作戦を頭に入れて役に立て」
これまでの部隊では作戦共有なんてされなかった。国のために戦え、進めだけ。
「アルタイルはゴルダガが侵略してきたせいで、こんな子供まで兵にするほど疲弊している。若者は未来を作る宝だ。一人でも多く、殿下に残さなければならない」
『陛下』ではなく『殿下』だから、おそらくユース王子のこと。このような忠臣がいるなら、彼は噂とは違ってバカ王子ではないだろう。
目の前のフィラントたちはどう見ても二十代で、十代半ばの俺たちとそこまで年齢差はなさそうだ。それなのに、こんな風に言ってくれるなんて。
「作戦の説明は終わりだ。少しだが訓練する」
この後、俺たち五人はフィラントたちから離れて、幹部らしき壮年二人に能力チェックと軽い訓練を受けた。
ハウザーという大男に、「筋がいい」と褒められたので嬉しい。
癖っ毛で犬っぽい顔だから「もじゃ犬」なんてあだ名をつけられたのはムカつくけど、笑顔を向けられたから許す。
少数部隊に所属するのは初めてだが、ここは絶対に他の少数部隊と違う。
小隊仲間と昔話をしているうちに、それは確信になった。
俺はますます死神騎士は様をつけるべき相手だと信じることにした。
★
目の前で同じ隊の人間の足や腕が切られた。そんなことはもう日常だ。
地べたに横になって体を丸めているから、土の匂いが気になってならない。
月明かりさえない暗闇の中、真冬でなかったことと、当たりの上官につけたことに感謝する。
浮浪児になったから、五年前にはナイフを手にして、仲間と自分を護ってきた。
だから、人を刺し殺すことに抵抗はないと考えていた。しかし、いざ戦場に出てみるとそうでもない。
絶命間近の敵の、憎悪と怯えで爛々とした目が頭を離れない。
だからこうして、眠れなくなる時がある。
不意に、体に布がかけられた。足音がしなかったのは、耳鳴りがずっとしているからだろうか。
「誰がなぜ俺に布なんて」と思って顔の向きを変える。
眠れないけど疲れと空腹で体を起こす気力がない。
真っ暗なので、どこの誰なのか分からない。髪がさらさらと風に靡いている。
そいつは俺の近くに腰を下ろした。頭を撫でられて驚く。その手が、病で死んだ母親のようにそっと、髪を梳いたからなおさら。
「こんなに震えて可哀想に」
この声はフィラント隊長だ。
「いくら鼓舞したって、後少ししたら全滅だもんな。フィラント、本当に逃げなくていいのか?」
こっちはハウザーの声だ。
「俺は殿下の代理でここにいる。逃げたら二人で死刑台だ。裏切り者、反逆者だってな」
「その殿下が、俺たちに『逃げろ』って言っている。成功確率は絶望的。囮役なんて誰にでもできる仕事は残りの部下にさせろって」
バカ王子の噂は嘘だと思ったけど撤回したい。俺は生き延びてもユース王子に忠誠なんて誓わない。
「こんな子供たちに押し付けたって後から知って傷つくのは殿下だ。年齢制限引き下げをどうにもできなくて泣いていた」
ユース王子の忠臣になってもいいかも。王子と会うことなんてないから、自主的な臣下だけど。
「あーあ。もっと早くフィラントみたいな同志に会いたかったぜ。あいつら、俺ら殿下のお気に入りをバラバラにしてさぞ楽しかっただろうな」
「暗殺されていないといいんだが、ユース王子は元気かな……」
フィラントの手がもう一度、俺の頭を撫でた。
それは、十四年の人生で一、二を争うくらい優しい他人の手だった。母が死んで失われた手と良く似ている。
感激で顔を上げたけど、暗くてほとんど何も見えない。
「起こしてすまない。いや、起きて良かった。さっき配給を貰ったから起きている者は食べている。君も行くと……いや、持ってこよう」
「それなら俺が行こう」
「いや、ハウザーは休んでてくれ」
衝撃的なことに、この部隊で一番偉いフィラントが肉とパンを持ってきてくれた。
干し肉は固くて塩辛かったけど、パンは戦場にあるものにしては柔らかく、懐かしい街の味がした。
泣いてしまったのは、朝飯以後、何も食べてなかったからではない。
「チッ。風向きは予想通りでいいが、雲まで攫いそうだ。星も月もない方がいいのに」
舌打ちさえフィラントだと下品ではないのはなぜなのか。こんな人間に出会ったことはない。
「ハウザー、殿下から聞いたことはあるか? 流れ星は美しい願いしか叶えないっておとぎ話があるんだ」
言いながら、フィラントは俺の隣で丸まって眠るフランツに外套をかけた。
「いや。どんな話なんだ?」
「忘れた。ただ、流れ星は美しい祈りを叶えればまた星になれる。だから、綺麗な願いを頼むんだ」
「綺麗な願い。へぇ、そうなのか」
「ユース王子のところへ帰りたいではなく、俺たちが帰れて殿下が喜びますように。そんな風に祈るんだ」
盗み聞きみたいに聞いたこの会話で、俺は空を見上げた。流れ星は見当たらない。
干し肉とパンをちびちび大切に食べながら、俺は空が白むまでずっと流れ星を探した。
俺が戦場から金を持って帰って、サシャが笑って贅沢しますように。そう、祈ろうと。




