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捨て駒少年兵と死神騎士  作者: 彩ぺん


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1/7

死神騎士との出会い


 死神騎士の前には死が横たわり、背後には死を求める者が集う。


 ★


 俺——マルクが大きな戦いでなんとか生き延び、次はここだと言われてきた場所は、これまでの部隊とは明らかに違う少人数部隊だった。

 吹き抜ける風が、鉄錆と泥の混じった戦場の臭いを運んでくる。

 与えられているのは、乾いてひび割れた安物の革鎧。手入れなど疾うに忘れられ、人を『切る』よりも骨を『叩き潰す』ためにしか役立たない、刃こぼれだらけの鉄の棒。

 この部隊に合流するまでに昼前から何時間も歩いたから、腹が減ってならない。あの時間からの移動は、上が雑兵の昼飯をケチったに違いない。

 隣にいた、痩せ細った壮年の団子鼻雑兵が「あれが噂の死神騎士様」と呟いたので、気になって尋ねた。


「噂のって、どんな噂なんですか?」


 彼はいくつかの英雄談を教えてくれた。

 あの有名なスヴェト山脈での戦いで、国境線の取り合いで競り勝った部隊の生き残り。

 ゴルダガが侵略してきたばかりの頃に、ラナ街を死守した部隊の生存者。

 さっぱり分からん。


「なんで死神なんですか? 死なないから神みたいってことですか?」


 それだと陰でも『様』と敬称をつける理由が説明できない。

 眼前にいる新たな上官は凛々しく端正な顔立ちで、逞しい大男ではない。前線には出ないもの貴族騎士だと言われたら納得する容姿だ。

 あの見た目で敵を次々倒すとは思えない。

 使い古されたような弓矢、槍、剣と複数の武器を持っているから、貴族騎士ではないとは感じるけど。

 装備品は古いが乗っている黒毛馬は格好いいので成り上がり者なのだろう。


「そりゃあ、敵に『死神』って恐れられているからだろう」


「知らないのか? フィラント様の部下になると死にたくなるらしいぜ」


 すきっ歯の兵が俺たちの会話に横入りした。


「死にたくなる? 厳しいとか理不尽なんですか?」


 俺が食い気味に問い返すと、横から割り込んできた別の兵が、大げさに首を左右に振ってみせた。


「噂だと、フィラント様の背後にいると死に憧れるって」


 自分が死神騎士と連携を組む部隊に所属するなら天国。なにせ、フィラントのいる部隊が予想以上に敵を討ってくれる。

 しかし、同じ部隊になったらそこが運の尽き。

 死んだ方がマシだと思う戦いに身を投じなければならない。


「なーんにも知らないで、死神騎士様だ、フィラント様だと喜べるやつは哀れってこと」


 その時、突風が吹き抜けて、フィラントの黒髪を横にさらった。

 大きくて痛々しい傷跡が目に飛び込んでくる。

 『獣の爪痕』のような、醜悪に盛り上がった古傷だから、剣でスパッと表面を切られたものではない。

 頭にあんなに大きな怪我をしたのに生きているって化け物だ。


「知らぬが神って言うだろう。教えるなよ」


 隣の壮年が、俺の肩を叩いて優しげに笑う。


「気にするな、大丈夫だからな」


 団子鼻兵の温かな手とは対照的に、不吉な話を投下した兵は、鼻を鳴らして背を向けた。

 俺はこの部隊における『敵』と『味方』を、まずこの会話で分別した。団子鼻ジジイは味方で、すきっ歯野郎は敵だ。


 俺たち雑兵は本人が聞こえないところで無能な上官に「様」なんてつけない。そんな敬意は示さない。

 従えば死ぬような相手に真面目に仕えたり、信頼したりしない。

 あちこちから「死神騎士様」や「フィラント様だ」と聞こえてくるから、目の前の新たな上官のことを信用していいはず。

 ——それなのに、嫌な話を聞いてしまった。

 彼の部下だと、死ぬ方がマシと思うような過酷な戦いに参加することになるなんて。


 逞しい黒い馬に乗る、わりと軽装備の死神騎士——フィラント・セルウスは俺たち雑兵を見渡した。

 黒紫色の瞳はまるで宝石のようで、俺がこれまで仕えさせられた上官たちとは明らかに雰囲気が違う。

 スラム街にいた人間のように真冬に降った雨が作る泥水のような目だけど、違う光も帯びている。

 凍てつく雨のあとに水溜りに映った星空。ふと見た時にあった、絶望の中で小さく煌めく光のような。

 死に怯えているような下っ端とは異なり、燃えるような鋭い光も滲んでいるからそう感じるのだろう。


「俺は金も名誉も求めていない。欲しいものはアルタイルの安寧だけだ。この後ろ、遥か先に護るべき者たちがいるからだ!」


 フィラントは馬を少し動かして、漆黒の外套(マント)を翻した。凛とした声が耳の奥を震わせる。

 戦場に出て、初めて「力が湧く」という感覚がした。この声はなんだか元気が出る。


「同志はいるか! 守るべき者がいるなら前へ出ろ!」


 百人もいない兵のうち、何人かが前に出た。俺も周りの兵も状況がつかめず傍観している。

 フィラントは命令の内容を説明した。

 敵国に占拠された領地や民を奪い返すこの戦いで、ようやく国防の要の一つであるゲルダの丘まで近づいた。

 あの丘に築かれた砦を奪い返せば、このウェイルズ平野を取り戻すことができる。

 俺たちの部隊は、砦奪還部隊が敵を強襲する際の囮役らしい。


「一日もなく作戦決行で、上の耳に反抗心は届かないから正直に話そう。バカたちが功を焦って無茶な自爆のような作戦令を出した」


 フィラントの声は静かなのに、不穏な空気を切り裂くように響いた。


「俺たちはその作戦の中でもさらに捨て駒だ」


 自分の血の気が引いたことも、空気がピリついたことも感じる。周りの兵たちが次々と落胆の声を出す。

 俺も唇を噛んだ。浮浪児上がりの俺たちの命なんて、この国ではパンの耳ほどの価値もない。

 俺を看病して生かしてくれたサシャに恩返しするどころか、死に金すら残せなさそう。

 しかし、この空気の中でも力強い目でフィラントを見つめる兵がちらほらいる。

 近くで誰かが「フィラント様がいる」と呟いた。この上官がいるならなんなのだろう。

 

「アルタイルはこのウェイルズを、不当に、卑怯な方法で突如として奪われた。街から食べ物が減ったのはそのせいだ」


 フィラントが続ける。

 村を奪われた民の多くは浮浪者になり苦しんでいる。その不幸は別の不幸を作った。

 それだけではない。憎きゴルダガの奴隷にされたり、命を奪われた者もいる。

 そうやって、アルタイルは負の連鎖で誰も彼もが辛い思いをしている。


「我らの国に笑顔を一つでも取り戻せ! 取り戻すのは俺たちの守るべき者の笑顔だ!」


 演説を聞いていたら、仲間たちのことを思い出した。

 路地裏で似たような子供たちと家族のように集まり、毎日を必死に生きていたけれど、世界は残酷で無慈悲である。仲間たちは流行病で次々と死んだ。

 しかし、仲間はまだ一人だけいる。

 流行病の前に街を出て行ったことで生き延びたサシャの笑顔が蘇る。

 死にかけの俺に薬を買って、看病をして、こうして生かしてくれた。


「俺たちのような捨て駒の大切な者は後回しにされる! 死なない覚悟で戦い生き延びろ! 守りたい者のために!」


 気づいたら一歩前に踏み出していた。それも力強く。

 誰かが吠えるように賛同すると、次々と似たような声が上がった。


「こうやって死にたがるのか。俺は死神に殺されるのはごめんだ」


 すきっ歯野郎がそう言ったので視線を向けたら、彼はフィラントをジト目で見つめながら、口をへの字にして肩をすくめた。

 人選や決断を間違うと死ぬ暮らしをしてきた俺と違い、あいつはぬるま湯で生きてきたのだろう。

 経験値が低く、捻くれた性格で目が腐っているから、信じるべき者を信じられない。

 俺の勘では、フィラントという男が不吉な死神だろうがなんだろうが「信じろ」と告げている。


「抵抗しない者は家畜だ! この世の全ての理不尽や不幸に抗え!」


 これまでの戦いでも、兵士の指揮を上げるための演説を聞いたけど、内容がまるで違う。

 国のために戦えばかりで、クソ喰らえと毒づいてきた。ゴミ扱いをされて生きてきて、愛国心なんて育つわけがない。

 聖堂にはまぁ、たまに世話になったけど。

 仲間の最後の一人——サシャにお金を返したくて雑兵に志願したが、今、初めて別の目的を持った。

 平穏な人生には金も必要だが、敵に侵略されたら金があっても助からない。力強く拳を握り、心の中で「サシャ、俺が守るからな」と呟く。


「死んでたまるか!」


「砦を取り返す!」


 兵たちが次々と声を上げる中、フィラントは高らかに剣を掲げた。

 微かに動かしたのか、刃が夕陽を反射して煌めきを放つ。


「守るべき者がいる同志は前へ出ろ! 背後にいる者たちを守るために戦う者は決して死を受け入れるな!」


 血がたぎるとは今のこの高揚のことだろう。

 全体を見渡すフィラントと目が合うと、ごく自然に「フィラント様!」と叫んでいた。


「俺は誰の死神だ!」


 フィラントの叫びに、彼の横にいる幹部たちが「ゴルダガだ!」と呼応する。


「団結して死を避けろ! 死にたくない者は我らに従え!」


 隣で「死にたくねえ」と毒づいていたすきっ歯の男が、鼻水を垂らしながら、狂ったように叫ぶ。


「死んでたまるか……死んでたまるか—!」


 あちこちから、涙混じりの叫びが飛び交う。


「作戦まで半日の猶予がある。作戦を共有して全員の能力を把握する。小部隊ごとに俺たちの元へ来い!」


 フィラントは側近らしき騎士に目配せをして俺たちに背中を向けた。

 無地の黒い外套(マント)がまるで生き物のように蠢く。

 蛇? 羽?——と目を擦る。

 死体を狙うハゲタカが今日も空を舞っている。

 大嫌いなあの鳥が、今はなぜか神様の遣いの大鷲のようだと感じた。

 信仰心なんてないけど、聖堂の絵で見たことのある三賢者の一人、剣を持つ男がなぜかフィラントに重なって見えたからだろう。

 そのくらい、死神騎士フィラント・セルウスは血のように染まる夕焼けの大地でも際立つ存在感を放っていた。


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