第6話:絶対セキュリティへの侵入(ハッキングナイト)
ーー 計画2.0:システムへの潜入 ーー
特別奉仕班の班長室は、今夜、薄暗い作戦本部へと姿を変えていた。窓のない部屋は、外の光も音も遮断し、遠野拓のノートPCの青白い光だけが、壁に貼られたRCネットワーク図の簡略版を照らしている。彼のRCは、いつもと変わらぬ無関心な灰色だ。
「いいか、橘華恋。今回の『計画2.0』は、正面からの『交渉』とは根本的に違う。購買部のRC認証システムを直接ハックし、溶剤のある備品室に『一時的なアクセス権』を偽造する。これは、学園のルールに抵触する犯罪行為だ」
拓は冷たい声で、最終確認を促した。その口調は、私に対する皮肉ではなく、計画の危険性を正確に伝えるための、純粋な警告だった。
「分かってるわ。盗み出すんでしょう? 私の『実務G』のポンコツぶりでもできる、見張り役ってワケね」
私は、黒っぽいGランクのジャージに身を包み、ポケットに遠野から渡された『簡易無線機』を忍ばせた。私の『知力C』では、ハッキングの『仕組み』は理解できないが、彼の指示通りに動く『実行力A+』だけは本物だ。
「俺がRC認証システムに『バックドア(裏口)』を仕掛けるのに、最低15分かかる。その間、あんたは購買部の裏口の監視カメラの死角にいろ。何か異常があれば、すぐに無線で『ノイズレベル上昇』と報告しろ」
「ノイズレベル上昇? 何がノイズなのよ?」
拓はため息をついた。
「RC認証システムは、『電力周波数』の微細な乱れを監視している。ハッキングはシステムに負荷をかける。つまり、俺が侵入するほど、電力周波数の『ノイズ』が大きくなる。あんたの『役目』は、そのノイズレベルが『警戒レベル』を超える前に、通報することだ。超えたら即座に撤退だ」
「RCシステムが電力の乱れでハッキングを感知するなんて、知らなかったわ」
「知る必要はなかっただろう、Sランクだったあんたにはな」拓は皮肉を込めて言った。
ーー 緊迫の購買部潜入 ーー
夜、購買部の建物は、周囲のRC照明が落ち、闇に沈んでいた。私は、遠野に指定された購買部の裏口の監視カメラの死角に身を潜めた。
無線機から拓の冷静な声が聞こえてきた。
「侵入を開始する。華恋、ノイズに集中しろ」
数分後、拓の声が僅かに荒くなった。
「ダメだ。優衣の『社交術A+』は、認証システムにも及んでいる。優衣は、『私的なセキュリティパッチ』をシステムに当てている。通常の『バックドア』が使えない。セキュリティレベルを一段階上でハッキングする。ノイズレベルが上がるぞ」
私の不安がピークに達した。周囲のRC照明が、一瞬、微細に揺らぐのを感じた。
「ノイズレベル上昇……!」私は慌てて無線機に報告した。
「分かっている。これは『RCコア認証プロトコル』への直接攻撃だ。華恋、誰か来たか?」
「誰も来ないわ! でも、怖い!こんな大きな音、誰かに聞かれるわよ!」
「聞かれない。この電力周波数ノイズは、RCを装着していない人間には聞こえない。安心しろ」
拓の言葉に私は安堵したが、次の瞬間、新たな異常に気づいた。購買部の中に設置されているRCセキュリティカメラのランプが、点滅を始めたのだ。
「拓! カメラが点滅し始めたわ! RCの警告かしら!?」
「それは『認証情報のサンプリング』だ。俺がシステムコアにアクセスした証拠だ。そこから認証情報を盗み出す。あと30秒で完了する」
ーー 失敗を許さないハッキング ーー
30秒が、永遠のように感じられた。私の『共感力S+』は、人を惹きつける力だが、『危機を察知するレーダー』としても機能した。
『ドローンだわ!』
私は無線機に叫んだ。「遠野拓! RCドローンが、裏側から接近中!あと15秒で購買部の角を曲がるわ!」
「クソッ。予期しない巡回パターンだ」拓の声が初めて焦りを含んだ。「システムへの完全アクセスは無理だ。認証情報の一部を『緊急保存』する。華恋、RCの認証音が鳴ったら、すぐに動け。ドローンが角を曲がるまでに10秒しかない!」
RC認証システムから、静かに、しかし鮮明な『カチャッ』という解除音が響いた。
「今だ!」
私は迷わず、購買部のロックが解除されたドアを押し開けた。内部は、優雅なAランクの商品棚が並ぶ。溶剤の保管場所は、拓が事前に教えてくれていた、備品室の最深部だ。
私は備品室に飛び込んだ。RCチップ再生に必要な『アブソープション・リキッド』は、予想通り、小さな金属製の容器に収められていた。
「溶剤を見つけたわ!」
「急げ! 7秒だ! ドローンが来る!」
私の『実務G』が、ここで最大の敵となる。私は溶剤の容器を掴もうとするが、手が滑る。焦れば焦るほど、手が上手く動かない。
『あと4秒!』
私は、容器を掴み、そのまま身体に抱え込んだ。そして、出口へ向かって走り出した。
『カッ! カッ! カッ!』
ドローンのローター音が、建物の外側、角を曲がるところから聞こえてきた。
私は必死に購買部の裏口から飛び出した。ドローンが角を曲がり、私のRCの灰色の光を検知する直前だった。ドローンは、私を通り過ぎ、購買部の正面入り口へと向かっていく。私は息を殺し、壁の影に隠れた。
「……成功だ。ギリギリ間に合った」拓の声が、無線機越しに安堵を伝えてきた。
「バカ!死ぬかと思ったわよ!あなたの『知力S+』は、巡回ドローンの時間も計算できないの!」
私は怒りに震えた。しかし、その手には、『アブソープション・リキッド』の容器がしっかりと握られていた。
ーー 次の障壁:Dランクへの挑戦 ーー
特別奉仕班の班長室に戻ると、拓は既にノートPCを閉じ、溶剤の容器を受け取った。
「溶剤は確保した。これで『RCチップ再生計画』は実行可能だ。今夜中に再生装置を立ち上げ、明日からG/Fランクの生徒にチップの闇供給を開始する」
「闇供給……」
「そうだ。我々は、チップ交換のコストを大幅に削減することで、G/Fランクの生徒たちの信頼とRCポイントを直接集める。これが、Eランク昇格のための『技術的貢献』だ」
拓は、私の顔を見て、薄く笑った。
「そして、この溶剤を失った白鷺優衣は、必ず『補充分』を要求し、購買部の認証システムを再強化する。あんたの『盗み出す』という大胆な行動は、奴の警戒レベルを最高に引き上げた。優衣は次に、あんたを『犯罪者』として捕らえるだろう」
彼は、私に次の指示を与えた。
「チップ再生によるポイントの蓄積は、Eランク昇格に必要だ。だが、優衣の追跡から逃れ、より安全な情報アクセスを得るためには、Dランク(クリムゾンレッド)へ一気に昇格する必要がある。次の計画は、Dランク昇格と、優衣の『追跡網の破壊』だ」
拓の目が、暗い部屋の中で鋭く光る。
「底辺の賢者の計画は、失敗を許さない。あんたの『カリスマ』と『度胸』、存分に使わせてもらうぞ、ポンコツ女王」




