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第4話:最初の駒の攻略と女王の涙

 ーー 潮崎蓮のRCチップ整備室 ーー


 翌日。華恋は、特別奉仕班の作業着ではなく、くたびれたGランクの制服を着て、学園の地下深くにあるRCチップ整備室にいた。ここは、Fランクの『特別調達班』が管理する、学園の『非効率の墓場』だった。


 部屋の中は、電子機器特有の熱と、微かな溶剤の匂いで満ちていた。隅には、処理を待つ膨大な量の摩耗した汎用型RC-IDチップが山積みになっている。


 その山の前で、ただ一人、細身の男子生徒が黙々と作業台に向かっていた。それが、潮崎蓮。実務B+の技術を持ちながら、対人D-という致命的な欠陥ゆえにFランクに固定された、遠野の言う『システムの残滓』だった。


 彼は周囲を気にする様子もなく、壊れたチップを基盤から取り外し、新しいチップを半田付けする作業を、まるで呼吸のように繰り返している。


 華恋は深呼吸した。カリスマS+を発動させるには、まず対象の心の障壁を壊さなければならない。「女王の傲慢さ」は封印し、最大限の「無力な共感」を装う。


 ーー ポンコツな女王の演技 ーー


「あ、あの……すみません」


 華恋は、Gランクの生徒らしい、戸惑った、か弱い声を上げた。潮崎は、背後からの声に反射的に体が硬直し、溶接コテを落としかけた。彼の肩は小刻みに震えている。


「ひっ……!な、何ですか……?ぼ、僕はただ、RCチップを整備しているだけで、その、特別なことは何もしていませんから……」


 潮崎の瞳は、すぐに作業台の上のチップに向けられ、華恋と視線を合わせようとしない。まさに対人D-の反応だ。


 華恋はすかさず、事前に遠野から指示された『ポンコツGランクの仲間』の演技を起動させた。


「ごめんなさい!驚かせちゃって……!私、橘華恋って言います。Gランクの特別奉仕班なんだけど……」


 華恋は、手に持っていた自分のRC-IDチップを見せつけた。そのチップは、昨日、遠野に言われて故意に角を削って摩耗させたものだ。


「このチップが、また壊れちゃって。見てください、こんなにポイントが減ってるの!」


 華恋は涙目で、「壊れたチップのせいでRCポイントが差し引かれる悲劇」を訴える。これは、Gランク生徒全員が共有する、システムへの最も身近で痛烈な苦痛だ。


「私、Gランクだから、頑張って運搬とか清掃とかやっても、すぐチップが壊れてポイントがマイナスになっちゃって……。もう、いつまで経っても上に上がれないのかなって、本当に辛くて」


 華恋の演技は、天性のカリスマS+によって、『共感力D-』の潮崎に、予期せぬ形で作用した。彼は、自分の作業が、まさに彼女のような『無力な仲間』から、努力の対価を吸い上げている現実の、生きた被害者として華恋を認識したのだ。


 ーー 潮崎の心の障壁が崩壊する瞬間 ーー


「その……分かります」


 潮崎は、初めて作業台から目を上げ、華恋の顔ではなく、彼女の胸元にあるGランクのバッジに視線を向けた。


「僕も……Fランクの雑務ばかりで、毎日、この壊れたチップの山を見てるんです。ポイントが、ただ手続きの遅さと備品の質のせいで、どんどん減っていくのが……」


 彼は、作業台に積まれた摩耗チップを指さした。その言葉には、システムに対する諦めと、小さな怒りが混じっていた。


「僕の仕事は、これを新しいものと交換すること。でも……交換しても、またすぐ壊れるんです。このチップ、耐久性が低すぎる。それに、この廃棄手続きだって、すごく面倒で、一つ一つ申請書を出して、チェックして……無駄だと思いませんか?」


「無駄だわ!」華恋は、心からの共感を込めて、強く頷いた。「本当は、もっと大事な仕事があるはずなのに、この非効率な手続きに、みんなの貴重な時間と労力が奪われてる!」


 この瞬間、華恋は潮崎が抱える『システムへの苦痛(非効率のボトルネック)』に、完全にシンクロした。彼にとって、「無駄」を理解し、それを否定してくれる人間は、初めてだったのだ。


 ーー 資源の最適化という提案 ーー


「潮崎さん」


 華恋は一歩近づき、まっすぐに彼を見た。その瞳には、Sランク時代の「女王の威圧」ではなく、「救済者」としての澄んだ輝きがあった。


「私は、この『無駄』を、少しでも減らしたい。あなたも、このチップの山が、ただの『ゴミ』として扱われることに心を痛めているんでしょう?」


 潮崎は言葉を失った。その通りだった。彼にとって、実務B+の技術者としての誇りが、毎日この『非効率』に蝕まれていたのだ。


 華恋は、遠野から渡された、あらかじめ用意された『合理的かつ非論理的な提案』を口にした。


「あなたの作業台の横に積まれている、交換済みの『廃棄チップ』。あれを私に譲ってくれないかしら? 私はGランクだけど、どうしても、このチップの『摩耗と消耗のメカニズム』を勉強して、自分たちで何とかする方法を探したいの」


 潮崎は戸惑った。「でも、これは学園の備品ですから、僕が勝手に譲渡するのはルール違反で……」


「ルール違反?でも、どうせこれは、『廃棄物』として処理されるんでしょう?」華恋は、カリスマS+の最終段階を発動させた。「システムが『廃棄物』と呼んだものを、私たちが『再利用資源』として活かす。それは、システムの無駄を是正する行為じゃないかしら? あなたのその素晴らしい技術(実務B+)が、こんな無駄な手続きに縛られる苦しみを、一緒に終わらせましょう?」


 潮崎の顔には、「規則への恐怖」と「正義への衝動」が同時に現れた。彼は、対人D-ゆえに規則に固執する反面、技術者として非効率を嫌う。


「……分かりました」


 彼は声を震わせながら、決断した。「持ち出しは記録に残らない、夜間の廃棄物運搬の時間にしてください。その時間なら、このエリアは無人になります。僕が廃棄物としてまとめておきますから……」


 潮崎は、華恋の「純粋な共感と、無力な者としての連帯感」という、最も信頼すべき部分に、一瞬で心を許したのだ。対人D-の潮崎にとって、カリスマS+の華恋の共感は、彼の孤独な心を救う唯一の光のように感じられた。


 ーー 拓の評価:完璧な初手 ーー


 華恋が整備室を出て、特別奉仕班の班長室に戻ると、遠野拓がノートPCの画面を睨んでいた。


「ご苦労さん、ポンコツ女王」


「見たでしょう? 私のカリスマS+の力よ。対人D-なんて、赤子の手をひねるようなものだわ」華恋は疲労と高揚の入り混じった声で言った。


「ああ。演技としては完璧だ。あんたの『実務G』という欠陥が、逆に潮崎の『共感の引き金』として機能した。彼の『システムへの苦痛』を見抜いたのは、さすがカリスマS+の成せる業だ」


 拓は、画面に潮崎のプロフィールを再度表示させた。そこには、小さな文字で、『信頼度:95%(連帯感による一時的高信頼)』と表示されていた。


「これで、我々は『RCチップ再生計画』に必要な資源を手に入れた。次のフェーズだ」


 拓は、部屋の隅にある、古びた、錆びついた棚を指さした。その棚の上には、埃を被った小さな工作機械が置かれていた。


「今夜、あんたが持ってくる『廃棄チップ』を、俺の知力S+で『再生』させる。潮崎が言っていた通り、Sランク技術の簡易版だ」


「それが、どういうこと?」華恋は尋ねた。


「あんたは、これから『特化技術者E』になるための唯一の武器を手に入れる。Gランクの『ポンコツ女王』は、今日で終わる」


 拓は、工作機械の埃を払いながら、冷たい目で華恋を見据えた。


「我々の次の標的は、『RCチップ再生に必要な特殊な溶剤の確保』だ。そして、それを管理しているのは……白鷺優衣の『社交術A+』が仕切る、購買部だ」

お読みいただきありがとうございます。

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