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第3話:最初の駒と非効率のボトルネック

 ーー Gランクからの脱出戦略 ーー


 特別奉仕班の班長室は、窓もない地下の空間で、カビ臭い湿気と古紙の匂いが満ちていた。私は汚れたGランクの作業着を脱ぎ捨て、学園指定の質素なGランク制服に着替える。全てが、以前の私の生活の対極にあった。


 遠野拓は、彼の知力S+の象徴であるノートPCの前に座り、私の今日の行動ログと、学園のRCネットワークの末端データを突き合わせていた。


「今日のあんたの実務Gぶりは、俺の想定通りだ。力も、道具の扱いも、時間管理も全てが壊滅的。だが、その無能さこそが、この学園のシステムの『歪み』を浮き彫りにする」


 拓は冷徹な口調で切り出した。


「橘華恋。あんたの目標はSランクへの『完璧な返り咲き』だったな。結論から言おう。今のあんたでは、Sランクどころか、Aランクに上がる道筋すら論理的にはゼロだ」


 私の顔から血の気が引いた。


「な、何を言っているの? 私のカリスマS+と、あなたの知力S+が組めば、すぐにでも……」


「馬鹿を言え」拓は鼻で笑った。「Sランクへの昇格は、『学園の権威』の象徴だ。生徒会が絡む『絶対君主の椅子』であり、『RCシステム』の最高統治層へのアクセス権だ。ここには『ランク昇格のための隠された関所ゲート』が幾重にも存在する。GランクからSランクへの一足飛びの昇格など、物理的な矛盾だ」


 彼は画面に、簡略化されたランクシステムの図を表示させた。


「Gランクのあんたが最初に目指すべきは、Fランクだ。『最低ランクの脱出』。これが『計画1.0』の最初の目標だ」


 ーー 華恋の絶望と落胆 ーー


 私は耳を疑った。Fランク。清掃や備品管理などの末端業務に特化した、Gランクのすぐ上に位置する、学園の『雑務層』。


「Fランク……? 冗談はやめて。私はSランクの女王だったのよ!すぐさまSランクへ戻れるんじゃないの?」


 私の期待は、足元で崩れ去った。Sランクに返り咲くという『完璧な復讐劇』の第一幕が、まさか『雑務層への昇格』だなんて。


「そんなみっともない目標、認められるわけがないわ!」


「みっともない?」拓の声が一段と低くなった。「あんたは、この学園のシステムが『効率の追求』という名の『階級固定』のために、いかに巧妙に構築されているか、理解していない」


 彼は淡々と説明を続ける。


「GランクからFランクへの昇格に必要なRCポイントは、理論上、Gランクの任務を完璧に遂行し続ければ一週間で貯まる。しかし、FからE、EからDと、ランクが上がるごとに必要なポイントは指数関数的に増大し、ランク任務の難易度と専門性も跳ね上がる。つまり、『実務G』のあんたは、Fランクの専門的な作業をこなせず、すぐに頭打ちになる。だからこそ、最初の目標はFランクでなければならない。それが、唯一の合理的かつ論理的な一歩だ」


 私の心臓は冷たくなった。確かに、今日のたった30kgの運搬ですら、私は実務Gの無能さを露呈した。このシステムは、実力のない者が一歩上へ踏み出すことを、時間と労力という形で罰している。


「……分かったわ」私は震える声で言った。「じゃあ、どうするのよ。Gランクの仕事を完璧にこなすなんて、私には絶望的な目標だわ」


 ーー システムの歪み:「過剰なRCチップの摩耗」 ーー


「そこで、俺の計画1.0だ」


 拓は、ある一点のデータにズームインした。それは、Fランクの『特別調達/備品管理班』に関する、膨大なログの一部だった。


「この学園のシステムは、下位ランクの備品に『経済的懲罰』を課している、と昨日言ったな。特に、Fランク以下に支給される『汎用型RC-IDチップ』は、故意に耐久性を低く設定されている」


 拓は続ける。「その結果、チップの摩耗率が異常に高く、Fランク生徒一人当たりの『年間RCチップ交換回数』が、Sランクの30倍に達している。しかも、交換費用は全て生徒のRCポイントから差し引かれる(不便さ5の裏側)」


 これは、低ランクの生徒から、地道に稼いだRCポイントを吸い上げる、巧妙な罠だった。


「そして、ここに『システムの非効率』が存在する。壊れたチップの『廃棄/交換手続き』は、特別調達班という部署が手作業で行っている。この作業は極めて煩雑で、交換手続きに要する人件費と時間が、チップの原価を遥かに超えている。この部署は、学園の非効率なボトルネックになっている」


 拓は、その特別調達班に所属する一人の男子生徒のプロフィールを画面に表示した。


 ーー 最初の駒:潮崎蓮(Fランク・対人D-の天才) ーー


「最初の駒はこいつだ」


 氏名:潮崎しおさき れん

 ランク:F

 属性:実務B+(電子機器整備)、知力C、共感力D-

 役割:特別調達班・RCチップ整備担当

 特徴:対人関係に極度に臆病で、周囲から存在を無視されている。


「潮崎蓮は、『実務B+』という高い技術を持ちながら、『共感力D-』ゆえにFランクに固定されている、システムの残滓だ。彼は、毎日、大量の摩耗したRCチップを、非効率な手続きの中で、淡々と手作業で交換し続けている」


 拓は私の顔を見据えた。


「俺の計画はこうだ。あんたのカリスマS+で、対人D-の潮崎蓮の『信頼』を勝ち取り、彼が管理する『摩耗チップの在庫』を全て『計画的に盗み出す』」


「盗み出す……? そんなの犯罪行為でしょう!?」私は驚愕した。


「違う。これは『資源の最適化』だ。彼らが『廃棄物』として処理するものを、我々が『リサイクル資源』として利用する。これが、あんたが『ポンコツ女王』として行うべき、最初の非論理的な行動だ」


 ーー Sランク時代の「何気ない情報」 ーー


 Fランクへの昇格という目標に落胆していた私だったが、『盗み出す』という大胆な計画に、血が騒ぐのを感じた。Sランク時代の大胆さが、私の中で再び覚醒し始める。


「潮崎蓮は、私にチップを渡す理由があるの? 彼はシステムに忠実なFランクなんでしょう?」


「彼はシステムではなく、『電子機器』に忠実だ。彼にとって、チップを修理する行為は、無駄な手続きに縛られた苦痛でしかない。あんたのカリスマは、その苦痛からの解放という形で発動する」


 私は、頭の中で潮崎蓮のプロフィールと、彼が延々と摩耗チップを交換し続ける姿を想像した。その時、Sランク時代に、秘書を通じて聞いた何気ない会話が、ふと脳裏に蘇った。


「そういえば……Sランクの備品は、チップの交換なんてほとんど起きなかったわね。秘書が、『Sランク専用のRCチップ再生技術』というものが導入されたからだって言っていたわ。壊れたチップを溶剤に浸して、高周波を当てれば新品同然になるとか。Sランクは常に完璧な状態を保つことが効率的だから、贅沢なシステムが組まれているって」


 その情報が私の口から出た瞬間、遠野拓の、常に無表情だった顔に、初めて明確な変化が現れた。瞳が鋭く見開き、彼の指がキーボードの上で一瞬止まった。


「再生技術……だと?」


 彼は即座にそのキーワードを検索にかけるが、情報制限Gにより、具体的な技術情報はヒットしない。しかし、彼はすぐにその論理的な結論に達した。


「なるほど……! Sランクは『時間リソースの節約』のため、壊れる前に『再生』という贅沢な工程を組み込んだ。しかし、G/Fランクでは、『経済的懲罰』を優先するがゆえに、この『効率的な再生』のシステムを意図的に導入していない」


 拓は興奮を隠しきれない様子で、キーボードを叩きまくった。


「行ける。これだ……!橘華恋、あんたのその『無駄話』が、我々の計画を二段階引き上げる!」


 ーー 昇格目標:FランクからEランクへ ーー


「Fランクのチップを大量に集め、その再生技術を……いや、俺の知力で、その技術を『簡易的に再現』する。そして、再生したチップを、『新品よりも遥かに低いコスト』で、学園内のG/Fランクに『闇供給』する」


 彼の言葉は、まるで違法な起業計画のように聞こえた。


「システムは、『過剰な交換コスト』を生徒に課すことでポイントを吸い上げていた。だが、我々は『低コストの代替品』を供給することで、学園の『経済的懲罰システム』を機能不全に陥らせる。これにより、G/Fランクの生徒たちが大量のRCポイントを節約し、彼らから『信頼』と『ポイント』を直接集めることができる!」


 拓は再び私を見た。その目は、もはや私の存在すら認識していない、純粋な論理の熱狂に支配されていた。


「目標を修正する。計画1.1。最初の目標は、Eランク昇格だ。Eランクは『特化技術者層』。このチップ再生という『技術的特化』を利用すれば、Fランクを飛び越え、一気にEランクを目指せる。これで、あの絶対君主に一矢報いることができる」


 Sランクへの道が、再び見えた。私は、興奮で息が詰まるのを感じた。


「Eランクへ……!そうよ、これでこそ私にふさわしいわ!最初からFなんて馬鹿げていたのよ!」


 私が高揚し、優越感に浸りながらそう言い放つと、拓は冷水を浴びせるようにあっさりと答えた。


「目標はEランクだが、油断するな。必要なポイントはFランクの五倍だ。喜んでいる暇はない。そして、あんたがSランクに復帰した暁には、俺が指示するSランク権限を一つ行使してもらう。だから、あんたには絶対にSランクに戻ってもらう。これが、飲めなければこの話は無しだ。どうする?」


 このタイミングで条件?しかもSランクの権限ですって?いったい何をするつもりなのか、とんでもないことに使うのかもしれない。私は気づかれないよう、ちらりと目を向けたがすぐに視線を落とした。

 無駄な詮索だ。そもそも今の私に選択しなんてない。


「ええ、いいわ。その条件で契約する」


 了承すると、彼はすぐにRCネットワークの図面に目を戻し、無駄な感情を一切排除した口調で命令した。


「今から潮崎蓮を『攻略』するための計画を練る。あんたは、彼のプロフィールを頭に叩き込め。対人D-の男には、カリスマS+のあんたの『感情の力』が最適解だ。だが、くれぐれも『女王の傲慢さ』を出すな。彼はあんたの『駒』である以前に、計画の心臓部だ」


 私の喜びは、拓の冷徹な言葉で一瞬にして掻き消された。しかし、その冷静な態度こそが、私の無能さを補い、Sランクへの道を切り開くと理解している。


「……分かったわ。潮崎蓮。私の『カリスマ』、存分に味わってもらうわよ」


 私は、彼の指示に従うべく、与えられた『最初の駒』の情報を凝視した。

お読みいただきありがとうございます。

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