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第一章 


アルファ・ロメオ 155 8V




宙也は仕事も終わり、所長の飯塚も出張のため、事務所の戸締りをして退社した。

まっすぐアパートには帰らず、モスカヴァ驛から、ひとり地下鉄緑線(linea2)乗って、ポルタジェノバ驛で下車、運河に向かって歩いていった。

夕暮だというのに夏の日射はまだ強い。

この運河の周辺一帯は、夏になるとオープンカフェとなり、アプリティーボのために多くの人々が訪れる。

かつてミラノはたくさんの人工運河が流れ、人々の生活にかかせないものとして物品の運搬に使われた。

大聖堂ドウォーモ建設の際にもこの運河を使って石材を運んだ。

運河の建設にはレオナルド・ダ・ヴィンチも設計に加わり、かつてはミラノも「水の都」と呼ばれていた。

ダ・ヴィンチの設計した橋が夕暮れに映えてキレイだった。


『ミラノの美しい下町 ナヴィリオ』


ミラノの都市の物流を支える重要な交通網のひとつであったこの運河が、日本人に知られるようになったのはスタヂオ・ジブリのアニメ『紅の豚(PorcoRosso)』のとあるシーンのモデルとなったからである。

それは物語の中盤で、主人公ポルコがミラノの飛行機設計技師の孫娘であるフィオと共に、秘密警察の追跡を巧みにかわし空に飛び立つシーンである。



しかし戦後交通の発達にともなってほとんどの運河を埋め立ててしまい、今ではこのナヴィリオ地区だけが当時の面影を残す場所となっている。

やがて···この地区は多くのアーティストが暮らす下町として知られ始め、地元の人々が地域復興活動を始めたのをきっかけに、次第に新しいミラノの観光地へと変わっていった。


商業とファッションというあわただしいイメージのミラノだが···ここでは歴史とロマンの匂いが漂い、ゆっくりとした時間が流れているのが人気を呼ぶ理由でもあった。

最近ではセレクトショップが地元のミラネーゼたちにも人気を呼び、ショッピングにも最適な場所でありながらぞくぞくとおしゃれなレストランやカフェがオープンする新しいスポットなった。

しかし地元の人々が長年通い続けている老舗のバーやカフェなどもあり、その下町と新しいものがうまく共存している風情が人々を引き付ける魅力。


宙也が来た頃は、日本人を見かけることが少なかったが···

紅の豚(PorcoRosso)』のおかげで日本人観光客を度々見かけるようになった』


カレが運河沿いを歩いていると···


『日本の方ですか⁉️』


そう声を掛けられる。


そして···


『この辺りでオススメのカフェを教えてくれ』


そう日本人観光客に聞かれるのだった。

すると宙也は決まって


「ボヘミアン・カフェ」


そう案内をしていた。


『ボヘミアン•カフェ』はオーナーが何店舗も運営してる店のひとつで、丁寧な商売をしており、観光客への『ボッタクリ』がない。

そして、朝食から1日を締めくくるお酒までをフラッとボヘミアンのように、やってきて楽しむことができるカフェというものである。

このお店自体が一つの骨董市のように、所狭しとアンティークな品々が並んでいる。

この辺が日本人女性にウケがイイのだった。


ただ···カレ自身はココに1回だけ入ったきりだった。


ではカレはというと···

其の先にある路地に入っていった。

間違っても日本人観光客はこないだろう···

きっと怖がって···



BAR (バル)シシリア』


手描きで描かれた看板の店に入っていった。


以前この辺りで、ひとりアプリティーボの店を探していたら···宙也はこの手描きの看板に興味を持った。

中をのぞくと···

ポスターが目に入った。

其のポスターにひかれて入ったのがキッカケだった。


店に入ると、洒落たインテリアを隅々まで見ることができた。

そして···彼が大好きなアルファ・ロメオとタルガフローリオのポスターがところ狭しと貼ってある。

味のある木の棚には、この伝説的なカーレースのオリジナル写真集がずらりと並んでいる。


ーイイね、この雰囲気❗️俺に合うかな❓️


彼は思った。


「いらっしゃい、おたくははじめてだね」


好々爺ぽい店主に声をかけられた。


Buonasera(こんばんは) シシリアの名前とタルガフローリオにつられて来ました」


「そうかい❗️若いのに珍しいね」


そういうと店主は笑顔になった。


「あのポスターとかはホンモノなのですか❓️」


「ぢつはな、若いの···本やポスターは盗られるからな」


彼が惹かれた歴史の香りが漂うこのポスターと写真集は···ぢつは複製だった。


「ホンモノは持ってるのですか⁉️」


「当たり前、ウチに仕舞ってあるよ」


店主は笑って言った。


オリジナルのポスターや写真集は非常に人気が高く、高値で取引されているからだ。


『気に入った』


「Lasciami bere qualcosa(一杯飲ませて下さい)」


こうして宙也は『シシリア』の客になった。

其れからは、飯塚や美奈子の誘いがなければ、シシリアに来ていた。






◆◆◆







宙也は扉を開けて、店に入った。

まだ店内には客はおらず、彼はいつもの席に座った。


『ちょうどよかった』


彼は思った。


「Ciao! アイザワ」


「Ciao! ニコ」


店主のニコはニコ翁と呼んでも良いだろう。

チェルダ出身の破天荒な翁の作る料理は旨い。

翁はシチリアを必ずシシリアと呼ぶ。


いつものように、ニコは宙也にアプリティーボの用意をはじめた。



ニコの作るランプレドット(牛の第四胃袋)の煮込み、故郷 シチリア産のアンチョビと水牛のチーズをトッピングしたブルスケッタや少しずつ前菜を盛り合わせたメヌ•コンプレートなどをアテにして、飲む。

店が空いてるときは、宙也にシシリア(シチリア)の話をしてくれる。

そして、彼が大好きな伝説のレースタルガ・フローリオを、実際に観てきたことを生き生きと語ってくれる。


仕事が終わってからシシリアで過ごすことは、

其れは宙也にとって、とても楽しい時間だった。

美奈子と別れてからは、自由にできる時間が増えてますます寄るようになった。

そしてニコの話すタルガフローリオのストーリーを聴いて、シチリア タルガフローリオのコースを実際に走ってみたい衝動に駆られるようになった。



この日···彼は···ニコに話そうと思っていたのだった。


「ニコ···タルガフローリオのコース 走りに行こうと考えてる」


そうニコに打ち明けた。


「75でかい⁉️」


ニコに返され宙也は苦笑いをした。


一度だけ···

翁の料理をテイクアウトするのに、美奈子と75でこの店に来たことがあった。


「いや、彼女とは別れたから···75は使えないんだ❗️

レンタカーでアルファ・ロメオ扱ってるとこあるかなぁ⁉️」


ニコは黙っていた。なにかを考えてるようにみえた。


「···アイザワ ワシの155使うか❓️」


「えっ···⁉️」


ニコもアルファ・ロメオが好きで、旧いGiuliaと155を所有していた。


「Giuliaぢゃあさすがに自走はキビシイが···155ならイケるぢゃろ❗️」


「イイの❓️」


「オマエと話していて···オマエがタルガフローリオに恋しているのが分かった。行ってこい❗️」



迷った時は

アヴァンティ(前に進め)❗️と…

ニコは言ってくれた。



宙也はシチリアへ行くのを7月にするか、8月にするか、すぐには決められなかった。

現地採用のヰタリア人スタッフは2週間から1か月ほどとるのは認められているが···

現地採用とはいえ、宙也は所長でもある飯塚を支えるポジション。

昨年の夏休みは飯塚と都合をつけ合って分けて休んでいたため···

あまり勝手なことを言えない立場にあった。

『シチリアに行きたい』

このことを飯塚に言い出しかねていた。


宙也は昨日から思い切って飯塚に話してみようと思っていたが···

さすがに其れを言い出しそびれていた。


飯塚は飯塚で···

このところの宙也の異変を気にしていた。

仕事はキチンとこなしているのだが···


『何処となく様子がヘンなのであった。たしか以前も遭ったなぁ。オンナのことかな···』


そう感じていた。

夕方、會社が退ける少し前に、帰り支度をしてる宙也に、飯塚がやってきた。


「今晩はお暇でしょうか❓️」


ワザと敬語(・・)を使って訊いてきた。


「えっ⁉️」


敬語を使う飯塚に驚いてしまい固まっていた。


『なにか悩み事がなければ、即座にきって返すのが宙也』


飯塚は宙也を試したのであった。


『よし話そう···』


宙也は覚悟を決めた。


「飯塚さん ナヴィリオのお店に行きませんか❓️」


宙也は飯塚をニコ翁の店に誘った。





翌日、宙也は飯塚に8月の20日から11日間のVacanza(休暇)正式(・・)に申請して了承を受けた。




◆◆◆





會社を退け、彼はやはりナヴィリオの倉庫街にあるニコのガレージに向かった。

ニコはオリーブ色のツナギを着て、155を弄っていた。


「Ciao! アイザワ」


ウエスでオイルを拭き取りながら入ってきた宙也にニコは声を掛けた。


「Ciao! ニコ」


宙也は155に近寄った。

そして155を眺めだした。


『ヤッタ❗️さすがはニコ‼️』


ニコの155は前期型だった。

ジュゼッペ•ブッソが設計したノルドエンジン(銘機)がベースの直列4気筒8バルブユニットだった❗️

其れだけで彼は歓喜した。

伝統のオールアルミ製ミラノの純血ユニットのツインスパーク‼️

最高出力こそ140psと飛び抜けた性能ではなく、

低速トルクはスカスカでクラッチワークをミスると簡単にエンストした。

しかし、そこはアルファ・ロメオだ。

高回転まで回せば何とも気持ち良く、

あたかも2ストの単車ような感覚の楽しいエンジンだった。


宙也はニコの155は『後期型かなぁ』と想像してた。

日本にいた頃、前期と後期の両方を試乗したことがあった。

後期型はブリスターフェンダーを纏ったモデルで、

フィアット製スーパーファイアをベースに、ヘッド部分をアルファ・ロメオが新開発した16ヴァルヴ・ツインスパークユニットが新たに搭載された。

この改良により最高出力は10ps増しの150psとなったが···

マルチヴァルヴになって出力は上がったが···

愉しさはブッソの8ヴァルヴの方が上だった。

そしてパワー感もブッソの方に感じた。

各気筒にプラグが2本の伝統のツインスパークとはいえ、ブッソのツインスパークは出力強化のため‼️

スーパーファイアベースのツインスパークは、排ガスを浄化させる事が目的のツインスパーク···


「ワシがFIAT(トリノ)が作るそんなつまらないエンジンを買うワケないぢゃろうが❗️」


ニコは吼えた。




2リッター4気筒の“ツインスパーク”エンジンに5速MTを組み合わせた。

足まわりはティーポの形式がそのまま踏襲されており、フロントがマクファーソン・ストラット、リアがトレーリングアームとなる。実用車として考えれば、可もなく不可もなくというサスペンション形式である。

しかし、155はアルファ・ロメオらしくハイスピードでワインディングを楽しんでいると、ロールを嫌うFIAT(トリノ)流の設計と荷重変化を許容する

アルファ・ロメオ(ミラノ)流のセッティングが喧嘩してしまい、ある速度域を超えると粘りが唐突に消え、限界を迎えてリアがコントロールを失う悪癖があった。

スポルティーバパッケージのアルファ155は···

従来のアルファ・ロメオとは異なっていた。

ただ、問題はあの(・・)シャーシー剛性で···

どう見ても、あの足回りと205-45扁平というロープロファイルタイヤを履きこなしてははいない。

純正で装着されていたPIRELLI タイヤはコンパウンドが硬く、乗り心地も更にゴツゴツしており、正直それは酷いものだった。

16インチのタイヤとホイール、そしてローダウンサスペンションを組み込んだスポルティーバ仕様は、特に重いV6エンジン搭載車は明らかにシャーシが負けていた。

如何せんTipoシャーシーは実用車を前提に設計されてから、アルファ・ロメオのスポーティモデルとして成立させるには無理があった。

しかも、其のクルマを曲げてやろうと···

ステアリングのギア比を変えてクイックにし、サスペンスションの取り付け部の剛性を上げて、ボディを補強し・・・と対処療法を施して頑張って、ようやく『何とか成立』させてはいたが、その『何とかが・・・』という時期は短く、ボディが緩くなってきたり、ショックがヘタって来たり、タイヤが磨耗すると、途端にバランスが崩れるだった。



「ワシはこのスポルティーバ仕様がキライでな···

『機械との対話を楽しめるフィーリング』といった感じを好んでいるんだ。五感に伝わってくる感触を頼りに、まさにアルファ・ロメオとのやり取りを楽しめるものにしたのさ。あとは乗ってのお楽しみさ」



数日後

宙也は155を走らせた。

ニコの8V

乗り味に関して、ツインスパークを積む仕様が断然良かった。典型的なイタリア車のそれ。

しっかりストロークする分、ロールもするんだけど、上手にタイヤを接地させて気持ち良く曲がっていく。

まさにアルファ・ロメオのセッティングだった。

軽合金『4気筒(ヨンパツ)』ユニットからくる、ノーズの軽さとミシュランタイヤとホイールのサイズは15インチは、サスペンションがきちんとストローク(仕事)をして、とても滑らかな乗り味だっだ。


彼のガレージに戻ると、ガレージの一角に粗末なテーブルと椅子があった。


「良かっただろう‼️一杯呑ろうや」


そういってニコはバスケットから、店から持ってきた少しずつの前菜を盛り合わせのメヌ•コンプレートを出した。


ワインを呑み、ニコは上機嫌だった。


「モータースポーツを愛したアルファ・ロメオはな、ワシの胸がワクワクするクルマを作り続けていたんだ‼️『よくな、アルファ・ロメオの事をヨンパツのフェラーリ』と呼ぶ奴等がいるがな···

ワシから言わせれば、ブッソの創ったユニットは

『フェラーリいらず』なんぢゃ‼️アイザワ 分かるか❗️」


ニコは酔うと必ず、アルファ・ロメオとフェラーリの正しい関係(・・・・・)の話をしてくる。



エンツォ・フェラーリ


この名前は確かに、単刀直入に言えばレースのアイコン(一大侠客)である。

そしてタルガ・フローリオは、フェラーリの創始者の人生において決定的な役割を果たすことになる。1919年から1923年にかけて、若きエンツォはドライバーとして合計5回参加した。

1920年に2位に入賞したエンツォ・フェラーリは、

アルファ・ロメオ(・・・・・・・・)クルーの

チーフ・ワークス・ドライバーとなった。

しかし、タルガ・フローリオはフェラーリのその後の人生においても大きな役割を果たすことになる。

その後はスクーデリア・フェラーリとしてアルファ•ロメオをベースにしたマシンでレース参戦する。

彼の創るマシンは強かった。

例えば、エンツォが最も評価したレーサー、タツィオ・ヌヴォラーリ。

彼はスクーデリア・フェラーリのセッティングしたアルファ・ロメオ(・・・・・・・・)で優勝している。


""フェラーリを生み出したのはアルファ・ロメオ""


紛れもない事実


『もしこの場にアルファ・ロメオを無視してスーパーカー萬画を描いたアノ萬画家(・・・・・)がいたら···ニコにどんな目に遭されるのやら•••』


恐らくニコは…ありとあらゆる軽蔑と怒りの言葉を、

オット•メラーラの速射砲のように撒き散らすだろう‼️

そう思ったら、『プッ』と吹き出した。


ニコはアルファ・ロメオを本当に愛しているんだな

宙也は思った。







Continuare









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