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あくる日の彼女たちは  作者: 酒田青
明地翠
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明地翠 4

 校長が、壇上で事件について悼ましげに話しているときも、翠は、彼のほうが自分よりよほど美登里の容態を心配するのにふさわしいと思った。クラスメイトの中にはすすり泣いている者もいる。まだ美登里は死んでいないのに。


 教室から体育館に移動するとき、竹本を見たらひどく青ざめていたことを思い出した。力なく歩いていて、彼は本当に美登里のことが好きだったんだなと思った。


 ねえ、何で美登里ちゃんがこんな目に遭わなきゃいけないの?


 校長の言葉を無視して、女子の誰かがそうささやいた。夏希のようだった。でも、誰も答えなかった。


 確かに、と翠は思った。突然の意味のわからない暴力に巻き添えを食らって死にかけるなんてことは、自分のほうがふさわしかったのに。


 案外、心は凪の状態だった。嘆いたり怒ったりはしていない。ただ、底に沈んだまま浮くことがなくなっていた。


 誰かと待ち合わせしてたんでしょ? 誰だったの?


 夏希はなおも続けていた。その瞬間、翠はその場にいる全員が自分を振り返っている気がした。目の前の光景は変わらないのに、想像の世界が現実を上書きしていた。ぐらぐらと景色が揺れる。歪んだ世界を見ながら、翠は自分が倒れ伏して気を失う様子を見た。


 しかし、そんなことはなかった。翠は真っ直ぐに立ち、校長の話を聞いていた。美登里の両親はとても悲しんでいるのだそうだ。日曜日に彼女の家に行くと、いつも明るく迎え入れてくれた彼女の両親を思い出した。明るくて、好ましい人たちだった。その人たちを悲しませているのは、誰か。自分だ。


 美登里が刺されたのは誰のせいだ。自分だ。


 全部自分のせいだった。




 学年が上がり、高校二年になっても、美登里は目を覚まさなかった。彼女のポニーテールが揺れる夢を、何度も見た。


 二年になってクラスが変わると、翠は友達を作ることを選択肢に入れなかった。彼女は孤独を通した。


 竹本とは別のクラスになったが、新しい恋人を作ったりはしていないという。あんなことが起こったのだから、当然かもしれない。もう彼に対する恋心は完全に消えていた。こんなに簡単に消えてしまうもののせいで、美登里が病院で眠り続けることになるなんて、本当に不条理だと思った。




「ねーねー石ころさん」


 笑い猫が翠に話しかけてきた。笑い猫は年上の桔梗よりも翠のほうが親しみを感じるらしく、よく話しかけてくる。


「石ころさんのお父さんってどんな感じ?」

「別に、普通の社畜って感じだよ」

「社畜! 大変だねえ。普段しゃべったりする?」 

「まあ、思春期が来てしゃべる機会は減ったけど、向こうから無限に話しかけてくるからしゃべるしかないって感じ」

「無限かあ」

「何? 笑い猫さんのお父さんはそうじゃないの?」

「うちのお父さんは忙しいからさあ。滅多にしゃべらない」

「そのほうがよくない? こっちが思春期なのにお構いなしに話しかけられるよりはずっといいよ」


 学校では一言も喋らないのに、SNSでは饒舌であることを滑稽に思う。一人で過ごすことを、自分に科した罰のつもりでいた。でも、案外寂しくはない。


「富良野のラベンダー、きれいなんだろうなあ」


 笑い猫が突然そんなことを言うので、面食らう。彼女はいつも少し不思議な雰囲気がある。考えが常に揺れている印象だ。


「富良野?」

「観光案内のページを見たらさ、すっごくきれいだったの。一面の紫。香りもすごくいいんだろうな。風が吹いて、気持ちよさそうだった」

「行きたいの?」

「そういうわけではないけど、いいなと思ってさ」


 富良野。スマートフォンで検索して、確かに広大な畑にラベンダーが咲き、見たことのない景色だった。少し、行ってみたいと思った。


 こんな風景を見てから死んだら気持ちがいいだろうと思った。

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