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あくる日の彼女たちは  作者: 酒田青
明地翠
7/10

明地翠 2

 美登里は男子に好かれるのをよく思っていない。それは確かだ。実際男友達もいないし、友達は女子ばかりだ。女子にも好かれていて、翠の交友関係の狭さとは大違いの、様々な層の友人を持っている。


 比較的派手な女子とも友達だし、運動部の女子にも声を掛けられる。バドミントン部で、校庭で活動をしている運動部の女子からは大抵声をかけられる。翠がいても、美登里だけ声をかけられる。少し寂しいが、帰宅部の自分の世界が狭いのは仕方のないことだと言い聞かせる。


「美登里、おはよう!」


 と廊下で声をかけるのは、陸上部で期待をかけられている有名な同級生、(あい)だ。

「おはよ、藍ちゃん」


 美登里はいつものように明るく、みんなに見せる笑顔を見せる。


「次化学なんだ、頑張ってね」


 ベリーショートヘアの、大きな口で笑う藍は、ちらりと美登里の手にある教科書を見て、手を振って急ぎ足に教室に向かう。


「美登里ちゃん、化学室で蛇口が壊れて床水浸しなんだって。授業開始が遅れるからゆっくり行っていいみたいだよ」


 と後ろから教えてくれるのはスタイルがよくて顔立ちもいい、誰からも認められる女子である夏希(なつき)だ。美登里のように長い髪を低めの位置でポニーテールにしているが、学校が終わると髪を解いて街の女の子のような恰好をし、誰よりも目立っていることを翠は知っている。


「ありがと、なっちゃん」


 美登里はにこにこしながら夏希に返事をする。夏希は美登里の隣を歩き始め、翠は一人、口をつぐんで反対隣りでとぼとぼと歩く。


 こうやって情報を共有してもらえるのは美登里越しだし、挨拶をみんなからかけられるのは美登里だけだ。翠は目立たない生徒で、美登里の付随物として存在しているような気がしていた。


 美登里と夏希の賑やかな会話を聞きながら、化学室までの道のりをひどく遠いもののように感じる。

 どうして人に好かれる美登里と仲良くなってしまったのだろう。


 そんな自問に、意味はない。




 竹本は野球部で、背が高い。入学式では気持ちが落ち着かず、目に留まることはなかったが、授業が開始してから目に入るようになった竹本の身長の高さと整った顔立ち、睫毛の長さは、ハッとするところがあった。


 竹本は、中学からつき合っていた年上の恋人と、つい最近別れたという噂があった。それに対して一部の女子が色めき立つほど、一年の二学期の時点で竹本は人気があった。


 教師から指名されて朗読する竹本の声は、深みがあってうっとりする。聞いていると、あの大きなてのひらで包まれているような温かさを感じる。


 一度、翠は竹本と話をしたことがある。ほんの数日前のことだ。二学期に入って、夏休みを経て一際日焼けした竹本が男子とじゃれてから、昇降口に降りてきた。翠と美登里は昇降口でおしゃべりをしていて、美登里のスマートフォンを見ながら『ぼくらのホリデイ!』について話をしていた。


「何の話?」


 竹本が割って入ってきた。翠はぎくりとしたが、何も不自然さのない入り方だった。異性と話すのに慣れているのだろう。ふと、彼が恋人と別れたという噂を思い出し、何とも言えない複雑な気分になった。


「漫画の話」


 翠は意外に思いつつも、自ら話題に乗った。人見知りで内弁慶な自分が、踏み出していることを感じた。竹本は、


「『ぼくらのホリデイ!』じゃん! 俺も読んでるよ」


 と目を輝かせた。美登里は男性嫌いもあり、何となくおずおずとした態度だったので、翠は代わりに説明をした。


「面白いよね。美登里と私、いつも読んでるんだ」


 すると、美登里は翠を非難がましい目で見つめた。不思議に思いつつも、ひとしきり今話題にしていたことを話し、竹本があっけらかんと笑っているのを見て、翠は満足した。


「明地さんって漫画詳しいんだね」


 竹本の言葉に、翠はふわっと体が浮いた気がした。


「お金もったいないから無料の漫画アプリしか見てないけどね」

「じゃあ、他に趣味ある感じ?」

「ええと、Tシャツ集めかな……」

「Tシャツ?」

「バンドTシャツ集めてるの。古着屋さんとか回って」

「へえ、明地さん、何かお洒落だもんな」


 そこまで話すと、竹本は部活に行くと言って靴を履いて昇降口から出て行った。美登里は不満げだ。


「せっかくみーたんと話してたのにな」


 そう言って翠に寄りかかり、あんなにも魅力的な竹本よりも翠を取る美登里に、何てこの子はかわいいのだろうと、翠は思った。


 そればかりだ。美登里に対しては、愛憎を行ったり来たりする。大好きな友達であり、憎むべき敵。翠にとっての美登里は、そんな存在だった。




 美登里と過ごす日々は、楽しかったと言っても差し支えない。思い出すのは美しい思い出ばかりで、美登里が翠に苛立つようなことを言ったこと、過剰に甘えてきて鬱陶しかったことなどはたまにしか思い出されない。


 美登里は翠のことが好きだった。それは間違いないだろう。こんなに地味で面白みのない人間を好きだっただなんて。そう思うこともあるが、彼女から翠への気持ちは間違いなく最上の友情だった。


 ただ、翠が裏切ったというだけだ。

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