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あくる日の彼女たちは  作者: 酒田青
西塔菫
3/14

西塔菫 2

 地下鉄の駅から東京メトロ東西線を進み、渋谷駅で降りる。そこから駐輪場に向かい、自宅には自転車で帰る。清潔だが、雑居ビルの広告や人の多さで猥雑なこの街は、菫が生まれ育った場所だ。思い出もたくさんあるが、今見る景色はどれも思い出とは違う角度から見た景色だ。


 たどり着いたマンションのエントランスに入り、エレベータで上がって高層階の自宅に帰ると、家には案の定誰もいなかった。ピカピカのマンションだ。何故なら買ったばかりだから。あのあと、彼女の一家は引っ越して新しいマンションに住むことを選んだ。ただ、未練がましく渋谷区から離れなかった。ここには人間関係があるから。


 すぐにシャワーで汗を流し、違う服を着て飲食店のバイトに向かう。駅に着いたときにスマートフォンが鳴ったので、見ると夏哉(なつや)からだった。慌ててスマートフォンに文字を打つが、電車がすぐ着きそうだったのでICカードを改札にかざして急いで電車に乗り、立ったままメッセージを送った。


「今からバイト」


 すぐに返事が来た。


「またバイト? 怪しいバイトやなかろうな」


 夏哉の奇妙な方言にくすっと笑い、菫は素早く文字を打つ。


「普通の焼き肉屋って言ったじゃん。夏哉は今日も練習? すごいね」


 夏哉は福岡から上京してきた大学生兼アマチュアミュージシャンだ。一年前にライブハウスで知り合い、仲良くなった。音楽に青春を捧げる夏哉は、キラキラと輝いている。動画サイトに上げたアップテンポな曲が再生回数を稼いで、それがきっかけで、この間メジャーデビューの話が来た。どうなるかはわからないが、夏哉なら多分うまく立ち回れるはずだ。彼は夢を見ているだけの若者ではない。もっとも、彼女が好きな彼の曲は、もっとメロウで繊細なメロディーラインの曲で、それを理由に彼の音楽の本当の価値を知っているような気になっている。


「今度一緒に飯食わん?」


 夏哉の言葉に、ドキッとする。この間も誘われた。それを断ったばかりだ。夏哉は二人きりで食事をしたがる。菫もそれは嫌ではない。けれど、彼女は断った。


「ごめん」


 言い訳は尽きたのでそれだけ書いた。しばらくして夏哉からメッセージが来て、


「わかっちょった! OK!」


 と書いてあった。一気にへたりこみそうになる。


 地下鉄の車内は、独特な匂いがする。靴箱の中の空気を薄めたような。換気が行き届かないゆえのよどんだ空気と、無言でスマートフォンや足元を見つめる人々。先程までのキラキラした気分が、一気に現実に戻ってしまった。


「ねーねー桔梗(ききょう)さんはどう思う?」


 XのDMが届いた。夏哉とやり取りをしていたときも来ていたのだが、無視していた。三人のグループDM。Xで仲のいい、「石ころ」と「笑い猫」が彼女を含めた状態で会話していたのだ。「桔梗」は彼女のユーザーネームだ。会話をたどると、二人は七月になったら北海道に行こうと言い合っていた。


「七月初めから中旬の富良野のラベンダーが見頃なんだって」


 と笑い猫が観光情報のページをリンクしてくる。


「ついでにさ、六谷(ろくや)先生のお家に行かん? 富良野に住んでるんだって!」


 と一番積極的な笑い猫は続ける。六谷(れい)は彼女たちの共通の話題で、彼の若者の日常を描いた作品が好きな彼女たちは、それをきっかけに仲良くなった。


「それはまずいのでは……。六谷先生もビビるんじゃない?」


 少し及び腰なのは石ころだ。でも、富良野に行くことには賛成らしく、先ほどから色々調べているらしい情報を並べ立てている。


「ちょっと待って……。どうして急に北海道なの? お金は? 君ら高校生でしょ?」


 菫が聞くと、笑い猫は、


「あるよ、お金」


 と返す。石ころも、


「私もバイト代いくらかあるかな」


 と続ける。


「何で行きたいの?」


 菫がそう聞くと、笑い猫と石ころは続けざまにこう書いた。


「だって世界終わるんじゃん! 早く楽しいことしておかないと!」

「私死ぬんならやりたいことやってから死にたいと思って」


 菫はため息をつき、ここにも終末論の陰が落ちていることに肩を落とした。二人は高校生で彼女よりもいくらか若いので、余計に染まりやすいのかもしれない。


「わかった。しばらく考えようよ。言っとくけど、何かあったら責任があるのは私だからね。一応成人だから」


 十九歳とは言え、補導されたりしたら彼女が責任者になるだろう。それをわかっているのかいないのか、笑い猫も石ころも、


「りょーかい」

「わかってるけどどうしても行きたい。桔梗さんも前向きにご検討を……」


 と返すだけだった。菫は何度目かわからないくらいのため息をついた。

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