その世界は、きっと
テイはどの瞬間も楽しむことを第一の目標としていた。それがつまらないことだとしても、だ。それが唯一どの瞬間にいても気楽にいられること。死を凌駕したことはまるで必要のないことだったのに、それでもあの事件より最悪だと思うことは今もこれからもきっとない。
「そう思ったのになぁ。」
気楽に呟いた。この閉じられた世界で目覚め、以前の記憶を持っていたことは何度かあった。そのたびに、カイとソラを懸命に探し、二人が死を迎える瞬間に出会うときなにものにも言い得なかった。
「あの二人が救えるなら何でもするさ。なぁ、星夜。」
テイは星夜の隣にいた。星夜は無言で星を見ていた。
「俺はお前らなんて興味ないんだよ。俺の命を永久に置き換えたお前らなんか・・・。」
「独り言が大きくないか?」
星夜は微塵も気にしていない。
「・・・そうだろうな。俺だって嫌でもこの世界を出るために働くさ。星夜の馬鹿。」
「はぁ・・・。独り言が終わらないのか?仕事に集中しろ。」
「・・・右の瞬きが強さを増している。お前の仕事を手伝っているんだから黙れば?」
「確かに瞬きが強い・・・。力を失うのも時間の問題か。テイの口の悪さを知っているのは俺だけだろうな。」
「気持ち悪いことを言うな。俺の力の半分もないくせに。」
「・・・それは、俺の種族とは関係ないだろう?それに、お前とは会ったことなどない。」
「外ではないだろうな。俺が知っている星夜ってやつがどこの誰かを伝えることはない。」
「・・・。ならばそんなにいらだっている理由を教えろ。お前の能力が俺を凌駕していることは外と関係しているのか?」
星夜は星を見ることをやめ、テイの横顔を見つめた。端整な顔立ちはソラとどこか似ていた。その上、彼が秋を彩る小麦色の美しい髪色と、その色よりも深い明るい茶色の瞳がほかの誰よりも似合っている。そのとき初めて星夜が感じたのは、あの色彩をどこかでみたかもしれないという戸惑いだ。どこだろうと思い浮かべても、外の世界での記憶はあまり蘇っていない。
「星夜。俺はお前と話すことが何よりも不快だ。俺が好きな友人たちを助けると思って今一緒にいるだけだ。」
テイは話を閉ざした。せめて、知り合いだったのかを聞きたいと思いながらも、きっとソラやカイのように友人とは思わない仲だと理解した。
「・・・明日の予定にレナがお前を誘っていた。」
「レナが?」
「ああ。もうすぐ二人の仲間を連れてくる。ヒョーカイと一緒に向かってくれ。」
「それはそれは。次のステージまでもうすぐ、か。」
「どういう意味だ?」
「あいつの言う未来が近い。複数人の記憶が蘇っている。ヒョーカイは記憶を取り戻せただろうか・・・。」
テイはヒョーカイという言葉を紡ぐと少しだけ微笑んだ。懐かしい、少年の名だ。彼が今の年齢になるとああなっているなんて思わなかった。カイに似ているが、カイよりも純粋で、手を差し伸べるには何も理由はいらない。彼はあの優しい彼だった。今でも手を差し出して一緒に歩きたくなる。それができないことは誰よりも知っているが。
「会ったことがある人間なのか?」
「・・・。」
テイは星夜が顔を見ていたとは思わなかった。きっとだらしない顔をしたのだろう。興味をもたれていることがすぐに分かった。
「言いたくないのならば、いい。それよりも明日は・・・」
「行く。お前から離れることができるなら。」
「その次の日はここで仕事だ。」
テイの言葉にすぐさま星夜が言葉を乗せた。そんな当たり前の言葉を乗せてきた星夜を睨んだが、星夜は何も感じていないかのように一切視線を合わせない。
二人は黙々と仕事を終わらせ、その日はその後も顔を合わせることはなかった。
毎日の星の監視という仕事は割としんどい。特に、星夜は星を見ることに長けるが、本来彼の持つ力が外の世界の記憶ではまったく別の力だったことが今は起因している。この世界ではその力を持っているが、外の記憶を保有してからはまるで体が言うことを聞かず、力も十分に発揮しない。それでもその仕事が少しでもレナを助けることになれば良い。星夜が記憶を戻しているからかレナへの愛は今よりも過去の方があっただろう。それでもレナを守る心は今もある。それはこの世界の役割だ。ただ、それ以外の記憶が蘇ってくるにつれ、徐々にある一種の真実に近づきつつあった。
ソラを含め幾人かと一度出会ったことがあること。その中にはとても憎まれていること。そして自分がこの世界に来るに至った理由。
この世界は何度も世界の再生を行っている異質な存在だ。己の力を見誤った者たちが誤ってこの世界に引きずり込まれていると言われていた。特に初期の頃は餌を使って引きずりこまれていた。それがただのいたずらだと見過ごされていた。だが、その異質な力は徐々に強まっていき、最終的に有名な人々すら吸収しておぞましい力を放つようになったのだ。それは、周りへの影響力も含めて誰もが容認から探査へと方針を転換した。内部で何が行われいるのか誰も分からない上に、目的も分からない。その内部捜査に任命されたのが星夜だった。星夜はそのような実地調査には適していない。それが能力のせいではないことは誰が見ても分かるだろう。彼が王族という身分を抱えているからだ。星夜もそれを理解した上で調査の協力を拒まなかった。王族だろうと貴族、平民だろうとあの異常な世界を調べるには適した能力を持った者が取り組むべきだからだ。父親も母親も兄弟も引き留めたが、彼は初めての冒険に夢中になってしまっていた。
そして、これが顛末だ。自分の能力など関係ない。この世界は恐ろしい。自らの持つ力など誰一人使えていないはずだ。テイもその力を使えていないはずだ。彼の名を知らないはずなどない。忘れていたことさえおこがましい。ソラやカイも有名の分類だろう。各々のその土地では名を馳せているはず。テイは星夜の住む地域では有名であり、歴史に名を残した世紀の王の名だ。力を切望した者たちが彼の名をもらいたがるのだが、それは名君としての名を馳せているからだろう。彼の英知は今でも様々な文献に載っており、命の時間を凌駕したことさえ名君の所以だと言われいた。事実はおそらく違うだろう。
そして、いまこうして隣に立ち共同で作業をしていて思うのは、彼が自分を誰かと間違えているだろうという事実。自分の名前はこの世界に来た瞬間に変わった。それは何代も前の王の名。その王は王家では有名な人間を人間として扱わない王で、王でいられたのはすごく短い時間だったという。その王の名を使うことに嫌悪しているが、自らの名を表す言葉がこの口から言えないのだからしかたない。この世界は自由を奪うのもそうだが、自分の名前を名乗れている者たちはそれはそれで意味があるという理解をした。テイはその名を別の名に変える意味などないほどの佇まいをもっている。カイもソラも同様にその名を隠せるような存在ではない。
星夜はレナへの愛を持ち続けているが、それは役割によって感情を創起させられている。その感情が偽りである限り、星夜はレナを愛することに問題がないと感じていた。星夜にはテイの血縁者であることをいうつもりはないが、王族の中でも最も色濃い血縁者であり、その名を馳せるほどの博識さはないものの思考力は桁違いであり、また記憶力も封印されていない者たちのことはすでに思い出していた。
その結果、この世界の探査をはじめることができた。原因と思われる存在が常に世界の終焉ではなく最初に現れていた。
それは、ソラというティディールという役割に対して猛烈にアピールし、襲うという行為をしていた存在。
「・・・消滅を逃れるために、まさかこんな世界を造り出すとは。あの凶悪な存在を逃がしていたとは我が王家の恥だな。」
星夜は憎々しげに呟いた。そして、世界の滅びを行っている存在に協力を仰がなければならない。いや、協力が来たときに応じればいいのかもしれない。向こうからの接触はほぼないが、星夜は一度会ったことがある。記憶が戻った今、彼が何者かも思い出していた。そして、何故彼がこの世界に取り込まれたのか理解できた。彼によっておそらくこの世界の異質な力を増幅させられたのだ。凶悪な敵は彼のようなある種の万能の能力を持つ存在を欲したのだ。
彼はこの世界に巻き込まれたかあるいは、はじめから攫われてきた可能性がとても高い。彼は外の世界でも異質だった。その理由は一つだ。世界の玉座と呼ばれる王の中の王に愛されてしまったが故にある種の檻の中にいた。その王があまりにも美貌の王であったために愛人であろうとなかろうと自らの手中に起きたがったのだ。王が自分よりも美しい存在を許さなかったために。傷をつけたりはしないが、見世物にした。そして、その力さえも封じようとした。彼は愛されることも愛することも許されないが一つだけ彼が王の目を盗んでおこなっていたことがあった。それが今現在の世界の玉座を消滅させ、彼の存在を知らしめた。彼は世界の秩序を終わらせるために自らに呪いを行った。彼の呪いは王の美貌を消し去った。彼は鏡となったと言われている。その本来のあまりに美しい姿が誰かに二度と見られないようにするために自らに呪いをかけた。その対象が憎き相手だけではなかったのは、すでに顕現していた希に見る『世界の瞳』を持っていたから。『世界の瞳』とは異能の力の一つで、魔術や魔法とは違い、異能は持って生まれていなければ使うことはできない特別な能力だ。『世界の瞳』の異能を持つとされる者は全人類の中で彼一人だけであり、その異能の力に皆が恐れたのだ。だが、その力がどのような力を発揮したのか分からないままに世界の玉座は突如の崩壊とその後の数多くあった王族がちりぢりに逃げていったという事実のみだった。そして、その頃からいくつもの世界が存在していることが分かりはじめ、離れている世界と連携することを望んだ世界に複数存在していた王族たちが多世界へと渡り始めたのだ。その事実から『世界の瞳』という異能が世界を繋げる能力と呼ばれるようになった。
その彼を攫い、この世界に閉じ込めたと言うことはその異能を使わせている可能性がある。使わせていると言うよりも使われている、といった方が正しいのだろうが、本人が怒りを顕わにしているのであれば、この世界も週末へと向かうまで時間の問題だ。それが例えこの世界の元の住人たちの魂を使って行われている実験であったとしても彼が怒ってしまった以上、相手は死を迎えるだろう。ただの終わりではない永遠の破滅。異能の力が実際はどのようなものであったとしても、世界の玉座を崩壊という永遠に消し去った事実があるのだ。何度も言うが、彼が怒ってしまっている事実はただの終わりに向かうとは違う。
この世界に別れを告げるのはもう少し。それまでに現実世界との連絡方法を探し出さなければならない。どのような理由があろうとも、この世界を巨大な実験場にしたのは王家の恥であり、死を与えるならば彼に手を貸すよりも自らの手で行いたい。諸悪の根源であり、間違いなく陰で暗躍しているだろう本物の『星夜』と呼ばれる、ただ一人の王殺しの王を。星夜は星夜の兄が玉座に就いた直後に殺害し、王の座を奪い、その当時最も危険な魔法をつかい、大勢の命を使って国を操ろうとした。ただし、それを阻止し名君と呼ばれる王が彼の命を絶たせたと言われていた。
「・・・思い出してくると泣けてくるな。私はあの悪魔ではないと伝えたいが・・・。意味などなさないだろう。彼はもう気づいている。名君に何を言っても無駄、か。」
星夜はひとつずつ記憶を思い出していた。その名を嫌悪する理由がはっきりしてくると明確に行わなければならないことが分かった。
「まずはレナだ。彼女はおそらく外の世界の者ではない。命を犠牲にすると言ってもすべてを使うにはまだかかるということ、か。だとしたら、レナを根源に近づける・・・。スズが記憶を戻しているのは確定している。それでも彼女の命を守ると言うことは・・・。そうか、彼女は」
神聖な山脈のすぐそばで、金色の美しい髪を纏めながら、口ずさんだ。
「あのひかりは いずれ やみをたべるでしょう
あなたのたましいは ながれながれ きおくのむすびめに・・・。」
囁くように口ずさみ、さいごは途切れた。
スズは記憶が戻ってからもレナを姉と慕った。外の世界にいるはずの本物の妹が聞いて呆れるだろう。そんな紛い物をいつまでも大切にするのは愚か者だと。妹が女王として君臨している王国に居場所がないわけではない。妹が王として相応しいからその椅子に座ってくれた。姉であるスズは王の器ではない。彼女は神殿で巫女の位の最高位の位置におり、妹が玉座に、姉が神殿の大巫女として両輪となり国を動かしている。
ただ、たまに陰口のような声が聞こえた。
『陛下は素晴らしいお方。ただ姉のあの方は・・・。神殿の巫女だからこそ、もっと慎ましくするべきだろうに。』
『仕方あるまい。姉は劣っているから神殿の巫女という立場に収まった。それが嫌なのだろう。』
そういった陰口を気にしたところで、妹は姉である自分を守ることなどない。それは玉座にいる者が近親者を守る行動はとれないからだ。妹が心配していることは何を言われなくとも肌で理解した。彼女は私を守るために注意深く周りを見ていた。
だからこそ恥ずかしかった。王になってもらい、その上守ってもらうなど、恥ずかしすぎた。王族に生まれ幼少から妹よりも劣っているとわかり、両親は時期王位を与えるために妹の勉強を常に優先させた。両親の不安を払拭するために私は巫女になると言った。巫女の能力は妹とは違い持っていた。だからこそ、巫女として生きるのは妹のためであり、自分のためであった。
この世界には様々な外の世界の人物が入れ替わりながら役割を演じている。ただし、決まった役割を与えられている人物もいる。その中でも星夜はある意味特殊。最期に死を与えられる役割を担い続けた。
思い出した記憶では隣国の王子に似ている。彼も気づくだろう。
それよりも、レナだ。彼女はこの世界の住人。巫女として消えゆく魂をみることがある。レナが今もその役割を与えられていることが何か意味があるように思えた。
与えられた役割を行うのではなくそれ以上に呪われているかのような。
「あのたましいはおかしい。まるで・・・、人形のような・・・。」
反射する言葉。聞こえてくる本物の言葉たち。
「時は満ちる、いずれな。わたしをこの世界が閉じ込められた事実を許すつもりはない。」
廻り続ける世界を終わらせるために動いていた存在はぽつりと零した。怒りが反響し、地面が振動するほどに波打った。世界を終焉まで、あと少し。




