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星の物語  作者: あおぞら S
それははじまりなのか
5/6

セルクの民の言霊

 あの日、セルスは本物に出会った。この世でもっとも美しい存在。彼は彫像のような体躯をしており、まっさらな髪の上に赤い王冠を載せていた。玉座などなくても彼がこの国の王であることを知らないものなどいない。真っ青な瞳は海より深い彩りが添えられている。




「セルス。」

セイラはセルスの兄であり、今では彼女の親代わりだ。

「兄様。明日でクリスタルの加護の使命が終わります。故郷に帰る…のですか?」

セルスはやや不満そうに尋ね返す。

 クリスタルの加護はセルク族の一握りの存在が使命と呼ばれる長い旅をしてセルクの花を探す事を指す。セルクの花とは一部の荒野にわずかに咲く花の事。またその花は数百年に一度咲くため使命を終えることなく幾人かは死ぬ。一説によると、死んだ骸を寝床にセルクの花は咲くと言われ、クリスタルの加護をセルク族が守るためにそのような形で生贄を捧げるのだという。使命人が花を持ち帰ることは望まれず、故郷のセルク族の郷は帰らないはずの花をただ待つのだ。帰らないことで、クリスタルの加護は保たれているとしている。


「いや、帰る必要などないだろう。俺もセルスももう随分と遠くに来て世界を知った。あの郷に帰れば…死を与えられる。生贄としての役目は終わった。」

セイラはセルスの不満声に苦笑して首を振る。

「それに、セルクの花が本当は毒花とわかったんだ。そして、この花で俺たちの新しい仲間を救える。」

セイラの言葉にセルスは小さく微笑んだ。

「あたし、レナやスズと旅ができるの、嬉しい。宇宙ってどんな世界だろう?」

「さあな…。ただこんな狭い世界よりも広いし、俺たちの使命がつまらないまま終わらないのは良いことだ。」

二人はそう言い、お互いの新しい仲間に心を馳せた。





 セイラとレナの出会いがセルク族の閉鎖的な民族性を少しだけ変えたのは確かだが、セイラという特別な存在がレナによって外に連れ出させる要因になった。セイラはセルク族の最も重要な人間であったことはセルク族であれば誰もが知ることだ。しかし、妹のセルスはセイラという存在にひっつき共に歩く、強いて言うならばただの血の繋がりがある女である。

 セイラはセルク族の次の長になることが定めとして決められ、その妻も慣わしとして産まれてすぐに決まった。セイラの次に産まれたセルスは余計な存在であり、妨げにもなるとまでいわれていた。セイラが庇わなければ、もしかしたら殺されていたかもしれない。

 ある日、そんな狭い世界で、それは起きた。セイラの妻となる女がセルスを殺すために自分に毒を盛ったのだ。その事件で当然のようにセルスは責められた。セイラはこの現状を変えたくてセルスの手を取った。セイラは使命人になることを宣言したのだ。セルク族の次期長が使命人になるなどあってはならないのだが、セイラの意思は固く、家族であるセルスをこれ以上責め立てる者たちを許せなかった。両親がセイラの使命人になるのを望んだこともある。

 両親はこの郷の部外者であり、一族とは関係がないのだが、両親の祖先が使命人だった。それが原因で、拘束されセイラという子供を産んだのだ。元セルク族という外との関わりを嫌うセルク族が唯一欲する外部の人間。その子供は尊く、大切にすることは当然だ。ただし、男子は必要で、女子は不要という考えは外部の人間の子供を増やしたくないという身勝手のためだ。



「兄様。あたしは今も母様と父様の最期の姿を思い出すよ。」

 二人の両親は一族に囚われていたが、息子と娘を逃がすために騒ぎをおこし自らの命を行使した。使命人の祖先であるからこそ出来たこと。二人はクリスタルとなり郷を封印した。二人の命はクリスタルへと還った。その日から二人は使命人となり百日の使命を行った。本来それは、死を悼む時のもの。百日目に二人は郷へ帰り郷を浄化するのだ。

 そんな事をする必要などないと二人は知っている。郷には既に生命は存在せず、あるのは礎となった両親だ。セルク族は自らの深い過ちによって滅びたに等しい。


「兄様が一度郷に戻りたいならついて行くけど、何もない…よ。」

 セルスは揺らめく水面をじっと見つめながら呟いた。セルスはセイラの妹でありながら、どこか自分を蔑ろにしていた。それは兄と共にいることよりも両親と共にいられぬ苛立ちであったり、気がつけば生きているという事実を放棄せざるおえない環境によって自分が生への執着を消えざるおえなくしていた。しかし、完全に消える前に出会ったスズという女性。同い年に見えたのだが、正確には違うと語っていた。彼女が探していたのはセルクの花。それは使命人が持っているのだという。


『あたしは星の連なりの一人よ。宇宙を自由に駆けるの。あなたも一緒に行かない?外は広くて、こんな狭い世界はつまらないでしょう?』

 セルスは世界が狭いとか広いとかそんなことはよくわからない。でも。彼女がこの世界では収まらない存在だと理解した。彼女は美しい金の髪に黄色の眼が人形のように大きく輝いていた。この近辺にはない色。そして、彼女は愛らしいヌイグルミを抱えていた。それがロボット鳩だとあとから知ったが、彼女はそのヌイグルミを大事そうにしてみえるだけで何か特別に見えた。

 この世界にはない世界観。セルスはそれに触れ、生きる意味をこの世界に感じる必要などないことを知った。だから、セルスはスズについていくことを願った。スズはセイラを必要としていたが、セルスも連れて行くことに意味を感じた。

彼女は自分がダミーである事をレナに心配されていたが、セルスに会いそして知った。セルスも存在を否定されて育ったが、家族には必要とされていた。それが自分と重なり、友達になることで、生きる意味を共に考えられるようになる、と。

 スズはレナにセルスを共に連れていきたいと願った。レナは当然のように承諾した。双子のような姿でも、スズはレナから産まれたコピー体であり、ダミーとされた。レナの命が狙われたことでスズは造られ、父親は何度もスズを神降しさせ、悪魔の餌にしようとしていた。

 スズとセルスの境遇は似かよっていた。レナはそれを見て見ぬふりにはできはしなかった。レナもまたスズに対して明確な感情があった。自分が死を選べば、スズは生まれなかったという事実。そして生きることが自分の存在を否定できなくなるという負の連鎖。スズはレナを守るために存在するがそれはレナが弱く脆い事を意味した。それはレナの存在から産まれたスズも同じだ。不安を感じレナを慕うが、レナとて不安でありスズへの慰めはほぼ意味をなさない。相手と同じ感情を有する二人はお互いが共通の感情を持つことを意味し二人は結局同じなのだ。そしてオリジナルのレナは母と父から愛をもらうが、スズにそれを与えられることはない。それがレナとスズの違いでありレナがスズを愛せざるおえない理由。自分のためにいる存在を道具として扱えなかった。スズに謝罪し受け入れることでレナはスズを姉妹だと語る様になった。

 スズがレナの感情を汲み取り共にいるのは、レナの父の命令であり、自分の存在意義のため。レナを守ることがスズができる唯一のことだからだ。生まれた理由が誰かの為に死を選ぶこと。それは普通ではきっとおこりえないだろう。レナがこの世で唯一の神々の娘であるから。そして最後の娘だ。神が消えていく中、ただ一人の後継者。愛されるのは当然であり、守られるのも当然だ。






 星の連なり本部。暗闇の中にぼんやりと浮かぶ船。『センドレア号』はくじらの形をした宇宙船だ。あまりの大きさに星のようにも見える。そこには星の連なりのメンバーであり、おそらくリーダーと思われるている一人の青年がいる。白銀の髪に青い瞳、薄い桃色の唇のとても整った顔立ちで、名を星夜と呼ぶ。ホシヒトの一人で、未来を見通す星の稀ヒトの一人だ。神々との争いで多くの人が殺され、その中で際立った力を持つ者が生き残り淘汰された。ホシヒトは生き残った種族の中の一つ。そして、今の世界では強い力を持ち合わせている。

 星夜は、星の連なりの幹部の一人で、現在いる幹部の中でもリーダーと言われてもおかしくはない。ただ、星夜は愛する存在の為に、決してリーダーとは名乗らない。

 神の娘、レナ。彼女と出会いそのあとの星夜は全てが変わったと言ってもいい。悪夢のような『マザ』による『マザの聖地』計画により多くの子供たちが投獄され、そこに星夜も誘拐され拉致された。『マザ』は美しいものを愛していたし、もちろん、星夜は極上の王子様だった。特別な部屋に閉じ込められ、軟禁されいつかは結婚を強要された。子供じみた化け物。神のなれの果て。そこに、本物の神の愛娘が降臨した。

 レナは美しかった。『マザ』を倒すことはできなかったが、たくさんの子供たちを救った。

 星夜はレナと共に行動するためにレナのために星の連なりを組織した。レナがいずれ悪魔の魔の手にかかることを知ったからだ。スズは星夜にレナの命の要を託した。レナがスズを盾として扱わないと知っているから。だから、星夜をレナを守る盾とした。彼がレナを愛したことはただの偶然ではない。必然であり、レナのその貴さは神の娘としてではなく、愛の精霊の一族でその愛娘の母親譲りだからだ。神の妻となった今でもあの母親は『愛』を体現した女性だ。レナを愛することもただのつくりもののスズを愛することも同じようにしている。だが、その面差しには憐れみも含まれており、きっとレナとスズに対して懺悔しているのだろう。神は娶った妻を決して手放さない。それが偶然ではない呪いによって引き合い、レナの母は妻にされたからだ。




 セイラがレナに出会ったのはセルスがまだ生まれる前のことだった。レナがセルク族の郷に入り込むことが出来たのは、偶然だった。そもそもセルクの花を持つとされる使命人は数が少ない。だから、セルク族の郷へ向かいそこでどうにか入手することが一番簡単に見えた。結局、セルク族の郷は入れないようにセルク・クリスタルに守られていた。クリスタルは魔力の塊であり、通常の力ではこじ開けることは難しい。レナは一度センドレア号に戻ることを余儀なくされた。無理に力を使い争いが生まれれば、おそらく花は手に入らないだろう。魔力を無効化するために、仲間に助力を乞うことにした。

「ヒョーカイ、手伝ってほしいことがあるの。」

黒い髪に黒い眼。細身でスラリと高い背。透き通ったように薄い肌。

「俺がここにいること、よく気づきましたね。」

彼は、少し驚いて淡々と答えた。彼は影の薄さでは確かに、星の連なりの現メンバートップだ。だが、レナのように探し物を探すことに長ける能力をもつ者にとってはなんら問題なく見つけられる。

「冗談を話している暇がないの。あなたの力を使ってクリスタルの空間を捻じ曲げてほしくて。」

「・・・それはできるけど、例の件が関係するなら、手助けはできないと思うよ。俺はまだこの組織を信用していないんだ。」

「ヒョーカイ・・・。あなたが協力しないと言うなら、カイに頼むことになるわ。」

「・・・脅すのは違くないか?」

「脅す?あなたはこの組織を信用していないのでしょう?カイは違うと言っていたわ。カイは私を信じてくれるし協力もしてくれる。あなたとカイがどのような関係か、私は知らないし知りたいと思わない。」

「そうだな、俺とあいつは・・・。あんたに話すようなことはないな。ただ、俺の信用はかなり下がったと思う。」

「・・・そうかしら?あなたはすでに私に対しては気を許しているわ。だって、『おはなし』をしているわ。」

ヒョーカイはふいに言われた言葉に一瞬だけ今までに見たことのない色の瞳の輝きを放った。それはとある一族が持っている特異な特徴である。

「・・・あんた、俺のことを知っているのか?」

「さぁ?でもあなたの苦しみを知っているのがカイだけではないってことを忘れないで。」

レナは悲しそうに呟いた。ヒョーカイはそれを無言の重みで返した。この船に乗っている者たちは全員何かの心の傷を負っている。それがこの船ができた理由だろう。

 ここにいる者たちはマザが作った『マザの聖地』で自らの苦しみとともに集められた。仲間でもなく、ただの同志だった。それをあらゆる意味で仲間に置き換えたのは、レナやスズだと言えるかもしれない。本当の意味ではまだ仲間にはなっていない。おそらくこれから時間をかけて彼らは仲間と呼び合うのだろう。ただ、まだ不慣れで、ぎこちない。彼らが心のどこかに置き忘れている忘れ物をとりにいくことできっと埋まっていく。今回はそれがヒョーカイの忘れ物であることをきっと誰かが気づくのだろう。

「・・・手伝おう。だけど、何故『クリスタル』にちょっかいを出すんだ?」

「あなたの知らないクリスタルよ。『セルク・クリスタル』というの。セルク族の作った『クリスタル』。」

「クリスタルと名がつけばすべて一つだ。それは『命』であり『呪い』だ。」

ヒョーカイは生まれた故郷を思い出し小さくため息をついた。

「・・・そうなの?」

レナは小さく微笑んだ。ヒョーカイがクリスタルの元で育ちその力を得たのを知っている。

「俺はそのセルク族が何故クリスタルを神聖視するのか、分かるよ。あれに集う奴らはただの哀れな魂だけだ。」

「・・・ヒョーカイは?」

「・・・クリスタルは俺の一部だ。神聖なものではない。」


 クリスタルを神聖化した一族は多くある。それはとても弱い存在が強くなるために集まるからだ。クリスタルはその者たちに望むように力を与えた。その代わりクリスタルは一定数の魂を欲した。やがて、クリスタルの力が強まればクリスタルは暴走し与えた分の力でその者たちを殺戮した。暴走が収まると、また同じことが繰り返された。クリスタルは命を自分の身に宿すことはできない。そのため、吸収した魂が一定量を超えると暴走するということがわかった。分かった上で、一人の科学者がそのクリスタルに命を与えようとした。繰り返された実験とその果てに三人のクリスタルを宿した子供が生まれた。ヒョーカイはその一人だ。残りの二人を殺した上でクリスタルの暴走を止めた。ヒョーカイの中にクリスタルは収まった。彼がコオリ族と呼ばれるとても珍しい一族の子供だったからこそ、クリスタルを内部に押さえ込めたのだろう。だが、彼の一族を殺害された上でその実験を行ったことでクリスタルを手にした彼はすべての力を解き放ち実験があったことすらわからない状態にした。それを見たマザは薄気味悪い声でヒョーカイが気を失っている間にマザの聖地へと連れていくように指示したのだ。

 ヒョーカイは美しい姿をしていた。コオリ族はその眉目で希少となっていた。だからこそ、マザはその姿のヒョーカイを自分のそばに置くことにしたのだ。可愛い人形を見つけたように。



「クリスタルの数が少なくなっているとはいえ、まだあの存在に頭を垂れて生きる生き物がいるとは。」

ヒョーカイは小さく呟いて吐き捨てた。自分の中にあるクリスタルの瞬きが激しさを増していることに気づかぬふりをした。同じ存在に高揚している。それが自分の中に存在していることを改めてりかいさせたのだ。

 レナとヒョーカイはセルク族の郷に着いたが、二人とも黒い衣を羽織っていたため誰かに気づかれることはなかった。レナにとってはクリスタルがどうなるかなど知りもしない。興味ない存在だった。

 ヒョーカイはクリスタルの魔力をねじ伏せることに時間をかけることなどなく、カーテンを開くように簡単にその魔力に勝ちその郷に入れるようになった。レナは簡単なお礼の言葉を紡ぐとヒョーカイはただ小さく頷いた。彼はその後からはレナの言葉を受け入れるようになった。彼の忘れ物が取り戻せたのはもう少し後のことだが、彼にとってセルク族のクリスタルがただの暴走する存在ではない『クリスタル』であることに気がついたとき、彼がコオリ族の真に必要な『事実』を手に入れたことは言うまでもない。彼にとってセイラとセルスがただの仲間ではないことに気がつくのも時間の問題であろう。

 それはまた次の機会に話そう。



 さて、レナとセイラの邂逅はとても不思議な瞬間だった。レナはセイラを知らなかったし、セイラはレナを異質であり、また興味深い存在として認めた。

『月夜に黒衣をまとう者とは君のことか?』

セイラはまだ幼いがすでに郷の長になることを定められていた。そのせいで世界を達観し、すべての存在を否定していた。

『わたしを捕まえようなんて馬鹿な者たちね。』

捕らわれていたのは事実だ。しかし、すでにレナはその入れ物から立ち去ろうとしていた。

『・・・そのようだね。俺もここから出て行けたらいいのに。』

『出て行けばいいのよ。あなたが誰かは知らないわ。そして誰に止められているのかも知らない。でも、わたしは逃げれて、あなたが逃げれないなんておかしいわ。あなたはみるからに自由よ。』

『そう・・・だね。自由という言葉があるけど、君はまるで俺が捕らわれているからここにいるようにみえるのかな。俺は自分の意思で逃げられないようにしてあるのだよ。捕らえているのは俺だ。』

『言葉の真を捉えているのなら、あなたはここの長なのね。あなたは、クリスタルの『器』なのね?』

『ああ。セルク族のクリスタルを管理している。ここの『長』であり、『器』だ。俺の姿は確かにヒトと同じ。だけど、もうすでにクリスタルの一部であり、クリスタルを制御する器だ。』

レナは自然と笑みを浮かべて、小さく言葉を紡いだ。

『ありがとう・・・。あなたの魂はまだ幼いわ。』

『?』

 セイラには聞こえない呟き。それはヒョーカイと別れる間際に会話したことと関連していた。




『このクリスタルは幼い。俺と同じ運命を背負っているかもしれない。レナ、できることなら、俺はこのクリスタルの器に会いたい。俺の願いは聞いてくれるだろうか。』

『あなたの頼みなら喜んで。』

『・・・いいのか?俺はあんたに・・・。』

『ねぇ、聞いて。わたしは誰も敵だと思っていないの。あなたはわたしの仲間だし、あなたはただ何かに恐れを抱いただけよ。だから、わたしはあなたの望みを当然聞くし、みんなも納得するわ。あなたが仲間はずれだと考える者はいないのよ。あなたが何を恐れていたのかなんて笑い話になるわ。気にしないでほしいの。』

『レナ・・・。スズと同じではないのだな。』

『ふふ。あの子は私の双子の妹。考えることは違う。あの子はあの子なりに答えを探しているの。わたしを失うことを恐れているの。そういう生き物だから・・・。』

『・・・そうだな。俺は帰るよ。ここで探しているものを見つけてくれ。きっと暴走したりしないだろうから。』

『器が幼いから?』

『いいや。あんたが強いからだ。』



 ヒョーカイはそう言うと本当に帰った。レナが一人でできることを理解したからだろう。それがレナにはとても嬉しかった。大勢がレナを守ろうとしていた。そのためにスズという存在を造ったのだから。でもレナは守られていることに少しも喜びを抱かなかった。母親は愛の精霊であるがためにレナを守る気持ちは強い。だからといってスズを父親が造ったことには抵抗があった。レナが傷つき悲しみを顕わにしないからだ。レナは母親とは違い、愛を司る精霊ではない。彼女は精霊としては生まれなかった。かといって神の力は持たない。彼女は星の力を持つホシヒトとして生まれたのだ。ホシヒトは星夜と同じ種族であり、その力は希ヒトともう一つ、霊心の部類に分けられる。希ヒトの力はとても強い。だが、霊心であるホシヒトがいなければその力を発揮することはない。なぜなら、希ヒトと霊心は一対の存在だから。そして、レナは霊心であり、星夜の片割れだ。二人が想い合うのは誰が言わずとも必ず起こることだった。二人は無意識に手を取り、マザの聖地を出るために船を造ったのだ。二人はあとからお互いの気持ちを理解した。そして、『あの者の存在』を認知し、ともに仲間を集めることにしたのだ。

 とはいえ、ホシヒトであるレナが弱いなんてことはあり得ない。だからこそ、自分を守ろうとする者たちに少なくとも苛立ちはあった。みんなが弱い存在として見ている以上はそのように振る舞ったが、星夜はそれを見破ったし、だからこそ一人で探索する許可を出した。レナは強い女性でただ守られるような器ではない、と。星夜から赦されて出て行ったと周りが受け止めていることにも苛立ちがあった。

 しかし、ヒョーカイは強いと言い、一人でやることに意義すら唱えず帰って行った。それは、レナにとって、ある意味では認められたという言葉があう。そして、ようやく本当に一人で活動していたことに気がつく。星夜が許可したから誰も来ないのではなく、もしかしたらはじめから当然、一人で行動するのだという意味でほぼすべての仲間たちから認められていたのではないか。数名は確かに弱い存在だと考えている節があった。だが、ならばこうして一人で行動しているのはほかの者たちからはそれができるからだと理解されているからだ、と。




『甘やかされて育ったのね。』

レナが笑って呟いた言葉に今度はセイラの耳に入る。

『誰も甘やかす存在などいない。』

淡々と答えたセイラの言葉に、

『ふふ。そうね。あなたの両親はあなたを器にさせたもの。生け贄にしたのだもの。』

と、答えた。目の前の少年は少し目を見張って、

『・・・もしそうだとして、君にはそれがどういう意味か理解できるのか?』

と、何かを探るように尋ねてくる。

『理解?わたしが呪われていることよりも理解しないといけないこと?あなたが器になったのはその身が元からその器になれるヒトだったから。わたしは違うわ。呪われる理由なんてないし、誰かに恨まれるようなこともしていない。唯一、父が母に捕らわれたこと。母が逃げることができないことでわたしは恨まれたの。母のせいにもできないわ。母だって父に捕らわれたくなかったもの。わたしがあなたのように生まれ持って呪われる必要があるなら仕方ないと諦めたわ。でもあなたが器になるべくして生まれたことにわたしは否定もできないし、そもそも理解もしないわ。だって、あなたは器だと決まっていたのだから。』

その語りに、セイラは無言で黙った。

『だから、生け贄というのも場違いな言い方ね。あなたの両親はあなたを器にしないといけなかったの。あなたが、セルククリスタルの花だから。両親が知らずに産んだ子供が、クリスタルの花を持って生まれた。あなたはクリスタルの魂の器。生まれた瞬間に決まった、命。わたしの知る同じクリスタルの魂を宿すヒトはあなたと同じ悲しい瞳をもっていたわ。』

『俺と同じクリスタル保持者?』

セイラは驚いてつい口走った。

『えぇ。わたしの仲間よ。あなたと同じそのクリスタルの瞬きを持っているわ。会いたいと言っていたの。あなたが大人になったとき迎えにきたいと思うの。今はそのときではないから。』

『・・・迎えに来てくれ。俺はそれまでの準備を整える。』

『あなたに星の輝きを。わたしの仲間の一人として必ず迎えに来るわ。』




 こうして、レナは一時的にその場を離れ、ヒョーカイと入念に迎えの準備を始めた。そこに星夜が加わることはない。ただ、レナの思うままに動くことを、星夜は望んだ。



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