呪われたカミサマ
マザの聖地と呼ばれる星があった。過去にその星を消滅させた子供たちが現在、星の連なりと呼ばれる組織をつくり、星々を救っている。
その一人、ソラはある存在を探していた。その存在に会えれば幸運だが、できれば星の連なりのメンバーとして一緒にいてほしい。
『リテイン·フォン』という名前が正式名だと聞いたが、みんなリテインと呼ぶのでソラもリテインと呼ぶようになった。
リテインは生命を司る存在だ。命が終わりかけている仲間のレナを救えるかもしれない。
自分の出自に戻り力が取り戻せるなら、そのほうが早いだろう。しかし、ソラにはそれができない。世界はすでに進み、あの世界は消滅したのだ。
彼が『父親』と呼ぶ一人の男がいる。『最強のりゅう』と呼ばれ、今も顕在している、人神。彼が始まりの星と呼ばれそれに連なる14の星が星の連なりを形成する。ただし、りゅうは今まで一度も彼らに力を貸すことはなかった。
ソラも人神に分類されているが、実際は違う。ソラは、インティティと呼ばれる唯一の存在。神の力など弱い力だとしか感じない。今でもたまに神の力などという最も弱い力を使うのが果たして正解なのか分からなくなるのだ。
世界を創り出すほどの力、『創生の書』を使えば世界はもう一度消滅し再び再生するだろうが、そこに今いる仲間たちは二度と生まれない。だからこそソラのいた世界が消え失せ、ソラの力も弱くなった。また元の力が戻らぬように制御している。
ソラが本当に欲している存在はリテインではない。彼が唯一自分と対等であると感じた存在。それは気づかないうちに何度か出会い、本来ならばそれが自分であるはずだったと考えたこともあった。あれは一体何者で、何故、世界と呼ばれるのか。自分は気づかぬうちに力を奪い取られたのだろうか。創生の力は奪えるようなものではない。では、あれは何を意味し何故、自分と距離を取るのだろう。あれは果たして何を求めているのか。
マザを封印する時に協力してくれたが、それは自分ですらできない力を使ったものだった。そして、それが自分の持つ封印したはずの記憶を呼び起こした。創生の書のありか。その存在と自分が犯した過ち。ソラはそれからしばらくその存在を忘れようとした。自分が求めたものがいずれ必要になることを理解したからだ。そして今、ソラは思い出し、あれらを探すことにした。
世界の果てに存在する時の城。ノワ一族が住まう場所。イチノワはその城の主として住んでいる。
「イチ姫様。兄が消息を絶ってひとつきたちます。」
イチノワの側に仕えるためにヒトからノワ一族に転身し、現在シロノワと名乗っている白銀の髪の女性がイチノワの傍らで膝をついた。
「シロ。貴方はわたくしのことを疑っているのですか?」
「姫様はノワの要。どのような理由があってもノワ一族を護るお立場。私もクロノワもノワ一族の一部でありいつでも替えがききます。姫様がクロの存在を疑問視しており、それを理由に処分されたとしても誰も咎は問わないでしょう。」
「それは…、そのとおりね。だけれど、わたくしがノワ一族を手出しすることはできないわ。わたくしがトキノワに課されたものがノワ一族への手出しを赦していないから。」
「…トキノワ様?そのお方はどうして姫様に全てを任しておられるのです?」
「ノワ一族が生まれた時、その存在を認めるためにわたくしたちは一つの約束を守ることになった。それが一族の掟になり今があるわ。…クロはもうすぐ戻るわ。シロを置いていく訳がないもの。兄であり、貴方の愛する者。」
シロとクロは夫婦だった。しかし、ノワ一族となった時、役割が変わった。変化は二人を悩ませた。ノワ一族として双子でなければならない。同時に二人は深い愛で繋がっていた。だからこそノワ一族の一角になれたのだ。二人の愛を認めないものはいない。しかし、二人は役割という楔で夫婦というカテゴリから引き離された。二人は双子でなければならず、愛を紡ぐ行為を許されない。二人はただ、ノワ一族のために人生を狂わせたのだ。
「わたくしが任せたことはうまくいくと思うわ。シロに頼んだことももう終わったのでしょう?」
「私が探していたあの方は先日、星の連なりを助けたようです。見つけた時、ひどく困惑しておりました。ノワ一族が探しに来ることなんて滅多にないと話しておられました。」
イチノワは小さく笑った。
「ええ。でも、あの方が協力してくださる事は必要です。あの方はこの世の全てを紡ぐ者。あの方のためでもあります。」
イチノワはその時になってようやく自分が笑んでいることに気づき、頬を押さえた。
「ねぇ、シロ。あの方は今もそのお姿をとどめていましたか?」
「…あの方を直視できません。幻なのか、或いは霧ですらもう少しはっきりしますのに。」
「あの方には肉体は存在いたしません。だから、なにも視えないという言葉が正しいのです。その存在に名前もなく、また相応しい力もない。にも関わらずあの方はここにいる。矛盾であり、それを理解するにはあまりにも物事がこの世に少ない。」
シロノワがイチノワのために種を越えた。ヒトからノワになってからというもの、あらゆる知識を得るようになった。だからこそ、種を越えたものが別の知識があればよりその存在について知ることができることは知っている。だが、ノワ一族は変化する時を管理するためにいる。最高位ではないが、ノワ一族よりも高位の存在はすでにこの世から消えていった。
では、あれはなにか。高位の存在ですらない。この世の存在ではないが、明らかにこの世に存在している。何か奇妙なのだ。
「あの方はわたくしの知る者たちとは明らかに異質でした。まるで…違う場所から会話しているかのように。」
シロノワの言葉にイチノワは小さく笑みを浮かべた。
「あの方はこの世界に縛られた異界の住人だった存在。長い時を経てこの世界の新たな神になりつつあるのよ。いずれ神に即位されるでしょう。その昔存在した神とは異なる、輪廻の神に。」
シロノワはイチノワが嬉しそうに言う意味を半分は理解した。輪廻の神とは生と死を司る伝承の神の名。しかし、実際にはそのような存在はいない。誕生すらしていない存在が伝承としてあることに気を止めたものはいない。
「これから誕生することが予言されているのですか?」
伝承は過去に起きた事を語り継ぐためにある。つまりその伝承は未来に起こることを予言し、描かれたのか。
「…シロ。これから話すことも含め、よく心に留めておいて。わたくしはこの世に生まれ落ちたときからノワ一族です。ですが、あの方に名前がなく、またその存在を定義定めるものはありませんでした。今もあの方が何故この世に存在しているのかはわかりません。ですが、意味のない存在はこの世にありません。小さな砂粒ですら意味があるのです。そして、あの方は予定調和の中でカミサマとなります。予言…とは少し違います。あの方が自らにその運命をつくったのですから。あの方は自らに呪いをかけ、呪われしカミサマを創り出しているのです。あの方が望む世界の解放のためにあの方は自らを差し出したのです。」
シロノワはイチノワの話す意味を理解しようとした。呪いとは色々な意味がある。呪術はヒトを貶めるもの。または神を悪魔へと変貌させるもの。あるいは精霊が使う呪いは存在を抹消させる。では、世界を解放させるために使う呪いは?なにか意味のある力が使われているのだろうか。
「姫様。どのような力を使っているのでしょうか?」
「あの方が使う力はこの世界に存在しない。いわば何もない力。けれど、その力はおそらくこの世界には必要なの。わたくしはこの目で見たどの力よりも美しく繊細でそして、恐ろしかった。呪いと言ったけれどそれがどのような力を使って発動したのかは分からない。」
イチノワは遠い過去を思い出す。目の前で起きたことは今でも忘れていない。あの穏やかな声と共に自分の目の前にいた哀れな神の末路を。あの方は何かを使い目の前で自分を助けた。いや、助けたのではない。通り過ぎる不要なものを始末しただけ。その時自分は、ただ助かったと感じ、今まであった孤高な存在と言う者は自分を指すのではなくあの方を指し示すのだと感じた。あの方はこの世界に不要なものと必要なものを見極め自分が目指すものを造ろうとしていた。それを手助けしたいと願い出た時の高揚感は今でも忘れない。あの方はいずれ神となる。いや、そんな名前では収まらない。あの方は唯一無二の。
「この世界を統べる方。あの方は今いる神と名乗るモノを屠るでしょう。あの方にとって必要ないという存在であるならば。カミサマ達がノロワレていく。」
この世界ではない場所からやってきた存在はこの世界の形を変えようとしている。それが良いことであるのかは誰も知らない。しかしその存在はすでにこの世界の力あるものとして認識されていた。本来の時間軸とは異なることがおきつつあることを誰も気が付かない。その存在が本来いた可能性を誰も気が付かない。この世界は廻り続けている。
『世界を終わらせるために世界をやりなおして。繰り返し、繰り返し。俺はこの世界からでるのが望みだ。この、腐った世界を終わらせて、本当の世界に還るんだ。』
『お前の望みが叶わぬようにこの世界はずっと閉じ続けよう。お前は永遠にわたしの玩具でいるのだ。この世界を何度やりなおしても決して出ることはできない。お前はわたしのためにいるのだから。お前は…』
永遠に出られないこの世界において、記憶とは世界を現し、俺の記憶が世界となっている。ソラが持つ力、『創生の書』を奪うことをしないのは俺がその力よりも優れているから。そして、何個も前に会ったソラとの約束を守るために、俺は決して彼と接触しないでいる。だが最近になってソラが俺を探していることに気づいた。レナの病を治すためというのは口実だろう。記憶が断片的に戻った可能性がある。あいつはインティティだ。俺と同じ記憶で世界を現すことが可能な種。俺よりも優れた存在だったはず。にも関わらず俺よりも大切にされず、俺に仕えるように設計された。俺が逃げないよう見張るために造られ、今も俺が世界を終わらせるために何度も繰り返されたこの世界で、ソラだけは俺を俺と認識し、記憶が再構築し直され、俺を捕まえるために動き続ける。俺が逃げる手段を作れば作るほど、ソラは記憶を取り戻す。造り手が、最高峰の人形技師だ。俺を逃さないように最高の玩具を造った。俺がこの世界から出られない理由はソラの存在だ。殺したところで死を持たない玩具から逃げる方法は、ない。
『お前はわたしの最高の玩具。最高傑作であり、生きている本当の子ども。だが子どもがわたしを差し置いて優れた力を持つことは許さない。お前が何を言おうと、わたしよりも誰かに愛されてはならない。そしてわたしの愛以外を受け取ることも許さない。だからこのおもちゃ箱で暮らすのだ。永遠に。』
養父はそう言って俺をこの世界に閉じ込めた。どれだけ暴れても出られない世界。いつしか悟った。この世界と外はすでに切り離されどんなに暴れても本当の自分が生まれた世界には還ることはできない。そして養父は『死』がある世界で『死』んだということに。だから、中で暴れ続けてもいずれ受け入れなければならない。この世界で己は永遠に生き続け、すでに肉体すら消滅した外の世界に帰る方法は存在しないのだと。外の世界が未だあるかは確かめようもない。
『…。』
自分はこの世界の特別だろう。だが、この世界が廻るなら、受け入れたくない存在を消し続けよう。
『カミサマ』を消す。彼らは養父によく似ている。傲慢で、自分を欲し、そばに置き続ける。たいした力もない彼奴等は、いなくてもいい。少なくとも俺は永遠に消し続けるだろう。俺が消滅しないように彼奴等も永遠に消えないと知っていても。
終