最後の足音
大きな鐘が鳴る。
人々はその音を頼りに、その場へと向かう。乗り物も様々だ。馬で行こうとする者や、魔力で空間をさきながら進む者。中にはライガーを乗っている者も居た。
「テイ!」
ライガーに乗るソラとカイがテイを見つける。
「よう!」
テイは、テアの腕をしっかりと掴んでいた。そして、低空飛行で降りてきたライガーにテアを無理矢理乗せ、テイも飛び乗った。
「・・・誰だ?」
カイは揶揄うように問う。
「誰って、俺の息子だ。」
「へぇ、そうか。お前は嫁が居たんだなー?」
ソラは可笑しそうに笑う。
「なんだよ?」
「いいや。めでたいことだよ。なぁ、カイ?」
「・・・まぁ、テイの落ち着きがようやく見られる訳か。」
彼らはとてものんきに会話をしていた。まるでもう何もかも終わったかのように。これからのことをあまり意識していないのかもしれない。
セイラは会いたいと思っている人物に会えることを願っていた。
「ねえ、セイラ。貴方が間違っていることをこれでようやく理解するわ。」
セルスは、セイラの想い人に会えるという浅はかな考えを口にした。セイラはずっと自分の思い違いに気がついていた。そして、セルスも会いたいと想う存在に会えるはずなどないと分かっていた。
「私もあなたも、間違っているのよ。本当の王様に会えるなんてないわ・・・。」
セルスの言葉を無視して、セイラはまっすぐに鐘の鳴る場所へと突き進んだ。
レナは信じていた。星夜が自分だけを見つめてくれること。それが、自分の存在理由。
「何故?何故なの?」
一人の女性が美しいドレスを身に纏い、立っていた。鐘が鳴る。まるで女性を祝っているかのよう。
女性のすぐそばに、星夜は傅いていた。
「星夜はわたしのために・・・、いるの。」
レナは星夜の隣で彼を立たせようとした。
「あなたは誰?私の大切なものを、何故こんなことに?」
「・・・。」
女性は何も言わない。見れば見るほど麗しい。その瞳には星の瞬きが輝いていた。それはいつかどこかで聞いたことがある、瞳。彼女はゼノロワの民であるのかもしれない。
遠い昔に話を聞いた。
その昔、ゼノロワと呼ばれる国があった。その統治者は『ヒルワン女王』。人間とは思えぬほどの美しさで、統治した国はみるみる発展した。才能は神をも凌駕していた。長けた知能は人間と同等の生き物を造ったという。人造人間と呼ばれるその生き物で国を守り、その血脈達に統治させた。現在もその国は機能し続け、永遠に滅びることはないという。
そして、ヒルワンの血を引き継ぐ者には星の瞬きと呼ばれる瞳を持っているのだという。
彼女はその後継者だということ。そして、レナの愛する星夜に『何かを』したということ。
「どうして!どうしてわたしの大切なひとを・・・。あなたに何の権限があるの?」
レナは魂がないはずだ。星夜の実験と、テアが異能を使ったことで彼女は死んだはずなのだ。なのにこの場に居る理由。レナは死を免れた。
「私がこの存在を許さないことは貴方が一番知っている。」
「・・・?」
レナはその意味を理解していないことは明白だった。
「貴方がこの世界を狂わせたのです。貴方はこの存在を招き入れた。」
女性は怒りを伴わない声で朗々と語る。
「貴方がこの世界にこの存在の居場所を与えた。『レナ・ヲード』。思い出しなさい。貴方は誰で何なのか。」
「ヲード···。」
懐かしい名前。心に残った一粒のかけら。誰がその名前を忘れさせたのか。目の前いる存在。
「あぁ、懐かしい名前・・・。わたしの本名ね。どうして?」
レナは記憶を思い出した。
第一世界・ヲードは多くの者が生きて暮らしてた。宇宙という広大な大地に転々と世界が散らばり、移動には魔法や、異能、魔導など特殊な力を持つ者が必要だった。移動を制限する者が居る場所もあった。その場所は世界と呼ばれる者が許可しなければ入ることは許されない。
レナは第一世界である。それは聖域を守る守護神を指した。だからレナが、この世界を破壊したに等しい。破壊者を自らの土地に招き入れ破壊を手伝ったから。
「落ち着いているのね。」
「落ち着くわ、当然。」
レナは記憶が戻っても変わらなかった。ただ、楽しそうに笑った。
「この世界に余計なゴミを。どうしてわざわざ?」
「貴方の世界ではないでしょう?」
レナは嗤った。
「貴方はゼノロワ・ヲードよね?貴方はあの歪な国のヲードでしょう?みれば分かるわ。その瞬き。星の一族の呪いでしょう?貴方のヲードだって滅びたはず。ここと同じ。星の一族が根絶やしにするために、すべてのヲードを始末している。」
「・・・。いいえ。わたしのヲードはわたしが閉ざした。あの世界はわたしの大切な者を殺したから。ねぇ、知っているかしら。無能な男は私の足のしたに屈すればいいのよ。わたしは貴方と違って、まだ力が使える。異能は受け継がなかったけれど。ヲードだから一つだけ使えるのよ。意思を奪うための力。貴方にも行使できるの。わかる?」
レナはじっと彼女をみた。彼女の瞳に映っている瞬きはとてもきれいだった。でも、その瞳が星の一族から奪ったものだという事実は変わらない。美しいのに何も映していない。彼女は何を見ているのか。果たして自分をみてくれているのか。
「教えてほしいわ。ね、貴方は私がどうしてこんなことをしたとおもう?」
「・・・。この世界が終わる直前、貴方は死を恐れた。本体をなくした守護神は死ぬから。」
「・・・はははは。なんで?そうよ、死ぬ。でもなんで?わたしが死ぬ理由が何故、この世界と一緒に死ぬことなの?可笑しいでしょう?」
「・・・ヲードにされたわたしもそう考えた。どうしてって。でも、答えなんてない。生きることも投げ出したかった。生きる意味を死ぬ前から捨てた。そうして、家族が言ったのよ。なんで何もせずそこに居るって。まるで銅像のように。立っていただけだったのよ。何もせず、ただただ・・・。答えは今もない。死ぬこともできない。でも、弟が息をしてって。呼吸しろって。足掻けよって。家族が、言うのよ。貴方の周りに誰もいなかったのね。それで?だから諦めたの?このヲードを誰かにあげようって?ずっと守ってきたヲードを赤の他人に?貴方はこの地の守護神。なんのために、生きたの、今まで。」
果たして、目の前の美しい女性は怒っているのか。泣いているのか。表情もなく、淡々と言うのだ。でも、レナのことをずっとみている。ずっと、みてくれている。
「わたしは・・・。生きていたのよ、ずっと。でも、急に死ぬかもしれないって。怖くて、どう逃げればいいのか、分からなかった。でも、それは悪くない。だって、急に起きたこと・・・。」
「・・・。ヲードになった者として貴方を断罪しないといけない。わたしは、自分の世界を守るために貴方とこの存在を、死海へ送らないと行けない。ヲードの番人がその力を明け渡したことが死海の番人に知られているから。」
「・・・?死海?」
「死後の世界より深いその先。わたしも知らない。でも、わたしは貴方を送るためにすでに彼らに話を託した。番人が貴方を連れて行くでしょう。」
「待って・・・。わたしは死ぬの?」
「えぇ・・・。そのためにわたしは貴方をここに呼んだ。レナ。忘れた記憶をすべて思い出したでしょう?死が怖いことも。やってはいけないことがあることも。神と呼ばれているのは、その行いを自らも正すため。わたしは彼らと話をすませた。」
レナは気がついたときには周囲にシルクハットをかぶったやせっぽちな体型の男達が囲っていた。空中で立ち止まっている者や、すぐ側で口笛を吹く者。みな、同じ姿で同じ黒いスーツを着て、黒いステッキを持っている。
「こんにちは、レナ様。」
一人の男(全員同じ顔なので、区別はつかない)が、すっと前に出てきた。
「貴方様の様子はずっとみておりました。大変、興味深い行動をなさっておりました。我々は貴方様を連れて行くのに、時間はいらなかったのですが、どうも、その男がおかしな細工をしておりましたので、少々待つことにしたのです。なにしろ、貴方様はこの世界の中核。急に居なくなった場合、この世界に巻き込まれてしまった存在たちが、死海に流れ着く恐れがありました。なので、現在、この世界に滞在する、『多世界』の住人を排除しております。それができるのは、そちらの女性のおかげです。ゼノロワのヲードがここにいらっしゃるのはなんの縁でしょうね。」
シルクハットをひょいっと持ち上げ、ケタケタ笑う。ハットのなかは空で頭もなかった。
「おっと、話がそれました。貴方様の恐れている『死』はすぐそこです。よくもまぁ、あらがいました。」
男は少しだけ怒っているようだ。
「死者になる者は抗いますよ、基本はね。ですが、他者を巻き込み、世界の秩序を巻き込んだ。実験をされたこの世界の生き残った人々がもう死海で待っているんです。貴方様、を。」
「・・・え?」
レナは心の中にある何かが動いた。今まで、忘れていた、者達。自分の世界を愛していた存在。
「待っていますよ、貴方様、ただ一人を。だって、愛していたでしょう?愛されていたでしょう?」
「待っているの?」
「当然ですよ、もちろん。貴方様が何故いないのか不思議そうにしています。」
「・・・行かないと。わたし、行かないと。みんなに会いに行かないと。」
「えぇ、そうでしょう。」
レナは、無意識にシルクハットの手を取った。行くべき場所に行かないと。謝らないと。待たせている。ただ、焦る。そして、思い出す。顔を。一人一人の顔を。あぁ。何故、忘れていたのだろう。何かの香りが風に乗ってやってくる。同時に声もきこえてくる。温かいぬくもりと共に・・・。
ヲードが一瞬にして消える。それが世界の死を意味した。世界の一つが消えた。それが、何かを意味することもない。ただ、ずっと終りがないままに多くの命は続くだけだ。それを知ることもない。命の流れは続く。それが、生命の神秘。
生きることを恐れる者もいれば、死を恐れ、生にすがり、なんとしてもその命を守ろうとする者も居る。生を拒絶しようとしても終わることができない者もいる。それが宇宙に連なる多世界。
フィーブルタンは自らの意思で、自らの世界に細工を施した。それは、いつか誰かが救ってくれると信じて。眠りについた人々がもう一度幸せになるために。レナとは違う、命を捧げる形にした。自分の命がどうなってもいいが、自分の世界の人々を守るために。
ゼノロワの王国が『時の塔』の中で眠りについていることに気づくのは誰でもない、弟や家族だろう。未来のゼノロワの民だけだ。今、あの地に行っても何もできない。
「いずれ帰るために、わたしは、旅を続けよう。」
最後の足音 終り




