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第捌話 小梅

 にぱっと花が咲いたように無邪気に笑う少女は、しかし一目見てただの少女では無いと分かる。


 頭部から生えた二つの耳に、臀部あたりから伸びるふさふさの尻尾。この二つの要素は、およそ普通の人間にはあり得ないものだ。


 予想外の出来事に、雪緒は思わず唖然としてしまう。


「……主殿?」


 小首を傾げ、少女は雪緒の顔を覗き込む。


「もしや、主殿ではないのでござりまするか? では某、誰に呼ばれたのでござりましょう?」


 くるりと周囲を見渡せば、目に入るのは晴明と冬だけだ。


 少女は晴明と目が合うと、ぴんっと耳と尻尾を立てて驚きを露わにする。


「やや! 貴女様は噂に名高き陰陽師、安倍晴明様ではござりませぬか! もしや、貴女様が某をお呼びに?」


「いや、其方を呼んだのはそこの男だ。私は其方を呼んではおらん」


「やや! ではやはりこの御仁が某の主殿でござりまするね!」


 言って、少女はその場に正座をし、膝の前に両手を置いて頭を下げた。


「某は狐の小梅にござりまする! 以後お見知りおきをば!」


 深々と頭を下げる小梅を見て、ようやく理解の追いついた雪緒は慌てて小梅に言う。


「あ、いや、頭を上げてくれ! 俺、別にそんな深々と頭を下げられるような人間じゃ――」


「へりくだるな馬鹿者。其方は式鬼の主となったのだ。主であれば主らしく振舞え」


 雪緒の言葉を遮り、きつい声音で叱責する晴明。


「そんな事、急に言われても……。そもそも、別に召喚したかった訳じゃ……」


「まぁ、言い出しっぺは私だ。だが、小梅は其方を護る式鬼としての契約に応じたのだ。であれば、其方はもう主だ」


「だからって、偉そうになんて出来るかよ」


「偉ぶれという訳では無い。主らしく接しろという意味だ。それではどちらが主か分かるまい。それに、其方のためでもあるのだ」


「俺のため……?」


「ああ。式鬼は曲がりなりにも妖、荒神の類だ。其方に隙があれば、たちまち食われるぞ?」


 低い声音で、脅し込むように、晴明は言う。


 晴明の真に迫る声音に、思わず息を呑む。


「幸い、小梅は邪な存在ではない。が、腐っても妖だ。寝首をかかれぬよう、精々気を付けよ」


 晴明は扇で口元を隠す。扇で見えないけれど、晴明はとても意地悪な笑みを浮かべている。


 本当に邪な妖であれば、晴明は出て来た瞬間にその場で処していた。それが出来ない晴明ではない。


それに、冬も密かに臨戦態勢を取っていた。初めての式神召喚で失敗する事はよくある事だ。そのため、即座に屋敷から叩き出せるように準備はしていた。因みに、屋敷の外に叩き出すのは、血で汚れると掃除が面倒だからである。


 雪緒に分からないように準備をしていた二人が何もしなかったという事は、小梅は邪な存在ではないという事の証左なのだ。


 それが分かっていながら、晴明はあえて意地悪な事を言う。つまり、雪緒を揶揄って遊んでいるのだ。勿論、言っている事は陰陽師としては至極当然の事であり、忠告自体もまた真面目なものではあるのだけれど。


 そんな事もつゆ知らず、雪緒は至極真面目な顔で小梅を見ていた。


 雪緒にとっては初めての式鬼だ。それに、安倍晴明の助言もある。身構えてしまうのも無理はない。


 だが、身構えるのはそれだけが理由ではない。


 嫌がるような、躊躇うような、そんな雪緒の態度を、晴明は見逃さなかった。


「えっと……」


 いきなりの事で言葉が出てこない雪緒。言葉の出てこない自分を待って、いつまでも頭を下げている小梅を見ていると申し訳ない気分になる。


「とりあえず、顔を上げてほしい」


「承知いたしたでござりまする!」


 しゅばっと勢いよく顔を上げ、花のような笑みを見せる小梅。


 その笑みには悪意が無い。楽しそうに遊んでいる時の子供のような無邪気さがあった。


 あの子とは違う。けれど、何処か似たような雰囲気のある、心の底から浮かべている笑みに、雪緒は少しだけくぐもった表情を浮かべる。


 硬く、ぎこちない笑みを無理矢理浮かべて、雪緒は言う。


「小梅って言ったか?」


「はい!」


「えっと、御免な。俺、陰陽師とかじゃ無いけど、これから……仲良……いや、よろしく頼む」


「こちらこそ! 某と仲良くしてくれるととても嬉しいでござりまする!」


 にぱっ。天真爛漫に笑みを浮かべる小梅を見て、雪緒は何とも言えない表情を浮かべる。


「して、某は何をすれば? 主殿の身の回りのお世話でござりましょうか?」


「いや、違う。其方は護衛だ」


 小梅の質問に答えたのは雪緒ではなく晴明であった。


「護衛って、どういう事だ?」


「其方は言うたな。少しばかり強い霊であれば対処をせずに逃げると」


「ああ」


「私の見たところ、小梅はそんじょそこらの妖や霊程度では太刀打ちできぬ程に強力な妖だ。護衛としてはうってつけであろう? 加えて、小梅は妖だ。よほどの事が無い限りは死にはしないだろう。先の世でも、其方を護ってくれるはずだ」


「護衛……」


 思わず、雪緒は小梅を見る。


 見た限り、ただの幼い少女。護衛になるとは到底思えない。


「あとは、そうさな……疑り深い其方を納得させる要因にもなる。小梅が先の世でも健在であれば、縁を辿って召喚に応じてくれるだろうよ」


「つまり、俺が戻ったら小梅を召喚してみれば良いって事か?」


「そうだ」


「なるほど……」


 それは雪緒にとっても価値のある事だ。今も鮮明に平安を過ごしているけれど、これが夢である可能性はまだ捨てきれない。現代で小梅を召喚できたのであれば、過去と未来が繋がっているという事に他ならない。


 やってみる価値は十分にある。


 だが、小梅を召喚すれば、それは小梅を護衛として使うという事だ。


 その事に、雪緒としては忌避感がある。


「……分かった。向こうに戻ったらやってみるよ」


「そうすると良い。ああ、そう言えば一つ聞こうと思うていた事があるのだ」


「なんだ?」


「其方の時代に今の時代の物はどれほど残るものなのだ?」


「え、そうだな……刀とかは結構残ってるかな? 国宝にもなってるし。後は、建物? なんか、絵巻物も残ってた気がする」


「ほうほう、なるほどなるほど」


 頷きながら、晴明は雪緒の目をしっかりと見据える。


 晴明の全てを見透かすような瞳に見つめられ、雪緒は思わず目を逸らす。


「な、なんだよ……」


「……いや、何。其方、気を付るのだぞ」


「は? 何に?」


「色々、だ。まぁ、小梅がおるならば大丈夫だとは思うがな」


 意味深に言ってから、晴明は茶を啜る。


 その言葉の意味が分からなかったけれど、晴明が話したがらないのであれば話したくない事なのだろうと思って深くは聞かなかった。


 その事を、後になって後悔した。


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