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第弐話 時間遡行

「は? なんだ此奴は?」


 誰かの困惑した声が耳に入り、薄っすらと意識が戻り始める。


「晴明様。いかがなされますか?」


「……想定外ではある。が、助太刀であればお前だけでも事足りよう。冬、お前は目の前の奴を。私は此奴の様子を見よう」


「承知いたしました」


「ふむ。では、此奴か。おい、起きよ。意識は在るのだろう?」


 少し強めに、何か硬い物で額を叩かれる。


「いっつ!? は!? 何!?」


 予想外の衝撃に、まどろんでいた意識が強制的に覚醒する。


 勢いよく起き上がれば、目に入って来たのは見慣れぬ光景。


「っつぅ……何なんだよいったい……」


 痛みにぼやきながらも、少年は周囲を見渡す。


 少年の居る場所は、木々が生い茂る林の中。が、人の手が入っているのか少し開けている。


「あれ、俺なんでこんなとこに……」


「行けぇ、囲め囲め!!」


「糸を吐くぞ、気を付けろ!!」


「怪我人は下げろ!! 邪魔だ!!」


 その光景に違和感を覚え、少年は即座に意識が落ちる前の事を思い出す。


「確か、山に居て、それで……」


「晴明様の式鬼に巻き込まれるなよ!! 身体が飛ぶぞ!!」


「きえぇぇぇぇぇいっ!!」


「だぁもう!! なんだようるせぇなぁ!?」


 考え事をしている間に耳に入る男達の怒号。


 思わず怒鳴りながら怒号の方を見やれば、そこには予期せぬ光景が広がっていた。


「…………は?」


 自身の少し先。そこで、自動車程の大きさの巨体を持つ蜘蛛を相手に、刀や槍を持った鎧武者が斬った張ったの大立ち回りを繰り広げている。


 余りにも非現実的な光景に、夢なのかと思い頬を抓ってみるけれど、確かな痛みとなって返ってくる。


 夢ではない。これは、現実だ。だからこそ、意味が分からない。


「なんじゃこりゃぁ……」


「源氏武者が土蜘蛛と戦っているのだ。私の式鬼も手勢に加わっているがな」


 少年の漏らした言葉に思わぬ返答があった。


 慌てて声の方を見やれば、そこには一人の少女が立っていた。


白を基調とした狩衣に身を纏い、立烏帽子を頭に被った、手には黒塗りの扇を持つ少女。


 少年より少し年上だろうか。艶やかな黒髪に目鼻立ちの通った美しい顔。さながら、狐を思わせる美しく吊り上がった目は冷徹に少年を射抜き、少年のことを最大限警戒しているのが見て取れる。


 警戒している少女とは裏腹に、少年は少女の美貌に思わず見惚れてしまう。


 少年が出会ったどの女性よりも美しい。率直に、そう思った。


 少女は扇で口元を隠しながら、狐のような目を細める。


「其方のその呆け面を見る限り、其方にも事情は説明出来ぬようだな」


 少年の顔を見て何やら納得した様子の少女。しかし、少年は何がなんだかまったく分からない。


「な、なぁ、此処はどこなんだ? てか、あれなんだ?」


「此処は北野天満宮の裏手の塚だ。先程も言ったが、あれは土蜘蛛。戦っているのは源氏武者だ」


「北野天満宮ってどこだよ……。ていうか、土蜘蛛? 源氏武者って、あの源氏だよな?」


「私は良いが、彼奴らの前で無礼な口は慎めよ。首を刎ねられても私は庇わんぞ」


 言いながら、少女は近くの切り株に座る。


「それで。其方はいったい何者なのだ? 見たところ、妖のようには見えぬが、恰好は変だな。都では見ぬ格好だ」


 しげしげと、観察するように少女は少年に視線を向ける。


 少年は直ぐ近くで行われている戦いにびくびくしながらも、立ち上がって少女の方へと向かう。


「俺は、道明寺雪緒。中学三年で……って、これ映画の撮影? なんなのこれ?」


 少年の自己紹介の通り、少年の名は道明寺雪緒。何処にでも居る普通の中学三年生――というにはいささか特別な能力を持っている。


 単刀直入に言えば、雪緒には幽霊が見える。幼い頃から幽霊が見えており、かつ、何故だか雪緒の住む街には幽霊が多かった。そのため、自然と幼い時分に幽霊との付き合い方を学び、対処法を編み出していた。


 とはいえ、それとこれとは話が別であり、今目の前で起こっている事についてなんら解決策になる訳でも無い。それに、初対面で霊感が在るだなんて言うやつはいないだろう。


「気付いたら此処にいたんだけど……。本当に、此処ってどこなんだ? なんか、あんたらも恰好変だし……」


「其方に言われとう無いわ。なんだその奇怪な恰好は」


「何って、合羽だけど?」


「河童? 其方、妖を身に纏っているのか? 見かけによらず野蛮なのだな……いや、見かけ通りか。その目付き。幾人か殺めている者の目だな」


「いや殺して無いわ。……あ、いや……」


 即座につっこんでから、何かに思い至ったように口ごもる。


「……? まぁ良い。其方、妖では無く人間なのだな?」


「ああ」


「ふうむ。これまた、面妖な……」


 頷き、少女は何かを考えるように頤に手を当てる。


 少女が考え込んでいる間に、背後で轟音が鳴り響く。


 驚いて見やれば、一人の少女が巨大な棍棒を振り回して土蜘蛛を滅多打ちにしているところだった。


「な、なぁ、あれ放っておいて良いのか?」


「気にするな。以前の土蜘蛛よりは数段劣る。四天王がおらずとも、冬さえいればなんら問題は無い」


「はぁ……」


 少女にそう説明されても、雪緒には何がなんだか分からない。


 とりあえず現状を把握するならば、あの大きいのは土蜘蛛という妖怪で、戦っているのは源氏武者。そして此処は北野天満宮の裏手の塚という事だけだ。


 源氏武者という事は、歴史の教科書にも載っている源頼朝などの源氏で間違い無いだろうけれど、それはもう千年も前の話だ。土蜘蛛という妖怪だって、現代では見た事など無い。


それに、朝廷に仇なす者や、まつろわぬ民を妖怪に見立てたと言うのが通説でもある。土蜘蛛だなんて妖怪、実際には居ないとされているのだ。


 であれば、映画の撮影かとも思うけれど、監督も撮影者も居なければ、目の前で戦っている源氏武者は土蜘蛛の鋭利な足先で切られて普通に血を流しているし、もっと言えば腕も吹き飛んでいる。


「うっ……」


 思わず口に手を当てて目を逸らす。


 普段から、それに近いものを見たりはしているのだけれど、それが目前で繰り広げられているという生々しさは普段の光景には無い。思わず目を逸らしてしまうのも致し方の無い事だろう。


 目を逸らした先では、少女は考え事が終わったのか、その視線を雪緒へと戻していた。


「……そうだ。あんたの名前はなんて言うんだ?」


「ああ、そう言えば名乗っていなかったな」


 ぱしんっと黒塗りの扇子(せんす)を手に打ち付けて、少女は事も無げに言う。


「私は安倍晴明。しがない占術師だ」


「……は?」


 つまらなそうに言い放った少女にたった一言返すのがやっとだった。


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