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鏡に映るモノ

作者: 葉月



これは俺が体験した話だ。



まだ日中は暖かくても朝晩は少し冷える頃。その日、俺は会社で1人残って仕事をしていた。後輩のミスの尻拭いをしていたら、自分の仕事が後回しになってしまった。


休憩せずにパソコンと向き合っていたからか、首と肩が痛くなってきた。少し休もうかと思い時計を見ると、時間は21時を回っていた。この時間ならもう残っている人はいないだろう。


コーヒーでも買いに行こうと、俺はデスクを離れた。立ったついでにトイレに向かう。

流石に静かな夜のビルは怖い。得体の知れない何かが出てきそうで足早にトイレへ急ぐ。早く仕事を終わらせて帰ろうと、手を洗いながらトイレの鏡を見た。その鏡からは廊下が見えるが、電気は非常灯しか点いていないので薄暗い。




水を止めて鏡を見ると、誰もいないはずの廊下に黒い人影のようなものが歩いているのが鏡に映った。




俺は思わずトイレから飛び出し、廊下を見渡すがそこには誰もいなくて、足音もせず無音の空間が恐怖心を煽る。

ここは、5階建てのビルに何社か入っているため、夜は警備員がいる。だが、警備員なら電灯を持って巡回するはずだし、まだ巡回の時間では無かったはずだ。なので、この時間に廊下を歩く人などいない。


疲れが溜まっているのかもしれない。気のせいだと思い、何も見なかった事にして俺は仕事を切り上げて帰る事にした。

その日は人影が気になったせいか、帰ってからもなかなか寝付けなかった。





翌日、会社で昨日見た人影を同僚達に相談しようかとするが、笑われるかもしれないと思い何も言えなかった。幸い、日中に人影を見る事も無く過ごせたので、やはり疲れていたのだと思った。






だが、その夜。奇妙な夢を見た。


俺は真っ暗な空間に立っている。周囲を見渡しても暗闇だ。歩きながら、手を左右に振りながら触れる物が無いか探す。すると、突然固いものが右手に当たる。驚いて右手側を見ると、そこには俺が映っていた。


そこにあった物は1枚の大きな鏡だった。


何故鏡がと思い顔を近付けると、その瞬間に目覚ましの音楽が聞こえ、俺は暗闇から抜け出した。

嫌な夢を見たと思いつつ体を起こす。熟睡感は無く、体もだるいような気がするが、取り敢えず仕事に向かった。





その夜も同じ夢を見た。

俺の周囲は変わらず暗闇だ。どんなに目を凝らしても僅かな光さえ見えない。俺は鏡の前に立っているが、そこから動けない。鏡を押してみても少しも動く気配がない。

と言うよりも、置いてあるのではなくその空間に浮いているようにも見える。その証拠に、俺の足は膝下辺りまでしか映っていなかった。結局その日も何も起こらず、目覚ましの音楽で現実に戻される。



そんな夢が何日も続いた。

毎日変化しない夢に流石に俺もうんざりして、夢を見たくないから眠いのに寝る時間が遅くなっていった。お陰で毎日寝不足だった。

ある日、何時ものように夢の中で鏡と対峙する。どうにか出来ないかと思っていると、一瞬奥で何かが動いたように見えた。見間違いかと思い暗闇の中で目を凝らす。すると、鏡の中に何やら周囲の黒とは違う塊が見えた。随分奥の方にあるが、周囲を灰色で薄く縁どったような塊がそこにはいた。


その塊の正体を知る前に、俺は現実へ引き戻された。




それから、夢を見る度にその塊がはっきり見えるようになった。と言うよりも、日に日に大きくなっている気がする。むしろ、俺に近付いてきているんじゃないかとも思える。俺は何とも言い難い恐怖に襲われ、ますます眠れぬ夜が続いた。

寝不足が続き、日に日に顔色が悪くなっていく俺を同僚達が心配してくれる。休むように言われるが、休んで眠ってしまったらあの奇妙な塊が夢に出てくる。それを考えるとますます休めない。



そんなある日、夢の中でふと気がついた事がある。

奇妙な塊が、最初はただの丸に見えていたが、意味のある形になってきていた。丸から棒。そして、棒から木の枝みたいに何やら生えてきている。

俺との距離が後10mになりそうな時。はっきりとその形が分かった。



それは人型をしていた。




俺は思わず夢の中で叫び、その声で目が覚めた。目が覚めてもまだ暗く、俺は時間を確認した。時間は午前2時半だった。

そこからまた眠る気にはなれず、俺は1晩眠れぬ夜を過ごした。




それからは、鏡を見る度にあの奇妙な人型をしたやつがいるんじゃないかと気になってしまう。1度、鏡に映った同僚を見て奇声を上げてしまい、変な目で見られた。




奇妙な夢を見始めて2ヶ月。

昼間は鏡に怯え、夜は夢に現れる人型に怯える。そんな生活に疲れ果て、仕事を続けられそうに無かったので、会社を辞めようかとも思い始めた頃。


何時ものように重い足取りで出勤すると、会社が入っているビル周辺に、人だかりが出来ており騒然としていた。道路には警察車両と救急車も停まっている。何事かと野次馬に紛れて様子を窺っていると、肩をポンっと叩かれる。驚いて振り向くと、そこには同僚が立っていた。


先に着ていたらしく、状況を説明してくれる。どうやら、5階にある会社の社員が亡くなった状態で発見されたらしい。場所は屋上に繋がる階段の踊り場。そこには使われていないロッカーや机が乱雑に置かれていたらしく、そのロッカーに入っていた。どうやって入ったのかは謎だが、死因は窒息死らしい。

事件か事故かはこれから調べるが、まあ自殺だろうと周りは言っているようだ。


「あ、そうそう。亡くなったのが2ヶ月くらい前らしいが、その頃お前残業した日あったよな??何か見なかったか??」

興味本位で聞いているのだろうが、俺は背中に何やら冷たいものが流れた感覚がした。俺は何も見ていないと言い、その場を離れた。だが、同僚曰く今日は仕事にならないようなので、皆帰るそうだ。俺もそのまま帰る事にした。




俺は残業した日、鏡に人影が映った事は誰にも言っていない。



もしかしたら、あの人影は誰かに見つけてほしかったのかもしれない。

そこに、たまたま俺がいたから夢にまで出てきのかもしれない。



そう思うと、夢に出てきた奇妙で恐ろしかった人型が全く怖くなかった。むしろ、気づいてあげられなくて申し訳なく思えてくる。


俺は遠くからビルを見上げながら静かに頭を下げる。

花でも買って、明日にでも手向けようと俺は近くの花屋へ向かった。










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