第三話
教室へと戻った俺はクラスみんなに煽られていた。
「実、お前声裏返ってたな」
慶がトロフィーを抱えつつ、満面の笑みを浮かべながら俺の席に近づいてくる。
「黙れ、殺すぞ」
「怖いこと言うなってー、あ、それとも蛍が勉学で一位取って、俺と海も部活動の部で呼ばれてたのが悔しいのかな?」
それを聞いて海と蛍が畳みかける
「えー、そーーだったのーーー。ごめんねーーー。運動できてーーーー」
こいつに関しては顔がうざすぎるだけだからまだ我慢できる。
「やめてあげなよ2人とも。実はなんの取り柄もないだけなんだから」
「よし、やっぱり蛍に関しては殺さないとダメだ。あまりにも俺がかわいそうだ」
「言葉遣いが荒いよ実。僕は本当のことを言っただけなのに。だからその他の部門で減点ベストオブザスクールに選ばれちゃうんだよ?」
「よーしわかった、一回でいい、一回でいいから殴らせろ。加点ベストオブザスクール君」
「まぁまぁ落ち着いた方がいいわ、実君。そんなに怒っても疲れるだけよ?」
「あぁそうだなっておいテメェ学級委員長。そもそも委員長がアナウンス中あんな無駄な演出加えなければ恥ずがらなくて済んだんだが?!?!」
「あら、そう?でもクラスのみんなには好評だったわよ?」
委員長、相ノ木恵美梨は悪びれた様子を微塵も出さない。
「「「最高だったーーーー!!」」」
クラスのあちらこちらで委員長最高だったーとかほざいている。
「あぁ神様なんで私はこのようなクラス35人のうち味方が1人もいない鬼畜クラスに配属されてしまったのでしょうか。」
「「「ドンまーーーーい」」」
「そんな心のこもってないドンマイをみんなして言うんじゃねぇぇぇぇぇぇ」
クラス中でドンマイコールが鳴り止まない中、俺はクラス中に中指を立てまくる。
ズーーー、ドンっっっ
年季の入った教室のドアが開き壁にぶち当たる音がクラス中に響き渡る。
「お前らうるせー、席座れー、HRすんぞー」
その人が教室に入るとみんなすぐさま自分の席に戻る。
この男みたいな喋り方の先生が我々のクラスの担任の木更津真希先生である。
「お前ら、実が面白いのはわかるがあんま馬鹿にすんなよー。すぐ萎えちゃうから」
「真希先生、それフォローになってないっすね」
「黙れ実、フォローとして聞く努力をしろ、そしてフォローとして受け取れ」
「そんな無茶な」
「減点ベストオブザスクール君には難しいか?」
この人俺のこと馬鹿にしてるよね?教員に生徒が言い返せないの知っててやってるよね?
「善処しますよ」
「わかればいいんだよ」
真希先生はそれだけ言うとクラスを一望し誰も休んでないことを確認する。
「そういえば先生はなんで今日朝くるの遅れたんすか?」
よく質問した海!場合によっては弱みを握れるぞ!
「ちょっと手続きをしてて遅れた」
「なんのっすか?」
いいぞ海!!もっと聞け!!ボロを出させろ!
「それは今から説明する、入ってきていいぞー」
スーーー
真希先生が訳わからないことを言ったと思ったら、先ほどとは打って変わって、ドアが耳鳴りのような音をださずにむしろ心地よいくらいの音色を奏でて耳に飛び込んでくる。
カツッ、カツッ、カツッ
教室の地面に靴が当たる音が一定のリズムを刻みながら右から左にドアから離れるように動いていく。メトロノームよりも正確で心地よいリズムを刻んでいるかの様にも思えたその音は教室の中心で止まった。
「初めまして、佐藤紬です」
どこか幻想的でもあるような声が空間を包み込む。俺はもう真希先生のボロなんてどーでも良くなっていた。脳は視覚で感じ取った情報を処理することだけに集中していた。それくらい彼女は美しく見えた。
「とりあえずこっちに移動しようか紬」
真希先生がしばらく静寂に包まれていた空間に終止符を打つ。
「はい」
転校生は素直にそう返事をすると先生が手招きする教壇の方へと歩き出す。
そして先生に促されるままに黒板に自分の名前を書く。
「じゃあ紬、もう一度自己紹介をしてもらってもいいか?」
転校生は黒板に自分の名前を書き終わり、チョークを桟に置き、太ももの前の方に鞄を持ちながら丁寧にこちらに振り返る。
「あらためて佐藤紬と申します。よろしくお願いします。」
先生は俺に目配せをしている。数瞬の間、脳が働かず硬直していたが先生の意図に気づいた俺はすぐ我にかえる。
「3年A組にようこそ!!紬ちゃん!!」
左後ろの窓際の席を陣取る俺が先陣を切って紬ちゃんの自己紹介に拍手をしつつ返答する。
「ようこそ、紬ちゃん!」
最初に蛍が俺の援護をする。海と慶もそれに続く。
「俺は海だぜ!!これからよろしくな!!」
「ようこそ!気楽にねー」
そして流れはすぐに伝播し、あちらこちらで「ようこそ」や「よろしく」が繰り返され、拍手が滞りなくクラス中に行き渡る。それがひとしきり終わった後、1番前の真ん中の席にいる学級委員長が立ち上がり
「少しうるさいクラスなのだけれどみんな優しい人だから心配しなくても大丈夫よ。あ、でも1番左後ろの子は気をつけた方がいいかもしれないわ。これからよろしくね。佐藤紬さん」
「「「よろしく!!」」」
「おいこら委員長おおおおおお、やばいやつだと思われたらどーすんの?!」
「実がやばいやつなのは間違ってないでしょ」
「慶、お前は俺に二発殴られろ」
「わー、怖い怖い。助けて蛍ー」
「仕方がないよ慶、実はやばいやつなんだから」
「先生助けて、新手のいじめ受けてるんだけど」
「よし、じゃあとりあえず紬はあのバカの隣の席に座ってくれるか?」
「バカって俺じゃないよね?俺の隣しか席空いてないけど俺じゃないよね?」
「実、先生に対しての口の聞き方がなってないんじゃないか?後でマイナスポイント付与しとく」
「…そんなバカな」
そんなやりとりでクラスが笑い声で心地よく暖かい雰囲気につつまれる。
「じゃあさっき言った通り紬はあの席についてくれ」
「わかりました」
転校生は先生に一礼した後、流れるようにこちらに歩いてくる。
スー、ストンッ、
彼女は木製の椅子に腰掛ける。
「これからよろしくな。佐藤さん」
「はい。佐久間実君」
「俺が学校案内でガッカリ?」
俺は放課後、校内の廊下を転校生と2人きりで歩いていた。
「いや全然そんなこと思ってないよ!むしろ佐久間君で嬉しいくらいだよ!こちらこそ、私なんかのために時間使わせちゃってごめんね」
彼女は手のひらを顔の前で合わせながら、申し訳なさそうな顔をする
「いやいやそれは全然気にしなくていいぞ、そもそも悪いのは真希ちゃんだから」
俺は木更津真希先生からの指令で『席が隣だから』とかテキトーな理由で紬ちゃんの学校案内役に任命されていた。まあタメ口の件をチャラにするっていう条件でやってるから別にいいんだけどね。しかも転校初日で既に学校中で噂になってる超絶美少女の案内ならなおさらだ。
「ところで紬ちゃんはなんでこんな時期に引っ越してきたんだ?」
高校一年生の二学期、普通に考えれば転校してくる事は中々珍しい事例であることは間違いない。
「えーっと、ちょっと家の事情でね」
家の事情で…か。まぁ何か特別な事情でもあるのだろう。
その後も談笑を続けつつ、着々と学校案内を終わらせていく。
「よし、後はまぁ屋上くらいか」
額に溢れてきた汗を手で拭いつつ、屋上へと足をすすめる。
「前の学校では屋上には入れたりした?」
「うーん、一応できたかな」
「一応って?」
「入ることはできるけど屋上に行こうと思う人があまりいなくてほぼずっと鍵が閉まってたんだよね」
「たしかに、自分から屋上に行こうとはあまり思わないよな」
「私達はそんなことなかったけどね」
その言葉にはいつもより怒気が込められていたような気がした。
「そっか、なんかごめんな」
「あ、いや、全然大丈夫だよ、こっちこそ急にごめんね」
微妙に空気が気まずくなったのを感じつつ、俺は足早に階段を登り屋上と屋内をつなぐドアを開く。
いつもと変わらない屋上の景色。
でも明らかに異質な雰囲気が漂っていることは確かだ
「こんにちは。実君」
「は?…」
数瞬固まることを余儀なくされる
「驚かしてごめんね、少し話をしましょう、佐久間実君」
後ろから聞こえた転校生(佐藤紬)の声が正常に理解できないほど、俺はすでに屋上にいたもう1人の佐藤紬に恐怖を覚えずにはいられなかった。