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心の世界①

 天眼は、コホンと咳払いをしてから、しゃがれ声で話し出した。


「仏法では、人が物事を認識する働きを、九つに立て分けておる。まず、目、耳、鼻、舌、身体【感触】、意識の六つだが、ここまでは通常意識している部分なので、誰でも分かると思う。

 さあ、ここからは無意識の世界に入っていくぞ。意識の下には七番目の末那識【まなしき】がある。これは、自分ではどうしようもない、深層の心が働く場所だ。

 そして、更に深い部分に入ると、八番目の阿頼耶識【あらやしき】に突き当たる。ここは、人が考え、話し、行動した過去世からの全ての業の情報が刻み込まれた所で、全ての人間が繋がっている部分でもあるんじゃ。この部分は、死んでも消える事は無い。だから、人の運命は、この阿頼耶識の中身で決まってしまうと言ってもいい。

 そして、最下層にあるのが、九番目の阿摩羅識【あまらしき】だ。これこそ、この世界を創り、動かしている力の源なんじゃ。要するに、人の心の中にこそ無限の力が秘められているという事なんじゃよ。分かるかな?」


 天眼が、包帯だらけの顔を揺らしながら熱っぽく語ると、それに呼応するかのように、囲炉裏の火がパチパチッと弾けた。


「その力は、どうすれば手に入るのでしょうか?」


 ライカが、更に天眼に顔を近付けた。


「実は、そなた達はもうその力を手にしておる。風一族の技といっても、根源の力である阿摩羅の力の一部に過ぎぬのだ。ただ、今以上、技の力を出そうとするなら、通常の精神の鍛錬では、かなりの時間がかかってしまうじゃろう」


「では、どうすれば……」


 ライカは天眼から視線を離さない。


「短期間でやろうとするなら、自身の心の中に入って、第六天の魔王という最強の敵と戦うしかない!」


「第六天の魔王!?」


 今度は、神一郎が反応した。


「うむ、人の心の中に住んで、人を不幸にする為に暗躍する、最強の悪魔の王じゃ。阿摩羅を信じ切れない、無知や迷いが生み出す化け物とでも言おうか、別名、無明とも呼ばれておる」


「その魔王に、勝つ方法はあるのですか!」


 ライカが、食い下がるように聞いた。


「それは、全ての力の根源である阿摩羅を、その分身である自分自身を信じ切る事だ。その境地に達すれば、魔王を倒すことが出来る。そして、阿摩羅への扉は開かれる。

 魔王を打ち破った時点で、お前達には途轍もない力が備わっている筈じゃ。

 ただ、第六天の魔王を打ち破る事は、至難の業だ。生きて帰れる保証など何処にも無いのだ。それでも行く覚悟はあるか!」


 天眼が、二人に詰め寄るように言った。すると、


「やらせてください!」


 神一郎とライカが、同時に返事をした。 

 

「分かり申した。では、今夜決行する事に致そう」


 話は決まった。二人は、今夜の為に準備をと思ったが、心の中へ入るのに必要なものなど何もなかった。ただ、必要なのは命を捨てる覚悟だけなのである。


 ライカと神一郎は、少し仮眠しようと床に就いたが、興奮して眠る事は出来なかった。



 その夜の丑三つ時【午前二時】、囲炉裏の火は消され、行燈の灯が隙間風に揺れる板間で、三人は緊張した面持ちで顔を見合わせていた。


「では、始めるか。二人一度には出来ぬ故、順番を決めよう」


「私からお願いします」


 声を上げたのは、ライカだった。


「よし、ライカ殿、安座して気持ちを楽にして下され」


 ライカは、言われるままに安座し、目を閉じて心を静寂に保った。


「流石じゃな、もう心は凪いでおる。……貴女の心は何処へでも行ける。大空の彼方へも、大海の深い底にも、そして、心の中に……ほれ、もう入った。

 ここは貴女の心の中じゃ。何が見えるかな」


「……何も、真っ暗です。身体が、底の方へ沈んでいきます。そして、自分の思ってもいなかった感情が、吹き荒れているのを感じます」


「そこは、末那識だ。更に底へ下りて行くぞ」


 ライカは天眼に全てを委ね、心の奥深く潜っていった。


「何か途轍もない流れのようなものを感じます。ここが阿頼耶識? 私の無限の人生が収まっているんですね。たくさんの喜怒哀楽の人生が……。あ、その底に何かが蠢いています。巨大な化け物? ああ、怖い!」


 ライカの顔が恐怖に戦いた。


「ライカ様!」


 神一郎が思わず声を上げると、天眼がそれを制した。


「みだりに声を発してはならん! 心を乱すと、何処へ行くか分からんぞ。神一郎殿、手を握ってやりなされ」


 神一郎が、ライカの手を握り締めると、凄い力で握り返して来た。彼は、ライカの手を摩りながら「大丈夫だ、大丈夫だ」と、心の中で励ました。


「過去世の悪業が悪さをしておるのだ。今は耐えろ! 心を強く持つんじゃ。ここを突き切らないと阿摩羅には届かぬぞ!」


 その後も、おぞましい過去の悪業がライカを責め続けたが、彼女は、次第に落ち着きを取り戻していった。


「硬い岩盤の上に下り立ちました。これ以上は進めません」


 ライカは辺りを見回したが、真っ暗で何も見えなかった。


「阿摩羅の手前まで来たな、問題はこれからじゃ。ライカ殿、第六天の魔王といっても、結局は、自分自身との闘いだという事を忘れちゃあいかんぞ。心を強く持つんだ。良いな」


「はい!」


 眠るライカの顔に、緊張が走った。



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