風魔の里②
翌日、神一郎とライカは風魔の里である、風魔谷に着いていた。
「ライカ殿、神一郎殿、遠いところよくぞ来られた。昨日は愚息が迷惑をかけたそうだが、あいつはああ言う男で悪気はないのだ。許されよ」
ライカ達を迎えたのは、白龍斎と同年配の風魔の党首、風魔千太郎その人だった。鍛えあげられた大きな身体をしていたが、優しい目をしていた。
風魔と風の里は、同じ風の流れを汲む仲間である。白龍斎と千太郎は若き頃、修行に汗を流した仲だったのだ。
奥義を極めた風の里に比べ、風魔は、敢えて奥義を封印して、風御を中心とした風の技で大名などに仕えて来た。召し抱える者が脅威を感じないようにとの配慮からである。
「今は、皆合戦などに駆り出されていて、居るのは、子供と老人だけだ。大した世話も出来ぬが、好きなだけ居るがよかろう。これ、風夜叉はおるか!」
すると、透き通ったような美貌の娘がフッと姿を現した。
「父上、お呼びでしょうか」
「うむ。これは我が娘で風夜叉と申す。これからは、そなたたちの世話役として働く故、存分に使うがよかろう」
ライカたちに頭を下げた風夜叉は、同年代ではあるが、少し大人びて見えた。見とれている神一郎を睨んで、ライカがぶっきらぼうに応えた。
「ライカと申す。これは、神一郎じゃ。世話になる」
「こちらこそよろしくお願い致します。早速ですが、里を案内致しましょう」
ライカと神一郎は、千太郎に礼を言って風夜叉の後に続いた。
「風の里の人は凄い技を使うそうですね」
里を案内しながら、風夜叉が何気なく聞いた。
「大したことはありません、少しだけ奥義を極めているだけのことです。そのお陰で、権力者に滅ぼされるかもしれないと言うんですから、風魔の選択は正しかったのだと思いますね。奥義に興味があるんですか?」
澄み切った風夜叉の瞳に見つめられた神一郎が、視線を逸らしながら言った。
「このような時代ですもの、我が身を護る力を持つに越した事は無いと思っただけです」
「あなたも、風の技を使うのですか?」
「無論です。党首の娘ですからね。ライカ様と同じです」
二人の会話を、ライカは無表情で聞いていた。
風魔谷は、その名の通り大きな二つの山の谷間に沿って、民家や田畑が細長く散在している。千太郎が言ったように、野良仕事をしているのは、戦に出ない年寄りばかりだった。
風夜叉は、ひと通り里を案内すると、更に奥に入った所の山小屋に二人を連れて行った。
「ここが、あなた方の住まいになります。少し手狭ではありますが、暮らしの為の道具はすべて揃えてあります」
「かたじけない。十分です」
小屋に入ると、土間の先に板間があり、その中央には囲炉裏があった。入り口の右側には竃や、大きな水瓶が置いてある。板間にはムシロが敷いてあり、隅の方に布団が積まれていた。
「ここで、お前と暮らすのか……」
ライカの顔が曇った。幼馴染とはいえ、男である神一郎と同じ部屋で寝泊まりする事に抵抗を感じたようだ。
「お嫌なら、私は外で寝ますが……」
「……いや、衝立が有ればいい」
「分かりました。直ぐに作ります」
神一郎は、荷物を簡単に片づけると、山から木を伐って来て、あっという間に衝立を作ってしまった。彼は、一番奥の板間に布団を敷き、その手前に衝立を置いた。
「これなら、寝床が隠れますから問題ないでしょう?」
「ああ、すまない」
「私は夕餉の支度をしますから、お二人は修行の場所を下見してはどうでしょうか?」
「風夜叉殿、夕餉の支度までしてもらっては申し訳ない。私達で何とかしますから」
「いいえ、お二人には修行に専念して頂きとうございます。これは父千太郎の命ですから、気遣いは無用です」
「……そういう事でしたら、甘えさせていただきます」
「ライカ様、下見に参りますか?」
「うむ」
二人が、風に乗って、更に山奥を目指すと、ひと山越えた所に修行の場所はあった。
「明日迄と言っておられぬ。これから修行に入るぞ!」
ライカが、いきなり瞑目し印を結ぶと、風が吹き出して、空を雲が覆い始めた。雲が厚くなり雷がゴロゴロと鳴ると、ライカは大地を蹴って天空に昇っていった。すると、
「神一郎、下がれ!」
空から、ライカの声が聞こえた。
次の瞬間、耳を劈く雷鳴と閃光が走り、神一郎の目の前の大木が、落雷によって真っ二つに裂け飛んだ。