決戦、風の里②
日が落ちて夜の帳が下りると、百名の風一族は、信長の軍を迎え撃つべく、里の全域が見渡せる小高い丘の上に陣取った。
折りしも、山の端から顔を出した満月が、彼らの姿を照らし出した。
不気味な地響きが遠くに聞こえ、それが段々近付いて来る。やがて、里の入り口付近から、土煙を上げながら信長の魔人軍団が姿を現した。
ドドドドドドドドド!!!!!
暗闇に、彼らの赤い目が不気味に光っていた。体長が一丈【約三メートル】ほどもある黒い魔人達が、虎や獅子の巨大な魔獣に跨って、津波の如く風の里に雪崩れ込んで来たのだ。
その大きさと数の多さに、風一族の猛者たちは恐怖を覚えた。緊張した身体を、高鳴る地響きが揺らした。
「敵の数は我らの十倍。あの化け物達を、一人で十人も殺さねばならんのか……」
「うむ。だが、風一族の技を本気で使える戦いなど滅多にあるものでは無い。冥途の土産が出来たではないか」
「やるしかないのか」
「死にたく無くばな!」
皆が心の中の臆病と戦い、気力を奮い起こしていると、
「神一郎、いくぞ!」
「はっ!」
ライカと神一郎が、大地を蹴って飛び出した。ライカは天空へ、神一郎は真っすぐ魔人軍団に向かって飛んで行く。
魔人軍団が、田畑を踏み荒らしながら、里の中央付近に差し掛かった刹那、正面から突っ込んだ神一郎の風牙が、先頭を爆走する魔獣達の足を薙ぎ払った。
一瞬の内に、数十頭の魔獣が土煙を上げて倒れ込み、そこに、怒涛の勢いの後続の魔獣達が激突して、次々と折り重なっていった。
前方の異変に気付いた後方の魔獣達は、それを避けて左右に分かれて進軍するも、待ち構えていた神一郎の風牙の前に、彼らの驀進は止まった。
更に、魔獣から投げ出された魔人達が、立ち上がろうとした次の瞬間、
ズダダダダ―――――ン!!!!!!
ライカの百龍雷破が魔人達の頭上に降り注ぎ、辺りを真っ白に照らし出すと、彼らは断末魔の声を上げ、燃え上がっていった。
「今だ、攻め込め――ッ!!!」
白龍斎の号令で、風一族が一気に丘を駆け下りる。稲妻家の一団の雷撃が敵を牽制する中、火炎龍が、水龍が、土龍が、小型の龍の風が次々と立ち上がり、魔人軍団と激突した。
雷鳴が鳴り響き、青い稲妻が走る。幾つもの巨大な火炎龍の炎が、敵味方入り乱れての戦いの様子を照らし出した。
十倍の勢力だった魔軍は、ライカと神一郎の活躍で一気に半減していたが、多勢に無勢の状況は依然変わらなかった。
火王家の火炎龍は、破壊力はあるが、後方で操る術者は無防備となる為、今回のような接近戦では術者を護る者を四名つけている。
それに目を付けた魔人達は、火炎龍の後方の術者達を取り囲み、肉弾戦を仕掛けて来たのだ。
彼らは、人の二倍もある巨体だが、野獣のような驚異の身体能力を持っている。火王家の術者を護る者達は、火炎放射で懸命に戦ったが、次から次へと襲い掛かる、魔人達の鋭い爪と牙に身を裂かれていった。
次々と消えてゆく火炎龍を見ながら、神龍斎は顔をしかめた。
(しまった! 奴らは単なる野獣ではない。我らの欠点を見つけて攻撃する知能を持っているんだ!)
「火炎龍は使うな! 二人一組となって火炎放射で戦え!!」
神龍斎が、魔人に追い詰められていた仲間を風破で助けながら、火王家の者達に叫んだ。
その叫びに、氷馬と大刃、黄龍斎が、火王家の者の窮地を救うべく動いた。
氷馬は、水龍を宙に浮かせて瞬時に駆け付けると、得意の冷凍波を浴びせて、敵を凍らせた。
そして土鬼家の親子は、土龍の口から鋭い土の槍を吐き出して魔人達に撃ち込んだが、彼らは傷を負ったものの死にはしなかった。
「親父、どうすればいいんだ!?」
大刃が助けを求めた。
「落ち着け大刃、彼らに突き刺さった土の槍を一気に膨張させるんだ!」
言われるままに大刃が気を集中して、魔人達の体内の土の槍を急激に膨張させると、彼らは巨大化した土の槍に裂かれて、あえなく砕け散った。だが、魔人達は数にものを言わせて襲って来る。
「大刃、これでは埒が明かぬ。例の技を試してみるか!」
「承知!」
大刃は、印を結んで気を整えると、土龍を天空高く舞い上がらせて、そこから一気に大地に突っ込ませた。すると、土龍が激突した地面に、巨大な亀裂が出現した。地の底も見えぬ地獄の穴である。
大刃たちに襲い掛かろうとしていた魔人達は、その亀裂の中に次々と落ちていった。大刃が念じると、その巨大な亀裂は閉じて、魔人達を押し潰してしまった。
「やったな、大刃。これぞ、我が土鬼家の奥義、“奈落無限”じゃ!」
戦いの中で、大刃も自身の限界を超え、奥義を完成させたのである。
巨大な火炎龍が消えた事で、風の里は真っ暗になり、闇の中でも目が見える魔人達には有利な状況となった。
風一族のある者は、魔人と戦っている内、後ろに気配を感じて振り向いた時には、彼の首は魔獣の口の中にあった。その屍に、血の匂いを嗅ぎつけた魔人や魔獣達が群がった。
空から援護をしているライカの雷撃が、群がる魔軍を追い散らす。更にライカは、火を操って里の崩れた家々に火をかけ、敵の姿を浮かび上がらせた。その途端、神一郎、氷馬、大刃の奥義が炸裂して、魔軍を蹴散らしていった。
戦いが進む中、それまで数人一組で戦っていた風一族は、次第に、白龍斎、神龍斎、黄龍斎、幻龍斎、神一郎、大刃、氷馬、炎鬼【火王家小頭】の八人の周りに集まり、八つの集団を形成して魔軍と戦いだしていた。
当初彼らは、稲妻家、風家、火王家、水神家、土鬼家の、家単位で動いていたのだが、激しい戦いをする内、隊形が乱れてしまっていたのだ。上空から見ていたライカがそれに気付き、指示を出したのである。
彼らは一組十名にも満たなかったが、強い術者の周りに集まる事で、安心して戦う事が出来た。又、中心者も指示が出しやすく、全員の動きを確認しながら戦えた。それらが団結力を強め、小集団ながらも大きな力を発揮したのである。風一族は、息を吹き返したように、魔軍を追い詰めていった。
魔軍殲滅まで、あと少しとなった時、風の里の入り口付近が騒がしくなった。
終に信長が姿を現したのだ。傍らには、細身の魔人がピタリと寄り添っていた。黒い身体に白く長い髪、頭の中央に一本の太い角が生えて、青い目を光らせていた。彼の闘気は辺りを圧して、他の魔人達は恐れて近付こうとしない。
信長の登場で、両軍は休戦状態となり、対峙した。
「お前は蘭丸なのか?!」
その姿に見覚えがある神一郎が訊いた。
「神一郎だな。この間の腕の礼をさせてもらうぞ」
彼も信長のように普通に喋った。神一郎が斬り落としたはずの右腕は元通りに生えていた。
(そんなばかな、現実世界で身体を復元出来るなんて……)
神一郎が思った次の瞬間、蘭丸のその右腕が、左から右へ弧を描くようにブンと振り抜かれた。
蘭丸の放った魔風牙【まふうが=風牙と同じ風の剣】は、上空から近づいて来たライカを掠めて、彼方の西の山の頂上付近に炸裂した。
衝撃波に煽られて落下してきたライカを、瞬時に動いた神一郎が受けとめた。
「ライカ様、お怪我は?」
「大丈夫だ。あれは風牙なのか!」
「そうです。私の全力の風牙よりも、数倍破壊力があるようです」
二人が、煙が上がった西の山を見上げると、月に照らされた頂が広範囲に吹き飛ばされていた。




